●リプレイ本文
●出立
朝の礼拝も終わり、午後のお勤めまでは特別用事もなく、することと言えば日課の礼拝堂の掃除くらい。何年も続けてきたことだ。意識するまでもなく体が先に動いている。しかし、今はその動きも鈍い。単なる体調不良ならどれだけ良かったか。外はきれいに晴れているのに、神父の心は今にも雨が降り出しそうにどんよりと曇っていた。そして重いため息をついた時、彼らが来たのだった。
「その問題の子供達はどういった感じの子が多いのかしら?」
シャミー・フロイス(ea8250)が神父に尋ねる。長机にちょこんと腰かけた小さな彼女の独特のイントネーションは、一度聞いたら忘れられないだろう。始終曇り顔の神父は、やはり曇り顔で答えた。
「そうですね‥‥ごく普通の子供達ばかりですよ。みんな働き者で素直な。あ、身分が高い子はいないようですね。しかし、誰が中心になっているのか‥‥。悪い人に騙されていなければいいのですが」
そう言って彼は祭壇の十字架を見上げ、祈るように手を組んだ。
「その子達のお母さんはどう?」
「皆目わからないそうです。何か隠しているらしいのは明らかだそうですが、聞いても教えてくれないとかで。子供の世界のことだからとおおらかに構えていたお母さん方も、そろそろ心配になってきたようですね」
外へ出たシャミー達は、ゆっくりと街路を歩きながらそれぞれに考えを巡らせていた。
「仲良しクラブ程度ならいいんだけどな」
カルヴァン・マーベリック(ea8600)の呟きは冒険者達の気持ちにほぼ共通している。
自前のバンダナできっちりと耳を隠しながらハーフエルフのテッド・クラウス(ea8988)は同意するように頷く。
「危険なことになる前に、止めたいものです」
「とりあえず、あやしい子供達がよく出るところの付近を当たってみましょう。かたまっていても仕方ないですから、手分けして情報を集めましょうか」
同じくハーフエルフのフィニィ・フォルテン(ea9114)が皆を促す。彼女の場合はローブに付いているフードをすっぽりと被っていた。そしてフィニィの提案により、冒険者達はそれぞれに分かれて子供達の真実を探りに出たのだった。
●街の酒場で
表通りから少し奥まったところにある酒場で、カルヴァンはカウンター席で店主と小声で話しをしていた。何故ここなのかと言うと、この付近で最近になって子供達の姿を見かけるようになった、と通りすがりの者に聞いたからだ。子供などどこにでもいるものだが、もともとここは少し雰囲気が悪いため、子供が近づいてくることなどなかったのだ。
カルヴァンから心づけをもらっている店主は、何気ない顔で話す。
「見ての通り、ここはこういう店でね。あっちでアレしただのこっちでコレしただのってのが常連なワケさ。ガキ共がウロチョロしてるのは知ってるが、特に悪さをするでもねぇ。だがな‥‥」
と、ここで店主はカルヴァンに顔を近づけ、一層声を低くする。
「どうも視線を感じるんだよ。見張られているというか、ナ」
店主にとって、子供達が何をしていようがどうでもいいことだったが、やはり見張られているとなると気持ちが悪いのだった。
「数日間冒険者がこの付近を嗅ぎ回るが、子供を相手にするだけだから気にしないでくれ」
カルヴァンはそう言うと席を立った。店主はかすかに冷笑を含んだ表情で、
「俺は気にしないが、あいつらはどうだかな」
と、店の奥で剣呑な目つきでこちらを見ている人相の悪い男達を示したのだった。
案の定、店から出るなりカルヴァンはごろつき達に囲まれてしまった。慌てるでもなく彼らの動きを見守ってると、いかにも犯罪者めいた男が酔いに任せた勢いでカルヴァンの胸倉を乱暴に掴んで引き寄せ、酒臭い息で凄んだ。
「ここじゃ見慣れねぇ顔だな。ガキ共を使ってこそこそ嗅ぎ回っていやがるのはテメェか!?」
