●リプレイ本文
●子供達の行方〜その1
フィーナ・アクトラス(ea9909)と龍麗蘭(ea4441)、フィニィ・フォルテン(ea9114)がまず訪れたのは、依頼人である宿屋の少女だった。
少女は入口付近を箒で掃除していた。
「ロジェさんとドニさんのことで聞きたいことがあるんだけど」
フィーナが言えば、少女は頷き三人を宿屋の裏へ案内した。
「あなたの幼馴染のことなんだけど、どんな子達なの? 保護しようにも特徴がわからないとね」
少女を安心させるように、フィーナは明るい調子で尋ねた。
少女は一度入口の方に誰もいないか確認すると、声をひそめて少年二人の特徴を告げた。
「ロジェさんはこげ茶色の髪に青い目で、ドニさんは金髪に茶色の目ね。よし、覚えたわ」
「二人はだいたいいつもどの辺で遊んでいるか、かわる?」
今度は麗蘭が尋ねた。
「決まった場所で遊ぶような人達じゃないから……たぶん、路地裏とかじゃないかなぁ」
三人はさっそく探しに出かけることにした。
まっすぐに路地裏を目指す仲間二人を、フィニィは呼び止める。
「路地裏といっても広すぎますわ。一度表通りで情報を集めませんか?」
「それもそうね。でも表通りも広いわよ?」
フィーナが問い返すと、フィニィは小さく微笑んで「任せてください」と呟いた。
表通りを行き交う人々の邪魔にならない位置に立ったフィニィは、静かに深く息を吸うと、テンポのよい歌を歌い始めた。
♪二人の少年 旅に出る
己が勇気を 剣に変え
己が機転を 魔法とし
魔王を倒す 旅に出る
〜〜
二人の少年 その手には
魔王の残した 銀十字
神に捧げよ 銀十字
二人の勇者 此処にあり♪
フィニィの歌唱力に惹かれて、いつの間にか周りには人だかりができていた。子供達だけでなく、大人もその歌い手をひとめ見ようと集まってきている。
前列で楽しそうに歌を聞いていた子供達に、フィニィは声をかけた。
「勇者になれそうな子は、いるかしら?」
「はいっ、はーい!」
少年が数人元気に手を挙げた。
「オレは戦うよっ。魔王は絶対許さない!」
「俺はどうせなら魔法使いになりたいな」
「絶っっっ対に、無理!」
「言ったな、このやろー」
「ちょっと待ったっ」
ケンカになりかけた二人を、麗蘭が慌てて止めに入る。
「実は、この町にもう勇者は来てるんだよ。私達、その人を探しに来たの」
口からでまかせだが、二人はピタリとケンカをやめて目を輝かせて麗蘭を見上げた。
「その勇者は、こげ茶色の髪に青い目で、魔法使いは金髪に茶色の目なんだって。キミ達と同じくらいの年だよ。それで、歌の中にあった銀の十字架を持っているんだよ。見たことないかなァ?」
少年達は顔を見合わせると、不審そうに冒険者達を見渡した。
「それ、ロジェとドニじゃないか?」
そのうちの一人が言った。
「なんであの二人が勇者なのか知らないけど、向こうの方で遊んでたよ」
指す方角を確認すると、冒険者達は礼を言ってその場から移動した。
●十字架の出どころ
酒場に一歩踏み込んだエグム・マキナ(ea3131)は、店内を一通り見回すと、ひとつのテーブルに目をつけて進んだ。気になる単語が聞こえてきたからだ。
「失礼。そのお話、少し詳しく聞かせていただけませんか」
エグムの申し出に、ほろ酔い加減の男達は気持ち良く席を作った。
彼らが話題にしていたのは、なぜかごろつき達が子供二人を必死になって探している、という内容だった。ごろつき達の様子は尋常ではなく、かなり殺気立っていたらしい。
「ごろつき達が探しているのは、本当は子供ではなくその子達が持っている、ある物でしょう?」
「よく知ってるな。そいつは銀色の十字架らしいぜ。ごろつきでも神に祈りたくなる時があるのかねぇ」
「その十字架は、どこからか盗まれたものではないですか? 例えば、隠し財産を残している貴族とか」
エグムのセリフに男達はしばし思いを巡らせた。
「盗みの話は聞かねぇなぁ。隠し財産の話なら、あちこちの大昔栄えた貴族で聞くけどな。当たったためしがねぇ」
エグムの隣にいた男が、酒臭い息を吐きながらグラスいっぱいのワインを勧めてきた。
受け取ったエグムは、そろそろ移動しようと質問をまとめだした。
「それでは、銀の十字架を紋章とする貴族の存在を知ってますか?」
「銀の十字架ぁ? それも貴族でかぁ。う〜ん、ごめんな。俺達じゃ力になれそうもねぇや」
「いえ、気にしないでください」
「にーちゃんも、ごろつきには気をつけてな」
エグムは軽く会釈して席を立った。
その頃アミ・バ(ea5765)は、教会を片っ端から訪ねて回っていた。
十字架が盗まれた教会はないか、調べるためだ。
何軒目だろうか。
アミは逆に神父から問い返された。
