約束の地

■ショートシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月12日〜12月17日

リプレイ公開日:2004年12月19日

●オープニング

 彼は、森を彷徨っていた。
「はあ、今日もまた親方に怒られた。どうすれば‥‥いいんだろう?」
 彼は、疲れきっていた。
『やる気があんのか! やる気がねえならとっとと辞めちまえ!』
 やる気が無いわけではない。努力はしているのだ。
 だが、身体は動かない。心が先走る。そして‥‥失敗する。
 何度、柱を倒し、何度、レンガを割ったことだろうか‥‥。
「でも、私が稼がないと妻と息子が‥‥」
 と家族の顔を思い出せば元気が出るものなのかもしれない。
 だが、何故か今日は逆効果だった。
『しっかり働いて下さいね‥‥いろいろ大変なんですから』
 自分はお金を稼ぐだけの存在なのか、と落ち込んだばかりだったからだ。
 そして落ち込みは更なる失敗を招く。
『だあ! もういい! 明日、木こりの連中が森に行く。それに同行して次に回してもらう木の確認と指示してこい! ついでにちっと歩きで体力鍛えて来い!』
 そう言われて森にやってきたものの、想像通りあっという間に道に迷ってしまった。
 道に迷って数時間。彷徨うこと数時間。もう、動けない。しゃがみ込んで頭を抱えた。
 その時だった。
「どうしたんです?」
 久しぶりにかけられた優しい声。少ししゃがれた女性の声だ。暖かい声はどこか、懐かしさを感じる。
「あの‥‥道に迷ってしまいまして‥‥」
「それは、お困りでしょう。良かったら、我が家で休んでいかれませんか?」
 顔を上げた彼の前で、その人、老婦人はニッコリと微笑んだ。よく見ると彼女の背後に一件の家もある。
「あ、ありがとうございます。では、少しだけ‥‥」
 立ち上がった彼は、老婦人の後を付いていった。
「失礼します」
 扉は開かれ、そして‥‥閉じられた。
「お帰り‥‥。待っていたよ」

「男性が‥‥森の中で迷子?」
 聞き返した冒険者に、依頼人ははい、と頷いた。
「立派な大人なので迷子ではないかもしれませんが‥‥」
「まあ、それは置いといて‥‥行方不明になったんだろう? 何時、何処で?」
 質問に彼の妻だと言った夫人は五日前、森奥で、と語った。
「五日前? 森の奥で? この晩秋に?」
 正直生きているかも怪しい、思った冒険者の思いよりも先に、婦人は手を降った。
 あ、と口を押さえ、違うんです。と。
「彼が、いる場所は解っているのです。でも‥‥彼は違う人物になっているようなんです」
「違う人物? どういうことです?」
 意味が解らないだろうと、彼女はゆっくりと順をおって説明する。
「森の中で行方不明になった彼を同行していた木こりの方は捜してくださいました。そして、森の奥に一件の小屋を見つけたんです。そこを訪ねた時‥‥」

『ほお、人が迷ったんですか? だが、この家は私と息子の二人暮しで他の人は住んでいませんよ。ほら、ご挨拶なさい』
『私はこの家の息子でジョルジュと言います』
 しっかりとした青年のしっかりとした受け答えに、木こり達は頷いて戻ってきたという。
 だが、改めて考え思い出してみて彼らは背筋を凍らせることとなる。
 あの小屋に住む老婦人の息子ジョルジュは確か1ヶ月程前に狩りの最中、命を落としたはずだ。
『じゃあ、あれは‥‥一体?』

「多分、その家にいるのはうちの人、アンリだと思います。ただ、記憶を失っているのか、それとも魔法をかけられているのか、とにかく自分をジョルジュだと言い、戻ってこないのです」
 だから‥‥彼女コンスタンシアは続ける。
「その家に行って、あの人を、アンリを連れ戻してください。お願いします」
 乳飲み子の息子が居て、自分が森に行くことも、ついていくことは出来ないのだ、と言って頭を下げた彼女の依頼書を冒険者達は手に取った。
 彼女が抱く、夫似の息子は、黒髪、黒い丸い瞳を冒険者達に向けていた。  


