避暑地の海岸で

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 67 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月21日〜07月29日

リプレイ公開日:2004年07月29日

●オープニング

「連日暑い日が続きますが、みなさまいかがおすごしですかー?」
 集まった冒険者たちにしきりにもみ手しながら、受付係の女性は手紙の時候の挨拶のようなことをのたまった。
「そんな暑い夏にぴったりなのが今回のお仕事でーす。興味あるひと、手ぇ挙げてー」
 ‥‥はーい、と挙手したのは受付係ひとりだけであった。
「ンもう皆さん、ノリ悪いですよう。おねえさんスネちゃいます」
「いいから説明を続けてくれ」
 冒険者ギルドはもうちょっとましな職員を雇うつもりはないのだろうかと思いながらも、冒険者たちはそう求める。
「はーい。実はですねー、海辺にある、商人さんの別荘でのお仕事なんですー」
 貴族や商人などの富裕階級の者は、夏用や冬用の別宅を持っていることもめずらしくない。
 もっとも家というものは住む者がなければあっという間に荒れる。だから家の主がいない間は、誰か近所の人間を雇って定期的に手を入れさせるのが普通である。ところが。
「その別荘の管理を任されているご老人が、ぎっくり腰で倒れてしまったらしいんですよー」
 すくなくとも一週間は安静にしておいたほうがいいというのが、医師の見立てである。
「それで、その間の別荘の留守番を皆さんに頼みたいそうなんです。このことは別荘のご主人も了承済みだそうで、特にものを壊したり汚したりしなければ、別荘を好きに使って構わないそうですよー。よかったですねー」
 おみやげよろしくお願いしますねー、と、受付係は能天気に手を振った。

●今回の参加者

 ea1559 エル・カムラス(19歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3844 アルテミシア・デュポア(34歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 ea4111 ミルフィーナ・ショコラータ(20歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea4325 虚珠 衛至(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 波の音に誘われて目を開く。鼻腔をくすぐるのは磯の香り。かき上げた自慢の銀髪は、こころなしか汗と潮風をはらんで重かった。けだるく溜息をしたガブリエル・プリメーラ(ea1671)は、かたわらの気配を振り返りもせず身を起こす。
「ミカ。水ちょうだい」
 冷えたワイン、とはいかないところが駆け出し冒険者の悲しさではあった。
「‥‥はい、どうぞ」
 うんざりした様子で、ミカエル・テルセーロ(ea1674)は目の前に差し出されたコップに水を注ぐ。酌を強要したガブリエルはといえば、当然とばかりに水杯を傾けて顔をしかめた。
「ぬるいわ」
「しょうがないだろ、夏なんだから」
 汲みたてのときは井戸水はそれなりに冷えていたのだが、魔法以外には特にこれといった保冷手段のないジ・アースのこと。こうして浜にいればいやでもぬるくなる。ミカエルはウィザードではあるが、使えるのはあいにく火の魔法だった。
「あ、そ」
 これ見よがしに肩をそびやかし、ガブリエルはもう一度砂の上に横たわった。防砂林をかねているらしい木々が落とす影は、夏の日差しから彼女のからだを守ってくれる。ガブリエルはとにかく暑いのが大嫌いだった。
「あーあ。せっかくの海だっていうのに、なんだってお供がガブなのかしら」
「それはこっちの科白」
「おまけに水はぬるいし」
「‥‥わかったよ。また汲んでくればいいんだろ」
 別荘に到着して以来、この調子でいいように使われているミカエルである。

 何やらぷりぷりと腹を立てた様子で、庭をまわって井戸のほうへ大股に歩いていく金髪の少年。窓の向こうにその姿を見送りながら、虚珠衛至(ea4325)は感心したようにつるりと顎をなでた。
「‥‥なかなか羨ましい役目ですね、ミカエルさんは」
「気の強い女に顎で使われることが?」
「美しい女性の側近くにはべれることがです」
 大真面目に衛至に答えられ、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)はふーん、と気のない返事を返しながら、モップで板張りの床を拭く。ガブリエル自身は、ミカエル以外の相手には猫をかぶっているつもりのようだが、少年があれやこれやと彼女の世話を焼いている様子を見れば、おのずとそのあたりの力関係は知れようというものだった。
「‥‥今日の掃除はこんなもんかな」
 ふう、と汗を拭く。別荘内の掃除はクロウが自分で申し出たことだった。依頼内容はほとんど遊びみたいなものだが、それでも留守番という名目上、家の中を散らかしておくわけにはいかない。とはいえ、別荘は冒険者らが泊まるのにじゅうぶんな広さで、本腰を入れると床の掃除だけでもずいぶんな時間がかかってしまう。ミカエルとふたりで、行き届く範囲で掃除をすることにしていた。
「たっだいまー☆」
 裏口のほうから明るい声が聞こえてきて、リョーカことレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)が買い物から帰ってきた。両手に提げた網には、市場で仕入れてきた魚介類がもりだくさんである。
「お帰りなさいリョーカさん。ずいぶん仕入れましたね」
「さすがに海のそばだと、魚の種類が豊富よねえ」
 汗まみれの裸の上半身を拭きながら、リョーカは機嫌がいい。内陸で商われる魚介類はほとんどが保存のために塩漬けにしたもので、この季節はそれすらも強烈に生臭いことが多い。とれたての魚を目にする機会など、海の近くでもない限りまずないのだ。
「リョーカはこの後予定あるか?」
「市場のオバサマがたにモテモテで、さすがに今日は少し疲れちゃった。出かけたいなら留守番してるわよ」
 上背のある筋肉質な体つきはさぞ目立ったのだろう。
「衛至はどうだ?」
「そうですね‥‥そうおっしゃるクロウさんは?」
「ちょっと浜に行ってこようかなあと思ってる。俺、今まであんまり海見たことないからさ」
 そう口にするクロウはイギリスの高地出身だという。ノルマンに渡って来る際に見たドーヴァー海峡が、彼にとってはじめての海だったそうだ。青年のことばに、やはり自らも異国人である衛至は、ふむ、と考え込み、癖なのか親指の爪を噛んだ。
「そうですね。たまには、異国の浜辺で釣りというのもいいかもしれません」
「釣りかあ。うまい魚が釣れるといいな」
「ああ」
 いかにも素直なクロウの返答に、衛至は口元の表情を和らげた。
「残念ながらそちらの釣りはやりません。道具を持参していないし、心得もありませんので」
「はあ?」

