拉致の血脈〜拉致には拉致を

■ショートシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月28日〜12月03日

リプレイ公開日:2004年12月03日

●オープニング

 一族の史書は語る。
 遥か昔、その地を得た領主の前に占い師が現れこう告げた。と
「一族は繁栄するだろう。男の誉れは常に共にある。だが‥‥娘には呪いがかけられるだろう」
 その託宣どおり、一族は豊かな土地と資産に恵まれ繁栄してきた。
 だが‥‥

「叔父上‥‥本当にやるのですか?」
「ああ、それがあの子の為だからな‥」
 そう言って窓から庭を見下ろす。視線を感じたのだろうか? 秋薔薇の咲く庭を駆け回る少女が上を見上げ力いっぱい手を降った。
「フレドリ〜ック! お話が終わったのなら、早く遊びましょうよ」
「待っていて、エリサ!  すぐ行くから〜」
 破願して少女は頷くとまた庭を駆ける‥。
「やれやれ。15歳とは思えぬ。‥しっかりやれよ。フレドリック」
「はい、叔父上」
 従姉妹姫のお呼びに従う騎士、叔父上と呼ばれた領主は小さく肩をすくめたのだった。

 その日、ギルドにやってきたのは一人の青年だった。年のころは17〜18? 笑う太陽のような明るいブロンドの彼は真剣な目で依頼書に向かい合う。
「どう書けばいいのでしょう?」
「ああ、ここに依頼の内容。ここに仕事の区分を‥」
 解りました。そう言ってペンを走らせた青年の指先を見て係員は声を上げる。
「仕事内容‥誘拐ぃ? おい、犯罪はゴメンだぜ」
 外見に騙された、そう言わんばかりの視線で睨みつける係員に青年は慌てて手を降った。話を聞いて欲しいと。
「我が一族には古くから呪いがかけられているのです。‥一族の娘、女は生涯に必ず一度は誘拐される‥と」
 そう言って話し始めた彼の言葉を係員はとりあえず聞くことにした。
「本当か、嘘かは解りません。史書がそう告げるだけで根拠はありませんから。ですが、領地を手に入れてから数十年。実際に一族は娘の数だけ誘拐を体験しています。中には‥戻ってこなかった娘も‥」
 営利、非営利どちらと決まっているわけではない。犯人も捕まったり、逃げられたりとさまざま。
 でも‥
「五人目の娘が浚われた命を失った時、長は考えました。予言を安全に成就させれば娘は助かるのではないか、と」 
 家人の手によって誘拐され、そして戻ってきた六人目の娘は以降、誘拐を体験せずに天寿を全うした。そこで‥
「以降、40年間、生まれた娘が15歳になると誘拐のお芝居をして、呪いを避けているのです。ですから皆さんにはその誘拐犯役をやって欲しいのです」
 との説明を受けて係員はやっと納得する。これだったら‥‥
「領主の森のコテージの使用を許可します。他にも必要経費は支給します。お城から姫を誘拐し、救出役が来たら格好良く引き立てて、二人の仲も親密にして下さい」
 最後まで書類を書き上げた青年は、係員に依頼書を手渡すと頭を下げた。
「で、その救出役‥ってのは誰だい?」
 問いの返事はまるで蟻のような小さな声。は? との聞き返しになんとか聞こえる返事が返ったのは三度目だった。
「あの‥僕です。」
 上げた顔は‥真っ赤に燃えている。
「幼馴染で‥‥誘拐される娘と結婚の約束をしています。でも、ずっと近くにいたせいでしょうか? まったく男扱いしてもらえないんです」
 まるで兄弟のように甘えられるのはいい。だが、目の前で‥抱えられた童話を広げ
「私にも、私を守ってくれる王子様が現れないかなあ?」
 などと言われては男としては叶わない‥。
「あんたは、その子が好きなんだな?」
 イタズラっぽく茶化した係員の言葉に青年の顔はますます赤みを帯びる。まるで林檎のように。
「と、とにかくお願いします」
 逃げ去る兎の素早さで立ち去る青年を笑顔で見送ると、係員は依頼書を掲示した。

