●リプレイ本文
●酒場での目撃例
夜は酒場となる小さな軽食店でアルガノ・シェラード(ea8160)はマスターに例の男の詳しい情報を求めていた。また、隣には今回の依頼人の少女が落ち着かなげに料理をつついている。
アルガノが渡した男の似顔絵を見て、マスターは頷きながら言った。
「ああ、確かにこのお客さんは来たよ。ちょうどお嬢さんのとこに座って、いろいろ話したのさ」
マスターは似顔絵の上手さに感心しつつ答えた。
「で、この人はそれ以来ここには‥‥」
「来てないねぇ」
「そうですか‥‥」
「いろいろって、何を話したの?」
神楽鈴(ea8407)が尋ねると、マスターは軽く肩をすくめ、
「ただの世間話だよ。どこから来ただとかこれからどこに行くだとか」
刹那、椅子を蹴倒して鈴はカウンターの上に身を乗り出した。
「そこんとこ、もっと詳しく!」
顔を近づけられ、ややのけぞりながらマスターはうめく。
「え、えぇ‥‥ぅ、しかしなぁ、お客さんの個人的なことだしなぁ‥‥」
「お願いします。こちらの方がどうしてももう一度会いたいと言うものですから」
「はぁ」
アルガノの言葉に、マスターはちらりと依頼人を見やった。
しばらくの沈黙の後、マスターは声を落として三人に男と話したことを告げた。
「どことは言ってくれなかったけど、あの人よその国から来たそうだよ。ここには旅行で来たんだってさ。育ちの良さそうな雰囲気だったから、もしかしたら裕福なとこのご子息かもしれないねぇ」
仮にそうだとして、供の一人も付けずに外国へ出るかどうか疑問だが、庶民ではないらしいということは確かだ。
アルガノ達は、万が一その男が再びこの店を訪れた時のことを考え、もうしばらくここで待機することにした。外で男の行方を探している仲間達からの朗報も待ちながら。
●通りでの目撃例
「ええ、確かに見たわよ」
何人目かの女性への聞き込みの結果、ランサー・レガイア(ea4716)はようやく求めていた答えに行き当たった。
「射るような目で、髪も目もブラウン、色白なのよね。あたし、道を聞かれたもの」
好奇心旺盛な人なのか、ランサーが何故その男を探しているのか知りたそうに見つめ返してきた。
しかし『内密に』との依頼であるから、ランサーは適当にかわして彼女からその時の内容を聞き出すことにする。
「何だか迷子になってたみたいだったわ。この先の宿屋に泊まる予定だったみたいね」
何を思い出したのか、女性はクスッと笑った。
「どの宿屋だったんだ?」
「この通りを真っ直ぐ行って、角の花屋を右に曲がったところよ」
「ありがとう」
ランサーは彼女に何か聞かれる前にさっさと歩き出した。
「迷子‥‥ねぇ」
ランサーと行動を共にしていた李風龍(ea5808)は訝しげな顔をしていた。
そんな彼の肩にちょこんと腰かけているシフールのセルミィ・オーウェル(ea7866)は納得気味に笑いをもらしていた。
「どうしたんだ、二人して」
「依頼人に見せてもらった似顔絵からの印象だと、迷子ってどうにもミスマッチですよね」
「見かけによらず天然なヤツだったとか」
仲間二人の意見を聞きながら、ランサーはぽりぽりと頭をかいた。
軟派でキザな野郎よりはマシ‥‥なのか? といったところだ。
そうこうしているうちに花屋が見えてきた。そこを右に曲がると、少し先に宿屋の看板があった。おそらくそこだろう。
宿屋に入った三人は、人を探しているとだけ言って主人に件の男のことを尋ねてみた。
壮年の主人によれば、彼は確かにここに泊まったらしい。しかし、特にこれといった会話を交わすこともなかった、とのことだ。
「ここから一番近い宿屋はどこでしょうか」
セルミィが聞くと、主人は数時間ほど歩いたところに一軒ある、とそこへの道筋を教えてくれた。
「皆様、私一足先に行ってきますね」
そう言うとセルミィは風龍の肩から離れた。
「俺達は聞き込みを続けながら行くよ」
「はい。それでは失礼します。風龍様、肩をお貸し下さりありがとうございました」
「いやいや、そっちもがんばれ」
セルミィは空中で優雅に一礼すると、このさらに先にある宿屋を目指して一直線に飛んで行ったのだった。
残された二人も主人に礼を言うと、再び通りを行く人達‥‥主に女性に絞って聞き込みを続けていった。
●街角の目撃例
何件目かの仕立て屋で、フー・ドワルキン(ea7569)は件の男の注文を受けたという店に行き着いた。しかも受取日はまだ先だと言う。
心の中でガッツポーズを作ったフーは、表面上は淡々と店主に質問を続ける。
「注文された服はどんなもの?」
「ごく普通の普段着ですよ。ご覧になりますか?」
少し眠たそうな目の主人はそう言って作り途中の上着を見せた。
「ふむ‥‥」
デザインは一般庶民が着るようなものだが、縫製に手間がかかっていたり良い生地を使っていたりと、やはり『庶民』とは違う。
「これを注文した人は貴族?」
「さぁ‥‥そういう雰囲気ではなかったですが、まぁ、我々とは違う感じの人でしたな」
貴族ではないとなると、商家だろうか?
