●リプレイ本文
●妻達の不安
毎日の洗濯を行なう水場では、ここのところ集まる女達の表情は冴えない。
いつもより口数も少なく手を動かしているところに、数人の影が近づいてきた。
「あの」
と、彼女達に声をかけたのはヴェリタス・ディエクエス(ea4817)だった。
顔を上げた女は、ガタイの良すぎる男に一瞬びびる。
が、すぐにギルドに依頼を出した件で来てくれた冒険者達だと気づいて、洗濯の手を止めて立ち上がった。
すると、その手をすかさずルティエ・ヴァルデス(ea8866)が取り、貴婦人にするように頭(こうべ)をたれる。
「はじめまして。ご婦人方の不安を少しでも解消できればと思い、参上いたしました」
きれいな黒髪に透き通るような白い肌。そして貴族のような上品さ。
こういう態度を取られることに免疫のない女達は、年甲斐もなく頬を上気させて舞い上がってしまった。
「はいはい、お愛想はそれくらいにして」
と、ヴェリタスがルティエと婦人を引き離す。このままでは話が進まない。
「旦那さん達のことを聞きたいんだが、夜中に出かける前と後で何か違いはなかったか? たとえば、においとか。あとは体に傷が増えていたとか」
「そういえば、かすかにだけど食べ物のにおいがしていたわ。あと、傷はないわよ。お酒のにおいはないのよね‥‥」
「ふぅむ。他は?」
「家を出る前は少し不機嫌そうでも、帰ってくるととても満たされた顔してるのよねぇ」
これは別の女の言葉だ。このことが気に入らないのか、彼女は少し不満そうに口を曲げていた。
「費用はどれくらいするんだ?」
と、これはヴィクトル・アルビレオ(ea6738)。
この質問に、女達の表情はいっせいに渋くなった。
「うち‥‥もう家賃支払えないかも」
「えぇ!?」
ヴィクトルと妻達の驚きの声が重なる。
その妻はがっくりと膝をついてうなだれた。
さらに聞いてみると、他の家の家計もそろそろ危険ラインを突破しそうとのことだった。
それを訴えても、夫達は健康生活会へ通うのをやめないらしい。よほどの理由があるのだろうか。
「それで、その旦那さんの後をつけた人はいないのか?」
ヴィクトルの続いての問いかけに、赤毛の婦人が遠慮がちに手を挙げた。
「心配なので、つけてみたんだけど‥‥。途中で転んじゃって見つかっちゃいました」
ドジッ子だったようだ。
「ところで、旦那さん達もそうだけど、風体のいかがわしいやつらのことも聞いていいかな」
と、今度はルティエが最近郊外に集まっているという柄の悪い連中について尋ねてみた。
「なんて言うか、見張られているような見られているような。気味が悪いのよね‥‥特に具体的な被害はないんだけど」
彼女に同意するように女達は頷いた。
見るからにいかがわしい男達が町を歩き回る。それも婦人達に「見張られている」というプレッシャーを感じさせるように、だ。確かに気持ちは落ち着かないだろう。
暗澹とした顔の女達をどうにか元気付けようとユーディクス・ディエクエス(ea4822)は声をかけようとしたが、何と言って励ましたらいいのかわからず、開きかけた口は閉ざされてしまった。
そんな弟の肩を、ヴェリタスは優しくたたいた。
それで気持ちがほぐれたのか、ユーディクスは素直な励ましの言葉を口にできた。
「安心して俺達に任せてください」
すがすがしいほどにキッパリとした口調に、女達の憂い顔に光がさした。
●健康生活会
妻達への聞き込みが終わった後、冒険者達はそれぞれ分かれて他の住民達への聞き込みへ回った。
そして待ち合わせの酒場でそれぞれ得てきたことを突き合せている。
新たにわかったことは、あやしげな男達は郊外と行き来しているらしいとのことだった。しかしその者がどこから出て行ったのかまではわからない。
「そのことだが」
と、同じく聞き込みを行なっていたフィソス・テギア(ea7431)が口を挟む。
「男達が集まっているらしい場所を知ることができた」
彼女が得た情報によると、怪しげな男達は持ち主がいなくなって久しい廃屋に集まっているそうだ。
「パリを出てそう遠くはない。徒歩でもすぐに行けるだろう。‥‥というわけで、パルシア殿とちょっと様子を見に行ってきた」
パルシア・プリズム(ea9784)が続きを引き継ぐ。
「室内は常に数人の男達がいました。また一度だけ、パリの方から、厳重に包まれた荷物を運んできた人がきました。実はこれ、大金だったんですよ。それと‥‥」