『誘拐犯 募集』

●今回の参加者

 ea1837 レリック・ダウグ(34歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea2878 アルファリイ・ウィング(34歳・♀・ジプシー・ジャイアント・エジプト)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7210 姚 天羅(33歳・♂・ファイター・人間・華仙教大国)
 ea7569 フー・ドワルキン(55歳・♂・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea7755 音無 藤丸(50歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●アジト
 ギルドの相談のテーブルはなかなか楽しそうだ。
 知らないもの同士が力を合わせる。心を通わせる場でもあるのだから。
 だが、耳をそばだててはいけない。特に、このテーブルでは‥‥
「さて‥‥ま、そんじゃいっちょ悪者しようか」
 レリック・ダウグ(ea1837)のあまりにも明るい言葉に意味も解らず驚くだろうから。
 そんな立ち聞きがいないことを確認して、彼らは打ち合わせを始めた。
「今回は、なかなか私好みの依頼だよ。さて、諸君。どのようにして姫君をご招待するかね?」
 礼服に室内でもマントをきっちりと身に纏い、腕組みしながらフー・ドワルキン(ea7569)は笑った。
 吟遊詩人というより、マッドな学者か錬金術師の面持ちがある彼だが、ノルマン語が苦手な姚天羅(ea7210)のために通訳をしてやる優しさもある。
「‥‥ごく普通に営利誘拐に見せかけるのが良いのではないでしょうか‥‥」
 メイド少女マイ・グリン(ea5380)の言葉に、そうそう、とアルファリイ・ウィング(ea2878)が頷きマイの頭をくしゃくしゃと掻き乱した。
「私達がやるのは呪い避けと、あとほんのすこぉし気持ちをほころばせること。あとは、若い人同士でね」
 誘拐という荒事を求められているのに随分優しい、世話好きが集ったものだ。音無藤丸(ea7755)は軽く笑った。そういう彼自身もまた同じであるのだが。
「‥‥私と、アルファリィさんが、監禁場所の用意を整えておきます‥‥」
「んじゃ、俺達男衆は拉致と戦闘担当だな。皆、頼んだぜ」
 マイの言葉にアルファリィが、レリックの言葉に藤丸と天羅がそれぞれ頷き立ち上がった。

 トントン、暗闇の中、小屋の扉が開く。だが恐れる様子も無く、マイは扉を見つめた。
 小さな扉を潜るように仲間、アルファリィはゆっくりと中に入ってくる。
「ふう〜疲れた。あ、随分綺麗になったじゃない。お疲れ様」
「‥‥お掃除終わりました。そちらこそ罠の準備お疲れ様です‥‥」
 箒をもつ姿が嵌りすぎるほど可愛らしいマイに、アルファリィは甘えるような笑顔でありがとー、と頭を掻いた。
「あっちはどうかしら‥‥あ、来たみたいよ」
 彼女がしかけた罠が早速来訪者の訪れを告げる。いくつかの影が扉を潜る。
「どうだった?」
 出迎えたアルファリィの言葉にピッ! レリックの指が立つ。
「もちろん! 大成功」
「まあ、私たちの手にかかればそう難しいことではないのだがね」
 藤丸の苦笑まじりの笑みがフーの耳に届くまで、彼はワッハッハと言わんばかりに胸をそり返していた。
 そのままだったら倒れたのではないだろうか?
「‥‥‥‥!」
 最後に入ってきた天羅が左手の指をそっと口元に立てた。
 彼の馬の背中には‥‥少女がいる。
 賑やかになりかけた部屋の空気がピンと張り詰めた緊迫のそれへと変わる。
 ここからは、冒険者というプロの仕事だ。
「皆、いよいよ本番だ。よろしく頼むよ」
 頷いた5つの頭。その目元にマスカレードが装着される。丸めた布を口に含んで、声と顔つきを変える。

