びゅーてぃふる☆べいびぃず

■ショートシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月15日〜01月20日

リプレイ公開日:2005年01月21日

●オープニング

「絵のモデルを探しているんです」
 生成り色のローブを着こなした青年が、絶やさぬ笑顔でギルド職員にそう言った。青い襟巻きをふんわりと巻き、栗色の柔らかなウェーブヘアを軽く手で耳にかける。真っ白な歯が光れば受付嬢はもうめろめろだ。
「ヌードモデルになるんですが、一人ならともかく複数人数となりますと集まりが悪くて。まずはデッサンをとってそこから描き始めますのでそれほど時間はかからないと思いますよ」
 ああ、この人の前で裸になるのね‥‥。受付嬢の瞳が潤みながらそう語る。おいおい、君が脱ぐわけじゃない。
「着用していただくのは腰布一枚、こちらで用意します。特に敵と戦うとかそのようなシーンではないので手ぶらで来て頂いてもよろしいですが、ポーズとして使いたいというのであればどうぞご自由に。テーマは『大地の愛』。力強く春を待つ忍耐強さや植物の芽吹きを助ける優しさ、動物の冬の眠りを守る包容力などを表現して頂こうと思ってます。そうですね、古代ギリシアの彫刻のような躍動感が描ければいいですねぇ」
 黒く塗られた板に白墨でメモを取りながら、ちらちらと依頼人の顔を見る受付嬢。にこやかな表情は充分に彼女を職場放棄させる動機となった。
「あ、あの‥‥あたしじゃあダメ‥‥ですか‥‥?」
 ‥‥少しの間目を剥いて驚いていた青年は。
 眉間辺りに困ったような様子を見せながら、それでも表情は笑顔のままで、ヌードモデルに立候補した受付嬢に言った。
「すみません、男性ばかりをお願いしたいんですが」

 数刻後、殴り書きの羊皮紙が張り出された。

●今回の参加者

 ea7634 ロジャ・アクロイド(32歳・♂・バード・シフール・イスパニア王国)
 ea9249 マハ・セプト(57歳・♂・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 eb0029 オイゲン・シュタイン(34歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb0420 キュイス・デズィール(54歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb0578 ツグリフォン・パークェスト(35歳・♂・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●モデル達
「‥‥来ないな」
 共に依頼を受けた仲間を待ちながら、オイゲン・シュタイン(eb0029)は呟いた。神聖ローマ出身の彼の周りにはシフールが二人とエルフ‥‥の様に見える男。やってこない男は人間である。これが一般的なローマ出身者であればあまり快い状況ではないだろう。しかしオイゲンはさも気にする様子も無く、シフールの老人マハ・セプト(ea9249)に声をかけた。
「そろそろ日も高くなる。仕方ない、先に向かった方がいいだろうか?」
「そうじゃの。彼にも何か急用でも出来たのじゃろう。依頼主にしてみれば予定より頭数が揃わなかったと思うが‥‥まぁ、仕方なかろう」
 羽をはたはたと動かすと、その身がふわりと浮かび上がる。マハが動いたのを合図に、オイゲンと他の二人も腰をあげた。素人とはいえ絵のモデルという大役(?)を引き受けた以上、疲労も大敵である。
「でも絵描きも大変ねぇ。いわゆる『ギリシア彫刻体型』なんてあの人くらいしかいなかったのに」
 バックパックを背に負ったツグリフォン・パークェスト(eb0578)が自分の腹を軽く叩いて苦笑する。この依頼を受けた際に減量も考えたようだが、モデルであるならば二日三日で何とかするよりも健康的な身体を晒した方がいいだろう。冒険者である以上、ハードな環境は常に待ち受けている。今後の事を考えても美容面で考えても短期間の急激な減量は自分のためにならぬと、ツグリフォン自身も心得ているようだ。
 自分以外の参加者を見回せば、ジャパニーズスモウレスラーのようなたっぷりとした肉付きのオイゲン。体型そのものは普通だが年齢相応の皺を刻んだ貌のマハ。きっとその身体にも同じようにこれまでの人生の年輪として皺を刻んでいるのであろう。唯一普通体型でそこそこ丹精な顔立ちのロジャ・アクロイド(ea7634)もシフールだ。
「ねーねー、皆ポーズどうするか決めた?! ボク良かったら腰布代わりに張り付くとかするよ?」
「「遠慮しておく」わ」
 オイゲンとツグリフォンが同時に答えた。ロジャの場合、体型よりもその芸人気質が一番の問題かもしれない。
「はてさて、どんな絵になるかのう」
 マハが苦笑する。冷えてきたのかくしゃみを一つ。依頼人の元へ、男達は歩みを速めた。