「いつ受け取りに来るんだ?」
「来ませんよ。できあがったら、指定された場所へ送るのですよ。代金はもうもらっていますので、後は期日までに仕上げるだけですね」
件の男は、よほど急ぐ用事でもあるのだろうか?
最後にフーは届け先の住所を聞くと、礼を言って店を後にした。
「ここに行けば確実に会えるわけだな。とはいえ‥‥今はどこにいるのやら」
期日はあと三日ほど先だ。それまでこの場所でただ待つというのも能がない。
もう少しいろいろ聞き回ってみるか、とフーは歩き出した。どうしても見つからなければ、この場所に行けばいいのだから。
服はノルマン製だが、顔のほとんどを布で覆って隠しているため素顔はわからない。
どことなく裏世界の住人の雰囲気を漂わせている人物だが、咎める者は誰もいなかった。何故なら、誰も彼に気づかないからだ。目に入り、まばたきの後にはもういない。人は、目の錯覚だと思うだろう。
彼は人通りの少ない細い路地で地図を眺めているフーを見付け、音もなく傍らに立った。
ふっと湧いた気配に驚いたフーが地図を取り落とす。
「キミか‥‥。あぁ、びっくりした」
まだドキドキする心臓をなだめながら彼は仕立て屋でのことを傍らの人物‥‥荒巻源内(ea7363)に話した。
「何かたくらみのある人物だとしたら、俺達が探していることに気づいてるかもな」
「う‥‥ただでさえ居場所のはっきりしない人なのに」
「俺は裏路地をあたってみよう」
「じゃあ私は引き続き店とか回るよ」
荒巻はフーの持つ地図を束の間凝視すると、再び足音もなく立ち去っていった。地図にはあちこちにバツ印がある。すでにフーが立ち寄った箇所だ。荒巻はそこ以外の場所を目指したのだろう。
フーと別れた荒巻は、疾走の術をタイミング良く使い、裏路地を重点的に検分していった。
今のところ、特に異常は見当たらない。
●あの顔を追え
その日は結局男を見つけることはできず、依頼人の待つ酒場に戻った冒険者達は、それぞれの情報をつき合わせ明日に備えることになった。
酒場に来る客の中に男の姿を見た者もあったが、単にすれ違った程度の者ばかりだった。
セルミィが向かった宿屋には泊まった記録はなく、さらに周辺の宿屋も調べてみたが、予約等は入っていかなかった。もっと遠くに宿を取るつもりなのか、まだ手配していないのかはわからない。
通りで聞き込みを続けた風龍とランサーは、何人かから情報を得ることができた。
「ちょっとドジで親切、てとこかな。ま、ごく普通の人だよな」
とは、風龍の人物評である。
買い物で財布からお金を出そうとしてばら撒いたり、かなり重そうな荷車を引いている老人を助けたりしていたらしい。
店に聞き込みに回っていたフーも、似たような話を聞いていた。
そして意外にも、荒巻がチェックしていた裏路地でも目撃者がいたのだ。
件の男は知ってか知らずか、少々治安の悪い路地に入り込み酔っ払いに絡まれていたのだと言う。どうにかして逃げ出していた、とのことだ。
「何が目的なのかさっぱりわかりませんね」
アルガノは頭を抱えたくなっていた。
わかったのは、エドワールという名前のみだ。
地図上に書き込まれた捜索済みの印はかなりの範囲に及んでいる。
「明日にはきっと見つかるわよ。楽しみに待っててね」
始終表情の硬い依頼人に、ドロテー・ペロー(ea4324)が元気付けるように言った。
「ありがとうございます」
ぎこちないながらも、依頼人は笑顔を見せた。
翌日、ギルドに荷物を預けている冒険者達が戻ってくるのを待って、再び捜索の開始である。
ドロテーと付かず離れずでやや上空からテレスコープでエドワールを探すカレリア・フェイリング(ea1848)。
ドロテーとミィナ・コヅツミ(ea9128)はすれ違う人々の顔を注意深く観察している。
「それにしても、依頼人の方は何を盗まれたのでしょうね」
「やだミィナったら。そんなの決まってるじゃない」
真剣に悩むミィナにドロテーはキッパリと言い切る。
