●リプレイ本文
●ピクニックに行こう
「クララさん、久しぶりだな。うん、大分元気になってくれたみたいで本当に良かった」
「ええ。徐々にでも快方に向かっているのなら、喜ばしい限りです」
クララを訪れたブレイン・レオフォード(ea9508)とテッド・クラウス(ea8988)は口々に告げた。
以前出会ったのは冬の最中。ベッドの上の少女は青ざめた生気の無い顔をしていた。広い屋敷もシンとして、そこには重苦しい空気が充満して、絶望に囚われたクララは既に生きる事を諦めていた。
「お久しぶりです、その節は大変お世話になりました」
けれど、今。クララは嬉しそうに微笑んでいる。薔薇色に色づいた頬と幾分ふっくらとした身体と、何より、生きる意志をその瞳に宿して。
(「あの時の雪だるまはもう残ってないかな?」)
庭に目を向けたブレインだったが、そこにはもうあの日の雪だるまは無かった。代わりに整えられた庭が見える。もう少し暖かくなれば、色とりどりの花が植えられ人々の目を楽しませてくれるだろう。
「うん、でも、いいか。例え溶けて無くなってしまったとしても。いい思い出になったなら、それでいいさ」
だから、ブレインは思ったクララの笑顔を見ながら、そう思ったのだった。
「初めまして、だね。あたいは『しふしふなコックさん』の燕桂花(いぇん・くぇいふぁ)だよ〜。ケイちゃんって呼んでね〜」
その横を過ぎ、燕桂花(ea3501)はクララの手を取り
「よろしくね」
と挨拶した。
「お花を探しに行きたいんだよね? だったら、あたい達がとびっきりの美味しいお弁当を作ってあげるよ」
「ミートパイやサンドイッチなら手軽に食べられますよね」
「僕の趣味は菓子作りだからね。お嬢様のためにも、腕によりをかけて作らせてもらおう」
「なら、僕は故郷の料理を披露しましょう」
応え、ロミルフォウ・ルクアレイス(ea5227)やカンター・フスク(ea5283)、井伊貴政(ea8384)も声を弾ませた。
「良かったら、クララちゃんもやってみる? 料理の作り方、教えてあげるよ」
「はい、是非お願いします」
桂花に手を引かれていくクララ。そうして、調理場からは和気藹々とした楽しげな声がもれ聞こえてきた。
「実際、クララさんはどうなのですか?」
耳を傾けながらテッドは執事に尋ねていた。快方に向かっているのは喜ばしいが、ここで無理をさせてまた悪くなってしまっては元も子も無い。だからといって、あまり気を回しすぎてもクララの気分を害してしまうだろう。
「何が出来るかは分かりませんが、クララさんの状態を知っておく必要はあるでしょう」
「まだ長時間の運動は難しいです。正直、遠出はお身体にかなり負担をかけてしまうでしょうが‥‥それがお嬢様の願いですので」
「‥‥もし具合が悪くなった時は?」
「はい。この薬を飲ませて差し上げて下さい」
「分かりました、それと‥‥」
テッドが細かい打ち合わせをしている間、ブレインは庭で作業に勤しんでいた。
●お弁当を食べよう
「皆様くれぐれも、お嬢様をよろしくお願い致します」
「もし気分など悪くなったら、教えて下さいね」
執事に見送られ、クララに一言かけてから、テッドは馬車をゆっくりと出発させた。気を利かせて引いた敷物、丁寧さを心がけた運転は、揺れを少しでも押さえる為。
「クララさんが探してらっしゃる花は、どんな形をしているのですか?」
静かに走る馬車の中で問うたのは、レティシア・ハウゼン(ea4532)。
「黄色で小さな花なんです」
遠い‥‥心に焼きついたその花を手繰るクララ。
「良かったら、僕にもそれを『見せて』くれませんか?」
と、ニィ・ハーム(ea5900)が申し出た。ニィが使える、リシーブメモリーという魔法。これは人の記憶を知る事が出来るものだ。
「大丈夫、怖くないですから」
怖がらせないよう、そっと握った手。淡い銀色の光に包まれる、ニィ。流れ込んでくる、小さな花の姿。
「黄色い‥‥これってクロッカス、かな?」
「僕も同意見だ。なら間違いないかな」
少し考えた後、植物に詳しいカンターも頷いた。早春に咲くクロッカスは、確かに春を告げる花として知られている。
「こういう感じの花だ」
「あっ! はい、その花です」
簡単に描かれたスケッチに、声を上げたクララ。
「そうですか‥‥この花はクロッカスって言うんですね」
「私個人の考えですが‥‥」
微かに揺れた瞳に、レティシアは口を開いた。思い出の場所へ向かうクララは楽しそうに見える。けれど、レティシアにはその笑顔がどこか曇っているような気がしてならなかったから。
