雨中迷走

ショートシナリオ&
コミックリプレイ プロモート


担当:宮本圭

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 42 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月23日〜10月29日

リプレイ公開日:2005年10月31日

●オープニング

 ジャックの家の戸を開けると、まず寝台の上で子猫に乳をやっていた母猫と目が合った。普段冒険者ギルドで記録係をしている男は、いつものことなので気にしなかった。
 ジャックは記録係の友人で、絵描きをしている。アトリエ兼自宅の狭い家は、ジャックがどこからか拾った犬や猫が、いつも我が物顔で闊歩する場所なのだった。もちろん鍵などかかっていない。そもそも泥棒が入ったとしても、盗んで金に換えられるものなどありはしないのだ。
 家の中を見回しても、ジャックの姿はない。
 たまたま近くに来たから寄ってみただけで、別に約束をしていたわけではないのだが、記録係は妙に嫌な予感を覚えた。
 こういった虫の知らせめいたものを感じるのははじめてではなかった。ことジャックに関してのみいうならもう過去に数え切れないほどで、いつものことといってもいい。なにしろ今留守にしている友人ときたら底抜けに人がよく、厄介ごとやお荷物を抱え込む名人ときている。未来を占う力がなくとも、予感ぐらいは感じようというものだ。
「あー、あんたー、ジャックさんのお知り合いかね?」
 近所に住んでいるらしい腰の曲がった老人が、家の玄関で立ち尽くしている記録係に声をかける。
「ええ。彼は留守ですか」
「何日か前に、山が描きたいとか言い出してなあ」
 そういう唐突かつ周囲にとって迷惑な創作意欲に取り憑かれるのも、まあいつものことである。
「しかしいくらなんでも、あの細っこい若いのがひとりで山なんて無茶じゃろ?」
「そのご意見にはまったく同感です」
「それで、猟師をやっとるわしの息子に案内させたんじゃ。山といっても、まあ二時間もあればてっぺんまで着いて戻って来られるようなかわいらしいもんじゃが」
 ここ数日天気が芳しくなかったためか、山中はぬかるんで歩きにくくなっていた。猟師はうっかり岩から転落して足を痛め、ジャックは麓の村に助けを呼んでくるといって、止める間もなく走っていったのだという。‥‥頂上のほうへ。
「‥‥目に浮かぶようです」
 お人好しの友人は、何かに呪われているとしか思えないような、とてつもない方向音痴なのだった。始末におえないことに、当の本人だけはその自覚がない。
「息子のほうは結局そのすぐ後、ちょうど通りがかった近くの村の衆に助けてもらったんじゃがな。ジャックさんはまーだ見つからんのじゃ。なんとか自力で帰ってきてくれればいいんじゃがなあ」
「賭けてもいいですが、それはありえません。誰かが助けに行かない限り、彼はずっと山中を彷徨い続けるでしょう」
 記録係はきっぱりと言った。
「知り合いなんじゃろう、あんた。それにしてはずいぶん落ち着いとるのお」
「いつものことですから」
 そう、恐ろしいことに、いつものことなのだ。

 その後ギルドに戻った記録係によって依頼が出され、ジャックを捜索するための冒険者たちが募られた。
 さらにその数日後、その冒険者たちは、雨の降りしきる山の前に到着する。

●今回の参加者

 ea3338 アストレア・ユラン(28歳・♀・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea3441 リト・フェリーユ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4822 ユーディクス・ディエクエス(27歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7814 サトリィン・オーナス(43歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 ea7864 シャフルナーズ・ザグルール(30歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea8866 ルティエ・ヴァルデス(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0370 レンティス・シルハーノ(33歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2823 シルフィリア・カノス(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 斜面から見下ろした風景に覚えがあって、あれ? とジャックは首を傾げた。
 確か、案内してくれた猟師が滑り落ちた場所だ。怪我をしていたはずの猟師の姿はもうなかった。なかなか山を抜けられぬまま大分経ってしまったから、誰か親切な人が見つけて連れて行ってくれたのだろう。
「よかった。この雨の中で動けないんじゃ大変だし」
 あとは僕が山を出ればいいんだ‥‥と歩き出した彼の耳に、何かが聞こえた。茂みをかき分けると、子犬が尾を振っている。
「なんだ、迷子? 僕と一緒に行こうか」
 人懐こい犬で、抱き上げても抵抗しなかった。この山、見た目よりも大きいんだねえと犬に呑気に話しかけるジャックは、自分がまた村と逆方向に歩いているのに気づいていない。

