シスター・シモーヌの救済日記〜祝された金

■ショートシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月13日〜01月18日

リプレイ公開日:2005年01月20日

●オープニング

新年を迎えたドレスタットの街。古い一年を脱ぎ捨てて新たな年を迎えた街には、やはり独特の華やぎがある。その賑わいに耳を傾けてみれば、多くの子供達の声に気付くだろう。遊んでいる訳ではない。働く子供達の姿は、何処でも見られる当たり前の風景だ。
「貧しい親は食い扶持を減らす為に、子供達を売り飛ばすも同然に奉公に出します。一概に悪い事とは言えません。親も子も飢え死にから救われ、当人にはひとりで生きていく為の技術が与えられるのですから。ただ、そういった子供達の多くは、過酷な労働故に長生きは出来ません。彼らを一人前に育てようと考える良い親方に引き取られる事は稀で、大抵の親方は子供達など、使い潰せば取り替えればいいだけの消耗品としか思っていないからです」
 なんと嘆かわしい事でしょう、と涙を浮かべて語る依頼人シモーヌ。
(「ああ、修道院のシスター・シモーヌに捕まっちゃうなんてなんて不幸な私。この人とってもいい人なんだけど、程々という事を知らないのよね‥‥」)
 とうとうと語るうら若きシスターに、困り果てるギルドの受付嬢。既に席に着いてから数十分。周りに視線で助けを求めるが、仲間達は目を合わせず忙しいふり。神も仏もあったものではない。
「‥‥と、いう訳なのです。そこで、私は考えました。年の瀬も、聖夜でさえも休む事無く働き詰めの彼らに、ほんの一時でもいい、心から楽しい思いをしてもらおうと。普段、ろくなものを食べていない彼らですから、何か温かい食べ物でも楽しんでもらいながら、神様の有り難いお話などさせて頂こうかと考えていたのですが‥‥。ところがです。迷える子羊達は頑として私の申し出を受けないのです。自分達は乞食ではないから、人から施しを受ける謂れは無いと。神様なんてどうせ貧乏人は助けてくれないのだから関係ないと‥‥」
 ああ、なんたることでしょう! とシスター大いに嘆く。
「子供達は数多の苦難に打ちひしがれ、信じる心を失っているのです。なんとしても救済しなくてはいけません! しかし私はあまりに未熟で非力。そこで、冒険者の方々を頼ろうと思い立ったのです。幾多の困難を乗り越えて来た彼らの言葉なら、子供達の心を動かす事が出来るかもしれませんもの。そして、どんなもてなしをすれば彼らが喜ぶか、それも一緒に考えて欲しいのです」
 やっと依頼の内容を語ってもらえて、受付嬢、ほっと一安心。それではここに署名を、と手続きを進めている最中、シモーヌはやおら立ち上がり、もの凄い勢いでギルドを飛び出した。
「それでは確かにお願いしましたよ!」
 呆然としているギルド嬢を放置して、路地に出た彼女が叫ぶ。
「待って、話を聞いて!」
「うわ、またあの妙な女だ、逃げろ!!」
 追いかけるシモーヌに、逃げ惑う子供達。親方の怒鳴り散らす声が路地に響く。
「もしかしてあの人、子供達にとっては無茶苦茶迷惑なんじゃ‥‥」
 苦笑するギルドの職員達。受付嬢は泣きながら、残りの手続きを進めるのだった。

