老婆の休日

■ショートシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月31日〜02月05日

リプレイ公開日:2005年02月08日

●オープニング

「手の空いてるモンを何人か貸して欲しいんだけどね」
 冒険者ギルドにやってきた老婆は、自分の順番が回ってきたところで受付職員にこう言った。
「本当は孫達がパリから遊びに来る予定だったんじゃよ。しかし、この天候と‥‥土産が少しばかり重かったらしくての。シフールが手紙を持ってきたんじゃ、到着がだいぶ遅れるとな」
 ほうほう。受付の男は頷きながら、手元の板に老婆の話を書き込んでいく。
「ドレスタットの海の幸をたんと用意しておったんじゃが、これでは悪くなってしまうだけだからのぉ。処分といえば聞こえが悪いが、そのなんだ、うちで夕飯を食っていってくれればそれでええ。時間は遅くなるじゃろうから泊まりになるかもしれんの。まあベッドならうちのガキどもが使ってたのがあるし、特にその辺りは気にせんでええ。何なら朝食もつけるでな」
 ふむふむ。
「だが、わしが飯を食わせて温かい部屋を提供するだけでは何も芸があるまい、と思っての。当たらずともいいからわしの出すナゾナゾに答えて貰おうかと思っておる」
 ‥‥なんだか話が変な方向に転がってきたな。まあ、特に問題はないだろう。自分達の馬を冒険者に乗らせてレースをしたり家の掃除を頼んだり、下手をすれば店の宣伝を貼り付けていくものもいるのだから。
「答えを当てた者には小遣いをくれてやろう。だがしかし、わしの出す問題はちと難しいぞ。わしの娘息子も孫達も、そうそう簡単に当てられない問題だからの」
 随分と自信たっぷりである。そこまで自信たっぷりだと‥‥受付の男も興味を示す。
「へえ。おばあちゃん、たとえばどんな問題かな? 良かったら僕にも一問出して下さいよ」

『問題

 よく晴れた日には不用意に空を見上げてはいけない。何故か』

 老婆が冒険者ギルドを背にしても。
 受付の男は頭を捻っているばかりであった‥‥。

●今回の参加者

 ea0422 ノア・カールライト(37歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6282 クレー・ブラト(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7179 鑪 純直(25歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0005 ゲラック・テインゲア(40歳・♂・神聖騎士・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb0254 源 靖久(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●老婆は微笑う
 丁寧に作られた鋳物のノッカーを鳴らすと、背の低い老婆が顔を出した。この老婆が、不思議な依頼の主であろう。依頼を受けたメンバーの中で最年長であるゲラック・テインゲア(eb0005)が代表して頭を下げる。
「おやおや、いらっしゃい。かわいい坊やたちだねぇ‥‥寒いだろう? さぁ、中へどうぞ」
 扉を大きく開けると自分の子供よりも若い男達を家の中へ招き入れる。ノア・カールライト(ea0422)はわざわざ買ってきたのであろう花束を、クレー・ブラト(ea6282)もリンデン・バウムの束を差し出した。リンデン・バウムはお茶にする目的か、花束としては質素だがその分力強い息吹を感じさせる。花束貰うだなんて何年振りだろうねぇ、と顔をほころばせる老婆に、右手を差し出してご挨拶。
「こうやって会えたのも何かの『フテイシ』、宜しゅう頼みます」

 ‥‥‥‥?

 老婆も、周りにいた彼の仲間も。ぽかんと彼を見つめる。その氷のように冷え切った空気の中で、彼は語り続ける。あるいはペンテコステの日に主の弟子達に下った如く、聖霊様がお出でに成られたのか? まるでイギリス語のような異言を語るクレー。否、イギリス語に堪能な者も意味が分からない。そもそも『フテイシ』と言う単語すら、誰も聞いたことがない。何かの思い違いを話しているのなら良いのだが‥‥
 問い返す老婆との問答に、多くの時間が流れた。
 びみょ〜な沈黙が玄関を支配する。円周(eb0132)や鑪純直(ea7179)たち年若い者だけでなく、語学教師であるところのゲラックまでもがクレーの謎かけに首を捻っていた。源靖久(eb0254)がクレーに向かうでもなくポツリと呟く。
「俺もよく分かっていないが‥‥つまりその問題は、イギリス語とジャパン語を交えた問題だ、という事か?」
 ああ、そういうことですか、とノアが頷く。ノアはイギリス出身だ。母国語は勿論ゲルマン語もそこそこ話せるが、ジャパン語については全くに近い形で知識がない。他の仲間も同じようなもので、つまり誰もがゲルマン語・ジャパン語・イギリス語の三つを絡めた謎かけらしきものの答えを理解できなかったのである。
「すまないねえ、学が浅くて。なんせこんなちっさな頃から仕事仕事で、外の国へ出て行くなんてのは夢のような話だったもんでね」
 老婆は周の頭を撫でながら、ほんの少し寂しげな色を乗せて微笑んだ。
「さ、坊やたちも、ここじゃ寒いだろう? 中へお入りなさい。早くしないと暖炉の火が消えちまうよ」 ‥‥滑ったかいな、と頭を掻きながら。男たち(一見そうとは見えないのもいるが)は温かい部屋へと足を進めた。

