シスター・シモーヌの救済日記〜絞首台の男

■ショートシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月21日〜02月26日

リプレイ公開日:2005年02月28日

●オープニング

 海賊の一味と見られる、ひとりの男が捕らえられた。取るに足らない小物で大した事は知っておらず、長々と取り調べても時間の無駄と判断されたのだろう。すぐに裁きが行われ、刑が執行される事となった。古来より海賊の刑は、縛り首と相場が決まっている。
 シモーヌは、この哀れな男の死を見届ける役目を仰せつかった。
「例え重き罪を犯した者といえど、心より悔い改めれば神様はお許し下さいます。罪を懺悔し、心穏やかに最後の時を過ごして下さい」
 シモーヌの言葉に、しかし男は笑うのみ。
「生憎こちとら、生まれ落ちてからこっち、神様に感謝したくなる様なこたぁ、ただの一度も無かったんでね。坊主を見るのも反吐が出る。心穏やかに最後の時を過ごす為に、ぜひともどっか行ってくんねぇかな」
 そんな‥‥、と肩を落とす彼女の様子を面白がったか、男は言葉を尽くして神を罵り、その神に仕えるシモーヌを「下らない教会乞食」と嘲笑った。信心深さは人によって異なるだろうが、ここまで堂々と神を貶める罰当たりも珍しい。ムキになって神様の素晴らしさを語るシモーヌをにやにや笑って眺めていた男だが、ふと、こんな事を口にした。
「こんな俺にも、ガキがいる。まあ、ろくに会った事も無いんだがね。最後にほんの少しばかりそいつと話をさせてくれるなら、あんたの言う神様の慈悲ってやつを信じてもいいぜ」
 そう聞いて、シモーヌの顔がぱっと晴れた。
「貴方の願い、きっと神様がお聞き遂げ下さいますわ」
 微笑むシモーヌに、男は「まあ、駄目だとは思うがね」と自嘲の笑みを浮かべ、下らない事を言った、もう帰ってくれ、と話を打ち切ってしまった。

 子供探しは、思いの他簡単だった。母親は病死してしまったらしく家は空き家となっていたが、シモーヌが近所に聞いて回ると、子供は親類に引き取られた事が分かったのだ。そしてその親類が、子供を船鍛冶の親方のもとに預けた事も突き止めた。その子がよく見知った鍛冶屋のマルコ少年と分かって、シモーヌは驚くことになる。
「マルコくん、貴方がそうだったなんて。聞いて頂戴、貴方のお父様が‥‥」
 その時のマルコ少年を、シモーヌは未だに忘れられない。普段は温和な彼が、吐き捨てる様に言ったのだ。
「まだ生きてたんだ、あいつ」
 その言葉には、殺意さえこもっていた。
「ろくな事はしてないと思ってたけど、海賊とはね。シスター、せっかくの骨折りですけど、今更会って話すことなんて僕には無いです」
 彼は仕事の手を休めず、シモーヌの方を見ることすらしない。拒絶の意思は強烈だった。でもね、と食い下がるシモーヌの横で、親方が真っ赤に焼けた鉄クギを水に突っ込んだ。噴き出す蒸気に、シモーヌが驚いてひっくり返る。
「シスター、少々くどくはないかね。身内が海賊なんぞと知れたら、こいつも何かにつけ、痛くも無い腹を探られなきゃあならん。そのろくでなしを救う為に、うちの弟子の人生にミソをつける気かい」
 仕事の邪魔だと追い出されてしまい、シモーヌはすごすごと修道院に戻る他無かった。男に残された時間は少ない。ほんの数日後、最も憎まれる罪のひとつである海賊行為に手を染めたこの男は、民衆の前に引き出され、罵声を浴びながら吊るされて、そのまま晒されることになる。
「そんな訳で、私、困ってしまって‥‥。確かに、海賊に身を落とす様な男です。きっと酷いことをたくさんして来たのでしょう。でも、今まで家族など省みなかった男が、死ぬ間際になって子供に会いたいと言い出した。それは、神様のお導きだと思えるのです。マルコくんがお父様とお話できる機会は、望んでももう、二度と無いんですから。会って、やはり生涯憎み続けることになるのだとしても‥‥ それでもやっぱり、会っておくべきだと私は思うのです」
 とうとうと語るシモーヌに、相槌を打つ受付嬢の笑顔は完全に引き攣っていた。
「それは大変ですねぇシスター・シモーヌ。で、依頼は出すのですか、出さないのですか?」
 シモーヌは彼女の言葉に、ぽん、と手を打って言った。
「ああ、そうですわ! 冒険者の方々にお知恵を借りるのも良いですね、そうしましょう、そうしましょう!」
「シスター、ここに何をしに来てたんですか‥‥」
 とにもかくにも、こうしてまたひとつ、新たな依頼が張り出されることになったのだった。