●雨中迷走
 近くの村で準備を整え、そこを出発して間もなく降り始めた雨は、未だ止む様子を見せなかった。ぱらぱらという雨音が冒険者たちの着込む外套の上を弾き、彼らが歩を進めるたび、足元の水たまりから泥水がはねて水音をさせていた。
「あー、すっかり濡れちゃったわ。髪が重い‥‥」
 リト・フェリーユ(ea3441)の長い髪は、もうすっかり芯まで濡れている。傍らのサトリィン・オーナス(ea7814)もそれは同様で、湿って顔にはりついた一筋を除けながらちらと空を見上げた。
「いつまで降り続くのかしら。なんだか雨足が強くなってきた気もするけど」
 地上に無数の雨粒を齎す雲はどんよりと暗く分厚く、ほんの切れ目さえ見られない。
「小さい山だということですが、この天候では気が抜けませんね」
 そう呟くユーディクス・ディエクエス(ea4822)はなぜか糸巻きを握っていて、その先には空中を漂うアストレア・ユラン(ea3338)の体がしっかり括られていた。本人曰く『迷わないための命綱』らしい。シフールの子供がよくこうして親に繋がれているが(まだうまく飛べない上に軽いので、風に流されるのだ)、まさか人間の自分が同じことをする羽目になるとはユーディクスも思わなかったはずだ。
「その糸巻き、離さんといてな? 頼むで?」
「‥‥はあ」
「お。あれじゃねえか?」
 レンティス・シルハーノ(eb0370)が上げた声に、冒険者たちは改めて雨にけぶる前方の景色へ目を据え‥‥それを認めた途端、シャフルナーズ・ザグルール(ea7864)が呆れた声を上げた。
「ねえ、本当にこの山? ていうかこれ本当に山なの? どうやったらこんな所で迷えるの!?」
「それがジャックさんという方なんです‥‥」
 以前似たような依頼でジャックを助けた経験のあるシルフィリア・カノス(eb2823)が、仕方なさそうに嘆息する。それも無理はない話で、冒険者たちの前に姿を見せた『山』の姿は、彼らの想像を越えて‥‥小さかった。
 『山っていうか、これはほとんど丘でしょ?』というシャフルナーズの言葉通り、特に大きくもなければ危険そうでもない。傾斜も緩やかで登り易そうだ。強いて言えば木々は豊かに茂っているが、それでも健脚の者なら踏破に半日も要らないだろう。
「すげえ方向音痴だよなあ」
 変な方向に感心しているレンティスの声に、フードの中からルティエ・ヴァルデス(ea8866)が苦笑する。
「なかなか困った人のようだね」
「いっそジャックさんこそ、ちゃんと紐でつないでおいたほうがいいと思うんですけど」
 あんな風に‥‥とシルフィが示した先には、ユーディクスと『命綱』で繋がったアストレアがいたりする。問題はジャックのその紐を一体誰が持つのかということだが、その時ギルドで記録係がくしゃみをしていたかどうかは定かではない。

