恋の花尾行中!
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:7〜13lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 94 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月12日〜11月20日
リプレイ公開日:2005年11月24日
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●オープニング
改めて考えてみれば、『鷲の翼』傭兵団長ゲオルグ・シュルツは謎の多い男である。得体が知れないと言い換えてもいい。
注意して観察すると、不審な点はあった。
ときどきやってくる、整った文字で宛名の書かれた手紙が届くと、ゲオルグは必ず返事を出す。字の読み書きができること自体が何がしかの教育を受けている証拠だし、どこに滞在していてもほぼ確実に手紙が届くということは、団長が自分で居場所を知らせているということに他ならない。
ちょくちょく団員たちの前から姿を消すのは、団員に内緒で女遊びでもしているのだろうと思っていた。だがよく考えればこれも怪しい。良しにつけ悪しきにつけだらしない男ばかり(今は少々事情が違うが)の傭兵団で、団長の女性遍歴を堂々と指弾できる者などいはしない。隠す理由などどこにもないのだ。
団内で最古参の団員でも、団長との付き合いは十年にも満たない。それ以前から傭兵団は存在し、いわゆる復興戦争にも参加したらしいのだが、ではそれ以前ゲオルグが何をしていたかというと、知っている者は誰もいなかった。
まず名前からして、ノルマン人のものではない。復興戦争当時、近隣諸国から食いぶちを求めてこの国に流入してきた傭兵は大勢いたし、そんな中には祖国で何か後ろ暗いことをやらかして戻るに戻れず、そのまま居ついてしまった者もいる。多分彼もそういった者たちのひとりなのだろう、というのが大方の団員たちの推測で、ならば本人からなにか言い出さない限りは触れないでおこう、というのが、いつのまにか不文律となっていた。
――俺はこれからそれを壊す。
◇
「初仕事だ、マリー」
「は、はいっ。何なりとお申し付けくださいっ」
『鷲の翼』において、見習いの仕事は要するに雑用である。
武器が扱え、馬にも乗れて、さらにそれなりの実戦経験を積み信用を得てはじめて、正規の団員と呼ばれる。それまでは半人前扱いが基本だ。馬の世話をし、武具や馬具を磨き、時には団員たちの下穿きをつくろったりもする。
一番の新入りであるマリーは物好きにも、箱入りの令嬢だった生活を捨てて傭兵になりたいという変り種で、ちょっとした紆余曲折の末に見習いの位置におさまった。今のところ団内では唯一の女性。最初は井戸から水さえ満足に汲めず役立たずもいいところだったが、最近は少しずつ仕事を覚え始めたようだ。
「そう構えるな」
会計役のボリスは軽く椅子にもたれながら、卓の向こうでかちこちになっている娘を見やった。
「今回はお前にしか頼めない仕事だ。とても大事な任務だから、決して口外しないように」
「はいっ」
「ある人物を見張って欲しい」
ボリスの説明を、マリーは息すら止めて聞いている。
「うちの他の団員ときたら、縦にも横にもかさばるむくつけき連中ばかりだからな。街中を尾けるにしても動向を見張るにしても、とにかくやたら目立つ。その点お前は小柄だし、その気になれば化粧で化けるという手もある。それで適任だと判断したわけだ」
「せ、せきにんじゅうだい、ですね」
「そのとおりだ」
緊張のあまり舌を噛みそうになっている娘の緊張をほぐすように、ボリスは軽く笑ってみせる。
「お前は初めての女性団員でもあるし、いっそ手っ取り早く色仕掛けでもしてもらおうかとも思ったんだが‥‥」
「い、色ッいろいろ、いろっ!?」
「‥‥いろいろな意味で不安なので、それは別の機会に譲ることにする。お前がもう少し女の手管を覚えた頃にでも」
ほっとしたようにマリーは胸を撫で下ろした。それから急に不安になって、卓の上に身を乗り出す。一体、それほどまでして見張らなくてはならない相手とは何者なのだろうか。
「あの、ボリスさん。それで、私が見張るお相手というのは」
こともなげに会計役は答えた。
「ゲオルグ・シュルツ。うちの団長だ」
「お? どうした、会計役。外出か?」
「ああ」
