真冬のお引越し

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 87 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月19日〜12月25日

リプレイ公開日:2005年12月30日

●オープニング

「お引越し‥‥ですか。この季節に?」
 首をかしげた受付嬢に、まだ若い依頼人はうなずいた。
「田舎を離れてパリで暮らしていたのですが、先日母が体を悪くしたという報せをもらいましてね。両親とももういい歳ですし、妻子と一緒に郷里に戻って家業を手伝おうかと思っているんです」
「ああ、なるほど。私はてっきり」
「てっきり?」
「あ、いえ、なんでも」
 冷え込みが厳しく長距離の旅が難しいこの真冬に、わざわざ冒険者まで雇って引越しをするというので、実は夜逃げなのではと一瞬だけ疑った受付嬢である。あははと笑ってごまかす彼女を不思議そうに見つめ、依頼人は言葉を続けた。
「実は私はまだパリで済ませなくてはならない用事があるのですが、今のうちに冒険者の皆さんにお願いして、家具などをあちらに運んでおきたいのです。そのための荷馬車は用意しますので」
 村までは約二日程度。途中には特に難所などがあるわけでもなく、盗賊やモンスターなどの噂も聞かない。問題があるとすれば、すでに季節が冬に入っているということだ。
「この先もっと寒くなったら、大きな荷物を運ぶのは骨ですからね。身軽になっておかないと」
「大雪なんか降ろうものなら大変ですものねえ」
 雪が降れば当然視界が悪くなる、積もれば歩きにくくなる、寒さで馬や驢馬の足も鈍る。時には野営で寝ている間に、積もった雪の重みでテントがつぶれたりもする。溶けたら溶けたで地面がぬかるむ。確かにそんなときに、家具だのなんだのという大荷物があっては難儀するだろう。
「じゃ、確かに承りました。こっちの書類にちょっと署名を」
 いつも通りの手順を踏みながら、受付嬢は内心胸を撫で下ろしていた。最近は重大な依頼が相次いでおり、もちろんそれも大事な仕事には違いないが、こういった小口の仕事が来るとなにやらほっとする。

●今回の参加者

 ea1763 アンジェット・デリカ(70歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea2792 サビーネ・メッテルニヒ(33歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea9633 キース・レイヴン(26歳・♀・ファイター・人間・フランク王国)
 eb0254 源 靖久(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0578 ツグリフォン・パークェスト(35歳・♂・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3050 ミュウ・クィール(26歳・♀・ジプシー・パラ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ユリゼ・ファルアート(ea3502)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ アフラム・ワーティー(ea9711

●リプレイ本文

 引越しの手伝いのために集まった冒険者たちがパリを発つ前にまずしたことは、自分たちが運ぶ荷物の内容を確認することだった。壊れ物や貴重品などがあれば特に慎重に扱う必要があるし、もしあとで何かが足りないなどという事態が起こってはギルドの信用にも関わる。
「この壷は‥‥ああ、なるほど」
 大きさのわりに重い壷に近づいたアンジェット・デリカ(ea1763)は、蓋を開けるまでもなくその中身を察して頷いた。匂いからしてキャベツかカブか、とにかく野菜の何かの酢漬けのようだ。
「奥さんの漬物かい?」
「ええ、まあ。わたしの好物でして」
「仲がよろしいですわね」
 頭をかいた依頼人に、サビーネ・メッテルニヒ(ea2792)が苦笑いした。
 蓋を閉じた上厳重に封をされていてもあっても匂うということは、万一壷が割れてしまったりしたら、辺りにはさぞ強烈な匂いがたちこめることだろう。依頼の成否もさることながら、酢漬けの匂いとともに歩む道中というのはなかなかしまらない話だ。
 割れないように毛布で壷をくるんでから荷馬車へ積み込み、家具と一緒にロープで荷台にくくる。
 このぶんだとあの毛布はしばらく匂うかもね、とアンジェットが冗談っぽく笑い、当の毛布の提供者であるキース・レイヴン(ea9633)は軽く溜息をついた。まあ少なくとも今回の依頼では、彼女があの毛布にくるまって眠ることはないのだが。
 家具類などの大物は腕力のある面々が運び、細々とした雑貨類などはアンジェットやミュウ・クィール(eb3050)がぼろ布などで小分けにして梱包する。小一時間ほどであらかた荷を運びこみ終える頃には、力仕事を手伝っていたツグリフォン・パークェスト(eb0578)などの顔はうっすらと上気していた。
「あー、結構汗かくね、これ」
「出発前に軽く汗を拭いておいたほうがよいな。今日は殊更冷えるようだ」
 源靖久(eb0254)の言うとおり、その日は朝から冷え込みが厳しかった。そのうえ空には灰色の雲がどんよりと立ち込めており、昼になっても暖かな陽光は望めそうもない。全員が上着や外套をきちんと着込んでいるし、ミュウなどは犬を模した防寒具姿で、『ぽちとお揃いです☆』と、足元で尻尾を振る犬と一緒にご満悦だ。
 さて、と言いながら荷台をくくるロープを軽く引いて、キースが結び目を確認する。
「荷はこれで全部か?」
「はい。細かい貴重品などは、あとから持っていくことになっているので」
 例の壷は別としても、椅子や卓、棚などの家具類、雑貨や生活のための道具類。細かいものはサビーネがバックパックに入れているが、それでも荷台はほぼ満杯だ。万一これ以上荷物があったとしても、もうほとんど積み込む余地は残っていない。この大荷物のうえ、荷馬車は一応二頭立てだが、そのどちらも驢馬である。のんびりとした旅路になりそうだった。
「皆の準備ができていらっしゃるなら、早速出発ということでよろしいのではないでしょうか」
「そうだね。早く出発すれば、それだけ早く着くことになるわけだし」
「ミュウも、サビーネちゃんにさんせーい☆」
 サビーネの提案にツグリフォンが頷き、満面の笑みを浮かべながらミュウも諸手を挙げる。