●今回の参加者

 ea5798 ヴィーゼル・シュタイン(31歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea7469 エレナ・スチール(18歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9345 ヴェロニカ・クラーリア(26歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●浄財
 子供達の為に資金を集める。それも、今後の為になるよう、町の人々から。それは確かに理想ではあったが、大変に困難なことでもあった。既に町の風景の一部、当たり前の光景になっているものを、変えようというのだから。
「それは、私も理解しているつもりです。でも、何かひとつずつでも、変えていかなければいけないと思うんです」
 シモーヌはそう、自分に言い聞かせる様に頷いた。彼女が子供達を迎える準備を進めながら、町の有力者に協力を求めている間に、エレナ・スチール(ea7469)とヴィーゼル・シュタイン(ea5798)は、足を棒にして親方衆のもとを回った。
「年に一度の休みなんですから、出来るだけ気持ち良く過ごしてもらいたいんです。働く意欲が湧けば、仕事の能率もきっと上がるでしょう。少しでも良いですから、寄付を頂けないでしょうか」
 エレナは懇々と、子供達を大切にすることで生まれる利を説いた。ヴィーゼルは、
「寄付をしてくれるなら、聖日毎のお説教で感謝の意を表し、イメージアップの効果を持たせるのじゃな」
 と、もっと具体的で直接的な利益を提示して見せた。
「ちっ、とんだ出費だぜ」
 大半の親方衆は、何のかんのと言いながらも幾許かの金を彼らに託してくれた。元々教会が絡んだ話なので、子供達の為と言うよりは信心の為と言う一面があるのだろう。ただ、善意は善意。素直に喜びたいところだ。だが、中には辛辣な言葉を浴びせかけて来る者もいる。
「何? 寄付をしろだと? お前らガキどもを休ませて俺の稼ぎを減らしただけじゃ不満足で、この上、まだ懐から金を弄ろうってのか、この泥棒め!!」
 酒の臭いをぷんぷんさせながら喚き散らすのは、数人の振り売りを仕切る親方だった。自分では働かず子供を扱き使っていると評判の男だ。
「泥棒なんて、そんな‥‥」
「おい、ニコ! お前、修道院のままごと遊びに行く気なのか!」
「‥‥興味ありません親方」
 ニコと呼ばれた少年が答えると、親方はにやにやと笑って言った。
「だ、そうだ。うちには関係の無い事だ。さっさと帰ってくれ」
 食い下がろうとしたエレナだが、ヴィーゼルに止められた。こんな所にいつまでも関わり合っているよりは、別のところを余分に回った方が寄付を募れるというものだ。彼女は親方を押し退けて、ニコに言った。
「私は、寄付を募って町を回ったから分かる。君達のことを気にかけている大人は、たくさんいるよ。だから、いつでも頼ってくれていいのよ? 誰かを頼るのは恥ではないんだからね」
 無言で会釈をし、部屋の奥に引っ込んでしまった彼。
「どんなに嫌な親方でも、年季が明けるまでは逃げる事も出来んからのう」
 可哀想に、と呟くヴィーゼルの声を、エレナは複雑な心境で聞いていた。

 一方、フィニィ・フォルテン(ea9114)とヴェロニカ・クラーリア(ea9345)は、一般の人達から寄付を募った。フィニィは歌で、ヴェロニカは詩で、道行く人の心に訴え、浄財を得ようというのだ。

♪御神(みかみ)は ひとり子を 賜う程に
 この世を 世人(よびと)を 愛し給う
 均しく 神の子たる 我等も
 兄弟 姉妹と 愛し合わん
  慈しみの心 抱き歌おう
  全ての子等に 光あれ

 私は 御神の 憐れみ故
 あなたに 奨めます 願います
 善きわざ 与えること それこそ
 御神の 喜ぶ 捧げ物
  神の御言葉 抱き歌おう
  全ての子等に 幸あれ♪

 フィニィの歌声に、人々が暫し足を止める。
(「あの方が言っていたのは、何ヶ所か聖句を引用する事と普通の人が歌えるように音域を広げ過ぎない事でしたわね」)
 貴重なアドバイスを思い出しながら作り上げた、自作の聖歌だ。不思議と耳に残って、何度でも口ずさめる、良い歌になったと思う。煤だらけの顔を擦りながら聴いていた煙突掃除の少年は、声がかかり、後ろ髪を引かれながら去って行った。立ち止まる時間さえない彼らに、フィニィは歌う。祈りを込めて、歌い続けた。
(「神、か‥‥」)
 ヴェロニカはその皮肉に苦笑した。神から見放された忌むべき存在のハーフエルフが、事もあろうに神の名をもって人から浄財を募ろうとは。救うべき子供達を苦しめているだろうこの寒さが、過度に顔や耳を隠した姿の違和感を無くしてくれているというのも、また皮肉だ。シスターは自分やフィニィの正体に気付いているだろうか? 恐らくは気付いていまい。虐げられる者を救おうとしながら、いつ自分が虐げられるかと怯えている。これも皮肉なことだが、悲しい事にもう慣れてしまった。