 おそるおそる砂に足をつけたとたんに大きな波が打ち寄せて、ミルフィーナ・ショコラータ(ea4111)は驚いてまた空へと飛び上がってしまった。幸い、大事な翅翼がずぶ濡れになるような事態は免れたようだ。同じように宙空へと逃れたエル・カムラス(ea1559)が、蝶の羽をぱたつかせてミルフィーナのほうを見る。
「大丈夫?」
「はい。ちょっとびっくりしましたけど」
 ミルフィーナも海を見るのは初めての体験である。今日はよく晴れていて、蒼穹の空の下で水平線がはっきりと見える。海原のほうを見ると、遠くの波間で漁師の小舟がゆらゆらと揺れているのがわかった。
「ときどき大きい波が来るから、気をつけてね」
 そういうエルのほうは海辺の街で育ったらしい。慣れた様子でふわりと波打ち際に舞い降りて、目についた桜色の貝殻をひとつ拾い上げミルフィーナに示す。
「これなんかどうかな?」
「かわいいですね」
 お土産にすると称して、浜辺の貝殻を拾っているふたりである。
「やあ。貝殻集めですか?」
 シフールふたりを認めてやってきたのは衛至だった。軽く手を上げると、濡らさないように履き物を脱いで近づいてくる。
「はい。衛至さんは、お散歩ですか?」
「いやまあ‥‥あまり釣果が芳しくなくて」
「?」
 実のところちょっとした火遊びに地元の若い女性らに声をかけていたのだが、あまり相手にされなかったのだ。
「ところで、衛至さんってジャパンの方ですよね?」
「ええ」
「お聞きしたいことがあるんですけど、構いませんか?」
「どうぞどうぞ」
 愛らしい女性はいつでも歓迎の衛至である。さすがにシフールは彼にとって少々小さすぎるので、『釣り』上げようとはさすがに思わないが。
 快く要望を受けた異国の剣士に、ミルフィーナはほっとしたように気になっていたことを切り出した。
「ジャパンの方って『褌』っていう布を腰に巻いて泳ぐって聞いたんですけど、本当ですか?」
「‥‥‥‥」
「へーっ。そうなの?」
 衛至が沈黙すると、面白そうだと思ったかエルが貝殻を放り出す。
「ジャパンの人はみんなそれつけてるの? 衛至さんもそうなの? 今もつけてるの? それがあれば泳いでも平気なの? 僕見たいなあフンドシ」
 好奇心旺盛なエルの質問をやりすごすのに、衛至はそれは苦労したという。

