体で払います!
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■ショートシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:5〜9lv
難易度:やや易
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月19日〜11月23日
リプレイ公開日:2005年11月30日
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●オープニング
もし突然目の前に、服装が乱れ肌もあらわな人物が泣きながら飛び込んできたなら、あなたはどうするだろうか?
それが若い娘であれば、何はなくとも助けてやるのが人の道。恐ろしい目に遭ったことは疑いようがなく、慰めと労りが必要なのは誰の目にも明らかだ。正義感の強い者なら、このような無理無体を働く者は一体誰だと義憤に燃えるかもしれない。
『助けてくだされ! 拙者、拙者、化け物に襲われているでござる!』
だが帯のほどけた忍び袴を必死でずり上げながらギルドに飛び込んできたのは、むくつけき三十男だった。
その場にいたギルド員たちでは、取り乱した彼のジャパン語を理解できなかった。仕方なく身振りで服装を直すようになんとか頼み込み、その間に作戦ルームに詰めていた通訳を呼んできた。
「まずお名前を聞かせてもらえます?」
『橘有志(たちばな・ゆうじ)でござる。故あって日本の京都より、この地へ参り申した』
「はあ。それで有志さん、化け物というのは」
『恐ろしい怪物でござった。真っ白い髪を振り乱して、枯れ木のような体つきでありながら、目だけがぎらぎらと光り‥‥』
「‥‥あの、それはもしかして、ただの老人では?」
『最後まで聞いてほしいでござる!』
有志は京都の大店の主人‥‥の兄で、店に置いてもらっている冷飯食いの身分である。
ノルマンの商人との反物の取引のため、そしてノルマンに行ったきり戻ってこない姪を連れ戻すため、こうしてはるばる月道を越えてやってきたのだという。彼のノルマン王国までの旅路は、実は大変な紆余曲折を経ていた。
時には江戸までの街道で道に迷いかけ、時にはイギリスで本当に道に迷って、路銀を稼ぐために熊退治をした。そのたびに助力してくれた心ある冒険者たちの暖かい声援を背にしながら、なんとか無事ノルマンへ到着したのだった、が。
『気がつくと、財布がなくなっていたのでござる!』
落としたのか盗まれたのかは判然としない。
大事な反物が無事だったのは幸いだったが、どの道金がなければ前にも後ろにも進めないのだ。番所に届けようにも言葉が通じないし、そもそも番所の場所すらわからない。そうこうしているうちに腹が減ってくる。そんな折にある老婆に何事か話しかけられ、小さな酒場に引っ張って行ってくれたのだという。
(「なんということでござろう。このご老人は拙者が困っているのを見かね、夕餉を馳走してくれるつもりなのでござるか」)
人の世の情けに有志は胸を熱くして、その厚意に甘えて大いに飲み、笑い、店の食べ物を食い尽くす勢いで食べまくった。
「冗談じゃないよ! なんであたしが見ず知らずの旅人に、店の食べ物を食わせなくちゃならないんだい」
有志を酒場まで引っ張っていった問題の老婆は、確かに化け物呼ばわりされても仕方ない因業そうな顔つきをしていた。
「‥‥つまり、ご馳走してもらえると思ったのは有志さんの勘違いで」
「店まで引っ張ってったのは客引きに決まってんだろ。見るからに腹が減ってそうだったしね。思ったとおりまあ飲むわ食うわ、こりゃ今日は大儲けだと思ってたら、どうも文無しらしいじゃないか。
働いて返させようとしても、料理はぶちまけるわ、客に酒をぶっかけるわ、皿も満足に洗えないわ、こんなの雇ってたらうちは潰れちまうよ。本当に全然持ってないのか身ぐるみはいで確かめてやろうとしたら、途中で逃げ出すし」
‥‥乱れた服装でギルドに飛び込んできたのは、そういう事情らしい。
『通訳どの。このババ‥‥もとい、ご老人に、財布が戻ったらお支払いすると言ってくだされ』
「信用できるもんかい。だいたいもう金だけの問題じゃないんだ。あれだけ失敗続きで店を引っ掻き回してくれたんだから、それを取り戻すだけの働きをしてもらわなくちゃあたしの気がすまないんだよ」
『し、しかし』
取り付くしまもない老婆に有志はおろおろと周囲を見渡し、目を逸らそうとした受付嬢はうっかり彼と視線が合ってしまった。好機とばかりに大きな体を乗り出す有志。
『拙者も日本男児。代わりに働いてほしいなどと、甘えたことを言うつもりはござらん! しかし食事代を体で払うにあたり、せめてこの困難に立ち向かい、苦楽をともにする同志を、この『ぎるど』にて募りたいでござる!』
「‥‥そのココロは?」
『心細いから、一緒に働く仲間がほしいでござる』
最初からそう言えばいいのだが。というか、一文無しなのにどうやって報酬を払うつもりなのだろう?