と、彼女は言葉を区切るとわずかに眉をひそめて言った。
「エルフが一人いました。リーダーという感じではありませんが、一目置かれているのは確かですね」
「大金か。この町の誰かが外の連中と繋がってるのか‥‥?」
ヴェリタスは首をひねって考える。
すると、真剣な顔で飛小狼(ea8144)が言った。
「僕、健康生活会に入ろうと思うんだ」
とても思い切った提案に冒険者達の視線がいっせいに集まる。
「荒巻さんもいるし、大丈夫だよ」
と言って、小狼は影のように横に座っている荒巻源内(ea7363)を見やった。
「‥‥行こうか。慎ましく、な」
彼は静かにそれだけ告げると足音も立てずに店を出て行ってしまったのだった。
「それじゃ、僕も行くよ」
「ちょっと待った」
腰を上げた小狼をキュイス・デズィール(eb0420)が引き止める。
「そこって酒飲みで酔うと暴力をふるうようなやつが連れていかれてるんだろ? 素面じゃ相手にされないと思うぜ」
「あ、そうか‥‥でも僕お酒は‥‥」
「まあまあ、いいからいいから。何事も経験だ」
嫌がる後輩に無理矢理飲ませる先輩のように、キュイスは小狼の口に小樽の口を押しつけた。小狼の喉が数回動き、ワインが流し込まれていくのがわかる。
ガクリ、と小狼の膝が落ちた。
「おや、ずいぶん弱いんだな。でもま、これでいいだろ。後は適当に暴れておけばスカウト間違いなし!」
上機嫌で小狼の背を叩くキュイス。
小狼はおぼつかない足取りで店を出て行った。
その成り行きを他の冒険者達が呆然と見送っていると、キュイスはヴェリタスにしなだれかかってきた。
「さ、こっちはこっちで楽しくやろうぜ」
と、ワイングラスをヴェリタスの口元に寄せる。
「えぇい、くっつくな。俺達も動くんだよ。ユーディクス、行くぞ」
肩を抱いてきたキュイスの腕を払いのけ、ヴェリタスは弟を促して立ち上がった。
兄弟が出る準備を始めると仲間達も席を立つ。
真夜中の調査の開始である。
小狼はやや千鳥足でひとけのない裏路地へ入っていった。
ところがいくつか角を曲がったところでついに立ち止まってしまった。本格的に気持ちが悪くなってきたのだ。
壁にもたれていると不意に声をかけられた。
「おぅ、どうしたニーチャン」
中年の男性である。
もしやと思い、小狼はがんばって気を引き締める。
「ちょっと呑みすぎたみたいで‥‥」
「なに、それはイカン。歩けるか? 俺につかまれ」
演技ではなく支えてもらい、小狼は男が進むに任せて歩を進めた。
半ば朦朧とした頭で歩くうちに、気がつけばうらぶれた建物の中に連れ込まれていたのだった。
しかし中は意外とこぎれいだった。
待っているように、と言われた椅子に崩れるように座っていると、おいしそうなにおいが鼻孔をくすぐる。
顔を上げると、部屋の真ん中には大きなテーブルがあり、周りに大勢の男達がいるのが見えた。みんな楽しそうだ。テーブルの上にはちょっとしたパーティに出されそうな料理が並んでいる。
「おやおや、若いのに飲兵衛ですか。いけませんねぇ」
どこか人を揶揄するような男の声が降ってきた。
横に誰かが来たらしい。穏やかな楽の音をバックに神を讃える誉め歌が流れる部屋の中、その人物は膝をつくと小狼の前に手をかざした。
「大丈夫。すぐ楽になりますよ。リラックスしてください‥‥」
言われるままに体の力を抜くと、不思議なことに急に気分の悪さが消えていった。しだいに眠気を帯びてきた小狼の耳にはっきりと聞こえる言葉。
「あなたは不品行故に健康を害しています。神が猶予を下さっている内に、早く悔い改めなければ、まもなく死んでしまうでしょう。許されない罪はありません。さぁ、こっちへ‥‥」
何か強大な意志が小狼の精神を支配しようとしていた。
その頃源内は、建物の観察にあたっていた。
外観はどうということのない、素っ気無い二階建てである。健康生活会と言うわりに、看板の一つも出ていないのが怪しい。
源内は見つけた裏口から、そっと室内に忍び込んだ。扉の向こうに誰もいないのは確認済みである。
暗い室内を苦もなく進むと、やがて人の声がしてきた。
「‥‥ブロ様に報告出来ますな」
「ああ、なんとも操り易い連中だな。この分では予定が早まくりそうだ」