「あなたも、銀の十字架を探しておられるのですか?」
「あなた‥‥も?」
曇った表情の神父に、アミは胸騒ぎを覚えた。
自分達以外に十字架を追う者といえば、例のごろつき達しかいない。
案の定、神父は少し前にごろつき達が銀の十字架の落し物は届いていないか、聞きに来たという。
「救いを求める者に神は必ず手を差し伸べます。しかし‥‥。神の十字架が悪用されなければよいのですが」
アミは礼を言って教会を後にした。
教会とは縁遠いようなごろつきがわざわざ訪ねて来ているとなると、いよいよなりふり構っていられなくなっているのかもしれない。
教会に来た者達は、万が一二人の少年が十字架を届けに来た可能性を考えて回っているのだろう。
「子供達を探しているみんなは大丈夫かなぁ」
かすかな不安を抱えながら、アミは次の教会を目指した。
●子供達の行方〜その2
太陽が西に傾きはじめた頃、宿屋の少女は再び冒険者達と接触していた。今度は男女の二人組みだった。店に来ていたごろつき達の特徴を聞きに来たのだ。
アーティレニア・ドーマン(ea8370)に淡い憧れを覚えながら、少女は答えた。
「えぇと、覚えているのは赤いシャツに顔中ヒゲだらけの人がいたわ。太ってるの。すごく声が大きくて威張り散らしてて、嫌な感じ。‥‥もううちには来ないでほしいわ」
彼らが来たせいで他のお客さんが逃げてしまったのだから、文句や愚痴も言いたくなるだろう。
「ふむ。それで、そいつらどこかに行くとかって話はしてなかった?」
「それは何も。ただ、銀の十字架を早く見つけないと首が飛ぶとか言ってたわ」
どうやら二人の少年はとんでもないものを持ち出してしまったようだ。
少女と別れた二人は、とりあえず赤いシャツでヒゲ面の男を探すことにした。
アーティレニアから少女との会話の内容を聞いた姚天羅(ea7210)は、まず裏通りを目指した。
「声がでかいなら、案外すぐに見つかるかもな」
天羅の言葉にアーティレニアも頷いた。
そしてそれは本当になる。
表通りからだいぶ離れた奥のほうで、赤シャツでヒゲ面の男が手下達に怒鳴り散らしていた。
「あれをなくしたなんてことが知られたら俺もおまえ達もタダじゃすまねぇ。わかってんのか!?」
「その話、もう少し詳しく聞かせてほしいな」
手下達が震え上がっている中、アーティレニアは堂々と進み出た。
赤シャツ男の熊をも殺しそうな視線も軽く受け流している。
彼は手下達に向き直り、冒険者二人にはおざなりに手を振った。
「死にたくなかったら向こうへ行け。忙しいんだ」
「子供達を捕まえたら何をするつもりなのかな?」
探るようなアーティレニアの話しかけに、赤シャツ男は過剰なほどに反応した。
「きさまら‥‥どこまで知ってるから知らねぇが、このまま帰すわけにはいかねぇようだな」
こんな脅しにもアーティレニアの余裕の表情は崩れない。
そんな彼女の肩を後ろからつつく者があった。
「通訳を」
天羅である。
「俺達と話をしたかったら、力ずくで言わせてみろって」
「なるほど」
ラテン語に訳された内容に、天羅は冷静に短刀を抜いた。
かなりな意訳だが、間違ってはいない。
その様子に赤シャツ男も冒険者達が何をするつもりなのか察した。
イライラと歯噛みする彼を手下がなだめにかかる。
「まぁまぁ。返り討ちにしちゃおうぜ。どうせ相手は女二人だ」
そのセリフにアーティレニアは小さく吹き出し、天羅の瞳は冷たく細められた。
そこからの天羅の動きは容赦なしの一歩手前だった。
次々と沈められていく手下達。しかし、それだけ動いていながら天羅の動きに無駄はなく、むしろ舞いを見ているようだった。
拍手を送るアーティレニア。しかしその背後に忍び寄る影が。いつの間にか赤シャツ男は応援を呼んでいたらしい。最初にいた人数の倍は増えていた。
危険な影が彼女を捕らえようとした時、どこからか呪文の詠唱が流れてきた。
「大いなる大地の精霊よ制約に従い我に力を与えたまへ‥‥以下略! 薙ぎ払え!」
誰かがツッコミを入れる間もなく、あたりはグラビティーキャノンで吹き飛ばされた。冒険者もごろつきも関係なく均一に。
死屍累々となった現場に満足そうに頷くラザフォード・サークレット(eb0655)。
「キミねぇ!」
全身埃まみれになったアーティレニアがやっと抗議の声を上げる。
と、彼女の服の裾をボロ雑巾のようになった赤シャツ男が掴んだ。
「まだ抵抗するか。そんなに私の呪文の練習相手になりたいと」
浮かべた微笑は、平時ならば涼しげで美しいものだが、今のごろつき達には悪魔の微笑みだった。
「大いなる大地‥‥以下略!」
「ぎゃあ〜!」
まさに地獄絵図だった。
ちなみにアーティレニアと天羅はさっさと安全な場所に避難していた。