「森の奥の婆さん? 昔は名の知れた歌い手だったらしいな。年取った姿を見せたくないと森の中に篭ってたんじゃなかったか?」
「冬のうちは下の村に家を借りて住んでたけど、今年はまだ見ないねえ」
「息子は腕のいいハンターだったよな。買出しとかでたまに姿を見かけたな。いい若者だったよ」
「数日前、お婆さんがね、凄く沢山食料を買っていったわ。息子が戻ってきたって嬉しそうに‥‥どういうこと?」

「アンリさん、最近疲れてたみたいなんだよね。まあ、無理もないけどさ。初めての息子の夜鳴きで毎晩寝不足だったって話しだし」
「コンスタンシアもああ見えて気が強いからなあ。尻に敷かれただろうよ」
「あいつには才能があるんだ。見込みもある。あんたら、連れ戻してくれよ。頼むから」

 寝心地のいいベッド。暖かいスープ。美味しい食事。
 暖炉で爆ぜる炎。そして‥‥美しい歌。
 彼は‥‥柔らかく心地よい眠り‥‥夢に落ちる。

「いつまで一緒にいておくれ。私の‥‥ジョルジュ」

●今回の参加者

 ea7596 禍 閻水(41歳・♂・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea8250 シャミー・フロイス(21歳・♀・神聖騎士・シフール・イスパニア王国)
 ea8574 常倉 平馬(34歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea8600 カルヴァン・マーベリック(38歳・♂・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea8989 王 娘(18歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●幸せの時『約束の地』
 その親子はとても仲むつまじく見えた。とても幸せそうに見えた。
「だが‥‥そう見えるだけだ」
 フードの付いたマントを目深に被って二人を見つめるその、少女の声はどこか冷たく、そして‥‥寂しげだった。

●残された者の思い
「アンリさんはどんな方ですか? 目元は? 鼻筋は? 顔に特徴はありませんか?」
 矢継ぎばやの質問に、依頼人コンスタンシアはそうね〜、と前置いて後、細く涼やかな目元、高い鼻腔と夫の顔を思い出すように答えた。
 彼女の答えを耳にルメリア・アドミナル(ea8594)は羽ペンを取る。
「大丈夫ですか?」 
 心配そうに見つめるユキ・ヤツシロ(ea9342)にルメリアは微笑みを返した。
「多分、なんとか‥‥どうでしょう?」 
 差し出された羊皮紙には穏やかな目をした若者の顔が写し取られている。なんとか満足できる似顔絵ができた気がした。
「なかなか似ています。特徴は出ていると思いますわ」
 妻の保証付きなら大丈夫だろう。絵を常倉平馬(ea8574)は覗き込んだ。足元で遊ぶ息子と纏う雰囲気も似ているようだ。さすが親子、というところだろうか?
「ああ、そうだ。彼の持ち物をお借りできまいか? できるだけ大切にしているものがいいのだがな」
 平馬の言葉にコンスタンシアは首に下げていたネックレスを器用に片手で外す。
「あの人の、子供の頃に亡くなったお母さんからの形見なのだそうですわ。とても大事にしていました」
 シャラ、爽やかな銀の音を平馬はしっかりと握り締めた。
「あと、コレもお預かりしていきますね。アンリさんを連れ戻す力になるかも知れません」
 コンスタンシアが書いた手紙と似顔絵をルメリアはバックパックへと入れた。
「で、確認をしておきたいのだが、どうする? もし、その老婆が本当にアンリを捕まえていた場合には‥‥」
 少し離れた所から仲間達の様子を伺っていた禍閻水(ea7596)は壁に背中をつけ、目線だけをコンスタンシアに向けた。
捕らえたいのか、それとも‥‥言外の意図を感じコンスタンシアは頷いた。
「事を荒立てたいわけじゃあないですけど、もう二度と同じようなことが起きないようにはして欲しいと‥‥」
「わかった‥‥やってみよう」
 衛兵に通報するくらいのことはしておこう。そう思った閻水の側にトコトコ、小さな影が寄る。
 ‥‥彼は部屋の横へと飛びのいた! 足元に起きた風と力に、コロン。影は後ろにバランスを崩して倒れた。
「ウピ〜!」
「シャルル! すみません。でも‥‥あの‥‥」
「いや、すまない。俺は臆病なんでね‥‥他人に近付かれるのも怖いのさ」
 泣き出す子供を抱き上げた母の、射るような視線。閻水が浮かべた自虐的な苦笑を、仲間達は見ないフリをした。
「では、急ぎましょう」
 軽やかに、でも帽子を押えて駆け出すユキの後を仲間達は追った。最後のルメリアがお辞儀をして戸を閉めた後、コンスタンシアが深いため息と悲しみ、そしてそれ以上の怒りを瞳に浮かべていたことを、彼らは知る由も無い。