「決まってる‥‥の、ですか?」
「そうよ。うら若い乙女が頬を染めてうつむくモノなんて、アレしかないわ!」
「アレ‥‥」
ドロテーは一瞬依頼を忘れ、うっとりと明後日の方向を見つめた。
「いいわね〜。私も盗まれてみたいわ」
「はぁ!?」
ますます訳がわからないミィナは助けを求めるように上を飛ぶシフールを見上げた。
彼女は苦笑して肩をすくめてみせ、謎の答えを教えるように自分の唇を示した。
「盗まれたモノは、おそらくコレと言いたいのですよ」
カレリア自身もそう予測をつけているが、ドロテーとは違い少々非難の色が含まれていた。すれ違いざまに唇を奪うなど犯罪だ、ということである。
「ナンパ‥‥ということですか。それなら、囮になってもいいですけど」
「あら?」
ミィナが言いかけた時、カレリアが何かに気づいた。
「荒巻さん‥‥あ! いました!」
テレスコープを使っている彼女には、人々の頭の向こうに例の男を追う荒巻の姿を確認していたのだ。そしてすぐに応援に向かう。
ドロテーとミィナも慌てて後を追った。
一足先にカレリアが荒巻達のもとにたどり着いた時、必死に逃げようとする男をちょうど荒巻がスタンアタックで仕留めたところだった。
くたっとなって気絶した男を支える荒巻。顔は隠しているのでどんな表情なのかわからないが、唯一わかる目の表情はいつもと変わらず落ち着いていた。
「荒巻さん、いったい何があったのですか?」
「ちょっと話しかけたら急に逃げ出そうとしたのでな」
「話しかけただけで?」
「ああ」
何かやましいことでもあるのだろうか。
と、そこにようやくドロテーとミィナが追いついた。
「確かに、特徴と一致してるわね。よし、酒場に運びましょう」
混雑はしていないが、それなりに人の行き交う通りなので、そろそろ注目を集め始めていた。
荒巻が男を担ぎ、ドロテーとミィナで道を作って進み、カレリアはあちこちで捜索に当たっている仲間達に、このことを知らせに行ったのだった。
連れて来られた男を見た瞬間、依頼人は文字通り飛び上がった。
途中、男は意識を取り戻したが、また気絶させられてはたまらないと思ったのか、何も言わずに冒険者達に身を任せていた。その代わり、物凄く警戒していたが。
「あなたは‥‥!」
と言って男を睨みつける依頼人の表情は、凄まじいの一言に尽きた。
と、依頼人は乱暴に彼の腕を掴むと引きずるように酒場を飛び出して行った。
行った先は店の裏で、追いかけた冒険者達は陰からこっそり聞き耳を立てていた。何かあれば止めに入るつもりだったが、好奇心の方が若干勝っている。
何がなんだかわからない男は、うつむいて小声で告げた少女の言葉に、口をポカンとあけて呆けていた。
冒険者達はと言うと‥‥。
ドロテーとセルミィは目を輝かせて今後の展開を見守り、フーはニヤニヤと生暖かい笑みを浮かべている。いい酒の肴ができたと言ったかんじだ。
ランサーはよろよろとその場を離れると、これ以上ないという疲労感をあらわに、ガックリと膝を落とした。
結局、男はカレリアやランサーが思っていたようなナンパ男ではなく、ちょっと身分の良い他国の子息でパリには単なる旅行だったという。ただ、一人で気ままに回りたかったため、荒巻に声をかけられた時に家の者が連れ戻しに寄越した者だと勘違いしたのだ。
同じ場所に二度現れないというのも、限られた日数でできるかぎり見ておきたかったため、再度立ち寄る余裕がなかったのだった。
「あの二人、これからどうなるのでしょう」
「さぁ‥‥」
酒場に戻ったアルガノにミィナが尋ねる。その横ではランサーがテーブルに突っ伏していた。
「疲れた‥‥」
「ランサーさん、そんなこと言って、いつか自分があの子と同じ行動取っちゃうかもしれないじゃないですか」
「絶対、ありえないっ」
凄い剣幕で否定するランサーがおかしくて、二人は笑った。
外では、冒険者達にこっそり見守られつつ新たな展開が始まろうとしていた。