ほどよくごろつき達が抵抗の意志を喪失した頃、ラザフォードはもう一度ゆっくりと言った。
「言いたいことがあるなら、今のうちだぞ」
赤シャツ男は周りでのびている手下達を呼びつけた。しかし返ってきたのは情けないうめき声だった。
「う‥‥あれは俺達が作ったわけじゃねぇ。ずっと上のやつからもらったんだ‥‥」
「それで?」
「そ、それだけだコノヤロー! おまえ達、引き上げだ!」
ものすごく悔しそうに赤シャツが言えば、手下達はへばっていたのが嘘のような勢いで立ち上がり、我先にと逃走をはじめた。
「こら待てっ」
というラザフォードの声も効果がない。
「次会う時はこうはいかねぇからな!」
赤シャツ男はこんな捨てセリフを残し、あっという間にいなくなったのだった。
赤シャツ男と手下達が一網打尽にされたことは、夕食時の宿屋にすぐにもたらされた。同時に問題の少年二人も見つけたという。まだ捕まえてはおらず、ひとけのないところで捕まえるつもりらしい。
周囲の会話に耳をすませていたユラヴィカ・ジルヴェ・ナザル(eb1149)はこのことを聞きつけ、数人のいかがわしい風体の男達が外へ出ると、こっそりと後をつけた。
だいぶ陽が翳った表通りは、その日最後の賑わいを見せていた。
ごろつき達は足早に人を掻き分け進んでいく。
先頭を行く男の前に別の男が現れ、何やら耳打ちした。おそらく子供達のことだろう。その証拠に彼らは細い横道に入り、裏通りへと小走りに行った。
少し開けたところにいたのは、二人のごろつきに腕を掴まれていたロジェとドニだった。
到着したごろつきのうち、このグループのリーダーと思われる長髪の男がロジェの前に出ると、いきなり平手打ちを食らわせた。
「てめぇらが盗んだ銀の十字架を出せ。隠すともっと痛い目にあうぜ」
「おい、おまえら。それ以上やったら真っ二つにするぞ」
無表情の中に真剣さを発して、クレイモアを抜いたユラヴィカがさらに子供達に暴力を振るおうとした男の前に歩み出る。
「子供相手に強気になってどうする。自分が本当は弱っちいのを隠すためか?」
「何だおまえ? 邪魔するなっ」
ユラヴィカにつっかかってきたのは長髪の男ではなく、他のごろつき達のほうだった。
ユラヴィカはつまらなさそうに口を曲げると、あっという間にごろつき達を沈黙させた。
こうなると、悪人の考えることは一つだ。長髪の男は二人の少年を盾にしようと腕をのばした。
と、その足元にダーツが突き刺さる。
ピクリ、と身を引いた長髪男から少年二人を素早く保護したのはフェリーナ・フェタ(ea5066)だった。
彼女は頬を腫らしたロジェを痛ましそうに見ると、キッと長髪男を睨みつけた。
「その十字架、本当にキミ達のものなの? どこかから盗んできたものじゃないの?」
「おまえには関係ない。さぁ、早く出せ」
「ちゃんと答えてよ。本当にキミ達のものなら、確かに返さなくちゃならないんだから」
長髪男は軽薄な笑みを浮かべると、ふざけた口調で答えた。
「はいはい、そうですよ。あの十字架は確かに俺達のものでございますよ。‥‥これで満足かい?」
「どうも信用ならないな。ま、おまえらみたいのが必死になってる時点でロクなものじゃないだろう。没収ってことでいいか」
「だね」
ユラヴィカの提案にフェリーナは同意する。
となると、後は目の前のごろつき達を追い払うのみだ。
ユラヴィカの実力は先程の通りである。長髪男が多少腕が立つとしても、かなわないだろう。
それがわかった長髪男は、盛大に舌打ちをすると仲間達に撤退を命じたのだった。
その後依頼人の少女のいる宿屋に、ロジェとドニを連れて冒険者達が訪れた。
顔を真っ赤に腫らした幼馴染に少女は小さく悲鳴を上げ、宿屋の主人は近くの教会から手当てのために神父を呼んできた。
その間、少年二人は冒険者達からたっぷりとお説教をもらっていた。
それがちょうど一段落ついたところで神父がやって来た。彼はアミに気がつくと軽く会釈した。
アミが聞き込みに行った教会のひとつの神父だった。
神父はロジェの前に膝を着くと
「ひどい腫れですね」
と顔をしかめた。
「十字架の持ち主は見つかりましたか?」
神父が問えば、アミとエグムはそろって残念そうに首を振った。
ごろつき達のさらに背後にいる何者かがどこからか調達してきたことくらいが、わかったことだった。
「よければ私が預かりましょう。乱暴者達も、教会ならうかつに手出しはできないはずです。もし持ち主がわかったらお返ししますので、いつでもいらしてください」
「胡散臭い十字架ですから、気をつけてください」
エグムの気遣いに神父は礼を言った。
ロジェとドニは『秘密基地』から銀の十字架を持って来ると、神父に渡したのだった。