 誘拐劇が今、始まろうとしていた。

●闇の中で
「‥‥う‥‥ん‥‥。ここは‥‥、私は‥‥ハッ!」
 少女は慌てて身体を起こした。慣れていない目には周囲は漆黒の闇。窓からも一条の光さえ差さない。
「お目覚めですか?」
 聞き覚えの無い声に、少女は思わず身を固くしていた。
 目を瞬かせるうちに彼女は気付く。部屋の中の二つの影。そして‥‥後ろ手に縛られている自分自身。
「‥‥エリサさんですね。申し訳ありませんけど、暫くの間はここにいてもらいます」
 小さな影は感情や抑揚の薄い声を発して、自分を見つめている。その横の影も自分を見ている。それが、少女エリサにも解った。
(「‥‥何があったのかしら‥‥」)
 思い出そうとすると‥‥思い出せた。
(「そうだわ‥‥私‥‥」)

「夜の酒場に行ってみたい!」
 そうせがんだのは自分だった。
「危ないからダメ」
 従兄弟のフレドリックはそう言ったけど、どうしても行きたかったのだ。
「だって、夜の酒場には踊り子とか、吟遊詩人が出るんでしょ? 見たいの、行きたいの」
 父親にせがんだ所で夜の外出などさせてもらえるはずが無い。
 だから、従兄弟を選んだのだ。
 従兄弟も、ダメというだろう。だが‥‥
「お願い。連れて行って‥‥」
 思いっきり甘えてみせる。そうすれば‥‥
「解った。連れて行ってあげるよ‥‥」
 絶対に自分の言う事を聞いてくれる。
「嬉しい♪ ありがとう! 大好き♪」
 フレドリックは絶対に、自分の言う事を聞いてくれるのだから。
 そして、夜。待ち合わせた。
 酒場の横の‥‥橋の上で‥‥、そう、その時だ。
「美しいお嬢さん、こんばんは‥‥」
 マントをつけて、目元をマスカレードで隠した男性が声をかけてきたのは。そして‥‥
「お美しいエリサ姫。我が招待をお受けいただきましょう。イヤといってもおつれするのだがね」
「静かにしろ!」
 後ろから羽交い絞めにされたのは‥‥
「エリサ様、貴方の騎士が近寄る前に誘拐させてもらいますよ」
 もがいたけれど、男性の力に手も、身体も動かなかった。
『××! ×××‥‥』
 何か異国の言葉が耳に入ってきた。身体が浮いて‥‥
「フレドリック!」
 橋の向こうから、フレドリックが駆けて来るのが見えた。
 でも、そこで‥‥
「うくっ‥‥」
 口元を押えられて、そして意識が遠のいた。遠くで馬の嘶きと、フレドリックが自分の名を呼ぶ声が‥‥聞こえたような気が‥‥した。

 頭痛の奥から記憶を取り戻したエリサがもう一度二人に顔を合わせたのを見て、小さい方の影が静かに告げた。
「‥‥思い出されましたか? ‥‥エリサさんが大人しくして下されば、拘束まではしませんし、身体の安全も保証します。‥‥ただ、抵抗したり、逃げだそうとする場合はこの限りではありませんけど‥‥」
 見てみれば目の前の二人も、誘拐犯と同じマスカレードをつけている。それでも間違いなく女性であることは解るのでさっきの人たちの仲間、なのだろう。
「あの‥‥おうちに‥‥帰して頂けませんか?」
 エリサがおずおずと、二人に声をかけた時‥‥
 ビシッ!!
 木で床を貼った小屋が震えるような強い、鞭の音が聞こえた。
「キャッ!」
 耳と、頭を押えたエリサを冷静で冷たい目が、頭の遥か上から睨む。
 エリサは、震え上がった。
「‥‥目的が、無事果たされればお返しします。それまでは‥‥お返し出来ません。ですから大人しくしていてください」
 誰も、味方はいない‥‥。このまま‥‥帰れないかもしれない。彼女は、涙を流しながら、毛布に顔をつけたのだった。
 舞台から下がったアルファリイが一息。ローブに隠した膝立ちで脛が少し痛んだ。

