愛の隊商を守れ!

■ショートシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 75 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月28日〜08月05日

リプレイ公開日:2004年08月06日

●オープニング

 独り身、という言葉がある。
 要するに恋人や配偶者のいない状態、またはその状態の人を指す。
 世間一般の通念によれば、『人は所帯を持ってはじめて一人前になれる』そうだ。だからいい歳をした大人が独身だったりすると、白い目で見られることも少なくない。世間から見て、独り身とは恥ずかしいことなのである。
 確かにひとりのほうが身軽だ。いつのまにか独り身が習い性になって、いまさら特定の相手を作りにくいという者もいるだろう。だが独り身のみんなだって時々、ほんとうに時々、心から愛する相手の不在を悲しく思うことだってあるはずだ。
 ‥‥それがたとえば今だとギルドの係員は思う。
「すっごぉい。これみんな冒険者のヒト? 女の人もいるのねえ」
 依頼人の腕にしがみつきながら、女はギルドを行き交う人々を見回した。
 肉感的な唇に張られた紅の色がなやましい。首をめぐらせるたびにあやしく揺れる胸を見ないようにしながら、ギルドの係員は仕事用のとびきりの笑顔を披露した。
「ええ、そうですよ。冒険者と聞くと、皆さんむくつけき大男ばかりという印象をお持ちのようですが‥‥実際には女性の冒険者も多いですね。もちろん女性だからといって、腕前が劣るということもありません」
「でもぉ、なんか不安ー」
 しがみついた腕を強く引き寄せて、女はいやいやと身をよじった。
「女の冒険者を雇ったら、あたしのキーちゃんに言い寄ったりしない?」
「そんなことはないよ、エリりん」
 依頼人のキーちゃん‥‥もとい、依頼人のキースンは、恋人のエリりんことエリーゼの言いように目を細める。
 こちらもすっきりした顔のけっこうな好男子であった。
「僕がエリりん以外の女性に心を動かすなんて、ありえない! それよりも、僕以外の男をエリりんに近づけるほうが心配だ」
「ああン、それこそありえなーい。キーちゃんてばカワイイ☆」
 ははっこいつう、などと言いながら『キーちゃん』が『エリりん』の額を小突く。こほん、と咳払いして、ギルドの係員はふたりの話を中断した。話が進まない。
「‥‥ええと、それで、次の街までの商隊の護衛を?」
 依頼人のキースンはこれでも、おもに塩や香辛料の類を扱う商人である。若いながらもそれなりに利益をあげているらしく、着ているものもなかなか仕立てのいい上等なものだ。エリーゼの身につけている髪飾や指輪も、おそらく彼からの贈り物なのだろう。
「ここのところ物騒だと聞いているからね。盗賊が出ないとも限らない」
 積み荷は馬車三台分。商隊はキースンとエリーゼのほか、下働きの人間も含めると総勢十名程度だと彼は言う。
 それほど難しい仕事ではない。報酬額を考えればむしろ美味しい部類に入るだろう。街道筋にならず者が出るのはいつものことだが、総じて強くないのが相場だし、『手強い獲物』と判断すれば手を出さないへたれた盗賊も多い。そういう場合は危険もなしで丸儲けである。
 ‥‥独り身の冒険者たちにはこの依頼人たちはさぞかし目の毒なことだろうが、それぐらいは我慢してもらうしかあるまい。
 さて、今手の空いている冒険者たちは誰だったかな?

●今回の参加者

 ea1861 フォルテシモ・テスタロッサ(33歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1872 ヒスイ・レイヤード(28歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea2442 ラティファ・ウィスパー(21歳・♀・ジプシー・シフール・ビザンチン帝国)
 ea2955 レニー・アーヤル(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea4677 ガブリエル・アシュロック(38歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5215 ベガ・カルブアラクラブ(24歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 ea5254 マーヤー・プラトー(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5327 シーア・ベネフィック(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 愛馬にまたがり、ゆっくりとした歩調で馬車に併走しているフォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)には忍耐のときである。
「あのね、キーちゃん」
「なんだい、エリりん」
「あのね、あのね‥‥なんでもないのお」
「あははっ、こいつう☆」
 馬車から途切れ途切れに聞こえてくる無意味きわまりない会話は果たして何の試練なのだろうか。
「‥‥これだからノルマン人という奴は」
 冷静に考えればアレはノルマン人の中でもかなり特殊なケースだと気づきそうなものだが、もともと浮ついたことが嫌いなフォルティシモは、出発以来ところ構わずまき散らされる甘い空気にこめかみをひくつかせている。
「あれは明日の食事の種、パンにワイン、パンにワイン‥‥」
「どうかしましたかぁ?」
 己に言い聞かせるフォルティシモに、背後から心配そうに呼びかけてきたのはレニー・アーヤル(ea2955)だった。手綱を持つフォルティシモの背につかまって、二人乗りという格好である。小柄なためか、馬にはそれほど負担になっていないようだ。
「いや。気にせんでよい」
「そうですかぁ‥‥? あっ、師匠〜っ」
 訝るレニーだったが、依頼人の恋人、エリーゼが馬車の幌から顔を出したのに気づいてぱっと顔を輝かせる。
「あら。なぁに?」
「お聞きしたいことがあるんですけどぉ」
 ギルドでふたりを見かけて『これだ!』と思ったらしい。レニーはエリーゼに『愛を指南してほしい』とみずから弟子入りを志願し、以来彼女を師匠と呼ばわっていた。フォルティシモなどにはどうにも理解しがたい価値観である。
「私もぉ、カッコいい方と愛し合えるようになるには、どうしたらいいですかぁ?」
「そうねぇ」
 エリーゼはすこし考える様子を見せた。
「やっぱり出会いを待つようじゃダメよぉ。これだって思う人がいたら、全力でアタックしなくちゃあ」
「するとぉ、師匠も、キースンさんに会ったときはぁ」
「いやぁん。当たり前じゃない☆」
 恋愛指南というよりは、年頃の娘同士のただの雑談である。馬上と馬車で語らうふたりの距離を保つため、黙々と手綱を操りながら、フォルティシモは非常に居心地が悪かった。