●老婆は喜笑う
 温かいスープ。
 焼いてから三時間も経っていないだろうふっくらとしたパン。
 柔らかく火の通った魚に、しっかりと味の染み込んだ煮物。
 男の一人暮しはわびしいもので。下手をすれば酒場での食事ばかりであったり、作る者でも「腹を満たせばよい」といったシンプルなもので済ませることが多かったりする。老婆が腕によりをかけて自分達の為に作ってくれた夕餉は、そういう意味では久し振りのご馳走だ。
「奥方には災難であるが、我々は温かな家庭の、奥方の素晴らしい手料理を食す幸運を得た。世の中とは不思議なものだ‥‥」
 久し振りに口にした生魚の味(ジャパンとは違い不思議な味のソースがかかっていたが)、酒場の喧騒とは違う『家庭の賑やかさ』に純直はしみじみと呟いた。その呟きが耳に入った周も、ふと幼い頃を思い出す。母の作った暖かい手料理、頭を撫でてくれた父の大きな手‥‥。もしかしたらそれは自分の記憶違い、夢の中での出来事だったのかもしれないが。遠い遠い祖国を懐かしむには、例え夢でも充分であった。
「遠慮なんかいらんよ。ほれ、スープ皿が空っぽじゃないか。パンもまだまだある、たんとお食べ」
 ゲラックのスープ皿に二杯目のスープを注ぎながら、老婆は生き生きとした声でお代わりを勧める。
 りんごの入った菓子とリンデン・バウムのお茶が無くなる頃には、久方振りに満たされた腹が皆を眠りに誘おうとしていた。
「‥‥本当に、若い子は元気だねえ。さ、こんなところで寝たら洗い物が出来ないだろ!? 奥の部屋にベッド用意してあるから、きちんと準備して寝るんだよ!!」
 謎かけは、どうやら明日以降になりそうだ。寝室に追い込まれた冒険者たちはそのままそれぞれに用意されたベッドに倒れ込むと、普段の冒険の疲れを吐き出すように夢の世界へと落ちていった。
「あの老婆は‥‥きっと最高の‥‥バードに違いない‥‥」
 そうでなければ、薬やまじないも無しにこれほど眠くなる筈がない。
 人一倍眠そうな靖久。彼の場合、『家族団欒』という世界が苦手だ、という精神的な疲れも在った訳だが。

 そんなこんなで、夜は更け、日が昇る。

●老婆は企笑う
 老人の一人暮しなだけあって、家の所々に不便や壊れた物が見えた。食事のお礼をなぞなぞで済ますのもなんだ、とノアの出した提案、一同の出した結論。ガタのくる椅子を直し、ランプの煤を剥がし、自分達の使ったシーツを取り替えて、屑野菜でフォンや塩漬けを作る。他の者と戯れに話すのが苦手な靖久も目の前の仕事には没頭出来たし、細腕の周も自分の得意な分野での手伝いは手馴れたものだった。
「茶あ入ったでぇ。そろそろ休憩せんかー?」
 クレーが寝室担当のノアとゲラックに声をかけた時、ドアのノッカーが叩かれる音がした。
「‥‥おや、どっかで見た顔だねえ‥‥どこで見たんだったかの」
 ドアをノックした男を思い出そうとする老婆。雑巾を持ったままの純直が後ろから覗き込むと、そこには先日世話になった顔があった。
「冒険者ギルドの受付の方ではないか? 何か急ぎの言伝でも入ったのだろうか」
 冒険者達がなんだなんだと集まろうとすると、ギルドの職員はおもむろに老婆に向かって頭を下げた。それはジャパン人ならよく知っているポーズ。記憶の無い筈の靖久にも、何故か理解出来た。
「お願いです。あれから数日考えましたが、結局‥‥分かりませんでした! お願いです! あの問題の答えを! 是非! 教えて頂きたく馳せ参じた所存でございますううううううっ!!」
 ‥‥プライドって何だろう。地べたに額を擦り付けて頼み込むギルド職員に、冒険者達は言葉をかける事が出来なかった。