●解かれし封印
(「どうしたらいいの? 助けて。助けて‥‥!」)
 誘拐されてからまる二日。エリサの疲労はピークに達していた。
 別に酷い目に合わされている訳ではない。食事もその他の面でも、不自由はあるものの傷つけられるようなことは何一つされてはいなかったからだ。
 だが‥‥
「もう‥‥助けて‥‥」
 エリサは目の前に現れたマスカレードの男の足元に、涙を流した。
「御目覚めかね、お嬢さん。いい夢を見ていたようだね。カッカッカ‥‥」
 彼は笑う。
 眠りから目覚めた直後、彼が現れるのがエリサは一番辛かった。
 幸せな家族の夢、大好きな童話の夢、そして自分を助けに来る王子様の夢。大好きな夢をいつも見る。
 だが、それは全て幻。目覚めれば消えて否応無しに現実がつきつけられる。
「お願い‥‥もう止めて‥‥」
 くっくっ‥‥口元に手を当てて、彼が何かを言おうとした時だった。
「Whoo様、此方の要求を伝えてまいりました!」
 黒衣の戦士が、部屋に入ってきたのだ。
「おお、サイレンス。ご苦労。向こうで話を聞こう」
 男衆が集まって、whooと呼ばれる男に従い、部屋を出る。
「‥‥食事の時間です‥‥。どうぞ‥‥」
 入れ違うように入ってきた少女が、温かいスープを運んでくれる。
 監禁、とはいえ、拘束されるわけではなくかなり自由になっているが‥‥。
 それでも‥‥見張りの女の威圧感。男たちの恐怖。そして‥‥眠りさえも安らぎにならない夜。
 身体も心も恐怖で凍りつかずにはいられない。
「お願い‥‥、誰か、私を助けて!」
(「お父様‥‥、お母様‥‥ フレドリック!」)
 彼女の口から出されない声は、聞こえたのだろうか?

●エリサのナイト
 三日目の‥‥夜が近づいていた。
(「私は‥‥どんなに幸せだったのだろう‥‥。お父様や、お母様、フレドリックに囲まれて‥‥」)
 また幸せな家族の夢を見るのだろうか? エリサは涙を流した。
 その時‥‥
 カランカランカラン!
「何事だ!」
 鳴り響いた音に、全員が身体を起こして、壁や窓に張り付いた。
「私の罠に、誰か、引っかかったようね」
 長身の女の声に応えるかのように、外で歩哨についていたらしいウィザードの男の声が響く。
「皆、お客さんのお出ましだ。ほ〜、一人できやがったぜ。ま〜いいとこのボンボンらしいし、あいつも捕まえとくか?」 
「よし、行くぞ! 皆のもの!」
 ボスの声に、忍者と戦士は走り出ていった。出て行ったのは三人。二人の女は‥‥見張りに残っている。
「逃がさないわよ。大人しくしててもらいましょうか?」
「‥‥貴方の騎士は、仲間達が取り押さえることでしょう。大事な人質です。外に出てはいけません」
 そう言いながら彼女達は窓から、外を見ている。
「うそっ‥‥!」
「‥‥まさか‥‥」
 彼女たちの言葉の意味を知りたくて、エリサは二人の背後から、そっと窓を覗いた。
 そこには‥‥体中を擦り傷にしながらも、敵と戦い切り伏せる‥‥騎士の姿があった‥‥。
「フレドリック!!」

「ぐはっ!」
 鈍い声を上げて、ウィザードは地面に倒れた。杖で殴りかかってきた彼を、なんとか地面に跪かせた騎士の元に、今度は鋭い戦士の剣が襲いかかる。
 シュライクの刃が頬を霞め、赤い線がにじむ。
「負けるものか! エリサを返せ!!」
 全力で切りかかってくる騎士に、後手後手に回った戦士は後ずさりした。
「くっ!!」
 パワーチャージを全力を込めて、打ち返そうとする。敵との全力の力比べ。
「ドアアアッ!!」 
 押し合いは、気迫の分、フレドリックの勝ちとなった。
 剣を取り落とした戦士というバリケードを抜けて、少女を守る騎士は「ボスらしき」男に向かって駆け寄ってくる
「逃げてください。Whoo様!」
 立ち尽くす男の前に、素早く身を傾けたのは忍者だ。彼は、武器を持っていない。
 徒手空拳の力はあるものの、剣を持った騎士の突進を止めることは彼にはできなかったのだ。
「フン、今日のところは貴様の勝ちのようだな」
「待て! 逃がさん!」
 一歩、踏み込んだ騎士の前で、絶体絶命の男たちを不思議な煙が取りまいた‥‥ように見えたのかもしれない。
「何?」
『まさか、あの時の騎士がこれほど出来るとは‥‥それほど大切な方なら自分の手から離さないことですね』
 木々の中からまるで木霊のようにその声は騎士の耳に、優しく。でも、深く響いた。