●リプレイ本文
その酒場に入ると、まず入り口の横に立っているむくけつき東洋人の男に出迎えられる。
両の拳を握り締め鬼気迫る表情のその男の首からぶら下がっている板きれには、『ゲルマン語が話せません』の文字。ほとんど迷子札である。この寒いのに緊張で脂汗を浮かせ、鉄板のようにかちこちの背筋を曲げて挨拶をする。
『い、いらっしゃい、でござるっ』
『有志殿。日本語で言っても意味がないと思うが』
やれやれというように、源靖久(eb0254)は首を振る。有志の全身から立ちのぼる緊張した空気と、無意味に大きい声に恐れをなして、ようやく入って来てくれた客は踵を返し店を出て行ってしまった。
『‥‥行ってしまったでござる』
「接客も駄目か‥‥」
一部始終を眺めていたイェレミーアス・アーヴァイン(ea2850)が嘆息する。
靖久たちに簡単な漢字を教わり、手ずから『有志にも読める品書き』を作ってはみたのだが、それもどうやらまったく徒労に終わったらしい。疲労感が増すのを感じるイェレミーアスの呟きに、シルフィリア・カノス(eb2823)も何か言おうとしたものの、『も』という部分はもはや否定しようがなかった。フォローも過ぎれば嘘になる。
クロード・レイ(eb2762)はバンダナの下の表情を変えはしなかったが、呟いた言葉はもっと的確で辛辣であった。
「‥‥ここまで何もできないとは」
料理を運ばせれば人の十倍は時間がかかり、食器を洗わせればなぜか器やナイフをなくす(洗い物の桶に入れっぱなしのまま、汚水と一緒に捨ててしまったらしい)。店の裏手の掃除をさせていたら、近所の野良犬に追いかけられて半泣きで店内に駆け戻ってきた。うんざりするのも無理はない。
「あの婆さんが手っ取り早く身ぐるみはいで済ませようとした気持ちも、今となってはわからなくもない」
「彼も努力していますから‥‥そこは評価しないと」
香椎梓(eb3243)が取り成すが、要するに裏を返せば『他には評価すべきところがない』と言っている気もする。
――食事どきを外していることもあって、店内の客はまばらである。
「暇だねえ。楽でいいけど」
「でもこのままでは、有志さんのツケが返せませんし」
アルヴィーゼ・ヴァザーリ(eb3360)の呟きに、シルフィがやんわりそれをたしなめる。
「どうにかしなければ、有志さんが大変な目に遭ってしまいます。しっかりやりましょう」
『シルフィどの‥‥っ。拙者、拙者、感激でござるっ』
梓に通訳してもらった有志、その言葉を聞いて漢泣き。顔を涙でべたべたに濡らして礼を繰り返すいい歳の男に、シルフィは優しく微笑んで頷いた。
「いいんですよ。殿方の大事なものがかかっているのですから」
当初彼が乱れた服装でギルドに駆け込んできたことから、どうも妙な勘違いをしているらしい。さらりとすごいことを言ったシルフィに、有志以外の男性陣はあえて訂正を加えないでおいた。まあもし本当に駄目だったら、確かに有志の何かが奪われるであろうことは間違いないのだし。荷物とか服とか、人としての尊厳とか。
●かの国を思う
「大店のご主人の、お兄さんなんだっけ?」
のんびりと卓の上を拭きながら、アルヴィーゼがのんびりと呟く。