「『よく晴れた日には不用意に空を見上げてはいけない』‥‥かい。そりゃまた難しいなぁ‥‥」
 クレーが一人分増えた茶を渡し終わると、椅子に腰をおろしながら言った。隣には額に傷を残したままのギルド職員が座っている。リカバー持ちの二人が傷を治そうとしたのだが、『これは私の気持ちの証だ』と職員自身が断ったのはついさっきの話。洗っただけの傷は見ていても痛いのか、周はさっきからギルド職員の方から目を逸らし気味だ。
「‥‥でも、それって‥‥簡単な問題じゃないんですか‥‥?」
 目を逸らしたままの周に、老婆が苦笑しながら答えを聞く。
「ほう、じゃ、アマネの坊はどう答えるかね?」
 ギルド職員が身を乗り出した。‥‥視線を僅かに逸らされている事実には気がついていないらしい。
「まぶしいからです。不用意に空を見上げたら、太陽がまぶしいに決まってるじゃないですか‥‥」
「そうじゃの。わしもそう思うが‥‥違うのか?」
 ゲラックが同意する。だがしかし、老婆は薄ーく笑みを浮かべるばかり。
「そんな当たり前の答えすら、受付の坊やは答えられないと思ってるのかい? 残念ながら、それでは正解とは言わんの」
 老婆の返事に周、再び首を傾げて考える。
「じゃあ、えーと‥‥鳥のハバカリ。上を向いてると、顔に‥‥あ、ごめんなさい」
 『ハバカリ』と聞いた瞬間に、純直がものすごい顔を見せた。仕方あるまい、ちょうど茶菓子を咀嚼している最中には聞きたくない言葉のトップクラスに入るだろう。慌てて頭を下げる周。そのやり取りすらも老婆には微笑ましくて。
「それであれば上を向いていようが下を向いていようがあまり関係無いだろうに。雨が降っていても鳥は飛ぶ、問題とはずれてくるの」
 確かに。雨に関しては、周本人も気付いていた事である。むう、と可愛らしく考え込む周に代わり、手を上げたのはノア。もごもごと、手の動きを加えながら、説明しにくそうに答えていく。
「確かジャパンでは、太陽の事を『お天道様』と呼ばれるとか。『天道』は『転倒』‥‥つまり転んでしまうから‥‥と言うことでは?」
 うーむ。
 老婆は考え込んでしまう。
 考えて考えて、ようやっと口を開いたかと思えば出てきた言葉は次の通り。
「‥‥ジャパン語はよう分からんよ。もう少しわかりやすく教えてくれんかの?」
 この時点で外れだ、と言われたも同然である。靖久は言葉を選んで解説しながら、自分の考えを頭の中で抹消した。彼もジャパン語の同音語に拠る答えを思いついてはいたらしい。
(「このレベルで分からないとなると、『転機』が良いから‥‥と言うような答えでもなさそうだな」)
 黙って聞いていたクレーが、頭をやや乱暴に掻きながら言った。
「あー、もう分からん! 難しいなぁもう。ばあちゃん、結局これ、答えどうなってんのん?」
 他のメンバーももう答えが見えなくなったらしい。わひゃひゃ、とさも楽しげに笑うと、老婆はすっと声を潜め神妙な顔つきでこう答えた。
「あんた達‥‥シフールの嬢ちゃん達のスカートの中、見たいと思うかい?」
 ‥‥なんだそりゃ。突然の謎の質問に、誰もが返事を戸惑った。しかし老婆はそんな男達の反応を気にせず言葉を続ける。
「天気がいい、空は青く高い、いい気持ちだ‥‥シフールならいつもより少し高いところを飛びたくなってもおかしくはない」
 そこまで聞いて、ゲラックが爆笑した。どうやら老婆の話の先が読めたらしい。いや参った、そうくるか、と一人で豪快に笑うゲラックに、未だ答えの見えない純直が問う。
「いったいどういう事なのだ? 恥ずかしながら、我輩には答えがまだ良く見えてはおらなんだ」
「ああそうか。ジャパンにゃフンドーシとか言うものもあったな。お前さんには確かに難しい問題だったかも知れんぞ、はっはっは」
 純直のいがぐり頭をざりざりと撫で回し、ゲラックはさも楽しそうに笑った。さっぱり分からぬ、と頭を好きに撫で回される純直。二人の様子を見ながら、老婆は未だに不思議そうな顔をしている男達に答えを告げた。
「天気がいいとシフールが空をいつもより高く飛ぶ。それを確認せずに見上げれば、シフールのお嬢ちゃん達のスカートの中身を見てしまう事があるから、じゃよ」
 ‥‥うんうんと頷き納得顔のゲラックを除いた男達は。
 真っ赤な顔で、どう答えていいのやら、複雑な表情であった。