 ドゴオン!
 封じられていた小屋の扉が割られ‥‥入ってきた男とエリサは対峙した。
「エリサ!」
 駆け寄ることは出来ない。
 エリサの首元に鞭をかけられているのだ‥‥。こちらから、仕掛けることはできなかった。
 賊は女が二人、そのうちの一人、ジャイアントの女が‥‥一歩歩んできた。腕の中の少女と、騎士の顔を交互に見て‥‥何故か爆笑しはじめる。
「‥‥随分と必死よねぇ‥‥王子様? でも命賭けになる程の価値が何処にあるのかしら‥‥。貴方も財産狙い?」
「うるさい! 俗な事を言うな。財産なんてどうでもいい。彼女はただ、エリサだからだ!」
 くすっ‥‥
(「えっ?」)
 かすかな笑い声が聞こえたかと思うと、
 ドン!
「キャア!」
 二人は娘を突き飛ばした。窓を勢い良く開くとそこから飛び降りる。
「待て!!」
 シュン!!
 追いかけようとした騎士に鋭い痛みが肩と腕に走る。ダーツが二本かすめていった。
 痛みに蹲る騎士にエリサは駆け寄った。
「大丈夫? フレドリック?」
 だが、彼は流れ落ちる血を、止めようともせずエリサを抱きしめた。
「無事で‥‥良かったよ。本当に‥‥」
 肩に回された手を、厚い肩をエリサは初めて感じた。
(「どうしたのかしら? なんだか‥‥胸がドキドキする」)
 心臓の鼓動。生まれてくる思い。全てを胸に抱いて、腕を肩に回した。抱きしめ返す。強く、優しく‥‥
「助けてくれて‥‥ありがとう。大好きよ‥‥」
 そして‥‥。

 窓の影から大きな影と、小さな影が覗く。
「‥‥上手く‥‥いきそうですね‥‥」
「そのようね。私たちのお仕事は終わり。‥‥帰りましょう? 野暮は好みじゃないから‥‥」
「‥‥ええ‥‥」
 立ち去る影を目の端で見送りながら、騎士は伝わらないかもしれない感謝を贈った。視線に乗せて、心の中で。
(「ありがとうございます。優しい誘拐犯の皆さん‥‥」)

●物語の始まり
 後に、ギルドにやってきた冒険者達は託された報酬と共にもう一つの報酬を得る。
 新しく生まれた初々しい、恋人たちの噂を。
 マイは一本だけ残ったダーツを見て呟く。
「‥‥結婚式にはぜひ‥‥というのは無理でしょうね‥‥」
 どこか寂しげな彼女の背を軽く叩いたのはフーだった。
「別にかまわないのではないかな? 実際我々は、キューピットのようなものだったのだし」
 うんうん、頷くアルファリィの手には作戦に使ったマスカレードが残されている。
「お土産に貰ったこれでも着けていこうか? 彼も、いい男だし、例えきっかけが嘘でも、幸せになれるよ。きっと」
「あいつの思いは本物。あの目に本気で気おされたからな‥‥」
 レリックの言葉に天羅は黙って目を閉じた。それが、同意の意味であることは言葉が伝わらずともなんとなく解った。
 楽しげな仲間達を見つめながら、藤丸は心で思う。それは捧げられなかった言葉。
(「拙者にも、貴女のような人がいれば‥‥いや‥‥幸せになってほしいものだ」)

 恋人になった、とはいえ、二人の関係は一気に進むものではない。
 でも、例え紆余曲折があろうとも、上手く行くはずだ。
 呪いは解けた。
 きっかけは、与えた。
 そして‥‥何よりもお互いの大切さを、思いをきっと、確かめたはずなのだから‥‥。