【秘密のレシピ】乙女のための新メニュー

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月14日〜11月19日

リプレイ公開日:2005年11月27日

●オープニング

 やあ、調子はどうだね諸君。諸君ら冒険者の働きのおかげで、このシャンゼリゼの品書きもだいぶ豊かになった。
 なんとも結構なことだ。まあ、そこに座りたまえ。
 どうかね、この店内のにぎわいぶり。最初からあったスープや黒パンはもとより、甘味のあるソースが食欲をそそるグリル・ド・チキンなどは実に素晴らしい。塩気のある生地に胡桃の歯ごたえが嬉しいカリカリパンをおともにすれば、今宵のワインも進むというもの。まだときどき思い出したようにやってくる暖かい日には、冷製パスタや冷たいスープを頼むのもいいだろう。酒はまだ早いと思われるお子様がたには、しっかり焼かれた蜂蜜クレープなどはいかがかな?
 古ワイン一杯でいつまでも居座るのも結構だが、昨今は懐の豊かな冒険者もずいぶん増えたというではないか。体のためにもわれらが『シャンゼリゼ』のためにも、きちんとしたものを食べたまえ。そう思われませんか、アンリ嬢。
「その通りですっ。どしどしお料理注文して、冬に向けてしっかり体力つけていただかないと」
 おお、お美しいだけでなく、なんという優しい心遣い。それでこそ我らがシャンゼリゼの看板娘、それでこそパリを代表する心清き乙女。荒くれ冒険者の群れの中でけなげに揺れる可憐な花一輪とは、まさにあなたのこと。
 諸君らもこの優しさに報いるべく、どんどん食べたまえ。なに、太る? それがどうした。大体今は皆痩せすぎなのだ。誰も彼もが細すぎる。右を見ても左を見ても細身のひょろりとした者ばかり、風が吹いたら飛んでいってしまいそうではないか。むろん太りすぎは体によくないが、だからといってきちんと食べなければ一層健康を‥‥おっと。
「あ、ナイフが落ちましたね。お取替えします」
 おお、これはかたじけない。アンリ嬢もお忙しかろうに、拾っていただけるとは‥‥。
 びりっ。
 おや、なんだろう。布が裂けたような音が聞こえたが、はて。
 ところでアンリ嬢。何故先ほどから、そのようにかがんだまま動きを止めているのです? どうか面を上げて、そのすばらしい笑顔を私に見せてはいただけませんか。いえもちろんその姿勢のままであろうと、あなたが魅力的なことに変わりはありませんがね。そうだろう、諸君? 見たまえ、その桜色の指、ほつれた髪も魅惑的な首筋。可憐で愛らしいそのドレスに、真新しいウエストの裂け目もなんと眩しく‥‥裂け目?
 裂け目というとまさか‥‥先ほどナイフを拾うために、腰をかがめた拍子、に‥‥?
「‥‥見ましたね?」
 あっ。いやそのそんな熱い目で詰め寄られても困ります。是非ここは結婚前の男女に相応しい慎みある距離を保ちたいというか、正直それ以上近寄られたら身を守る自信がないというか‥‥ごっ、ご心配なく! 誰にも口外などいたしません! 他ならぬ我らがアンリ嬢に恥をかかせるようなことは、断じて!
「見たんですね?」
 見てなどおりません! 今のはそう、きっと服のほうが縮んだのです。間違ってもアンリ嬢が、太っ‥‥。



 ――小一時間ほどして、服を着替えたアンリが店の奥からホールへと戻ってきた。先ほど彼女に連れられて店の奥へと消えていったあの男が、なぜ食べかけの料理を卓に置いたまま帰ってこないのか、たずねる勇気のある者などいはしない。
「‥‥さて、皆さん」
 まるで何事も起こらなかったかのように、アンリは冒険者たちに優雅にほほえみかける。
「太らないメニュー、考えましょうか?」
 『メニューのつまみ食いをやめれば太らないのでは』と進言できる者など、ますますこの場にいるはずもない。