●真冬のお引越し
 パリを出て何時間が経っただろうか。天候は回復するどころか雲には切れ目ひとつ見つからず、かえって冷えこんできたようだ。顔に吹き付ける風に頬を切り付けられて、ツグリフォンは軽く身を震わせる。
「うう、寒ーいっ」
「さむーいっ」
 その真似をするミュウも、寒さで頬が赤く染まっていた。まだ小柄な彼女は他の大人と歩幅が違うが、セブンリーグブーツのおかげで余裕をもってついて行くことができている。もっとも重い荷台を引く驢馬の歩みは極めてゆっくりで、普段の彼女の足でも追いつくのはそう難しいことではなかっただろう。
 一緒に歩いているボーダーコリーのデュランの毛皮を撫でながら、サビーネが溜息をついた。
「これでは、夜になったら相当寒くなりますわね。覚悟しませんと」
「夕飯はあたしに任せとくれ。あったかくなるものを作ってやるから」
 白い息を吐きながらアンジェットが胸を叩き、そうだな頼む、と言いながら、キースは曇天を見上げて眉をひそめた。
「まずいな。本当に降ってきそうだ」
 悪天候になればどうしても足は鈍る。加えてこの寒さだから、体を濡らせば体力を消耗するはずだ。比較的頑健なキースはともかく、特に体力のなさそうなミュウやサビーネ、それに加えて、荷を引く驢馬が心配である。馬で先行していた靖久は速度をゆるめ、どうする? と振り返りながら尋ねる。
「雨にしろ雪にしろ、降ってきても気にせずそのまま進むべきだろうか。それとも足を止めて天候が回復するのを待つか?」
「‥‥‥‥」
 問いにしばし皆沈黙したが、やがてキースが口を開いた。
「降らないうちに、どこか風雪をしのげそうな場所を探そう」
「そうだね。荷を濡らしたくないし」
 同意するツグリフォン。こんなことなら荷が濡れにくいように家具に何か布でもかけておけばよかったのだが、誰もそこまで頭が回らなかったのだから仕方がない。それに降り始めたら薪にする枯れ木が濡れるから、火を焚くのが難しくなる。