「どんな親でも自分の子供の事を愛していると思います‥‥それがどういう形なのか気付いていないだけで」
それが、父親との事からきているなら、悩みが心を重くしているのなら、少しでも力になってあげたい。
「今までの事、見方を変えて振り返ってみてはどうでしょう」
「‥‥多分、レティシアさんの仰る通りだと思います。父さまが私の為に必死で働いてくれているのは分かっているんです」
何度も何度も自分に言い聞かせるように。それでも消えない消えなかった、不安。
「大丈夫、きっと上手くいきます‥‥その為にもクロッカスの花を見つけましょう」
俯くクララの肩をそっと抱くレティシア。ロミルフォウはそんな二人を優しく見守っていた。
「これはね、中華の点心って言う料理なんだよ。冷めても美味しいんだよ」
出立して初めてのお昼は、随分と豪勢なものだった。景色の良い場所に腰を下ろす一同の前に広げられた桂花達手製のお弁当は、どれも力作だった。
「クララさんはここに座って。急ごしらえで作ったから、座り心地はイマイチかもだけど」
ブレインが一生懸命作っていた椅子に導かれたクララは礼を述べ、息をついた。やはり長時間の旅は身体に負担をかけているのだろう。それでも、自分で選んだ事だから弱音は吐かない。
「ミートパイ食べます? 食べたいものがあったら言って下さいね」
ロミルフォウに頷き、食事に手を伸ばすクララ。その様子を確かめてから、
「いっぱい作ったからどんどん食べてね」
桂花達もお弁当を食べ始めた。
「私、こんなに沢山食べたのは初めてです。‥‥こんなに大勢で食べるのも、ですけど」
「おっと、それで終わりにしてもらっては困るな」
皆が十分‥‥十二分に食べた後、カンターはデザートを振舞った。
「果物と甘い物‥‥疲れが取れるように、な」
「甘いものは好きです」
椅子にもたれかかり、だが、先程より顔色の良くなったクララに、カンターは笑みを向けた。そうして、馬車はゆっくりと進んでいく。少しずつ少しずつ、休みながらも確実に、目的地へと進んで行く。
●花を探そう
「しっかり身体を動かして、お腹を空かせましょう!」
目的地。貴政は声をかけてから、周囲に視線を走らせた。
広がる緑の野原。まだ春爛漫というわけにはいかないが、それでも、景色も空気も既に冬のものではない。
「ここは雪が溶けていて助かったな」
アルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)は雪原で薬草を探した事を思い出しながら、花を探し始めた。
「これなら、きっと‥‥絶対に見つかるだろう」
「でも、もしかしたら、まだ蕾の状態かもしれないですね」
そう考えたロミルフォウは友人のティエと共に、注意深く花探し。それはテッド達も同じ‥‥皆、花が少しでも早く見つかる事を祈っていた。
「‥‥っお嬢様!?」
探し始めて暫し。クララを気に掛けていたロミルフォウは、その息が大分上がっている事に気づいた。と、その身体がグラリと傾いだ。
「無理はしなくていいんだ。そのためにギルドへ依頼したんだろう?」
その華奢な身体をカンターは素早く抱き上げた。お姫様抱っこ、というヤツだ。
「君のような綺麗な女性をこの手に抱く名誉、僕に与えてはくれないかい」
ウインクを贈られ、顔を真っ赤にしながらクララは小さく頷いた。
「でも、まだ大丈夫‥‥です」
「なら、このまま探そう。僕がキミの足になるから」
「はい‥‥あっ!?」
少し高くなった目線。クララがそれに気付いたのは偶然だったのだろうか? けれど、その時クララは確かに見た。大きな岩のかたわらに咲いた、思い出の花を。
「あった‥‥本当に、ありました」
知らず頬を涙が伝った。あの日の思い出は、家族の絆は確かにあったのだと。
「もしかしたらお花も、お嬢様がいらっしゃるのを待っていたのかもしれませんわ」
花を愛しげに見つめるクララに、ロミルフォウは優しく囁いた。
「待っていた、か‥‥」
そんな光景を見ていたニィはふと、歌声を風に乗せた。野原に響く歌声に、花を探していた貴政達も気付き、駆け寄ってきた。皆、その顔に笑みを浮かべて。
●思い出を刻もう
「はい、召し上がれ! 無事に花も見つかった事だし、安心してのんびり出来るね」
皆の喜びが一段落するのを待って、桂花はお弁当を広げた。鶏肉の香草焼きや肉饅頭、この旅で存分に腕を振るってきた桂花の集大成とも言える品々だった。
「こちらも是非、召し上がってみて下さい」
更に、貴政の自信作が披露される。故郷であるジャパンの料理‥‥チラシ寿司だ。刻み人参と茸を混ぜ込み、海老ソボロや錦糸玉子、花人参等で飾り付けられたチラシ寿司は色鮮やかで美味しそうだ。