接客を諦めた有志は結局、買出し要員として靖久に引き取られていった。手作業や頭を使う仕事は無理だということは、もはや誰の目にも明らかだったが、単純な力仕事なら心配ないだろうという判断である。
「もしかして彼って、金持ちのお坊ちゃんだから何もできないのかな?」
「育ちのせいにしたってあのドジは度を越してるが、もしそうなら多少は納得できる‥‥かもしれないような気が」
アルヴィーゼの意見に眉間を狭めたまま語尾を曖昧に濁すイェレミーアスが、洗い場のほうに汚れた皿や器を持ってくる。洗い場で腕まくりをし、冷水にもめげずざばざばと皿洗いをしているのはシルフィだ。
「忍者といえば、ジャパンの間諜のようなものと聞き及んでいますが‥‥」
「まあ、一口に忍者といっても色々いるから」
同じジャパン人である梓が、祖国の名誉のためにも念のために言い添える。それももっともな話で、あんな間抜けな忍者がそこら中にいたらそれこそ国が傾く。
仕入れの荷馬車は、年老いた驢馬の引く小さなものだった。
酒場の女主人である老女とともに市場をめぐった靖久と有志は、ひととおりの食材や酒を荷台に詰め込んでまた店に戻っていった。驚いたことに、酒場で出す料理は皆彼女ひとりの手作りらしい。気難しそうな老人ではあるが、働き者なのは確かなようだ。
「今日のぶんの酒はこれとこれ。落としたりしないどくれよ」
『なあに、軽いでござるよ。これでも力には自信が』
『有志どの‥‥念のため二人で運ぼう』
重い酒樽はいつもは酒屋に運び込んでもらっているらしいが、せっかく男手がいるのだからと老婆に押し付けられたのだった。
頷いて樽のひとつに手をかける。ワインがたっぷり詰まった樽は、見た目よりも意外と重い。同行していた有志と一緒に、多少よろめきつつも酒場の裏手にまわる。裏ではクロードが薪割りにいそしんでいた。
「重そうだな。手伝うか?」
「いや、大丈夫だ。これを運び込んだら、俺も少しそちらを手伝おう」
なんとか酒樽を無事店内に運び込み、靖久が裏に戻ってきたときも、クロードはまったく変わらぬ調子で作業を続けていた。さして力を入れているようにも見えないが、重い鉈を器用に取り回してきぱきと木片を断ち割っていく。靖久もそれにならい、袖をまくって斧を取り上げた。
「有志どのも来ると言っていたが‥‥まだ来ないな。話したいことがあったのだが」
有志の姪らしき娘に、彼は一度度会っているのだ。ただしパリではなく、ドレスタットで。
とある事件に巻き込まれた彼女を、靖久はギルドの依頼で助けたらしい。有志が姪に会うためにはるばるノルマンまで来たということは、彼はこのあとドレスタットまで行かねばならないのだろう。こんなところで強制労働などしている場合ではない。
場合ではない、はずなのだが。
「‥‥遅いな」
「まさかとは思うが」
嫌な予感を覚えた二人が行ってみると、有志の運んでいた麻袋の底が抜け、中身の麦が床一面に散らばっていた。老婆はかんかんになって男を叱っている。よくもまあこれだけトラブルを起こせるものだと、呆れるのを通りこしてもはや感心しながらも、靖久とクロードは一緒に掃除を手伝ってやった。
●体で払ってます
もうほぼ冬といっていい季節なので、暗くなるのは早い。日が翳ってきたころから、客が増え始める。
「忙しくなってきたな」
「イェレミーアスさん、新しいお客さん入りました。注文とってください」