 春麦黄金の海に 少女は何を見るや
 沈み行く茜の日に 少年は何を思う
 今日の日の喜びを 明日の日の希望を
 額の汗の心地良さを 夜の夢の楽しさを
 今宵も眠れ子供らよ 今日の日の喜びを胸に

 朗々と吟ずるヴェロニカの前で、ひとりの紳士が立ち止まった。
『頂戴しました金銭は、全て働く子供達の為に使わせて頂きます』
 書かれているのを見て、ふむ、と考え込んだ。彼女が少ない財産を叩いて買い込んだ羊皮紙に、厳選の末に書き込んだ詩の数々。
「その詩はご購入頂いた方のもの。歌えと言われればいつでも歌いましょう、貴方だけの為に。お気に召す詩が無いのであれば、幾許かの寄付と羊皮紙1枚をご用意下さい。貴方様の為だけに、新しい詩を書きましょう」
 恭しく頭を垂れたヴェロニカに、紳士は、大きく頷いて見せた。どうやら、貴方だけの為、という言葉が彼の心を大いにくすぐったと見える。
(「おやおや、自分にこんな商才があろうとは」)
 これもまた、随分な皮肉だ。

 緊張の面持ちで、集められた浄財の額を数え始めるシモーヌ。金策組の4人も、その様子をハラハラしながら見守っていた。薄汚れた銅貨からピカピカの真新しい金貨まで混ざり合ったその様は、なけなしの金を、あるいは有り余る富のお零れを、心から子供達の幸せを願って、はたまた何の事は無い気まぐれで置いて行った、大勢の人々を思い起こさせた。
「‥‥はい、はい、大丈夫です! 贅沢にとは行かないでしょうが、温かくて栄養のある食事をたっぷりと用意して、子供達を迎える事が出来る筈です」
 皆、ほっと胸を撫で下ろす。シモーヌは一頻り神への感謝を述べてから、皆に言った。
「さあ、子供達をいつでも迎えられるように仕上げてしまいましょう。もうひと頑張りです!」
 ヴィーゼルとエレナは、寄付をしてくれた人々の名前を修道院内のよく見える場所に掲げていく。
「これでよし、と」
 自分の仕事に、満足げなヴィーゼル。
「子供達に、いい思い出を作ってあげて下さいね」
 集めた寄付は、フィニィからヴェガに手渡される。
「ありがとう、きっと無駄にはしないよ」
 最後の仕上げに、皆、大忙しとなった。