宿を出たところでゲオルグに声をかけられても、ボリスは顔色ひとつ変えなかった。いつも通りに振り返り、いつも通りに肩をすくめてみせる。伊達に団内外の駆け引きを引き受けてはいない。嘘や隠し事はお手の物だ。
「団員連中がまた、いつもと違う稽古相手が欲しいと騒ぎ始めましたのでね。仕方ないので冒険者ギルドまで」
「ほーお。珍しいな、いつもは銅貨一枚だって出し渋るくせに」
「確かに俺は無駄遣いが嫌いですが、鍛錬をさぼらせて腕前が落ちるのも困ります。ですからこれはもう団の維持費として割り切ることにしました。当然、せいぜい値切らせてもらいますがね」
なるほどと頷いた団長は、そっとボリスの傍に一歩歩み寄った。声をひそめて耳元に口を寄せる。
「‥‥ところでお前、アレは一体何をやってるのか知ってるか?」
示された先には、通りの露店の陰から、まるで親の仇を見るような目でこちらをじっと見ているマリーの姿があった。本人は隠れているつもりらしいが、五歳の子供だってもう少しましな隠れ方をするだろう。まああんなものか。
「さあ? 団長は入団試験のとき、彼女をずいぶんいじめましたからね。恨みに思っているのかもしれませんよ」
では急ぐので、と言い残して、別の見習いが引いてきた馬に跨る。軽く腹を蹴ると、愛馬ぽくぽくと進み始めた。
先日、またあの手紙がゲオルグの元に届いた。彼はまた近々姿を消すつもりだろう。注意して観察するようになって初めて気づいたが、手紙は読んだら燃やして処分しているようだった。
ゲオルグがマリーの見張りに気づくのは時間の問題だ。彼女には特に期待はしていない。団長がその気になれば、ど素人の追跡をまくのはたやすいはずだ。ボリスにとってマリーはあくまで囮で、本命はこれから雇いにいく冒険者だった。一度マリーを振り切れば、ゲオルグとて油断ができるはずだ。
団長はおそらく警戒しているはずだが、腕のいい冒険者なら彼に気取られずに行き先を探り出せる。
ボリスには予感があった。そうして、そうしたら、俺は‥‥。
吹き抜けていった風が存外に冷たく感じられて、ボリスは馬上でぶるりとひとつ震えた。
ひどく、寒かった。
●リプレイ本文
『標的』が建物を出たのを見計らい、城戸烽火(ea5601)はその背中を追って歩き出した。まだ日は高く、往来は行きかう人々で活気に満ちていた。
ジャパンの『忍者』は古来より隠密行動が主な役目。尾行する相手が腕の立つ傭兵と知って、蜂火はやる気十分らしい。人の波で見失わない程度に離れながら、しっかり標的の背から視線を外さない。
目標であるゲオルグ・シュルツは馬首を引きながら、今のところ前だけを見て歩いている。相手は大柄なので、ついていくためには多少早足にならざるをえない。通りの人々の間を巧みに縫いながら歩いていると、後ろのラテリカ・ラートベル(ea1641)は息を切らしているようだ。
「‥‥今のところ、だんちょさんに、気づかれてません、ですよね?」
「おそらく」
切れ切れの息の間から押し出されたラテリカの問いに、蜂火もいささか自信がなさそうに頷く。露店や出店が立ち並び人が多く集まる広い四つ辻で、ゲオルグの後ろ姿が突然角を折れた。
まずい。はっとした蜂火はラテリカの手を引いて、可能な限り素早くその後を追う。
十字路の角からそちらの方向を見やると、人の海の向こうにかろうじて見える馬と人の後頭部は、そのわずかな間に、かなりの距離を引き離されていた。
「やられました‥‥」
今から追いつくことは不可能ではないが、それにはまずこの人の群れをかき分けねばならない。騒ぎを起こさずに追跡を続けるのは無理だろう。向こうがこちらに気づいているかはわからないが、少なくとも尾行を警戒しているらしいのは間違いない。
「ここは無理をせず、ひとまず他の方に任せましょう。ラテリカさん、お願いします」
「は、はいっ。えーと、それでは‥‥まずガブリエルさんにお知らせするですね」
今回の依頼はバードが三人も参加しているため、離れていてもテレパシーの魔法で互いの連絡は容易だ。同じエルフのバードであるガブリエル・プリメーラ(ea1671)と念話を交わしているラテリカを横目に、蜂火はもう一度ゲオルグのほうを省みた。薄汚れた外套姿は、もうほとんど見えなくなっている。
「なかなか手ごわいようですね」
依頼を引き受けた冒険者として、何よりもひとりの忍びとして、望むところ。
●反駁
時間は少し遡る。
「団長さんの正体、ね」