●雨中弊害
 八人もいるのだからということで、二手に分かれて探すことになった。
 近くの村で山中について聞けるだけのことは聞いたが、期待していた地図は手に入らなかった。冒険者たちが思っているほど、地図を作るという習慣は人々に広まっていない。まして山や森の中は、普段猟師ぐらいしか入る者がいないのだから尚更だ。
「早めに見つけないと、ジャックさんも私達も風邪引いちゃう」
 リトの科白も尤もで、暦は既に十月後半、冬もそう遠くない季節だ。山道を歩く冒険者らの上に降り注ぐ秋雨は冷たい。位置だけでも特定しようと使った、彼女のブレスセンサーで感知できたのは‥‥。
「‥‥あれ?」
 人間大の生き物が、複数いるようだ。木の上にひとつ‥‥ふたつ。伝えると、サトリィンが考え込む。
「ジャックさんじゃないと思うわよ。いくら方向音痴でも木登りはしないでしょ。他の動物じゃない?」
「動物って、熊ッ? 狼?」
 翅を震え上がらせたアストレアが問うが、サトリィンもさあ‥‥と首を傾げるばかりだ。村の者は何も言っていなかったが。
「とにかくジャックさんは近くにはいないわけだし、移動しましょう。ユーディクスさん、どうしたの?」
「いえ、その」
 ジャックがここを通った時のために、伝言を書いた板切れを吊るしておこうと思ったユーディクスだが‥‥枝に結び付けるのに手間取っている間に、雨ですっかり文字が洗い流されてしまったのだ。サトリィンが肩をすくめた。
「伝言は無理でも、せめて目印だけでも残しておきましょうよ」
「そうですね」
 頷きながら、端切れで作った人形のようなものを枝に吊るすユーディクス。
「あら、可愛い」
 思わず口元を綻ばせたリトに、晴天を祈願するものだそうですよ‥‥と答え、ユーディクスも枝を改めて見上げた。糸付きのアストレアがふわりと舞い上がり、ぶら下がったそれを不思議そうに眺めている。

 一方、リト達と別行動している面々はというと。
「あーもう、寒いよ〜っ。まだ十月なのにぃ」
「もう十月、だろ? ヨーロッパじゃこれぐらい序の口だって」
 マントの下で腕をしきりにさするシャフルナーズに対して、レンティスは平然と先を歩いていた。
 ユーディクスらと別れて歩き出し、そろそろ一時間ほどになるだろうか。頑健なレンティスやルティエは未だ平気な顔をしているが、女性陣、特にエジプト出身のシャフルナーズには冷たい雨が堪えるようだ。普段着の上から防寒着、さらにその上から雨避けのマントまで羽織っておきながら、まだ寒いらしい。
「あそこの木陰なら雨が凌げそうだし、少し休もうか。ずっと濡れたままだと、余計に消耗するからね」
「助かります」
 女性に気遣ったルティエの提案に、シルフィもほっとした顔を見せる。
 足元に気をつけながら、枝振りの立派な大木の下にたどり着くと、まずシャフルナーズが外套を外し防寒着も脱ぎ始めた。濡れた体を拭くためだろうが、大胆な行為にルティエがさりげなく視線をそむけ、レンティスも促されて同じように背を向けた。たとえ種族は違おうと、男がうら若き女性の肌を見るのは問題だ。
「ずいぶん濡れてしまいましたね‥‥せめてもう少し、小降りになってくれるといいんですが」
「シルフィ、そのスカート、裾がずぶ濡れじゃない。少し絞って水気切らないと、歩きにくいでしょ」
「あ、そうですね」
 背中越しの声を聞きながら、ルティエとレンティスも体を拭くため武装を外し始める。背後の彼女達に比べれば体力はまだ充実した状態だが、湿った服が気持ち悪いのは同じである。幸い二人とも比較的軽装なので、着脱に大した手間はかからない。
「やーん。見てよシルフィ、服の中までびしょびしょ!」
「あの、シャフルナーズさん。わざわざ見せなくて結構ですから‥‥」
 無邪気な声を背中で聞きつつ、男性二人は服を絞ったり体を拭いたりしながらしばし無言だった。
「‥‥レンティス。なんだか気まずいね」
「おう」