●休息の日
 そして、当日。修道院には大勢の子供達が集まった。彼らは会場のあちこちに寄付をした者達の名前や屋号が張り出されているのを見て、見知った者の名前、自分の親方の名前を見つけては喜んだ。ヴィーゼルは子供達が悪戯しないよう、駆けずり回る羽目になったのだが。
「まあ、まあ、こんなに!」
 シモーヌ、集まった子供達の多さに、感激で声も無い。
「具沢山のスープと柔らかなパン、チーズも付けて‥‥」
 ヴェガは食事の用意にてんてこまい。苦心の末に集めた浄財を使うのだ、考えに考えた末の、彼女なりの工夫が凝らされたメニューだった。そこに、女の子達を引き連れたエリアが乗り込んで来た。
「ヴェガ様、彼女達にも手伝ってもらいましょう」
 厨房が、途端に賑やかになった。効率や出来だけを言えばヴェガやエリアだけで作った方が良いに違いないのだが、これでこの集まりは、ただ施されるだけのものではなくなった。それは、どんな舶来品にも勝る香辛料だった。ヴェガは年長の子供達に、こっそりと用意しておいたワインを見せる。
「内緒じゃぞ?」
 子供達が頷いて、会心の笑みを見せる。テーブルの上に並んでいくささやかなご馳走、集まる子供達。思えば、彼らがこうして大勢で食事をするのも、きっと久しぶりなのに違いない。
「皆さんにこうして集まって頂けて、私はとても嬉しく思います。聖書の一節には、このような言葉が‥‥」
 シモーヌの話が(彼女的に)盛り上がりかけたところで、ラーバルトがパン、と手を叩いた。と、子供達が一斉に祈り出す。
「神様、シスター、楽しいおもてなし、どうもありがとう! いただきます!」
 彼女がはっと気付いた時にはもう遅い。子供達は目の前のご馳走にむしゃぶりついていた。シモーヌ、大急ぎで神様への感謝の言葉を口にして間に合わせる。
「やられたねぇ」
 ヴェガの言葉に、はい、と溜息をついたシモーヌも、その後でくすりと笑った。ラーバルトはしてやったりだ。
「またお芝居見せて下さい!」
 子供達にねだられて、ディノが衣装を調える。やんややんやの大声援に、彼も満更ではない様子。フィニィが爪弾く竪琴の音に乗って、赤い狼の参上だ。
「おのれ憎っくき狼め、ここで会ったが百年目!」
「ふっ、お前達の腕前で、この俺を散らすことが出来るかな?」
 弓矢を使った珍しい立ち回りに子供達が沸いている頃、ラーバルトは約束通り自分の鍛冶セットを用意し、潰したダガーを打ち直させていた。
「ハンマーの持ち方はそうじゃねえ、こうだ。普段親方の仕事をちゃんと見てるか? 無駄な仕事なんてこれっぱかしも無いんだぞ?」
 マルコ少年が悪戦苦闘するのを、仲間の少年達がハラハラしながら見守っている。結局、彼はダガーを1本、潰してしまった。
「どうだ、やってみると大変だろう。親方はこんなことを1日何十と、当たり前にこなしてるんだ。お前らもまず体を作って、親方なんか超えちまう鍛冶屋や職人になれ」
 悔しそうに駄目にしたダガーを見詰めるマルコ。
「ラーバルトさん、このダガー、貰っていいですか」
 ああ、もってけ、とラーバルト。この最初の失敗作が、マルコ少年の宝物になった。

 子供達の秘密の集会場には、ニコと、彼に気を遣って修道院に行かなかった数人の子供達がいた。詰まらなそうにしていた彼らは、ふと、聞こえて来た歌に耳を澄ます。それは、眠り姫に捧ぐ永久の恋歌。氷室に眠りについた姫を一途に想い続ける青年の恋の歌だ。それに続くは、一騎当千なる15の獅子の英雄譚。オーガの王に率いられたオークの大軍に立ち向かう15人の勇者の物語。暇を持て余していた子供達は、大喜びで秘密の集会場を飛び出した。
「あんた、そんな所で何やってんだ?」
「仕事前の、歌の練習です」
 ニコの問いに、澄まし顔で言うカノン。そんな力一杯にか? と呆れ気味に言う彼に、練習こそ真剣にするものですよ、と彼女は笑った。
「本当に良い練習になりましたわ。この気分の良さを楽しく踊り出したくなるような歌と音楽で表すことにしますわね」
 ウインクひとつ、跳ね回るような賑やかな曲調に、子供達が笑い出す。
「こないだの女といい、あんたといい、お節介な大人だな」
 頭を掻きながら言う彼に、カノンはただ、微笑みで応えた。同じ頃、修道院では仲間達がヴェガやエリアと一緒になって、如何にしてごちそうを冷ます事無く彼らに持って帰るかで悪戦苦闘しているのだが、彼らはまだそれを知らない。

 晴れ晴れとした表情で帰って行く子供達。それを見ながら、エレナはほっと胸を撫で下ろした。彼らを見て、親方衆が少しでも何かを感じてくれると良いのだが。
 シモーヌは就寝の祈りに際し、天の母に語りかけた。
『主よ感謝します。今日は、とても良い日でした』
 と。