●リプレイ本文
●子供達が出る前に
まだ夜が明ける前、パリのはずれにある孤児院の戸を叩く者がいた。
すでに起きていた院長のクレマンが出ると、そこにいたのは赤毛の精悍な感じの男性だった。精悍だがどこか上品な彼、アルジャスラード・フォーディガール(ea9248)は、自分がここに来た事情を話し、納得したクレマンに誘われて院内へ入っていった。
そして子供達が起きてくると、クレマンは孤児達を食堂に集めて臨時のお手伝いさんとして彼を紹介したのだった。
195センチメートルという大柄な彼はすぐに子供達の関心を引き寄せた。やんちゃな男の子は後ろに回りこんで蹴りなどを入れてくる。女の子の反応はもう少し微妙で、集まる男の子達の外側からほんの少し怯えているような、それでいて憧れているような、そんなふうに見つめていた。
クレマンはそんな子供達を笑ってなだめ、アルジャスラードを厨房に案内した。
「ちょうとロジェが食事当番に入っています」
クレマンは調理器具などの配置を説明しながら言った。
そうこうしているうちに当番の子達がやって来た。
子供達はすぐにアルジャスラードに懐き、厨房は大騒ぎとなり笑顔を飛び交わしながら朝食を作っていったのだった。
クレマン曰く「いつもの三倍賑やかな朝食」が終わり、後片付けのために再び厨房をのぞくと、一足先に来ていたロジェの後ろ姿があった。
アルジャスラードが気配を消して様子を見ていると、少年は果物ナイフを布巾にくるんで懐にしまっているではないか。
包丁で血祭りは本気だったようだ。
しかしここでは何も言わず、彼は後からやって来た当番の子達と素知らぬ顔で片付けをはじめた。
炊事当番が終わるとロジェは周囲をはばかるようにそっと孤児院を出た。アルジャスラードもクレマンに目配せをして後を追った。
孤児院を出たロジェが行った先は近くの林の入口付近だった。
そこにはドニがいて、渋い表情で親友を待っていた。
「おまえ、本気で?」
「当たり前だ」
「あのなぁ、何度も言うけど‥‥」
「あら? ロジェさんとドニさんじゃないですか。ご機嫌いかがですか?」
不意にかかってきた声に、二人は文字通り飛び上がった。
「あ、この前の‥‥」
「フィニィです。お久しぶりですね」
見覚えのある顔に反応したドニに、フィニィ・フォルテン(ea9114)は笑顔を見せた。
「また冒険ですか?」
「あ、うん‥‥えぇと」
ドニは言いにくそうにもじもじしている。
と、そこにもう一人顔見知りが現れる。
息をはずませてやって来たのはフェリーナ・フェタ(ea5066)だった。もう一人、卜部 ひびき(eb0488)も同行していたがこちらは知らない人だ。
「あの時の怪我が治ったかどうか、ずっと心配で‥‥とうとう我慢できなくなって、来ちゃった」
屈託の無い笑顔で二人の前に立ったフェリーナは、心配そうにロジェの顔をのぞきこむ。
「‥‥大丈夫? もう痛くない?」
「痛くないよ、あんなの」
ロジェの頬にはまだかすかに青アザが残っている。
「そっか、良かった。今日は仕事がお休みなんだ。せっかくだから一緒に遊んでくれる?」
「お菓子もあるよ」
ひびきが保存食を取り出す。甘いものが好きなので、保存食も甘いものが多い。
「一緒に新しい歌でも歌いましょうか?」
フィニィもはやまった真似はさせまいと誘う。
もともと攻撃的な考えのなかったドニはすぐに誘いに乗ったが、そうではないロジェの表情は硬かった。
「ごめん。俺達、今日は忙しいんだ」
やがて顔を上げたロジェは冒険者達にこう告げた。
しかしこの程度は予測内である。フェリーナはさっそく第二段階に突入した。
彼女は酷くがっかりしたように肩を落とすと、悲しそうに呟いた。
「そっかぁ、私は仲間外れかぁ‥‥そっかぁ‥‥寂しいなぁ」
子供はこういう攻撃に弱い。しかもドニもロジェも冒険者に尊敬と憧れを抱いているのだから、なおさらいたたまれない気持ちになった。
困りに困った末、ようやくロジェは折れた。
「絶対に、秘密だからなっ。誰にも言うなよ!? だから俺が仲間外れにしたとか言うんじゃねぇぞ」
とたんにフェリーナは笑顔になって頷いた。
「言わないよぉ。仲間だもんねっ」
ロジェは声を落としてこれからやろうとしていることを話した。
彼は詐欺師は絶対にまた老婦人のところへ来ると踏んでいた。だから張り込みをして、来たところを包丁で一刺しして思い知らせてやろうというのだった。
途中から過激になっている計画にフィニィは小さくため息をつく。
「気持ちはわかりますが、貴方達が危険を冒すことをお婆さんは喜びませんよ」
「でも、放っておくのはもっとダメだ!」