汚れ物の皿を回収しながら呟くイェレミーアスに、すれ違いざまシルフィが告げる。彼女のほうはワインの器と料理ふた皿を両手に持っていて、こぼさないように歩くので手一杯だ。梓はというとやはり配膳しながら、女性とみまごう顔立ちを活かして酔客に愛想をふりまいている。
「仕事だからですよ、もちろん」
そのわりには結構楽しそうだったりするのだが、まあそれはいいだろう。
「それにしても、昨日よりお客さんが増えてますね。どうしたんでしょう?」
「ああ、それなら」
首をかしげた梓の疑問に、にまりと笑ったアルヴィーゼが答える。
「昼間暇だったものだから、少しばかり表で宣伝を、ね」
「‥‥宣伝?」
「遠くジャパンからやってきた旅人が、今夜ショーを開くって」
こともなげにさらりと落とされた言葉に、冒険者たちは一瞬沈黙した。聞くまでもないような気もするが、その旅人というのは、やはり‥‥?
『では拙者、着替えてくるでござる』
‥‥店の奥へと消えていった有志の背中を、冒険者たちの誰もが不安な目で見送った。
「大丈夫なのか、本当に」
「そんなに本格的なことは誰も期待してないと思うよ。お客さんはジャパンなんて行ったこともないんだし‥‥時間のあるときに、僕が責任を持って稽古をつけたしね」
「稽古って‥‥アルヴィーゼさん、ジャパンの踊りなんて知ってるんですか」
「ううん? 話にはよく聞くけど、見たことは全然」
それどころか祖国の踊りの心得さえないと聞いて、イェレミーアスが目をむいた。当のアルヴィーゼはちっとも悪びれず、にこにこと笑っている。
「いや、有志は本当にいじめ甲斐‥‥もとい、稽古し甲斐があったなあ」
「‥‥具体的に、何を教えたんですか?」
恐る恐る尋ねた梓に、ハーフエルフの青年は笑顔のまま答えた。
「ショーは楽しく。そして目立ったもん勝ち」
有志がどんな踊りを披露したのかは、あえてここでは伏せたい。
だが舞台を前に緊張した彼が店のワインを一気に呷り、すっかり酔っ払った千鳥足で舞台に立ったこと。その踊りは練習のときのものとはまったく違っていたこと‥‥のりにのった彼の踊りの途中で、靖久とイェレミーアスがあわてて彼を店の奥に引っ張っていったこと、そしてそのとき有志は、なぜか褌一丁の姿であったことは、一応記しておく。
「お酒って怖いですねえ」
今回の紅一点であるシルフィは、有志が『踊って』いる間中、よもや最後の一枚まで脱いでしまうのではとはらはらしていたそうだ。酔客たちはむろん、男が脱ぐなんてとぶうぶう文句を言っていたが、それでもそれなりに盛り上がったのだから世の中とはわからない。
梓の勘定によれば、なんとか店の売り上げは黒字に転ずることができたようだ。有志に対しては多少給金らしきものが支払われ、依頼の期間が明けるころ、靖久はようやく彼の姪の話を切り出すことができた。
『次の目的地は、『どれすたっと』でござるか』
本人は歩いていくと言い張ったのだが、どこまでも不安が残るので皆が反対し、ドレスタットまでの辻馬車を利用させることにした。もし徒歩で行かせたりしたら、途中で行き倒れるのが目に見えるようだ。
がらがらと揺れる馬車の荷台から、ひらひらと白い手拭を振る有志を、冒険者たちは皆で見送った。馬車が無事ドレスタットに到着したかどうかは、未だ定かではない。