そのセリフのおかげでカルヴァンは子供達が何をしているのかピンときた。彼らはごろつき達を見張ったり尾行したりとスパイめいたことをしているのだろう。
教会を出たところで自分が口にした言葉は残念ながら外れていたのだ、とカルヴァンは子供達に危機を感じた。
●接触
カルヴァンがいたところからそれほど離れていない場所で、テッドは挙動不審な二人の子供を見つけていた。その子供を見張っていると、別の方向からフィニィが現れた。二人は目で頷きあい、移動を始めた子供達を尾行する。やがて着いた場所は細くくねった裏路地を抜けたところにある壊れかけた作業小屋だった。
二人の子供は一度辺りを警戒すると、扉を開けて中へ入っていった。そしてそれっきり、誰かが出てくる気配がない。あの扉を叩こうかどうしようかテッドが迷っていると、おもむろにフィニィが歌いだした。内容は、子供達が力を合わせて冒険をする、といったものだ。
大人でも聞いていると楽しくなってくるような歌声に、子供達が小屋から出てきた。だが、そこにいたのが冒険者だとわかると、とたんに警戒心をあらわにした。
「なんだ? お前達」
リーダーらしき少年が前に立ち、冒険者達を睨みつける。
「仲間に、入れてもらおうと思いまして」
と、テッドはバンダナを外して自身がハーフエルフであることを明かした。息を飲む子供達。しかしそれは嫌悪というよりは好奇心に近かった。リーダーの少年‥‥ペルティエはおもしろそうにテッドを見つめる。
そしてそれがきっかけとなり、ペルティエ達と冒険者達の距離は一気に縮まったのだった。ペルティエがハーフエルフに対してどう思ったのかはわからない。それについては、言わなかったから。ただ、同情に似たものを覚えたらしいということは雰囲気から伝わってきた。もちろん、彼は人間の子だけれど。
一呼吸置いたところでフィニィが口を開いた。
「いったい、ここで何をしているの?」
「神の義をこの世に実現するんだ。羊と山羊とをより分けるんだ」
ペルティエが答えたその言葉は、ジーザス教の聖典の文句である。そのことから、何かの信念に基づいての行動ではと感じられた。
フィニィはもっと具体的なことを聞き出そうとしたが、
「これ以上は秘密」
と、笑顔でかわされてしまった。
「さ、もういいだろ。俺達は忙しいんだ」
どうやらこれ以上何かを聞き出すのは無理のようだ。
二人はこの場は引くことにした。
実は、これらのやり取りを物陰でこっそり聞いていた者がいた。ウィル・エイブル(ea3277)である。彼は二人の冒険者が去ると、子供達の前に現れた。
「悪いけど、僕はそれほどお人好しじゃない。聖典の言葉を掲げたところで、あまりにも無謀に過ぎる行為だ」
それに対しペルティエは酷く冷めた目で答えた。
「神はきっと味方してくれる」
「待ちなさい!」
小屋へと立ち去りかけた少年をウィルは追う。しかしペルティエは振り返らず小屋の中へと姿を消した。しっかり鍵のかけられた扉を叩くが返事はない。
と、その時突然頭から水をかけられた。真冬の水だ。心臓が止まるような冷たさだった。さらに、水の出どころを確認するより先に今度は視界がふさがれる。いや、何かをかぶせられたようだ。麻袋だろうか。
そうしてウィルは子供達の見事な連携プレイにより、麻袋の中に閉じ込められてしまったのだった。袋の口は足首のところできっちりと縛られている。
「よし、あそこに閉じ込めちゃおう」
誰かがそう言い、ウィルは転がされてずるずると引きずられていったのだった。
その様子を見ていたカルヴァンは思わず頭を抱えそうになる。どこまでも子供のいたずらの発想だったからだ。子供達の世界は、この町がすべてだ。たとえ神が味方したとしても、彼らがやろうとしていることまでは加護は及ばないだろう。
一度子供達の前から引き上げた後、テッドは再び彼らを訪ねていた。そして今、彼らの仲間となるための条件を果たしてもう一度、ペルティエらの前に立っている。小屋の中へ入ることはまだ許されていない。ペルティエはテッドから聞いた、あるごろつきの報告を聞くと満足そうに頷いたのだった。