卓ごしに依頼主の面を見つめながら、フェリシア・ティール(ea4284)は呟くように言った。
「どうしてそんなことを知りたいのかしら、会計役さんは」
「依頼の達成に関係ないことは話せない」
ボリスのにべもない返事に苦笑いして、そうねとフェリシアは軽く肩をすくめる。そもそもこうして話をしているのは、尾行について少しでも手がかりを得るため、ゲオルグの元に届く手紙について尋ねる目的だった。今のフェリシアの質問は、彼女個人の好奇心からのものにすぎない。
「手紙に差出人の名前はなし‥‥つまり、なくても団長さんにはわかるってことよね。筆跡は‥‥」
「女性のものだと思う。それも多分、高い教育を受けた‥‥もしかすると貴族かもしれない」
「一応聞くけど、恋文って可能性は?」
「なら読んだあといちいち燃やす必要などないだろう」
それほど余人にははばかられる内容なのだろうか‥‥フェリシアは眉根を寄せる。それまで黙してふたりのやり取りを見守っていたユリア・ミフィーラル(ea6337)が、確信はないけど、と前置きして切り出した。
「‥‥もしかしたらゲオルグって人の行き先は、あたしの知ってる場所かもしれない」
「どこ?」
「前に別口の依頼で行った所。それらしい人が来たって聞いたことあるよ。どれぐらいの頻度で来てるのかまでは知らないけど」
少なくともそこの女主人とゲオルグの間に、何らかのつながりがあるのは間違いない。
他にもいくつかボリスに質問したあと、部屋を出ようとしてラテリカは振り返った。会計役は冒険者たちに背を向けて、開け放った鎧戸から落ちてくる、明るい光を見ているようだった。
「ボリスさん‥‥あの、団長さんの下でお働きなのは、団長さんのことを信頼なさってるからですよね」
答えはない。
「どんなお生まれでもお育ちでも、その人がその人であることは変わらないと思うです」
「‥‥そんなことはわかってる」
「そうは見えないから心配してるんでしょ、この子も」
呆れたように、フェリシアが眉を上げた。
「あなたは確かに頭が回るしやり手みたいだけど、そういう人こそ心配なのよね、仕事柄。ひとりで解決する癖がついてるから、すぐ自分だけで思いつめるでしょう。考えすぎて取り返しがつかなくなる前に、胸のつかえはとってね」
「俺は」
顔を上げかけたようだが、ボリスは結局振り返らなかった。十中八九はぐらかされると思っていたフェリシアの予想ははずれていた。彼は反論できなかったのだ。いつも口の回る男が。
俺は‥‥。
●もうひとつの尾行者たち
「結構やるな」
目指す背中を追いながら、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)は呟いた。
少し目を離すと、ちょっとした四つ辻や裏通りを利用して、団長は冒険者たちを大きく引き離す。馬を引いているのだから、それほど機敏には動けないはずだ。だがゲオルグはプロヴァンの町並みを隅々まで熟知しているようで、それが向こうにリードを与えていると見えた。
「ほんとに何者だ、あのおっさん」
「単にあの奥様のところに行くつもりなら、なんでこんなに警戒するんだろ?」
連絡係としてクロウの後ろについているユリアの疑問は、この場合至極もっともなものだ。
やがて手の込んだ邸宅の並ぶ、住宅街に入ってきた。壁となってくれる通行人が少なくなってきたので、尾行にもよけいに気を遣う。前を行く背からつかず離れず、油断なく見守っていると、ゲオルグはやがて邸のひとつに入っていった。
「あれ?」
ここは郊外ではあるが、まだプロヴァンの街の中だ。ボリスの話では、いつも街を出てどこかに行っているという話だったが。
「この家が目的地なの? どうする?」
「とりあえず他の皆に連絡してくれ。もしかしたらここに寄ったあと、街を出る気かも‥‥」
言いかけたクロウの言葉が、中途で突然途切れる。
「‥‥?」
クロウらと同じ家をじっと見つめている、小さな老婆がいる。何の変哲もない、普通の服装の老人だった。どこかの家の小間使いなのかもしれない。念話を済ませたユリアが、怪訝そうな目を向ける。
「どうしたの? クロウさん」
「あのばあさん‥‥さっきからよく見る気がするんだが」
彼らの視線に気づくと、老婆は背を向けて、ゆっくりした足取りでその場を離れた。
時間にして十分ほどだろうか。ゲオルグはすぐに館から出てきたようだ。このまま宿に戻るようなら依頼も簡単だったのだが案の定そうはいかず、今度は街の外門の方向へと歩き始める。