●今回の参加者

 ea1763 アンジェット・デリカ(70歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea4609 ロチュス・ファン・デルサリ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4626 グリシーヌ・ファン・デルサリ(62歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb2261 チャー・ビラサイ(21歳・♀・レンジャー・ドワーフ・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●まずは献立から
 パリの冒険者たちの憩いの場、酒場『シャンゼリゼ』にて、看板娘アンリの誘いに応えた冒険者総勢六名。乙女のための太らないメニューというお題目のためだろうか、全員が女性である。
「動物なら、冬に備えて肉を蓄えるものですから、心配することもないのでしょうけど」
「確かにそうね。それに少しふっくらしているぐらいのほうが、女性は魅力的なものですわ」
 さすがに縫い目がはじけるほどというのは、ちょっと問題ですけど‥‥と、これはアンリの名誉のためにやや声をひそめて頷きあったのは、ロチュス・ファン・デルサリ(ea4609)とグリシーヌ・ファン・デルサリ(ea4626)。ふたり合わせると軽く三百歳を越えるエルフの姉妹は、白い肌白い髪、穏やかな雰囲気が互いによく似ている。
「ま、いいんじゃないかね? 体型を気にするのは、若者の特権ってやつさ」
 こちらも年長者の余裕でのたまうアンジェット・デリカ(ea1763)は、デルサリ姉妹とは対照的。一部で呼び習わされている『デリ母さん』という呼称にふさわしい、いかにも健康的で威勢のいいおかみさんという具合の外見をしている。
「とりあえず、献立から考えていかないとね。ここに本職がひとりいることだし」
「皆さんで頑張りましょうね〜」
 にこにこと頷いたシフールのミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)は、料理人を生業としている。以前彼女が『甘いもの』というお題で作った蜂蜜クレープは、現在酒場のメニューのひとつとして採用されていた。
「ええと‥‥前の甘いメニューのときは、まず皆で案を出しましたから、今回もそうしましょうか〜。何を作るにしても、まず材料を買いに行かないといけませんし」
「はい〜」
 真っ先に手を挙げたのは、チャー・ビラサイ(eb2261)だ。
「見目麗しいアンリさん(の体型)をお守りするため、ここは私の故国のお料理を一押ししま〜す。その名も『野菜たっぷりインドゥーラ風煮込みカレー』です〜」
 彼女の説明によると、魚、根菜、葉物、豆などを多種多様な香辛料で味付けした、熱くて辛い、発汗を促す煮込み料理らしい。お茶と砂糖と香辛料の国出身のチャーは自信満々だが、ミルやグリシーヌは顔を見合わせてちょっと複雑そうな表情だ。
「インドゥーラのお料理には、私も興味ありますけど〜‥‥ちょっと難しいと思いますねぇ」
「実現できたとしても、とても高価なメニューになってしまいますわね。お客さんに食べてもらえるかどうか」
 ノルマンにおいて香辛料は、インドゥーラなどからの月道輸入に頼っている。月道は月に一度しか開かないため輸入品そのものも希少だし、そのうえ月道の利用には多額の費用がかかるから、そうやって輸入された品には大抵とんでもない高値がつく。試作品の材料費はシャンゼリゼ持ちとはいえ、さすがにそこまでの値段は出してくれまい。
「そうですか〜。残念です」
「チャーさん、別の案を考えましょう! 共にアンリさん(の体型)を守るのですっ」
 ドワーフ娘の肩を叩いて励ますクリス・ラインハルト(ea2004)は、チャーと同じく『アンリ・マルヌ嬢ファンクラブ』なる集いの一員だという。この集いの具体的な活動内容は謎だが、ともかく二人にはそういった縁があるらしい。
 クリスの励ましもあって気を取り直したチャーも交えて、改めて案を練り直す冒険者たち。
「脂っこいものや甘いものは避けたほうがいいですよね〜」
「それはもちろんですけど、お店に出すことも考えなくてはいけませんから、味気ないお料理では意味がありませんわ。ハーブなどで味に一工夫してみるとか‥‥ハーブソルトなどを使ってみるのもいいかもしれません」
「肉類は蒸すなり煮込むなりして、余分な脂を落としたほうがいいでしょうね」
 こんな具合で相談を進めながら大体の調理方針を決めて、次は使う食材や具体的な献立を打ち合わせる。アンジェットが考えているのは、豚肉で出汁をとりたっぷりの野菜を具にした大麦の粥だという。
「脂を控えるったって、全然使わないのも問題があるだろう。最低限の栄養はとらないと」
 アンジェット、おもに若い娘連中のほうを向いて、ちょっと意地悪い笑みを浮かべた。
「あとででかい揺り返しが来るかもしれないよ?」
 妙な説得力に満ちた一言である。
 各々の案がほぼ出揃い、材料や調理法については本職のミルの意見を参考にしながら体裁を整えて、とりあえず各々作る献立が形になった。ひとまず市場にでも材料を買いに行こう、ということになる。
 薬草師のロチュスは香草関係、家事の得意なアンジェット、グリシーヌや調理人のミルは肉や野菜。料理関連ではこれといった特技のないクリスは、彼女たちについて行って荷物持ち‥‥と買い出しの大体の分担を決めて、さてそういえばチャーはどうするのかと見回すと、なぜかテーブルの陰にじっと潜んでいる彼女の姿を、クリスが発見した。
 その視線の先には、ホールを走り回りつつ仕事中の、われらがアンリ・マルヌ嬢。丁度かき入れ時の時間帯なのか、ずいぶんと忙しそうだ。その様子を、チャーは石のように息を詰めじっと見守っていた。
「チャーさん、どうしたんですか? 材料調達しに行きますよー」
「はっ。い、今行きます〜」
 ファンクラブの一員として、アンリの姿を愛でていた‥‥にしては様子が妙だが、さて彼女は一体何をしていたのか?