「‥‥なあ、何やってんだ?」
「見ればわかるでしょ」
 砂を掘ってんのよ、と砂浜の上にうずくまったまま、アルテミシア・デュポア(ea3844)はクロウにそっけなく答える。頭をかいたクロウの、ズボンをまくったすねのあたりを波がざばざばと洗っていた。
「いや俺が言いたいのはそういうことじゃなくて」
「あーもうくそ暑いし汗はかくし、大体こんなに晴れてると日焼けするのよね!」
 言いかけたクロウの言葉を遮ってアルテミシアは、まるで親の仇でも見るように頭上で燦燦と輝く太陽を見上げた。
「‥‥じゃあ建物に入ってれば?」
「わかってないわね、キミ。あたしたちがなんでここに来たと思ってるの?」
「ぎっくり腰のじいさんのかわりに金持ちの別荘の留守番をするため」
「つまり遊ぶためよ!」
 昂然と顎を上げ胸を張ってアルテミシアは宣言した。どういう論理で『つまり』という接頭語がつくのかクロウなどには皆目見当がつかないが、おそらく彼女の中ではそのふたつはイコールなのだろう。
「遊ぶときには全力で遊ぶ。これが私の信念よ。せっかくの海を前にして建物にこもってるなんてとんでもないわっ。そんなの遊びへの冒涜よ。青春の浪費よっ」
「‥‥それで、なんで砂掘ってるんだ?」
「ふっ。決まってるじゃない」
 よくぞ聞いてくれましたといわんばかりに、アルテミシアは髪をかきあげた。
「ホラ私特に魚とか釣れるわけじゃないし獣とかも狩れないし? でもアレでしょ、貝は砂掘れば出てくるもんでしょ」
「さあ。俺、今までほとんど海に来たことないから」
「出てくるもんなのよっ。だから掘るのよ力の限り。掘るのよ非力だけど頑張って。掘って掘って掘りまくって貝を手に入れるのよそして持ち帰って酒の肴にするのよ、料理の仕方なんて知らないけど大丈夫焼くぐらいなら私にだってきっとできるわ、信じることが大事なのよ、それに多少焦げても食えるしきっと。いや焦げたら食べるの私じゃないけどねホラか弱いし私、だから見るからに丈夫そうなキミは私のかわりに焦げた貝を食べなさいいいわね!」
 わずか数度の息継ぎだけでほぼ一気に言い切ったアルテミシアの手元は驚異の長台詞のあいだもざかざかと動いていた。砂浜をでたらめに掘りかえしているらしく、貝殻ではない生きた貝が出土する様子はない。海に関していくばくかの知識がある者であれば、多少は違ったのかもしれないが。
 あー、と間延びした音を発して、クロウはもう一度頭をかいた。
「あのさ」
「何よ」
「今日の夕飯の材料だったら、リョーカがもう買ってきたんだけど」
「‥‥‥‥‥‥」

●避暑地の夕方に
「もういいわよ」
 声をかけられてミカエルはあやうく卒倒しかけた。なにしろガブリエルの細身の肢体は、適当な布を腰と胸にまきつけただけだ。すんなりとほそい四肢やすべらかな腹部、首筋から鎖骨につながる線など、服を着ていれば見えないはずの部分がすべてむき出しである。
「き、き、君って人はほ、本当何考えてんだよ〜‥‥こ、こんなとこでそんな格好に着替えるなんて」
 そもそもガブリエルがおもむろに立ち上がり、着替えるからそこに立っててとミカエルに命じたのが運のつきであった。要するに着替えの衝立がわりである。ミカエルは彼女よりも頭ひとつ背が低いのだが、そこはとにかく必死になってガブリエルの着替えを男(自分含む)たちから死守することに成功した。まさか、こんな大胆な格好に着替えるとは予想していなかったが。
 しかし当のガブリエルは、自分がほとんど裸に近い格好であることなど意にも介さず、傲然と面を上げる・
「だって泳ぎたいんだもの」
「泳ぐ!?」
「暑いのよ」
 当然のこと言わせないで、といわんばかりの声音で、エルフの女性は言い放った。
「私は暑いし、目の前には水があるし、なら水浴びしたほうが涼しいじゃない。さ、そこどいて。ひと泳ぎしてくるから」
 ミカエルが口をぱくぱくさせるのは多分どこから文句をつければいいのかわからないのだろう。少年のそんな様子など慣れているのか、ガブリエルはさっさと海のほうへと走っていってしまう。一度だけ振り返って浜辺に向かって怒鳴った。
「ミカ! 私が上がったときのために、体洗う水、用意しといてよね!」
 どこまでも好き放題なのがガブリエルという女性であった。

「あら。涼しそうねえ」
 顔を上げるとリョーカが立っていた。手には流木の束がいくつも抱えられている。あいかわらず上半身裸で、未だ身長が発展途上のミカエルにとっては見上げるような偉丈夫である。
「ひ、非常識すぎますよ。女性が海で泳ぐなんて」
「でも楽しそうよ、彼女」
 指さした先の女性は確かに気持ちよさそうだった。浅い水の中で悠々と体を動かす姿は生き生きとしている。
「‥‥リョーカさんは何を?」
「薪ひろい。今夜は庭で火を焚いて、みんなで魚や貝を焼いて食べるのよ」
 そう言うリョーカもなんだか楽しそうだ。そう言うと、リョーカは面白そうにミカエルを見返した。
「あんたも楽しそうに見えるわ」
「そんなことないですよ。こき使われてばっかりで」
「それだけ心を許されてるって見方もできるんじゃないかしら」
 沈黙する。そういえばこの人は神に使える神聖騎士だったと、ミカエルはいまさらのように思い出していた。またひとつ流木を拾い上げて、リョーカは感嘆するような声を上げる。
「綺麗な景色ね」
 夏の日差しを海原が乱反射している。その波間に見え隠れするガブリエルの体さえも輝いているようだった。まぶしさに目を細めながら、リョーカはいつになく敬虔な口調で呟きを落とす。
「今日、この場を与えたもうた神に感謝を‥‥なんてね」
 今年の夏はまだ先が長い。