●大地の愛
 絵描きの家は暖かかった。暖炉を存分に焚き、香辛料や蜂蜜で軽く味をつけたホットワインが満たされたカップを渡される。
「身体は温まりました? こちらに腰布とガウンを用意しておきました、用意の出来た方から一人一人お願いします」
 絵描きのヤンはそう言うと隣の部屋へ入っていった。なるほど、モデルに立候補した受付嬢が仕事終わりに自棄酒をあおりに行きたくなる気持ちも分かる。湛えられた微笑がなかなか罪作りだ。この柔らかい微笑がもしも男の為だけに向けられるのだとしたら、好意を持った分だけショックは大きいだろう。
(「この人、やっぱり‥‥なのかな」)
(「さあねぇ? ま、そうだったとしても好みもあるだろうし、第一神聖騎士様もいるところで淫らな行為はしないでしょ」)
 興味しんしんな顔で聞いてくるロジャに、ツグリフォンはさらりと流す。口調こそ女性だが、ツグリフォンにそちらの趣味はない。だがしかしバードとしての過去の経験から『芸術家には変人も多い』という事実も良く知っていた。
「おしゃべりもいいが、準備は早くした方が良い。先に行かせて貰うぞ」
 綺麗に衣服を畳んだオイゲンが立ち上がり、ドアの向こうへ消えていく。
「一人一人にどれほどの時間がかかるのかも分からん。早いところ準備して待っていた方が良さそうだのう。部屋の中ならまだそれほど冷えもしないようじゃ、服の跡を消すにも早よう脱いだ方がいいぞ」
 マハの言葉に促され、必死になって服を脱ぐロジャ。外見はお上品でもやっぱりシフールねぇ、とツグリフォンは苦笑した。

●力士
「『大地の愛』を表すのに、我が肉体ほど相応しい存在はないでしょう」
 ヤンと二人きりになったオイゲンはガウンを脱ぐと、その腹をパシンと叩いて気合を入れた。
「ささ、存分に描いてくだされ!!」
 ぐいと広げた両足は大地を踏みしめ、力強く胸を張る。逞しい腕を大きく広げ、何かを抱き止めるような、受け入れるような‥‥そんなポーズを彼は選んだ。
「東洋の血が混じっているんですね。非常に神秘的な眼や顔です。そのポーズは‥‥ジャパンスモウレスリングの『シコ』でしょうか?」
 板にぴんと張られた布に炭を動かしながら、真剣な眼差しでオイゲンを見つめるヤン。言葉遣いも丁寧だが、その言葉一つ一つがオイゲンを丸裸に‥‥腹の中、心の中まで暴いてしまうのではないかと思う程に鋭い。オイゲンは一つ一つの質問に答えながら、ヤンの手が止まる頃には一試合終えたような汗をかいていた。

「このような老人でもモデルになるんですかの」
 肌を晒したマハが苦笑しながら言う。年相応の肌や皺に、『もっと若くて張りのある男の方が良かったのでは?』とヤンに問うた。
「そんな事はないですよ。御年を召した方の裸なんて、男女問わずそうそう見せて貰えないものです。こんな機会‥‥僕が生きてるうちにあと何度来るか、全く想像もつきません」

●賢者
 シフール用の椅子に腰を下ろしたマハは笑いながら、立ち上がってガウンを脱ぐ。ふわりと浮かび上がると、右手を自然と顔の前で構える。その姿はまるで、異国の神‥‥仏の存在を思わせた。
「ミロクでしたっけ」
「ほう? よくご存知ですな」
 興味のあることだけですよ、とヤンは笑い。その直後、すいと真剣な表情になった。異国の老人。しかも裸。絵師としてこれほど魅力的な素材は少ない。
(「冒険者ギルドに頼んで本当に良かった」)
 真剣な眼差しの奥。絵描きの男は心からそう思っていた。

