少年時代〜不滅の友情
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■ショートシナリオ
担当:宮崎螢
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月12日〜03月17日
リプレイ公開日:2005年03月19日
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●オープニング
まだ陽が昇って間もない早朝、外の掃除に精を出していたロジェの元にドニが息を切らせてやって来た。
「おっすドニ。どうしたんだ、こんなに早く‥‥わわっ」
挨拶に返事をする間もなく、孤児院の敷地の隅に連れて行かれるロジェ。慌ててよく見れば、親友の表情は険しく、半ば青ざめているではないか。
「俺、もう家には帰らない」
深刻な顔で告げられた内容を、はじめロジェは理解できなかった。
「待てドニ、落ち着け。いきなりそんなこと言われてもさっぱりわからん。ちゃんと説明してくれ」
「ロジェ、俺は絶対あんな大人にはならない!」
そう激した後にドニは事の次第を話した。
話し終える頃にはロジェも来たばかりのドニの同じ表情になっていた。
彼は力強くドニの手を取ると、真剣な眼差しで言った。
「俺も一緒に行く。そうと決まればさっそく準備だ! 荷物まとめてくるからそこで待ってろ」
「ロジェ、でも‥‥」
「いいからいいから。俺とおまえの愛のためだ」
「せめて友情と言ってくれ」
「照れるなよ」
「いいから早く行けよ!」
最後のほうにわけのわからないやり取りを残し、ロジェは建物の中に入っていった。
そして、二人はパリから姿を消した。
その日のお昼頃、一人の婦人が孤児院を訪ねた。ドニの母親である。彼女は院長クレマンが出てくるなり、かみつくように怒鳴り散らした。
「昼ご飯だというのに、うちのドニが帰って来ないのよ。どうせまたここのロジェとかいう子と一緒なんでしょ。早く呼んできてちょうだい。それから、もうここには来させませんから。こんなところの連中と付き合ってたら、ロクな大人にならないわ。特に最近反抗的だし」
「奥さん落ち着いて。実はそのロジェも行方不明なんですよ。私も心配なんです」
婦人の顔はみるみる青ざめていった。
「なんてこと‥‥! どうせロジェが唆したんでしょう!? 本当に親無しはどうしようもないわね! ここのとこ妙に怪我が多いから心配してたのよ」
さすがにクレマンもこれには良い気持ちはしなかったが、表には出さずに婦人に中でゆっくりと事情を聞こうとした。しかし、彼女は汚らわしいものでも見るように、様子を見に集まってきた孤児達を見やり、帰っていったのだった。
あの二人が家出をはじめたのだろうことは察しがついた。
ため息をついた時、院長の部屋を掃除していた少女が手紙を持ってきた。
そこにはヘタクソなロジェの字で「事情によりドレスタッドへ行きます。心配しないでください」と書かれていた。
クレマンは再び深いため息をついた。
●リプレイ本文
●一路、ドレスタットへ
旅人や行商人の通行を監視している門番の一人に、小柄な女性が近づいて尋ねた。
「‥‥といった感じの子供達なんですが、こちらを通りませんでしたか?」
尋ねられた門番はしばらく待つように言って別の門番のところへ小走りに行った。
彼が戻ってきて言うには、門が開くと同時にそれらしい子供二人が出て行ったのを、その時いた門番が見たということだ。
彼女は丁寧に礼を言うと急いでその場を去った。
今はそろそろ店が開くかといった頃だ。門が開くのは日の出の頃だから、子供の足でもだいぶパリから離れたと思われる。
フィニィ・フォルテン(ea9114)は待っていた仲間達にそのことを告げると、
「急いで追いかけましょう」
と言って驢馬に乗り急がせた。
ドレスタットまではしっかりした街道でつながっている。ふつうに考えれば迷うはずはないのだが、相手は好奇心旺盛な子供である。
マイ・グリン(ea5380)とユーディクス・ディエクエス(ea4822)は、途中ですれ違う旅人や行商人、街道筋で働く人などにドニとロジェの特徴を話し、目撃情報を集めた。