 荷馬車が雨をしのげそうな、枝の大きく張り出した木立を見つけたころには、すでに周囲は暗くなりかけていた。まずは火がないことには、厳しい冬の夜を越すことなどとうてい無理である。
 焚き付けを作るために、まず周囲から集めてきた薪を削る。火打ち石の火花にあわせて根気よく息を吹きつけ、ようやく赤々と燃え出した削り屑に、靖久がファイヤーコントロールの魔法を唱えた。ぱっと大きく炎がふくれ上がり、誰からともなく安堵のため息が漏れる。
「さて、と。じゃあ早速、夕飯の支度だね。ミュウ、火に近づきすぎるんじゃないよ」
「はあい。ぽち、こっちおいでよ。あったかいよー」
 自前の調理器具を荷から引っ張り出しながら、アンジェットが料理の準備を始める。
 しばらくは火を放っておいても大丈夫だろうと判断し、靖久は自分の馬や、馬車を曳く驢馬たちの様子を見てやることにしたようだ。キースとツグリフォンは、二人がかりでアンジェットの持って来たテントを設置している。
「近くには、厄介そうな生き物はいないみたいね」
 デティクトライフフォースで周囲の索敵をしていたサビーネが、ほっと息をついた。野外だけあっていくつか生物の気配は感じられたが、大きさから考えて肉食獣ということはなさそうだ。火を焚いていればまず近づいてこないだろう。
 無事テントを張り終え、アンジェットの鍋からいい匂いが漂い始めた頃、力強いはばたきが冒険者たちの耳を打った。
「ヴェイル?」
 キースがわずかに目を瞠り、木立の間を飛んできた鳥の名を呼ぶと、鷹のヴェイルは滑るように旋回して頭上の枝へと留まった。身震いするように何度も翼をはばたかせ、それと同時にミュウが声を上げた。
「わあ、雪だよっ」
 なるほど、焚き火の明かりが照らし出す光の向こうに、白いものがしんしんと降りしきる様子が見える。鷹は雪の気配を察知して、ここまで退避してきたものらしい。防寒着の襟をかき合わせつつ、ツグリフォンはじっと雪を見ていた。
「積もるかな」
「積もりそうだな」
「明日からが大変だねえ、こりゃ」
 ある意味モンスターよりも厄介だねと苦笑するハーフエルフに、まあいいさとキースは鷹揚に肩をすくめた。相手が天気では腹を立てたところで無駄なことだし、それなら明日からどうするかを考えたほうが建設的だ。
 雪を見ながら食べたアンジェットのスープは、冷えた体によく染みた。

 翌朝には雪はやんでいたが、地面にはうっすらとその名残が積もっていた。本格的な除雪が必要なほどは降らなかったのが、せめてもの救いである。
 驢馬は寒さになかなか動きたがらなかったが、馬の扱いに慣れている靖久が何度も言い聞かせてようやく歩き始めた。もし雪で滑って足を折ったりしようものなら大変なので、今度は自分の馬を降りて一緒に歩いてやる。冒険者たちが歩を進めると、雪の上に黒い足跡と轍が残った。
「どうやら、ゆうべで天候の峠は越えたようですわね」
 サビーネの言葉通り、雪のやんだ朝の空はきれいに晴れている。太陽を照り返してきらきらと光る雪がまぶしいほどだ。寒さは相変わらず厳しいが、いつ悪天候に見舞われるかはらはらしていた前日にくらべれば気分的に楽だ。
「村まではあとどのぐらいだい?」
「順調にいけば、あと一日と少しってところじゃないかな」
 アンジェットの問いに、パイプからのんびりと火をふかしながらツグリフォンが応じる。無事着ければいいがな‥‥とキースが呟くと、そう願おうと靖久も首肯した。
「ぽち、雪、つめたいねえ」
 そんな大人たちの会話などどこ吹く風。派手に雪を蹴立てながら歩く犬を見下ろしながら、ミュウがにこにこと話しかけている。

●お引越し完了
 二日目も無事野営を乗り切り、三日目の昼に目的地に到着した。
 事前に手紙が行っていたようで、依頼人の両親は冒険者たちを手篤く出迎えてくれた。わざわざ若夫婦のために部屋をひとつ空けたようで、荷解きをしながら、すぐに運び込み作業が始まった。
 棚、椅子、それからこまごまとした置物、それにもちろん、毛布にくるまれたあの酢漬けの壷。ロープをほどくと、幸い蓋は固定されたまま開いてもずれてもいなかった。キースの毛布も、ちょっと酢の匂いがするほかはまったくの無事。充分使えるよというアンジェットの言葉に、キースは酢漬け臭い毛布を抱えて複雑そうな顔をしたとか、しなかったとか。
 無事あらかたの荷物を運び込むと、老夫婦は冒険者たちのために手料理とワインをご馳走してくれた。ワインを飲むには少々早いミュウは、ご馳走へのお礼と、仲間への『お疲れ様』の意味をこめて、夕食の席で踊りを披露した。
 その踊りに実は、『帰りもがんばろうね』という意味がこめられていたのを知るのは、帰りすがらにもう一度雪に見舞われてからのことだが、依頼には関係ない蛇足のことなのでここでは割愛する。