「この館、結局何なん?」
「さっき少し聞いて回ってみたけど‥‥この家のご主人は、公証人らしいわね。何か用があったみたいだけど」
首をかしげたミケイト・ニシーネ(ea0508)に、フェリシアが答える。
公証人というのは一種の役人で、おもに公的な書類や証書を作る仕事だ。それらの書面をめぐって何らかの問題が起こった場合、書面が正当なものであることを証明する証人ともなる。
「マリーはんは?」
「蜂火さんが拾ってくれたみたい。‥‥あれで尾行してるつもりだったんだから、ある意味凄いわよね」
足手まといになるのは明らかだったし、ひとまず追跡が最優先だったため、マリーの尾行の手助けは二の次にならざるをえない。近くを通りかかった蜂火が途中で拾ったころには、彼女はゲオルグをあっさりと見失って途方に暮れていたそうだ。
「街の外に出るとなると、向こうは馬に乗る気よね、多分」
ミケもガブリエルも驢馬しか持っていない。フェリシアは馬持ちだが、向こうに感づかれないまま隠密行動をとれるかというと、かなり不安がある。となると、街を出てからの行動は他の面々に任せたほうが無難だろう。
「とりあえず、どこの門から出るつもりかは見届けないとね。ミケ、気づいてる?」
自分たちとは別に、ゲオルグを尾行している者たちがいる‥‥ほとんどが撒かれてしまったようだが、視力に長けたガブリエルの目は、尾行の合間に何度かそれらしき者を見かけていた。とすればゲオルグが執拗なほど尾行を警戒しているのは、故なきことではないようだ。
「クロウはんも言うとったってな。怪しい婆ちゃんがおったって」
「らしいわ」
「老婆‥‥老婆なあ‥‥うーん」
何かが引っかかる。眉間に皺を寄せながらゲオルグの背を追いかけ、ミケは考え込んだ。
すでに昼を過ぎて、太陽は頭上から傾きかけていた。先回りさせるために飛ばしていたガブリエルの鷹が、上空高くで鋭い声で鳴いた。旋回しながら雲の出始めた空から舞い降りようとするそれを留まらせるため、ガブリエルは大きく腕を掲げる。
●庭
街中を回っていたのは、やはり尾行をまくためもあったのだろう。外門から街を出てからは、さほど苦労せずについていくことができた。とはいえゲオルグは馬に乗っているため、尾行は駿馬に乗った蜂火、小柄なのでなんとかそれに同乗できているラテリカ、乗用馬持ちのユリアにセブンリーグブーツをはいたクロウという内訳となっている。マリーはまだ馬には乗れないので留守番だ。
向こうの歩調はゆっくりなので、馬に慣れていない面々が混じっていてもなんとかついていくことができた。
「この方向は‥‥」
「お心当たりが?」
蜂火の問いに、ユリア、クロウ、ラテリカともに頷きあう。彼らの推測が的中しているならば、目的地まではまだしばらくはかかるはずだ。おそらく‥‥あと一日半ほどは。
さすがに眠らずに進むつもりはないらしい。標的が適当な場所で野営の準備をするのを見て、こちらも支度をする。火を焚いては目立つので、食事は保存食のみで済ませた。ゲオルグのほうはもう尾行を警戒していないのか、夜闇の向こうにちらちらと焚き火の明かりが見えていた。
食事の支度をするにおいがしている。
手馴れた様子で鉄の門を開け、馬首を引きながらゲオルグの背中は中へと入って行く。生垣ごしに見える前庭は広く、常緑の葉に混じって冷え枯れた木々や草花があちこちに植えられているのが見えた。その庭に面した邸宅のテラスには、ほっそりした老婦人が待っている。
「‥‥やっぱり奥様だ」
「どなたですか」
クロウの呟きに怪訝な目で蜂火が問い、ラテリカが小声で答える。
「プロヴァンの前のご領主の奥方様だった方です。えーと、つまり」
「前男爵夫人。プロヴァンの大奥様ってところかな」
庭木のひとつに馬をつないだゲオルグは、そのままテラスに向かいそこにいる貴婦人に恭しく会釈する。傭兵団で見られた、団長の粗野なふるまいとは別人のようだ。貴族のようにひざまずきまではしなかったものの、充分に礼儀を守った立居振舞いなのは、この距離からでも見てとることができた。
「あ」
貴婦人と何かの会話を交わしていたゲオルグが、懐から何かを取り出す。小さく折りたたまれた、それは書面のようだ。
この邸の使用人の女性が聞いたという言葉を、ユリアは思い出す。
――今のうちに、遺言を書き換えておきたいの。
数時間後、ゲオルグが邸を辞する頃、彼らは急いでプロヴァンに向けて引き返したという。このことを、依頼主に報告するために。