●今回の参加者

 ea1640 ヴァン・ヴェルト(32歳・♂・ナイト・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea8742 レング・カルザス(29歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0254 源 靖久(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1069 アルベリーノ・サルサエル(52歳・♀・ジプシー・人間・イスパニア王国)

●リプレイ本文

●説得
 朝もまだ早いというのに、鍛冶屋の工房は職人達の熱気で咽返るようだった。彼らは船鍛冶。船に用いる、ありとあらあゆる金属部品、器具を作るのが仕事だ。時に、たった一本の釘、一個の金具の不出来が船に致命的な状況をもたらす事を考えれば、彼らは船大工と共に、船乗り達の命を支えていると言っても過言ではないだろう。
「誰だ貴様らは! 関係ねぇもんが工房に入って来るんじゃねぇ!」
 それを思えば、ヴァン・ヴェルト(ea1640)に浴びせられた親方の罵声も、当然の事なのかも知れない。用件を告げた彼に、親方は露骨に嫌な顔をした。
「何かと思えば、シスターの回し者か。何度来て貰ってもうちの弟子は‥‥」
 腕まくりをして文句を言い出す親方を、まあまあ、と宥めに入ったのはアルベリーノ・サルサエル(eb1069)。彼女は、親方の耳元で囁いた。
「親って結局親なのよねぇ、それがどんな下衆でも‥‥。それをどう捉えるかは、子供の度量だと思うンだけど‥‥」
 男相手ならぶん殴ってでも我を通すだろう親方も、匂い立つ様な熟女が相手では少々勝手が違う。うむ、まあ、そりゃ、と言葉を濁していたのだが、奥で目を吊り上げているおかみさんの殺気に気が付いて、慌てて彼女を押遣ると、わざとらしい咳払いで繕った。
「あんたはこの場限りだからそんな事を言うんだ姐さんよ。あいつの気持ちを考えてみろ、なんで古傷を抉り返すみてぇな真似をするんだ?」
「可愛い弟子に妙なしこりを残したくないんでしょ? 分かるわ。でも、それなら逆に会って、乗り越えてしまうのがいいと思うんだけどねぇ‥‥」
 ちらりとおかみさんを見遣ったアルベリーノは、殊更に親方に引っ付いて説得を続けた。親方、嬉しいやら困るやら。おかみさんは怒髪天を突く勢い。職人達は見えないフリをして、ただただ自分の仕事に没頭する。
 黙々と仕事を続けるマルコを前に、ヴァンは床に座り込み、大きな体を丸める様にして少年と視線を合わせた。
「何故、そこまで自分の父を憎む?」
「たまに現れて、食って飲んで寝て殴って、厄介事を押し付けて、有り金持って消えてしまう。それが僕の記憶にあるあいつの姿だよ。好きになる理由が何も無い。だのに、母さんはあいつが戻ってくる度に馬鹿みたいに喜んで。あいつのせいで、うちはいつでも誰かに頭を下げてたし、いつも借金を返してた」
 唇を噛んで、悔しげに彼は言う。
「あいつの尻拭いをする為に、母さんは体が弱かったのに働き詰めに働いて、とうとう病気になって死んでしまった。僕がここに来る時に貰ったお金を充てて、やっと借金を返したんだ。母さんも馬鹿だけど、あいつは本物の疫病神だよ。血が繋がってると思うだけで虫唾が走る。あんなやつ、さっさと吊るされてしまえばいいんだ」
 ヴァンは、マルコが腹の中のものを吐き出し切るまで、じっと話を聞いていた。そして、ゆっくりと彼を諭す。
「父親には君の訴えを聞き、罪を悔いる義務がある。確かに君が協力する必要はないが、今を逃せばもう父親と会う機会は無く、もう恨み言の一つも言うことは出来ない。そして、そう遠くない未来、君は必ず父親の影と向かい合わなければならない日が来る」
「あんなやつの事、もう二度と思い出さな‥‥」
「必ずその日は来る!!」
 突然の強い言葉に、マルコの手が止まった。
「だが、その時に父親はもう居ない、罵る事も許す事も出来ない。それはとても‥‥ とてつもない喪失感を生む、私がそうだったからよくわかる。君にはそうなってほしくない」
 黙り込むマルコ。仕事を進める手に、迷いが見えた。