「‥‥こら、案外難しいなぁ。舐めてかかったら火傷しそうやね」
 神聖ローマ出身のクレーが呟けば。
「欧州の社会概念が前提か‥‥これは手こずるかな」
 純直の独り言に周が頷く。思った事も軽軽しく口にしない靖久にも、その言葉には同意の色が見えた。
「さて、まさかこの一問だけじゃないでしょう? 次の問題は絶対解いて見せますよ」
 苦笑を浮かべながら、ノアが次の問題を要求した。どうやら本格的に楽しくなってきているようだ。
「じゃ、次の問題じゃ。
『少年は恋をしていた。少年は十歳。相手はまだ七つの女の子さ。
 かわいくてかわいくて、大きくなれば別嬪さんになることは確実だわねえ。
 さて、少女に誘われて少年は彼女の家に遊びに行った。
 そこで少年は自分の恋が実らないことを知る』
 さて、何故だろうねえ?」
 問題文を頭の中で噛み砕き、自分なりの答えを出そうとする。まもなく、つい、と手を上げたのは三人。クレー、今度は老婆のみに聞こえるように耳元まで口を持っていく。それを見たゲラックと靖久もそれに倣った。
「‥‥あたしゃ確かに『七歳』としか言ってないけどね。さすがにデミヒューマンなら『七つに見える』とか表現するよ。それに、あんた達は種族も分からないほど付き合いの浅い女の子に家に誘われて、ほいほい遊びに行くのかい?」
 どうやら三人が三人とも同じ答えだったようだ。
 ノアといえば、思考のループに突入中。どうしてもジャパン語の謎かけになってしまうらしい。
(「年齢はジャパン語で『トシ』、この発音は『都市』につながり『距離が離れている』と出来ますが‥‥」)
 これまでの答えを見ても他の国の言葉に置きかえる、と言うことはなさそうである。頭を捻りながら、新しい解答を考えていた。
 純直は変わった手に出た。『ひんと』をくれ、と言うのだ。質問を重ねて答えを導き出そうと言うことらしい。二択の質問を重ねることによって、純直は老婆からこれだけの情報を引っ張り出した。

「婚姻の障害は少女自身が原因か」→○
「原因は家族か」→○
「少年と少女は同種族か」→○
「少女は悪魔や怪物、幽霊が変化した存在か」→×
「少女の家はきちんと建立された家屋か」→○
「その少年以外の男は全て少女との婚姻は叶わないのか」→○
「少女と少年には著しい身分、又は家柄の差があるか」→×
「少女は少年とは異なる国の者、又は異教徒か」→×
「莫大な財産か世に稀な宝を要求されたか?」→×
「少女の肉体に婚姻に適さない障害があったか」→×

 これだけ引き出してはみたものの。それでも純直には答えが見えてこない。坊主頭をがりがりと掻き毟ると、とりあえず、間違ってると思うけど、と前置きして解答した。
「実は少女はある事情で女子として育てられた男児だった‥‥で、どうか?」
 勿論、彼の思った通り、不正解であったわけだが。 純直の質問をしっかりと聞いていた周。彼が、ついと手を上げた。先ほどまでのおどおどした表情は今は確信を持った微笑に変わっている。
「旦那様がおられたからだと思います。田舎だと婚約と婚姻の中間の状態で働き手として相手の家に引き取られます。白い結婚とは微妙に違うと思うのです」
 きっと素敵な旦那様だったのでは。そう言って本物の少女のようににっこりと微笑む周に、老婆も微笑を返した。
「良く分かったの。正解じゃよ」

 老婆の問題に頭をひねる内に、気が付くと赤い西日が部屋の中を照らしていた。 
「さてさて、日も暮れてきた。最後の一つは次回の宿題にしておこうかね」
 老婆は笑みを浮かべて皆に菓子を振る舞った。