●迷走行路
 手早く身支度を整えたレンティスたちは、捜索をまた再開した。服から完全に水気を切るのはさすがに無理だったが、水を絞ったおかげで大分身軽になれたし、ついでに保存食で食事も簡単に済ませたので、気力も充実している。
「この調子でさっさと見つけねえとな! あんな可愛い子達を野良になんかできねえ」
「ああ。可愛かったよねえ‥‥」
 先頭を歩くレンティスの力説に、ルティエも顔を和ませた。この山に来る途中で立ち寄ったジャックのアトリエで、そこに住み着く犬猫たちの姿に、この二人はすっかり絆されてしまったのだった。
「でも見つかる足跡は、動物のばっかりだし‥‥思い切って呼んでみようか」
 すうと息を吸い込んで、ジャックさーん、と叫んだシャフルナーズの声が、冷たい雨の空に吸い込まれていく。やはり返事がないかと諦めかけていたそのとき、おーい、といういらえが遠くから聞こえた。
「応えた!」
「反対側みたいだね。リトさんたちがいると思うけど、行ってみよ‥‥」
 がさりという音が、ルティエの言葉を遮る。すかさず男性二人が得物に手をかけて身構えた。同時に頭上からぱらぱらと木っ端が落ちてきて、はっとレンティスが顔を上げた。
「上か!」
 同時に白い毛皮の、大きな猿が飛び降りてくる。
「サスカッチ!」
 打ち下ろしてきた棍棒の一撃を、レンティスの剣が受け止める。
 続いて飛び降りてきた二匹目、三匹目に、ルティエの鋭い太刀筋が素早く斬りつけた。群れがひるんだ隙を見計らい、シルフィがホーリーフィールドを発動させる。真正面から障壁にぶつかった大猿が、弾かれて地面に転がった。
「今のうちに!」
 サスカッチは群れて行動する。先ほどの声のやり取りで、彼らにもジャックの居場所を悟られたはずだ。冒険者たちは踵を返し、先ほど声の聞こえた方向へと、水たまりの泥水をはね上げながら急いで走る。

 ジャックの先ほどの声を、もちろんリトたちも耳にしていた。
 駆けつけた彼らが目にしたものは、サスカッチの群れに囲まれているジャックの姿だった。すかさずユーディクスが走りながらクルスソードを抜き、手近な敵に斬りかかる。群れに動揺が走る間もなく、
「怖いから帰ってー!」
 叫びとともに放たれたアストレアのコンフュージョンで、精神をかき乱された白猿がふらふらと足を退かせる。
「こちらへ」
 仔犬を抱いたジャックの手を引いて、サトリィン、コアギュレイトで彼の目の前のサスカッチの動きを止める。続いてふるわれたユーディクスの剣が足を裂き、膝をつかせた。遠くからシルフィたちの声が聞こえる。
「足元、気をつけてっ」
 言うなりリトが呪文を唱え、ストームの魔法を発動させた。
 その手の先から巻き起こった豪風が、小枝や枯葉を巻き上げながらサスカッチを襲った。リトの合図で咄嗟に伏せたユーディクスはなんとか吹き飛ばされずにすんだが、何の用意もなく風に襲われた大猿はひとたまりもなかった。吹き飛ばされて転倒した彼らに、やっと追いついてきたレンティスらがさらに追い討ちをかけ、あっという間に撃退した。

「探す方も大変なのよ、本当に」
 すりむいたジャックの膝を魔法で癒しながら、サトリィンは溜息をついた。
「これだけの怪我で済んだからいいけど、あんまり山を甘く見ないの」
「すみません」
「折角動物飼ってるんだし、今度から犬を連れてけばいいのよ」
 シャフルナーズも口を尖らせて肩をすくめ、シルフィはシルフィでやっぱり紐をつけたほうがと言っている。レンティスはといえば、ジャックの拾った仔犬に夢中で説教どころではなかった。大きな体に似合わず、小さな動物が大好きなのだ。ちらとそちらに目をやり、サトリィンが微笑する。
「そうね、ちょうど仔犬がいることだし、その子を立派な忠犬に仕立てるっていうのはどうかしら? お宅の犬は大人ばかりみたいだし、仔犬のほうがものを教えるのは簡単だわ」
「そうだねえ。なかなか賢そうだし」
 目元を和ませてルティエが言うが、それは多分動物好きの欲目というやつだろう。
「とりあえず、村に戻りましょう。すっかり体が冷えちゃったし」
 リトの言葉にアストレアが麓のほうを向き、おっ、とどこか嬉しげな声を上げた。見や、と仲間たちに示す。
「晴れてきたで!」
 いつのまにか切れ目のできた雲から光の帯が幾筋か差し込んで、まだ遠い村の上に落ちている。枝から回収してきたばかりの人形を見ながら、ユーディクスはどこか晴れ晴れとした面で、小さく何事かを呟いた。
 この雨の中の探索行の果てに見たこの晴れ間に、祈りを捧げるかのように。

●コミックリプレイ

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