そして仲間の印‥‥小屋へ入るための合言葉を教えてもらった。
「世界の真ん中はどこにある?」
「ここが世界の真ん中だ」
中に招かれたテッドはペルティエに促されるままに席に着き、また子供達もそれぞれに腰かけた。この場にいる全員が丸いテーブルを囲む。
「さて」
と、切り出したリーダーが告げた内容に、テッドは目も口も大きく開くこととなった。
●聖戦
その日はある意味戦争だった。
ペルティエを中心に、子供達はいっせいに町のごろつき達を挑発しだしたのだ。石や馬糞を投げたりして。もし、テッドから今日が決行の日だと報告を受けていなければ、冒険者達は完全に出遅れていただろう。
「でも、だからと言って責めるのは間違っているような‥‥」
子供達がまとまっていそうなところへ急行しながらも、シャミーは考えてしまう。ペルティエの気持ちもわからなくはない。彼はもとからここに住んでいたわけではなく、どこかよその貧しい村の子供だった。貧しいが家族や村の人達と一緒に平和に暮らしていたところを、ある日モンスターに襲われた。一人生き残ってしまったのは、運が良かったのか悪かったのか。
飢えよりもひとりぼっちの寂しさに耐えかねて消えてしまいそうになった時、旅のクレリックが手を差し伸べてきた。
二番目の、家族。
「こっちよ!」
案の定、子供達の形勢は不利になりつつあった。ロープで足を引っ掛けたり、四方を建物に囲まれたところへ誘い出して、屋根の上からレンガなどを投げつけたところでくたばるような奴らではない。
次第に追われ始めた子供達を見つけては、シャミーは安全な方へと誘導する。相手はどんなことに手を染めてきたかわからない男達である。もし捕まるようなことがあったら命がないかもしれない。攻撃の手段をなくした子供達が、赤毛のシフールの後へ続く。狭い路地を行きながら、待ち伏せするフィニィと目が合う。
彼女達が走り去ると、ほどなくしていきり立ったごろつき達が駆けつけてきた。建物の間に身を潜めていたフィニィは、絶妙のタイミングでスリープをかけた。眠りに誘われたその隙に、他の冒険者達がロープでぐるぐる巻きにしていく。
あちこちでこのようなことが起こり、結果として子供達の作戦は失敗となったのだった。
シャミーによって誘導されたペルティエ含む子供達は、神父のもとへと集められた。さらに保護者も呼ばれたものだから、説教の大合唱となる。ただ一人、ペルティエを除いて。
彼が二番目の家族を失ったのは、パリへ入る直前。盗賊に襲撃され、クレリックは殺害された。再び、一人残されてしまった少年。盗賊が来る直前に草むらに隠された彼の手に残ったのは、クレリックが大事にしていた聖書とわずかのお金。
少年はこの時に決意した。
パリで子供達の仲間を集めて、悪い大人達を懲らしめる『聖戦』を起こそうと。いわば復讐であった。
「これ、聞いているのですか?」
軽く小突かれ顔を上げると、怒ったような顔の神父だった。
「今日からキミはここで暮らすんだよ」
ウィルの言葉に、きょとんとするペルティエ。
「あ、それから。あのごろつき達はみんな捕まったよ。キミ達が集めた情報のメモ書きのおかげでね。お手柄だったね」
「あの、俺‥‥」
「やっぱり神は味方だったようだ」
そんなことない、とペルティエは激しく首を振る。
「捕まえたのは、あんた達だから」
「きっかけを作ったのはあなたです。誇りなさい。あなたは優れた聖職者になれる素質があります。そのために、しっかり勉強して善行を積みましょう」
神父がやさしく諭す。
「でも、あんなムチャはもうするなよ」
ウィルは手のひらを押し付けるように少年の頭を撫でた。
「閉じ込めてごめんなさい‥‥」
らしくもないしおらしい声に、冒険者も神父も笑った。
三度目の家族ができた。