●懺悔
 一方その頃、源靖久(eb0254)とレング・カルザス(ea8742)は、シモーヌと共に牢を訪れていた。
「困りますなぁシスター、関係無い者を連れ込まれ‥‥」
 文句を言い始めた牢番に、レングはすかさず、銀貨を一枚握らせた。う、む、と言葉を呑み込んだのを見て、更にもう一枚を握らせる。
「実は、あの男に会わせたいやつがいるんだ。いや、もちろん怪しい者じゃない。シスターの信仰と純潔に賭けてこれは本当。だから、人目につかない様に、こう、こそっと会える様にして欲しいんだな。お役人様のお慈悲をもって、どうかひとつ‥‥」
 言いながら、銀貨を増やして行く。5枚になったところで牢番は、まあ良かろう、と顔を綻ばせた。と、もうひとりにも話を通さねばならないからあと5枚、と反対の手も出して来た。おいおい本当なのかかよ、と胸の内で突っ込んだレングだが、そんな事はおくびにも出さず、宜しくお願いします、と望み通りのものを握らせた。ホクホク顔で出て行く牢番に、レング、やれやれと頭を掻く。
 牢の前に立ったシモーヌと靖久を見て、男は怪訝な顔をした。
「本当に見つけ出しやがったのかよ、呆れたな‥‥」
 マルコ少年の話をすると、男は「余計な事をしてくれた」とでも言いたげに表情を曇らせた。
「しかし、彼は来たく無いと言っている。一体、何があったのだ?」
 靖久の問いに男は答えず‥‥ 長い沈黙が続いた。靖久は、男が話し始めるのをじっと待つ。男が根負けし話し始めた頃には、陽が牢獄の小さな窓からも見えるほど、高い位置に移動していた。
「何が、という事は無いのさ。船乗りとは名ばかりの屑が、馬鹿な女と懇ろになってガキができた。面倒になって逃げた癖に、行くところがなくなるとまた転がり込んでな。好き放題をしてまた出て行く。随分と手酷い真似もしたからな。あの時のガキの目、今でも忘れねえよ。会いたくねぇのは当然だろうな」
 後悔しているのか、と聞いた靖久に、男は「他の生き方が出来たとは思わねぇよ」と寂しげに笑った。
「それでも、真っ当になろうと一度は思い定めたんだ。あれと一緒に頭を下げて回って金を借りて、小さな船でも持って暮らしを立てていこうってな。だが、所詮ろくでなしにそんな真似は出来なかったのさ。昔、騙して逃げを打った仲間とばったり会って、震えあがった俺は、その金全部渡しちまった。それでも、その場で踏ん張ってれば、また違った人生があったかも知れないが‥‥ 俺はまた逃げちまったのさ。後はもう、語る価値もねぇ。その日暮らしであちこち渡り歩いて、ヤバい仕事にも手を出している内にこのザマだ」
 少なくとも、同情の余地は無い。全ては身から出た錆だ。男もそれは分かっているから、話したがらなかったのだろう。
「‥‥どうして、会いたいと言った?」
「気の迷いさ。それをこのシスターが真に受けちまったのが間違いだ」
 笑う男に、靖久が眉を顰める。

 牢を訪ねていた3人が工房に顔を出した時、マルコは仕事の不出来を親方に怒られていた。彼が作ったという簡単な作りの金具は、素人の靖久が見てもそれと分かる程に不揃いだった。
「マルコ殿。君はやはり、父上に会うべきだ。怒りや憎しみ、悲しみをぶつけるのでもいい。‥‥いつまでも迷いを溜め込んで、こんなものを作り続けるつもりなのか?」
 俯くマルコの肩を、ヴァンが抱いた。
「分かったよ。会って‥‥ たまりにたまった文句を言ってやる」
「牢番の方には話を通してある。こっそり人目につかない様に会える手筈がついているから、その辺は安心してもらっていい」
 レングにそう言われて、親方夫婦が反対する理由も無くなった。
「ふう、やっと交渉成立ね。いつまでも愚図る様ならさらって行こうかとも思ってたけど‥‥。やっぱり説得って苦手だわ。依頼は体を使うのに限るわね。ああ、疲れた」
 アルベリーノの言い草に、怒りのあまり口をぱくぱくさせるばかりのおかみさんを、親方が必死で止めていた。