決心の変わらないロジェに、フィニィは自分達も同行することを認めさせたのだった。
●お屋敷は重警備中
その頃、問題の老婦人の家を二人の冒険者が訪れていた。正確には、そこのお手伝いさんを。
三人は老婦人に気づかれないように外で話しをしていた。
「奥様のひ孫さんならさぞご立派な方だろうと思っていたんだけどねぇ‥‥」
これが彼女の最初の言葉だった。
「こう言っちゃなんですが、品はないし表情もすさんだ感じでずる賢そうなのよ。本当にひ孫さんかしらと思うくらいだわ」
「どんな容姿だった? 服装とか」
ルティエ・ヴァルデス(ea8866)の質問に、お手伝いさんはあっさり答えた。
「誰でも着ているような普段着よ。色は黒っぽいものが多いわね。金髪に青い目で‥‥そうそう、ソバカスがあったわ。背はあなたくらいで、やせぎすだったわね」
「どこにでもいそうな感じだな」
王 娘(ea8989)の感想にお手伝いさんは苦笑じみた笑みを浮かべた。
「しばらく張らせてもらう。安心しろ、気づかれないようにするから」
それだけ言って去っていく娘の後ろ姿を見送りながら「あんな小さな女の子で大丈夫かしら」と心配そうにルティエを見上げた。
ルティエは彼女を安心させるように笑顔で頷いた。
そして彼は役人の手配をしに屋敷を出たのだった。
●大好きだから
表通りから裏通りまで、また開店前の酒場から営業中の花屋までくまなく調査に当たったミューツ・ヴィラテイラ(ea7754)は、こんな話を耳にした。教えてくれたのは裏通りにある、まだ準備中の酒場の従業員だった。
「金持ちで一人暮らしの年寄りはカモ‥‥らしいです。それも女性のほうがいいんだとか。お客さんのことには口出ししてはいけないんで、何も言いませんでしたが嫌な感じですよね。人数? 三人くらいだったかなぁ。みんなたぶん十代ですよ」
従業員に聞こえる程の声で話していたということは、犯人達はそうとう得意になっていたのだろう。
礼を言って店を出たミューツが次に行く店を思案しながら歩いていると、本多 風露(ea8650)が何かの様子をうかがうように壁にぴったり身を寄せていた。
ミューツがそっと側に寄ると、彼女は指で前方の若者二人を示した。
「限りなく黒に近いです。年寄りは狙い目だとか言ってましたから」
「聞いた話だと犯人は三人グループみたいよ」
「仲間が『仕事』に出ていると言ってましたよ」
「『仕事』ねぇ。仲間と接触したら取り押さえるわよ」
二人は頷き合うと尾行を続けた。
ロジェの予想通り、詐欺師は例の老婦人のところへやって来た。グレーのシャツにソバカス顔だった。この屋敷が冒険者達に見張られているとは夢にも思っていないだろう。
彼は前に来た時のように扉を叩く。しょんぼりしているように見えるのは、演技だろう。
お手伝いさんが出てきて彼を通し、しばらくすると何度も頭を下げながら出てきた。そして扉が閉められた直後、彼の顔はずるそうに歪んだ。まんまと大金を巻き上げた満足の笑みだ。
怒りで飛び出そうとするロジェとドニをフェリーナとフィニィが押さえつける。フィニィがミューツと風露にこのことをテレパシーで伝え、ひびきと娘は立ち去る若者の後をつけた。
尾行を続けていたミューツと風露は食堂に着いていた。二人の若者と適度に離れた席にふつうの客を装って様子をうかがう。
若者二人は折りたたまれた羊皮紙を熱心に見ていた。たまに目を見交わしてはクスクスと笑いあう。あまり健全とは言えない目つきと笑い方だった。
と、そこにひびきと娘が追う若者が入ってきた。彼は真っ直ぐに二人の若者のテーブルへ向かう。やはり仲間だったのだ。
彼は身を投げ出すように椅子に座ると、懐から老婦人から巻き上げた大金を出した。
ひびきと娘も何気なく彼らの近くのテーブルに着いている。
「次はここなんてどうだ?」
客達のざわめきの合い間に、こんな声が流れた。
黒髪の男が羊皮紙を指差して言ったようだ。
若者達はニヤリと笑うと店を出て行った。
三人が人通りの少ない路地に差し掛かったところで、風露と娘が行動に出た。
「貴様、詐欺を行なっているな?」
背後から忍び寄った娘の囁きに驚いて振り向いた一人を、彼女の容赦ない拳がとらえた。
「何だおまえっ」
そういきり立った仲間の首筋には風露の刀が当てられる。
身がすくんだ彼に、
「今まで他人を騙して金銭を得たことについて、白状していただきましょうか」
と、凍るような声で言った。
残った一人が仲間を見捨てて逃げようとした先にはリオス・ライクトール(eb1229)が立ちふさがる。
「一人だけ逃げる気か? 薄情だな」
「おまえら一体何なんだ!?」
「敵討ちだ!」