●さてお料理です
 市場で材料の調達を終えて戻った冒険者たちは、まずは調理の前の下ごしらえに入ることにした。煮込み料理やシチューを作る者が多いのだ。調理用のかまどの一角を占領し、大きな鍋に水を張って湯を沸かす。それぞれアンジェットが豚、クリスが鶏の肉で、煮込みに使う鍋は二つ。出汁に使ったアンジェットの豚肉は、あとでミルが再利用することになっていた。
「今のうちに、他の材料を切っておきましょうか」
 そう言いつつグリシーヌが目を向けると、野菜や茸などを種類別にえり分けているのは、植物に詳しいロチュスである。乾燥野菜の類をほぼ選び終え、チャーがどこからか採ってきたらしい茸に手をつけて、あらと首をかしげる。
「いけませんわ、チャーさんたら。この茸は食べるとお腹を下して‥‥チャーさん?」
 呼ばれたチャーはというと、その頃ちょうど店のホールで、アンリにこっそり頼みごとをしていた。
「ちょっと店内の具材、物色して構いませんか? 手頃なものがないか探したいんですけど」
「え、でもさっき買い物に行ってきたんですよね? どうせ材料費はうちの店持ちなんですから、そのとき買えばよかったのに」
 もっともな意見に一瞬言葉を詰まらせたが、ちょっと買い忘れがあって‥‥と苦しい言い訳をする。
「ふうん‥‥まあいいですよ」
 しめた、という表情を見せたチャーは、それこそ小躍りせんばかりに喜んだ。店の奥へと引っ込むなり『サイレンス』のスクロールを取り出し、いざ念を込め‥‥ようとして、アンリに後ろからぽんと肩を叩かれて仰天する。
「ついでがあるので、食材の置いてある所まで案内しますね」
「あ、ありがとうございます」
「あと、店の中で魔法を使うのは控えてくださいよ。何の魔法か知りませんけど、揉め事の種になりますから」
 チャーの隠密の技は、客観的に見てそれほど熟達しているわけではない。こっそり行動していたつもりでも、どうやら彼女の行動は一部始終見られていたようだ。大人しく貯蔵庫まで連れて行ってもらうことになった。
 一方の厨房では、順調に作業が進んでいる。
「ああほらクリス、そのままだと手を切るよ」
「材料はこうやって押さえるんですよ〜。そうそう」
 包丁のややおぼつかないクリスの手つきを、アンジェットやミルが何度か注意する。案の定、料理に不慣れな彼女の切った野菜だけ、大きさが不ぞろいになってしまった。
「あの手つきで手を切らなかっただけでも、上出来ですわ」
「今からでも練習しておけば、嫁に行くまでに少しは家事が身につくかもしれないよ」
「あはは‥‥が、頑張りまっす」
 グリシーヌとアンジェット、年長者たちのありがたいお言葉を背に、クリスは今度はミルと一緒に灰汁取りに挑んでいる。一方のロチュスはチャーの茸を前にしばらく思案していたが、
「‥‥やっぱりこの茸は、材料から除けておきましょうか」
 料理に入れれば、あるいは手っ取り早く痩せられるのでは‥‥ちらりとでもそう思ったことは、とりあえず内緒である。