そんな二人の姿を眺めながら、ユージィン・ヴァルクロイツ(ea4939)が誰にともなく呟いた。
「若いってのはいいね。物事を実行するのにためらいがない」
「ドニさんとロジェさんのことですか?」
尋ねるフィニィにユージィンは頷く。
その仕草が妙に年寄りじみていて、フィニィは小さく笑った。
「あなただって、まだまだ若いでしょうに」
「そりゃまそうだけど、恥じらいくらいはあるよ?」
「おーい、二人とも。ロジェとドニは確かにここを通ったらしいぞ」
「話し掛けたという人もいたんです」
マイはその人から聞いたことを伝えた。
再現するとこうなる。
ロジェ「おまえ、ドレスタットに着いたらどうするつもりなんだ?」
ドニ「どこか、住み込みで働かせてくれるところがあればいいんだけど」
ロジェ「まったく、ドニは真面目坊ちゃんだなぁ」
ドニ「む。じゃあおまえならどうするんだよ」
ロジェ「俺達の荷物をよく見ろ。ドレスタットに着く頃にはきっと腹ペコで死にそうなはずだ。金持ちで優しそうな人の家の前で倒れていれば万事OK。後は親に売り飛ばされたけど逃げてきたとか言えば、きっとしばらく置いてくれるさ。あとは何がなんでもそこの主人に気に入られるんだよ。それで養子にしてもらうのさ。養子になっちまえば住み込み労働なんて無用だぜ」
ドニ「やめろー! そんなもん計画でも何でもねー! 汚れすぎ!」
「私も孤児ですが‥‥何と言いましょうか‥‥ねぇ」
ドニの母親にロジェの良いところをわかってもらおうと考えていたアンジェリーヌ・ピアーズ(ea1545)の計画は、肝心のロジェ自身によってぶち壊されようとしていた。
「と、とにかく追いかけよう」
どうにか気持ちを立て直したユーディクスはそう言って馬を進ませた。
あまり馬を急がせて二人を追い抜いてもいけない。適度なスピードで通行人に注意していると、やがてそれらしい後ろ姿が見えた。
ドレスタットに着いたらどうするか論議はまだ続いていたらしく、ロジェが黒い計画を吐くたびにドニは耳をふさいで何か叫んでいた。
フィニィが声をかけると二人は振り向き、パッと笑顔になった。
「今回はずいぶん遠くまで冒険に行くんですね。でも、街の外は危険ですよ」
「うん‥‥でも、家にいても聞きたくない話ばかりだから」
とたんに視線を落とすドニ。
「大体のことはクレマンさんからお聞きしましたが、家出しても何の解決にもなりませんよ」
「‥‥何日かけて辿り着くつもりかはわかりませんけど、発作的な家出の行き先としてはかなり無謀ですね」
「まぁまぁ、フィニィさんもマイさんもちょっと待って。まずは二人の気持ちを聞こうよ。どうするかはそれからだ」
ユーディクスの言葉に二人は頷くと、一行は道を少しそれて落ち着いて話せる場所を探した。
ドニが話したことは冒険者達はもちろんだが、ロジェも初めて聞くものが多かった。
例えば、毎日聞かされるロジェを悪く言う母親のこと。孤児院の子達はみんないい子だと、どんなに言っても彼女には通じない。
ドニの母親がロジェを良く思っていないことは、ロジェ自身は知っていた。しかしそれがドニにとってどんな現実だったかまでは想像していなかった。
「母さんには、何を言っても無駄だよ。もう、あの家にはいたくないんだ‥‥。でも、クレマンさんのとこに転がり込むわけにもいかないから、だから」
ドニは母親との相互理解をすっかり諦めていた。
「ドニさん、お母様はロジェさんのことをきちんとわかっていらっしゃるのですか?」
アンジェリーヌの問いに、ドニは首を横に振った。
「わかろうなんて、これっぽっちも思ってないよ」
「でしたら、自信を持ってロジェさんを紹介してみてはどうかしら」
その提案に、ドニはちらりとロジェに視線を送った。親友は苦笑を返す。
「一度、紹介されたことあったんだけど」
と、ロジェが話し出す。
クレマンのところの子だと言ったとたん、母親の笑顔は跡形も無く消え去ったのだった。神経の太いロジェとはいえ、再びその人物の前に出る気にはなれなかった。
しかし同じ孤児としてアンジェリーヌも引き下がらなかった。
「偏見がある相手に、一度で理解してもらうのは難しいですわ。根気が必要です。短気は損気ですよ」