リオスが答える前に叫んだのはロジェだった。フィニィの手を抜け、包丁をふりかざして突進してくる。
冒険者達の登場ですっかり腰が抜け恐怖にとりつかれていた彼は、ロジェの気迫に気圧され、悲鳴さえも出せない有様だった。
本気で刺すつもりの少年を、追いついたアルジャスラードとフィニィが取り押さえる。
「俺達が何をした!?」
しらばっくれようとする男に、リオスは冷笑を向ける。
「全部知ってるんだぜ? 叩けば他の埃も出るんじゃないのか? 犯罪をするには、ちょっと油断が過ぎたようだな。要するに、頭が足りないんだよ」
小バカにするように言ったリオスへ、へたり込んでいたはずの若者が殴りかかってくる。リオスはわざと拳を受けた。
「ほらな。追い詰められるとこうなる。これで暴行罪も追加だ」
「さ、先に手を出したのはおまえらだろっ」
「呼び止めて出した手に貴様がぶつかってきただけだ」
「舞台の稽古をしようとしたところに、あなた達が勝手にやってきただけです」
娘と風露は若者達が言いそうな言い訳で返した。
三人は観念してがっくりとうなだれた。
「さて、それでは。後始末といきましょうか」
例の老婦人へのフォローの話だ。
ひびきにロープでぐるぐる巻きにされた三人は、オリバー・マクラーン(ea0130)の提案を渋い表情で聞いていた。
「この町ではともかく、ノルマンでやっていきたいだろう? わかるよな? 君が取るべき最善の方法が」
オリバーの提案はこうだ。
新しい商売の元手や借財の関係などで困っていたが、出資してくれる援助者が見つかった。もう大丈夫だ。
というものだ。
「今さら顔出せねぇってんなら、手紙でもいいんだぜ」
アリア・プラート(eb0102)の言葉に、詐欺師達はかすかに安堵の色を見せた。
「何を安心してるんです? 罪が消えるわけじゃないんですよ」
と、彼らが食堂で見ていたターゲットリストをひらひらさせると、三人の顔はとたんに青ざめた。
「君達を殺したいほど恨んでいる人もいるんですよ」
さらに追い討ちをかける。
「あたいもこれで終わらせようとは思ってねぇし」
味方になってくれると思ったはずの人にあっさり突き放され、詐欺師三人組はそろって肩を落とした。
「まぁ私としては被害者のおばあさんに心理的障害が残らないようにうまくやってくれれば、逃がしてあげてもいいのですが‥‥」
オリバーのセリフの後半は仲間達やロジェに睨まれてしぼんだ。
アリアはサディスティックな笑みを浮かべると、詐欺師達の前で三味線を奏で始めた。ただの演奏ではなく、精霊魔法メロディーである。
それにより三人は風露や娘などに遭遇した時の恐怖を増幅させられ、二度とパリに足を踏み入れたくないと思うようになったのだった。
そして冒険者達に囲まれて老婦人の屋敷を訪れ、オリバーに施された特訓の成果を発揮して、彼女を安心させたのであった。
そこを見計らったようにルティエが役人達を連れて現れ、詐欺師達はとうとうお縄となった。
詐欺にあったという被害届が何件か来ていたらしく、役人達は冒険者に礼を言った。しかしルティエは、
「全てはこの二人の勇気がもたらした結果だから」
と、少年二人を役人に紹介したのだった。
役人達は驚いたような顔をしながら詐欺師達を引き取った。
アリアの魔法にかかっている三人は、役人達に引き渡されることをむしろ喜んでいたとかいなかったとか。
連行される若者達を見送りながらリオスはため息まじりに言った。
「詐欺はたいして罪悪感を覚えていない場合が多いんだよな。あいつらもそうだろう。‥‥でも、これでいいよな?」
最後のはロジェとドニに向けられたものだ。
むっつりとしながらも、二人は頷いた。
その後一行は孤児院へ行き、事の顛末を院長に話した。
風露は二人の少年を労うため、お茶とお菓子をふるまった。現金なもので、さっきまで難しい顔だった二人はたちまち表情をゆるめて甘いお菓子に手を伸ばす。
半ばむせながらお菓子を頬張る二人に、アルジャスラードが寄って来てこんなことを言った。
「本心から孤児院を守りたい気持ちがあるなら、基本的な戦いのてほどきをしてやるぜ?」
「やるっ」
「教えて!」
二人は即答した。
「よし。じゃあ院長に話してくるか」
立ち上がった冒険者を、ロジェとドニは眩しそうに見上げた。
「俺、今回のことで自分は無力だなって思ったよ。俺とドニだけじゃ、きっと失敗してた。強くなりたいんだ。またおばあちゃんをいじめる奴が来たら、今度こそ俺が懲らしめるんだ」
「俺も‥‥強くなりたい。ロジェに反対したけど、本当は悔しかったんだ」
この気持ちを聞いた院長は、アルジャスラードに指導をお願いしたという。
大切な人を守りたい気持ちに、大人も子供もないのだから。