●お次は試食です
 いよいよ料理が完成すれば、次はお待ちかねの試食である。
 誰が待っていたかというと、言うまでもなくわれらがアンリ・マルヌ嬢。卓上に置かれた鍋や皿からは漂ういい香りに目は釘付け、早く手をつけたくてうずうずしているようだ。
「‥‥アンリさん、よだれが」
 同じ女性として、とりあえず皆見ないふりをした。
「じゃ、試食係も待ちかねているようだし、さっそく始めようか。まず‥‥そうだね、あたしのから行こう」
 アンジェットが鍋を開けると、ふわりと白い湯気が広がる。中から盛り付けられたのはどうやら麦粥らしいが、カブや人参などの野菜類がたっぷり入っているようだ。味付けは塩だけだというが、よく煮込まれた豚肉と野菜の風味が出ている。
「あっさりで具沢山。ほとんどが野菜だから、脂のことはあまり気にせずに食べられると思うよ」
「いくらでも食べられそうですねえ」
「アンリさん、いくらなんでもそれは(体型が)危ないのでは」
 クリスの言葉も聞かず、アンリはほくほくとした顔だ。デザートとして出された干し葡萄のクリームチーズ和えは、甘いもの好きの面々が皆で美味しくいただいた。
 さて、次はチャーの料理。鍋の蓋を開けて湯気がたちのぼるのはアンジェットの料理と一緒だが、今度は皆の表情が少しばかり微妙なものになった。
「‥‥何か酸っぱい匂いが」
「名づけて『キノコたっぷりシチュー』です〜。キノコは体の中を綺麗にするって、どこかで聞きました」
 名称そのまま、そのへんから採ってきた茸を適当に煮込んだ一品である。椀の中に盛られたものを覗き込み互いにどうしようと顔を見合わせた冒険者たちだったが、もしかしたら見た目と匂いに反してということもあるかもしれないし‥‥葛藤の末、全員で目で合図を交わし、一斉にひと口啜って、
「‥‥!!」
 絶句した。
「‥‥なんというか、独創的な味ですわね。チャーさん、どんなふうに作ったんですの?」
「クリスさんが鶏を煮込んだ煮汁を、少しいただきまして‥‥そこに茸と古ワインを」
 ロチュスが危険な茸をよけておいたのが、唯一の救いだろうか。
「‥‥次いってみましょうか」
 クリスが出したのは、ほぐした鶏のささみの上に、細かく砕いた半透明の塊が乗せられたものだ。ナイフでつついてみると、塊は皿の上でぷるぷると震えている。
「なんです? これ」
「鶏を煮込んで作った煮こごりです。これが溶けちゃうので熱いうちにお客さんに出せないのと、秋冬限定メニューになっちゃうのが難点でしょうか」
 この料理の欠点もある程度承知の上のようだ。口に入れてみると、確かにちょっと冷たい。だがしっかり味付けされた煮こごりは、ささみと一緒に噛んでいると口の中でほろりと溶けていく。
「脂も控えめですし、お肌によさそうじゃないですか? それにアンリさんが酒場のお仕事でほてった体を冷ますには、ちょうどいいお料理だと思いますっ」
「確かに、冷たくても結構いけますね。‥‥ところでこのつけあわせ、何の漬物ですか? 妙に酸っぱいけど、酢漬けじゃないみたいだし‥‥」
「あ、それですか。アンリさんのお好きな古ワイン漬けでーす」
 ‥‥ファンクラブの面々は、どうしても古ワインを使いたいようだった。
 それはともかく、次はミルの料理だ。
「季節柄もありまして、茸を使ったお料理にしてみました〜」
 アンジェットが出汁取りに使った豚肉を刻んで茸と一緒に炒めた、豚肉と茸の香草炒め。それから湯戻しした乾燥野菜と茸を煮て、さらに炒り卵を添えた茸の炒り卵添え温サラダ。
「さすが本職だねえ。盛り付けも凝ってるよ」
「細かい作業は得意ですから〜」
 では味のほうは、と口に入れてみる。香草炒めのほうは、一度出汁をとったものなので脂っぽくない。肉はロチュスの案で一度ハーブソルトで下味をつけたので、肉とは別のあっさりした風味がついていた。
「卵のもおいしいですよー。おかわりないですか?」
「あ、私もお願いします!」
 慣れない料理の作業でお腹が空いてしまったらしいクリスが皿を差し出し、負けじとアンリもきれいに食べた椀を差し出す。苦笑いしつつも、美味しいと言われて嬉しくないはずはなく、ミルはまだ少し残っていたぶんを取り分けてやったという。