●徒者
「人前で脱ぐのって久し振りだなー」
 ‥‥しょっぱなから爆弾発言炸裂である。ロジャはそのシフールらしい性格からヤンをも悩ませた。
「ねえねえ、提案があるんだけど」
 聞けばチャームの魔法をかけさせて欲しいという。
「僕の魅力を最大限に引き出すためだと思って。どうですかー?」
 その言葉に。ヤンははじめて露骨にいやな顔を見せた。
「‥‥それは‥‥つまり。私が‥‥皆様に心を開いていない、と。‥‥モデルに信頼を置いていない、あなたはそう思っている‥‥モデルのあなたが私を信頼していない‥‥そういう事ですか?」
 ロジャはこの家に入ってからヤンとは挨拶程度にしか話してはいなかったが、初めに見た時の彼の表情とはあまりにも違っていた。先ほどまで見せていた人懐っこそうな表情は消え、瞳には悲しみと怒りの混ざった色が見える。ロジャ本人は何気ない一言だったのかもしれないが、その言葉は予想以上に絵描きにはショックだったようだ。
「よろしいですよ、いやいや脱がなくても。信頼のない絵描きに描いて貰うのはおいやでしょうから。ホットワインはまだ残っています、風邪をひかれる前に服を着た方が良いでしょう。さ、お疲れ様です」
 お給金はお払いします、モデルにならなくても。そう言って、ヤンは先程からモデル達が出入りしているドアへ手を差し伸べた。出ていってくれ。言葉は柔らかいが、ようはそういう事である。ロジャは慌てて言葉を訂正するが、絵師が持ってしまった不信感はそう簡単には拭えない。
 ‥‥結局。
 どう描いて貰おうかという事も考えていなかったシフールの青年は、絵描きがデッサンを取る間中生まれてこの方味わったことがあまりない感覚‥‥『居心地の悪さ』でいっぱいいっぱいだった。
 今後は一般人相手にむやみに魔法を行使しないようにしよう。
 ロジャはこの日、心に誓った‥‥かどうかは定かではない。

●あやかし
 逃げるように飛び出したシフールと入れ違いに入ってきたのは、竪琴を抱えた金髪の青年であった。よろしく、と手を差し出すと、絵描きはその手を力強く握り締めた。
「こちらこそ、どうぞよろしく」
 これにはツグリフォン、少し驚く。今さっき出ていったロジャの脅え方からすれば、まさかこれほどの笑顔が見られるとは思わなかったからだ。てきぱきと先ほどのデッサンをテーブルの上に並べ、新しい布張り板を用意するヤンはそれはそれは楽しそうで。
「いや、本当に冒険者ギルドには感謝しなければなりませんね。あそこに頼んでいなければ、あなたのような題材には出会えなかった」
 ‥‥気持ち悪いほどの大絶賛である。脱ぐ前からこれだけ誉められても気持ちが悪い。いや、脱いでからえんえん誉められ続けるのもどうかと思うが。
「‥‥やだわ、あたしってそんなに魅力的?」
 少々背中に冷たいものを感じながらも、笑顔でそう聞くツグリフォン。身体にも自信はないし、こんなに明るい部屋で誰かに肌を晒すというのは初めての経験だ。色艶のいい肌に少し赤みがさす。
「ええ、非常に魅力的なモチーフです。‥‥ハーフエルフを描ける日が来るとは、思ってもいませんでした」
 なるほど、そういうことね。苦笑して、ツグリフォンは竪琴をかまえる。その佇まいは男神というよりも、性別がないと言われる天使‥‥エロスの姿をヤンに想像させた。
「少しくらい弾いてもかまわないかしらね」
「勿論。ぜひ聞かせて下さい」
 偏見はきっとヤンの中にもあるのだろう。しかし、彼の中にはもっと大きなハーフエルフに対する欲望、好奇心が渦巻いているに違いない。それが例え他の種族とは変わる事がないような些細な違いであっても逃がさない、目の前にいる獲物を全て捕らえてしまおうという狩人の眼。ツグリフォンにとっては、その眼は心地よい「芸術家」の視線であった。
(「ま、変人には違いないみたいだけどね」)
 苦笑も混じりながら。ぽろりぽろりと穏やかな曲を爪弾き続ける。その『変人』という言葉には、きっと自分も混ざっているのでしょうね。そんな事を思いながら。

●霊感は下りぬ
「さて、皆様ありがとうございました。少ないですが、こちらが報酬です」
 皮の袋からコインを一人一人に手渡す絵描きの男は、さも満ち足りた表情であった。男達もまたモデルとしての勤めを果たし、力強い握手とともに報酬を受け取る。‥‥約一名、だいぶ居心地の悪そうな表情ではあったが。
「絵の完成に関しては‥‥どれくらい日数が必要かが読めませんのでなんとも。ですが、完成の際にはギルドの方へ報告させて頂きます。その時には是非、遊びに来て下さい‥‥歓迎しますよ」
 満面の笑顔で男たちを送り返す。絵の完成には一月もかからないであろう。
 何故って?
 彼らの姿が見えなくなった瞬間に、ヤンは物凄い勢いで新しいカンバス布を買いにいったから。予定していたサイズよりも大きなものを。
 これから数日、空腹で目が回って倒れるまで食も忘れて絵を描くのだ。いつものように、きっと。