「ま、神の名の下に行いを諭され、不品行が元で命に関わる病気になっていると言われて冷静でいられる者は少ないだろう」
「しかしメロディーと説教の組み合わせと言うのは凄いものだな」
「なぁに人助けさ。飲んだくれが酒に費やす金を頂くだけだ。真人間になって我々に金を貢いでくれる。しかし、ただの簡単な料理を特攻薬と信じて大金はたいて食う様は、滑稽というか哀れというか。クククク‥‥」
つまり、ここに通う夫達はまんまと騙されていたのだ。
源内はもうしばらく様子をうかがうことにした。
もっと決定的なものを掴まないと、言い逃れをされてしまうはずだからだ。
●郊外の企み
フィソスが聞き出した情報を元に、郊外組の冒険者達は深夜の道を進んでいた。
しばらく行くと、夜目にもわかる荒れた土地の一角に、明かりのついた傾きかけた家屋が見えてきた。
「では、行くかの」
マーカス・グローウェン(ea7714)が先頭に立つ。まっとうな相手ではないのはわかっている。直球勝負でいくつもりでいた。
扉をノックすると中の話し声はやみ、慎重に細く入口が開けられた。
「すまんが、ちと尋ねたいことがあるんじゃ」
怪訝そうにマーカスを見た人相の悪い男は、ちらりと室内を覗うと「なんだ?」と無愛想に言った。
「最近パリで健康生活会とかいうものが流行っているらしくてな。だがそれはかなり不透明な集まりのようなのじゃ。おまけにやたら金を食うらしい。おぬしら、この集まりのこと何か知っておらんかの?」
「関係ねぇよ。いったい何なんだ」
殺気立った男の肩を、見上げるような大男がおさえた。おそらくリーダーだろう。
気の弱い者なら心臓麻痺でも起こしそうな目でマーカスを見ると、
「関係ない。もう行け」
突き放すように言った。
「おぬしらを不安がる声もあってな。関係ないならその証拠を見せて欲しい。本当に無関係なのか? 運ばれた大金はどこから来たのじゃ?」
ここにきてリーダーもようやく自分達が疑われていることに気づいた。
「俺が代わりに答えてやろうか?」
振り向くと、ぐったりした男を引きずった源内が立っていた。横には小狼もいる。酔いも覚めて意識もはっきりしているようだ。
「こいつが全部吐いたぞ。健康生活会とは隠れ蓑で、神の名とメロディーの魔法で自分を重大な病だと思い込ませ、治療のためにとただの安い食べ物を高級料理並みの代金を払わせていたってな。そしてその金は貴殿らのところへ入っているそうじゃないか。‥‥パリを襲撃するための資金としてな」
それから源内は懐から羊皮紙の束を出した。
「あとこれな」
帳簿だった。
「そしてこれが‥‥」
と、さらに同じような紙の束を出すのはパルシア。
目を見開くリーダー。
いつの間に、と言いたいのだろう。
彼がマーカスらと話している間に裏口から入って探し出してきたのだ。
二つの帳簿を見比べると、二つが繋がっているのは一目瞭然だった。。
「健康に気を配るだけなら良いことなのじゃがのぅ‥‥いや、残念じゃ」
わざとらしく残念がりながらマーカスはウォーアックスを構えた。
周りは殺意に満ちた男達に囲まれている。一番殺気立っていたのはリーダーだ。
「こいつら皆殺しにしろ!」
人数で冒険者達が不利だったが技術で勝っていたため、気がつけば優勢に立っていた。
ふと、今まで傍観していたエルフがレイピアを抜いた。
次の瞬間、帳簿を持つパルシアに鋭く切っ先が突き出される。
「こっちだ!」
間一髪、フィソスに腕を引っ張られパルシアは心臓に風穴を開けられずにすんだ。
オフシフトを中心に隙をついて攻撃しようと考えていたフィソスだったが、相手の強さは予想以上だった。たちまちクルスソードは手から弾かれてしまう。
喉元に剣先が迫るのを、フィソスは妙にゆっくりと感じていた。覚悟をして目を閉じる。
ところが、いつまでたっても来るはずの痛みと衝撃がこない。薄く目を開けると、エルフ男はいまいましそうにフィソスを睨み、スッと剣を引いてしまった。
「‥‥命拾いしたな」
己が弾いた武器を横目に低く吐き捨てるように言うと、彼はあっという間に夜闇の中に消えてしまった。
こうして巻き上げられた金は取り戻し、パリ襲撃の企みは潰されたのであった。
後にルティエからの事の次第を聞いた妻達は、バカな旦那達を笑いながらも、蒼白い火花を全身から散らしていたという。
その晩、それぞれの家庭で何が起こったかは伏せておく。