●これにてお開き
「じゃ、またマスターと打ち合わせて新メニューを決めますからね」
 玉石混合ではあったものの、ひととおり試作品をお腹に入れてアンリはご満悦。以前と同じくこれらの試作品をシャンゼリゼのマスターにも試食してもらい、どれを新メニューとして採用するか決めるらしい。
「今回も皆さん、ご苦労さまでした。では仕事があるので、私はこれで〜」
 歌うように手を振りながら、トレードマークのお盆を片手にアンリは去って行く。ホールに出る直前、トレイに乗せた客の料理から、まるで当然のようにひとかけつまみ食いしているのがちらりと見えた。
「‥‥なんとなく、太る理由がわかる気がするねえ」
 動く仕事だから、腹が減るのはわかるけど‥‥とアンジェットが肩をすくめ、デルサリ姉妹は苦笑いしている。『あれだけ食べてくれると、作るがわとしては嬉しいですよ〜』と、ミルは少々ずれた意見だ。
「そうだ。せっかくですから、少しホールでお食事してから帰りましょうか〜」
「あ、賛成です。ファンクラブ会員として、他の会員に自慢もしたいですしね」
 その言葉に、そういえばとグリシーヌがひとつ首を傾げた。
「チャーさんは?」
「あれ? またいませんね。どうしちゃったんでしょう?」

 数時間後、シャンゼリゼの奥で不審な動きをしているドワーフの娘が発見された。
 どうもアンリの予備の着替えを盗み出そうとしていたらしい。『幸運の証』がどうのと話をしていたそうだが、やっていることは要するに泥棒である。
 放り出された彼女がかたかたと震えていたのは、どうもウェイトレスのひとりにも小言をもらったらしい。もっともそれを言ったのが誰なのか、そこまで怯えるほどの何を言われたのか‥‥そういった具体的な質問に対して、彼女は蒼い顔をしたまま断固として口を割らなかったという。