前向きな彼女の発言に、少年二人は顔を見合わせたが、まだ踏み出す勇気は持てずにいた。
とはいえ、少しは気持ちが揺らぎ始めているのも確かだ。冒険者に憧れと尊敬を抱いている二人だから、彼らが勧めることは信じてみようかという気持ちになるのだ。
「お二人はハーフエルフをどう思いますか?」
フィニィは静かにそう言って、髪で隠れている特徴的な耳を見せた。
二人は一瞬驚いた顔になったが、すぐに笑顔になった。そこには世間にある忌避や偏見はなかった。二人が子供だからというより、単に二人の心の在り方が偏見から自由だったのだ。
「私はハーフエルフですから、もう会うなと言われて去って行ったかた達も多いです。けれど、それでも会いに来てくれて最後には親を説得してしまった方もいて、涙が出るほど嬉しかったのを覚えています」
フィニィは、ドニの目を真っ直ぐに見つめた。
「お友達を認めてもらえるようにがんばることはできないでしょうか」
ドニはロジェに視線を移し、再びフィニィを見た。
「‥‥私も、仕事では年齢を始めとする様々な理由で難癖を付けられたことがありましたから、お二人の気持ちはわかります」
マイの年齢は少年達とそれほど変わらない。おまけに女の子とくれば、たとえ冒険者であっても大人の冒険者とは違う苦労があったにちがいない。
マイじゃなくても、誰もが何かに打ちのめされていて、それでも自分を諦めずに生きてきたのだろう。
すっかり考え込んでしまった二人の前に、マイはあたたかいスープを差し出した。一口飲むと、冷え切った体に熱が染み込んでいった。
「腹減ってるなら、これも食べな」
今度はユーディクスが保存食を出す。
そんな流れで、何となく全員で食事となった。
その最中、ユージィンは少年達にこんな話をした。
「僕には、君達の気持ちはわからないよ。当然だね。僕は君達じゃないから」
食事は続けながら、二人はユージィンが言わんとすることに耳を傾けている。
「君達が本気で友情を続けるつもりがあるなら、あと数年、我慢すればいいのさ」
どういう意味だろう、と顔を見合わせるロジェとドニ。
ユージィンは試すような笑みで続きを言った。
「友人関係ごときで親に文句なんか言わせない子供に育ってごらん」
二人は、重要なことに気づかされたような顔で、しばらくユージィンの顔を見つめていた。
腹が満たされるとふさぎ込んでいた気分もほぐれたのか、ドニの表情が明るくなっていた。
そして、パリに帰ると告げた。
帰り道、フィニィが二人を応援する歌を贈った。
♪友と共に歩もう
時に喜び笑い合い
時に悲しみ支え合い
力を合わせ歩んで行こう♪
●和解への第一歩
母とその子の和解のため、母のほうの説得に向かった冒険者達は、自宅ではなく孤児院で母の姿を認めた。自宅に行ったら「孤児院へ行った」と言われたのだ。
ドニの母親は凄まじい形相で院長クレマンに詰め寄っていた。
どうやらドニが家にいないのをロジェが悪い遊びに連れて行ったと思い込んでいるようだ。
「ですから、二人はすぐに戻って来ますって‥‥」
クレマンはロジェが残した手紙のことは黙っていた。言えば彼女をさらに興奮させるだけなのがわかっていたからだ。
「奥さん少し落ち着いて‥‥」
「これが落ち着けますか! あなたのように捨て子を相手にしているわけではないのですよ!」
ふと冒険者の存在に気づいたドニの母親は、うっとうしそうな目で彼らを見やった。
「何ですか、あなた達は」
取り付く島もない雰囲気だがフェリーナ・フェタ(ea5066)は思い切って話を切り出した。ふだんの物腰のやわらかさは消え、背筋をピンと伸ばし真っ直ぐに母親の目を見つめる。
「お母さん。お子さんのこと‥‥ドニのこと、好きですか。大切ですか?」
「当たり前でしょう。何なのいきなり。あなたは関係ないでしょう」
「関係あります。私はドニを知っているのですから」
「だったら連れてきなさい」
「そうじゃないんです。あの子のことを大切に思うなら、あの子の気持ちをもっと考えてあげてください。友情は、子供が健全に成長するためには欠かせない要素の一つです。子供にとっては、何にも勝る、光り輝く宝物なんです。その宝物を大人の手で取り上げてしまうことが、果たしてあの子のためになるでしょうか」