 暗くなれば適当な場所を見つけて野営となる。商売に使うのだろう山のような荷物をかきわけ、シーア・ベネフィック(ea5327)はどうにか馬車の上から降りることができた。
「あたた」
 あまり道がよくないためか、馬車はまったくよく揺れた。キースンの商う品が、美術品や壊れ物でなくて幸いだと言えるだろう。ずっと座っていたせいか、体のあちこちがぎしぎしと痛む。冒険者たちの持ち馬の数が足りないため、小柄な者は御者らに無理を言って乗せてもらっているのだ。あまり贅沢は言っていられない。
「シーア。こっちおいでよ」
 焚き火のひとつの前に座ったベガ・カルブアラクラブ(ea5215)が呼びかけてきて、シーアはそちらへ座った。
 食事はすべて依頼人持ちである。この夜は保存用の干し肉を炙って、その上にチーズを乗せただけのごく簡単な食事だった。食べ物を受け取って少しずつかじるシーアの顔を見て、ベガはにこにこと話しかけてくる。
「今のところ、何にもないみたいでよかったね」
「そうですね」
「あの二人の仲のよさには少々参るけど」
 ベガの視線の先には、焚き火を前にぴったりとくっついているキースンとエリーゼの姿がある。ラティファ・ウィスパー(ea2442)が恋占いをしていて、それの結果に興じているようだ。
「でも‥‥ちょっと羨ましい気もします」
「あんな風にいちゃつけることが?」
「心から想い合える相手がいるということが」
 それはシーアには、未だ見つかっていないものだ。
 シーアの言葉にベガは表情をひきしめた。十二歳という幼さながら、品のいい顔立ちは黙っていると結構整っている。そっと右手をシーアの目の前にさしだすと、まるで炎の中から生まれたように赤い花が立ち現れた。
「この花は君に」
 青い一対の双眸がまっすぐに彼女を見ている。
「『君ありて幸福』‥‥これは俺の心だ」
「え」
 ここにきてようやく、シーアはベガの言わんとするところを悟ったのだった。
 普段からあまり多弁なほうではない。ましてや恋愛沙汰ともなれば、シーアには少々公にしづらいある嗜好があった。赤い花とベガの顔を見比べて、シーアは一瞬だけどうしたものかと迷う。けれど、彼の思いを受け入れることは自分にはできないのだ。
 白い手が、ベガの花をそっと押し返す。
「‥‥気持ちは嬉しいんですけど‥‥」