「初めて食べる味ですけど‥‥すごく美味しいです」
「見た目もキレイですよね。春っぽくて可愛いです」
ドキドキしながら批評を待っていた貴政は、クララやロミルフォウの意見にホッと胸を撫で下ろした。
「珍しさだけでなくて、人を喜ばせたい、目でも楽しませたいって気持ちが出てて、すごく良いと思うなぁ」
「本当ですか!」
更に、桂花の感想は嬉しいものだった。ここ数日一緒に料理していて、桂花の腕前からは得るモノが多かったからこそ。
「この肉饅頭っての、もう一つくれるか?」
「チラシ寿司、おかわりしても良いですか?」
貴政と桂花は視線を交わし、微笑む。昨日、頑張った甲斐があるというものだ。これだけ皆が喜んでくれるなら、こんな美味しい顔が見られるならば。
「このピクニックもクララちゃんにとって、良い思い出になってくれたよね」
頬を緩めながら桂花は、
「このパンも自信作なんだよ。皆が花を探している間に焼いてたから、焼きたてだよ」
香ばしいパンをクララに手渡した。
「美味しかったです。感謝を込めて、一曲弾かせて貰います」
そんな中、許容量の違いからか一足先に満腹になったニィは竪琴を奏で始めた。
「素敵な曲があって豪華な弁当があって天気は良くて‥‥最高のピクニックだな」
「本当に。私、来て良かったです」
カンターに大きく頷くクララ。その傍らには、鉢に植え替えられたクロッカスが顔をちょこんと覗かせている。ニィの歌と演奏を聞きながら、美味しい料理に舌鼓を打つ。カンターの言う通り、それはとてもとても楽しい時間だった。
「本当に良かったです。この思い出の場所には良い思い出だけを残して貰いたかったですから‥‥」
そして、これからの生活でも頑張ってもらう為、もっともっと元気になって欲しい‥‥祈る貴政。
「そうだ。ここに僕達が来たという証を残さないか?」
提案したのはブレイン。
「この岩に、皆で文字を彫るんだ。名前とか、簡単なメッセージとか」
「面白そう‥‥んじゃ、しふしふなコックさん参上、っと」
「一人前の料理人になるぞ、と」
「ピクニック楽しかったです」
皆が順番に刻んでいく中。
「またいつか来られますように」
「来られますよ。元気になって、これから何度でも」
クララの刻んだ願いを見て励ますレティシアに、皆も大きく頷いた。
●想いを伝えよう
「クララ!」
帰り道もトラブル等なく、楽しいものだった。無事に帰りついた一同を迎えたのは、血相を変えた一人の紳士だった。彼が、クララの父であるゴードン氏だ。
「お前が外出したと聞いて、生きた心地がしなかったぞ」
「‥‥ごめんなさい、父さま」
「いや、その、別に怒っているわけでは‥‥」
俯く娘と口ごもる父と。
「‥‥クララさん」
固まってしまったクララの背を、レティシアは優しく押した。すれ違ったままの二人。その止まった時を動かすように。
「父さま、これ‥‥」
「‥‥懐かしいな」
押され、勇気を振り絞るように顔を上げ、鉢を差し出したクララに、ゴードン氏も懐かしそうに目を細めた。
「もう大丈夫ですね」
見つめ、ロミルフォウは呟いた。その顔を見ただけで親子には分かったはずだ。互いが同じ気持ちでいる事を。同じ思い出を大切に抱き、同じように互いを大切に思っている事を。
「ほらほらクララちゃんは座って座って。色々と話があるでしょ。あたい何か、ちゃちゃっと作って上げるからさ」
「僕も手伝います」
最後の一仕事、とばかりに料理場に向かう桂花と貴政。
「ゴードンさんもこれからはもう少し、一緒に過ごす時間を作ってあげて下さい」
テッド達残りの面々は、まだ少々ぎこちない親子の橋渡しを試みる。多分、放っておいてもこの二人はもう大丈夫だろうけれども。
「そうだな。今までは忙しすぎたからな」
その言葉にクララは顔を輝かせ。
ピクニック‥‥否、クララにとっては大冒険だった花探しを聞きたがるゴードン氏に、ブレイン達は話を聞かせる事になった。
「父さま、あのね‥‥」
その中にクララの恥ずかしそうな‥‥けれど、とても嬉しそうな声が混じる。
「クララさんの頑張りが、その想いをお父さんに伝えたんですよ」
ニィは微笑み、あの野原で歌った歌を、口ずさんだ。
♪あの花は いまでもひっそり咲いている
貴女にまた会う時を 待ち続けて
あの場所で 花は微笑みに包まれた
あの愛が絶えぬ事を 信じ続けて♪
「信じ続けたからこそ、願いは叶ったんでしょうね」
同意するかのように、クロッカスは開きかけた花びらを震わせたのだった。