生業が教師なだけにフェリーナの言葉は信念がこもっていた。
母親はわずかな沈黙の後に冷淡に言った。
「友情はけっこうですが、孤児などはあの子にふさわしくありません」
「母上殿は何故ロジェ殿を毛嫌いされるのです?」
硯上 空(ea9819)は不思議そうにドニの母を見上げた。
彼女は孤児院を見ると、冷笑した。
「孤児はすぐに犯罪に走るからよ」
「でも、冒険者仲間の皆さんから聞いた話では、ロジェ殿はとても心根のやさしい少年だそうですよ」
「ドニは騙されているのです」
あまりの言いように、温厚なクレマンの表情も険しくなる。何か言おうとするのを制してヒース・ラクォート(eb1351)が口を開いた。
「金のないヤツ親のないヤツが皆、悪モンだっつう教えは世間一般の常識かい? 世の中本当に怖いのは孤児院にいるチビ共じゃねぇぞ。腹ン中黒く染めた大人だ」
「お金がなく親もなければ誰が善行について教えるというのですか。クレマンさんはご立派なかたかもしれませんが、しょせんは他人です。子供は肉親の声が一番身に染みるのです」
「その結果が家出かい? ま、家出はきつく怒らねぇといけねぇが、狭い了見で子供を縛りつけちゃいけねぇな」
「誰が狭い了見ですか!」
キッとヒースを睨みつけるドニの母。
ヒースはわずかに瞳に凄味をきかせて彼女に言った。
「ドニは男だ。男と女は、例えガキでも考え方が違うんだよ。怪我が多くて結構。痛みを知れば他人を傷つけることもなくなるってもんさ」
「お母さんがドニを心配する気持ちはわかります。けれど子供だけでは立ち向かえない時にそっと手を貸す、それが大人の役目ではありませんか?」
いきなり現れた冒険者三人に、親の何たるかについてあれこれ言われるとは思ってもみなかった母親は、心底うんざりといった顔だった。しかし、彼らの言葉が全く届いていないわけでもない。
少し何かを考えるようにうつむいた。
その時、彼女を呼ぶ声がした。
「母さん、何してるの」
ユーディクス達と共にドニとロジェが戻ってきたのだった。
ドニの母はつかつかと息子の前に進むと、思わず肩を縮めてしまうような音で頬を叩いた。
勢いで尻もちをついたドニの前にロジェが割り込む。
「何するんだ! こいつは悪くないんだぞ! 俺が唆したんだから、ぶつなら俺をぶてよっ」
しかし彼女は力が抜けたようにへたり込んでしまった。無事に息子が帰ってきて安心したのだろう。
フェリーナ達はひとまず母親を孤児院内で休ませることにした。
ドニは真っ青な顔をしていた母親にショックを受けたように立ち尽くしていた。
その少年の頭を、ヒースはやや乱暴に撫でた。しかしそれだけで、何も言わない。他の冒険者達もだ。
ドニは自分が何をしてしまったのかを、深く省みた。
応接室であたたかいミルクを飲むと、ドニの母親の気持ちは幾分落ち着いていったようだった。
「私は、育て方を間違っていたのかしら‥‥」
すっかり落ち込んでしまった彼女に、空はやさしく声をかけた。
「母上殿は、最近ドニ殿に笑いかけておいでか?」
「え‥‥さぁ、どうだったかしら」
「母の笑顔は子供にとってとても大切。母の笑顔ほど安らぎと暖かさを感じるものはないのです」
「そういえば、怒ってばかりだったかもね‥‥」
とても、とても大切な子供。常に側に置いておきたいほどに。だから、目の届かないところで何をしているか、心配でたまらないのだ。世の中、子供に良い人ばかりではないことを知っているから。きれいだった子供が、外で汚されてしまうのではないかと思うと、恐ろしかった。
いきすぎた愛情だと、心のどこがわかっていたが止められなかった。
「あの子は、ドニを私からかばってましたね。あなたの言う通り、心根のやさしい子なのかもしれませんね‥‥」
ひとまず、これで母と息子は少しずつ歩み寄ることができるだろう。完全にわだかまりが溶けるには、もうしばらく時間が必要かもしれないが。少なくともドニは家出をすることはないだろうし、母もロジェを頭から否定はしないはずである。
それから数十分後、親子は並んで家に帰っていった。