●愛の隊商
 明けて翌日。
「どうしちゃったの、ベガは?」
「さて、な」
 御者席からのヒスイ・レイヤード(ea1872)の問いに、馬上のガブリエル・アシュロック(ea4677)は首を振った。
 商隊の先頭である。黙々と馬車を走らせる御者のわきで、ヒスイはこっそり後続の馬車をうかがった。やはり狭い御者席の隣で、ベガの表情はなにやら浮かない様子である。手にしたナイフをもてあそぶ仕草にもなにやら覇気がないように感じられる。
「大丈夫かしらー? なんか心配ねえ」
「あの調子があまり長く続くようであれば、何か考えよう」
 ガブリエルは言って、ひとまず自分たちの仕事へと話題を転じた。
「そろそろ行程の半分ほどだな」
「今のとこ、何事もなく進めてるわねえ」
「道中ずっとこの調子で、何事もなければいいんだが」
 同じく馬首をヒスイの馬車に並べ、話に参加してきたのはマーヤー・プラトー(ea5254)だ。ガブリエルは首を振って、マーヤーの言葉にただ肩を軽く聳やかした。
「最近は物騒なことが多い。しかも、これだけの荷物だ。狙う輩がいてもおかしくはない」
 キースンの商う品は、香辛料や塩などの調味料類である。
 特に塩は、海から離れ内陸に入れば入るほど珍重される。陸では塩を採取する手段がないからだ。そのため山奥などでは塩が驚くほど高く取引されることも多く、キースンのように海岸から内陸部にかけて交易で塩をあつかう商人も珍しくはない。常に需要のある品だけに、手堅く儲けることができるわけだ。
「馬車三台ぶんともなれば、持っていくところへ持っていけばちょっとしたひと財産だものね」
「警戒しておくにこしたことはない」
 神聖騎士らしい生真面目な仕草でうなずき、ガブリエルはふと頭上を見た。隊の先頭を行くラティファの姿が、虫のそれによく似た羽をひらひらさせながら飛んでいる。
「ラティファ。様子はどうだ?」
「異常なしだよー」
 先ほどから上空で周囲の哨戒にあたっていたラティファだが、今のところ周囲に怪しい様子は見られないようだ。明るい声が返ってきて、地上にいる冒険者たちの口元がかすかにゆるむ。
「さっきからずっと飛びっぱなしじゃない。少し休んだら?」
「あまり無理をすると羽を傷めるぞ」
 ヒスイとガブリエルに口々に労わる言葉をかけられて、ラティファはちょっと困ったような表情を見せた。
「うーん‥‥じゃ、もう少しまわりを見」
 言いかけて、風を切る音と同時になにかがラティファの体をかすめた。
 鈍い音がして振り向けば、木の幹に一本の矢が突き立っている。射掛けられたラティファ自身が襲撃だと気づくよりも早く、剣を抜いたガブリエルが馬首を巡らせてラティファに呼びかける。
「ラティファ、こちらへ!」
 ラティファは森林に確かに詳しいが、視力に関しては人並みである。先導には適任だろうが、物陰に潜む者を見つけるのはまた別の話だ。周囲の茂みから数人のごろつきとおぼしき人影が飛び出してきて、ラティファはあわててガブリエルの肩に着地した。
 ほかに馬に乗っている者たちはすでに動いている。
「レニー、馬車へっ」
「はいですぅ」
 のんびりとした物腰とは裏腹の機敏な動作で、レニーがフォルティシモの馬から飛び降りる。同時に馬はいななき、女騎士は剣の鞘を払った。打ちかかってきた山賊の攻撃を受け止めると、重く硬質な戟剣の音が空気を震わせる。
「いやぁん、カッコいい〜っ」
 嬌声にも似たレニーの声が場違いで、フォルティシモが振り向かぬままただ苦笑した。
 弓の弦のはじかれる鈍い音がたて続けに響き、馬車の車輪や荷台に何本かの矢が突き立った。
「おっと!」
 ベガの手元からナイフが閃いた。肩からナイフを生やした男が、弓を手に樹上から落ちてくる。視力・聴力にすぐれる彼は射手の居所をすでに突き止めていた。別の射手を捜して首をめぐらせると、そちらはシーアがすでに雷の魔法で撃ち落としている。
「やれやれ。楽な仕事だと思ったんだがな」
 マーヤーが首を振り、得物を一閃してやみくもな突きを打ち払った。
 馬上の三人の冒険者らは、いずれも正式に剣の訓練を受けている太刀筋である。獲物を構えながら、盗賊たちはじりじりと間合いをはかっていた。その様子を、マーヤーはといえば目をすがめて睨み付ける。
「このまま退くというのであればよし」
 片手持ちの長剣を振るうと、剛剣の空気を裂く音が盗賊らの耳にまで届く。
「あくまで事を構えようというのなら、容赦はしない」
 ‥‥こうまで言われてあくまで強硬な態度を保てるほどには、昨今の盗賊には骨はなかったようである。


●愛に時間を
「キーちゃぁん、エリりんとっても、とっても怖かったぁっ」
「大丈夫だよエリりん、冒険者さんたちが追い払ってくれたからっ」
「‥‥なんと言おうか」
 ひっしと抱き合う依頼人らを横目に、フォルティシモがこめかみを押さえながら言う。
「無性に背中を蹴りたくなるのはわしの心が狭いせいなのじゃろうか‥‥?」
 正直なところ、あのどうしようもないお互いの呼称さえなければ、ほほえましいカップルと言えなくもない気がするのだが。いやそれはどうかな。
「ま」
 肩をすくめてヒスイはひとつ息をつく。
「盗賊は追い払ったんだし‥‥少なくともこれでもう道中は安全なんじゃないかしら」
 ああいったアウトローらにも縄張りは存在する。獲物を奪い合わないよう、よその「お仲間」の縄張りで仕事をしないのが、悪党なりのルールであった。この近辺に、あれとは別の盗賊が陣取っている可能性は低い。
「とにかく先を急いだほうがいいな」
 マーヤーが剣をおさめながら言う。
「だいぶ時間を食ってしまった。まだ道中は長いんだろう」
「そうだな」
 ガブリエルも頷いて、まだ抱き合っているキースンらを見て重々しくつぶやいた。
「‥‥彼には道中、働く者を束ねる者としての心得をじっくり説いておきたい」
 神聖ローマ帝国出身の神聖騎士の堅い説法は、街につくまでの間、キースンとエリーゼの甘い時間をしばしば邪魔したという。