●ある海賊の死
「お前、なんて恰好だ、こりゃいいや!」
 げらげら笑う男に、マルコは真っ赤になって俯くばかり。マルコが男と会う事実を隠す為に、レングはシモーヌに頼んで修道服を用意させ、変装させたのだ。念には念を入れて、女の子用である。まあこれなら確かに、彼を鍛冶屋のマルコと分かる人間はいないだろう。彼のプライドはさておいて、だが。気を利かせて皆が離れた後、親子は長い時間をかけて、少ない言葉を交し合った。
「まあ、見ての通りだ」
「笑えるね。天罰だよ」
「かもな。託す財産のひとつもあれば恰好もつくんだろうが。残念ながら文無しだ」
「あったって受け取るもんか。自分の食い扶持くらい、自分で稼ぐ。あんたが消えてくれれば、それだけで十分だよ」
「‥‥そうか。‥‥あのな」
「なにさ」
「今だから言うが、お前は俺の子じゃねえんだ。お前にも俺の屑の血が流れてるんだって、お前が嫌がるのが楽しくて言い倒してたけどな。あれは、嘘だ。お前は、何処か別の糞野郎の子さ。はっ、様を見ろ」
「ふーん。まあ、そんな事だと思ってたよ。清々するね」
 漏れ聞こえて来る冷たい言葉の応酬に、シモーヌは泣きそうだ。しかし。話を終え、出て来たマルコは、小さく溜息をついて言った。
「僕は、あいつの子じゃ無いんだってさ。そんな風に言えば、喜ぶと思ったのかな。本当に、最後まで馬鹿なやつだよ。そんな事‥‥ ずっとお母さんの顔を見てた僕には、嘘か本当かバレバレだっていうのにさ」
 その目には、微かに涙が滲んでいた。シモーヌが言葉を詰まらせる。
「おまえも苦労するな。俺もまあ、これで一生苦労確定なんだけどな」
 レングがバンダナをずらして見せる。ひょっこり覗いた耳を見て、マルコが聞いた。
「両親を恨んだ?」
 いや、別に? と軽く答えた彼に、マルコはそっか、と呟いた。
(「親と子、か‥‥」)
 両親との縁薄く育った靖久は、そんな遣り取りを聞きながら、おぼろげな母親の面影と、知らぬままに育った父の姿を思い浮かべるのだった。

 数日後。男の処刑が行われた。
「罪を犯した者が処罰されるのは当然だ。だが、死した後まで辱められ、晒されるのはどうだろう。人々にそれを問うて遺骸を引き取り、丁寧に弔おうと思う」
 ヴァンの話を聞いたマルコは、首を振って見せた。
「海賊っていうのは、それだけの事をしてるんだ。海の上で襲い奪うって事自体が、どれだけ残酷な事か考えてみて。逃げる場もない船の上で恐怖の内に殺された人もいるだろうし、海原に放り出されて、絶望を味わい尽くして死んだ人もいる筈だよ。それを丁重に弔うなんて言ってみなよ、お兄さんもフクロダタキ確定だよ」
 引き立てられる男に、観衆が罵声を浴びせる。石を投げつける。その熱気に、ヴァンは呑まれた。男は一瞬、マルコを見て笑った様な気もしたが‥‥ この群集の中で一人を見出せるものかどうか。
「ありがとうよ、シスター。あの世とやらで、神様にたんと叱られてくらぁ」
 男は絞首台に上がる時、シモーヌにそう、冗談めかして言ったという。
 マルコは父親が吊るされる様をじっと見詰め、その息が絶えた時、祈りの言葉を捧げて、その場を去った。男の遺体は腐り果てて落ちるまで放置され、その後、罪人墓地に埋葬される事になるだろう。
「済まない。せめて、何か形見の一つでもと思ったのだが」
 詫びるヴァンに、マルコは首を振る。彼が父の死をどう捉えたのか、語る事は無かったので、それは分からない。ただ、鍛冶の親方が言うには、翌日から一層、仕事に精を出す様になったという。
「良かった、本当に良かった‥‥」
 余計な事をしたのではないかと気に病んでいたシモーヌは、それを知って、ほっと胸を撫で下ろしている。