●もう一人の仲間?
 森の奥に彼らがたどり着いた時、
 ドン!
 稲妻のように突進してきた一塊の影が、平馬の胸元に飛び込んだ。
「ワッ! ‥‥いつつ‥‥ みんな、大変、大変!」
「どうしたんだ? 一体、そんなに慌てて‥‥」
 懐の中に突っ込みかけられた顔をひょい、と剥がした平馬にシフール シャミー・フロイス(ea8250)は、あのね、あのねと話し始める。
「見張りしてたんだけど‥‥家の中にさっき入っていった人がいるのよ」
「入っていったって‥‥老婆やアンリ‥‥いやジョルジュじゃ無くってか?」
「‥‥エルフの冒険者。‥‥多分魔法使い系。アンリはさっき出かけたみたい‥‥」
 言葉少なに語る王娘(ea8989)が指差した小さな家には、今二人の人間がいるという。一人は老婆。そして‥‥もう一人は
「! 確か、この依頼を受けたのって7人でしたよね。ほとんど顔も見ていないけど‥‥もう一人って確かウィザードだったんじゃ」
「そうか‥‥くそっ! 何を考えて!」
 老女に魔法をかけられるかもしれないのに! 中から聞こえてくる確かな技術で奏でられる調べに焦りが広がる。
「中に突入するか?」
「しっ! 皆下がれ。誰か来た」
 閻水の言葉を遮るように平馬は仲間を制して草陰に隠れた。 
 若い青年が荷物を抱えて帰ってくる。似顔絵と、出合った息子と良く似た若者。
「‥‥アンリさんに間違いないようですわね」
 似顔絵と見比べルメリアは頷く。彼は、当たり前のように入っていく。家の中へ。
「ただいま、母さん」

●もてなしの調べ
(「美しい調べですね。さすがかつて歌姫と讃えられた方‥‥」)
 客人をもてなす優しい調べにカルヴァン・マーベリック(ea8600)はゆっくりと瞳を閉じて聞き入った。
「知識と経験を積むために旅しております、法律学を学ぶカルヴァン・マーベリックと申します。ふもとの村で、この地に名高き歌い手が隠棲していると聞き、こうしてお邪魔した次第です。もしよろしければ過去の体験などをお聞かせ願えないでしょうか?」
 彼は、そう言って正面から彼女を訪ねた。意外にも、老女は快く彼を招きいれ、ハーブのお茶と暖かい暖炉の炎で迎えてくれた。
 息子の自慢話、昔の思い出話。老女は嬉しそうに語ってくれる。そこには悪意や打算は微塵も感じられない。男を捕らえた悪意の魔女のイメージも多少はあったのだが目の前の老女はごく普通の小さなお婆さんに彼には見えた。
「あら、薪が‥‥取って来てくれる? ジョルジュ」
「いいよ。母さん。お客さんもごゆっくり」
 当たり前のように母を労わり、誠実に、そして穏やかに微笑む『ジョルジュ』
(「操り人形‥‥ではない?」)
 扉の向こうに去った若者をカップの湯気と一緒に見送ったカルヴァンは、目の前の老女がふと竪琴を取り出すのを見た。
「良ければ、一曲如何ですか?」
「はい、喜んで」
 言ってからそれが自分に魔法をかけるものかもしれない、という気持ちもほんの僅か心を過ぎった。だが、抵抗はしなかった。
 ポロン〜♪
 優しく紡がれた第一音から、それは耳を離せないものだったからだ。天の神に祝福された調べ。魔法がかかっていたとしても抗えまい。彼は音に浸った。
 扉の開いた音も、閉じた音も気付かぬほど。もう一度、強く扉が開くまで‥‥

●説得と言う名の恐怖
 BANNNN!
 音楽が閉じた後も紡がれる夢の余韻はシャボン玉のように割れた。強く弾かれるように開かれた扉の音は、静かな空間を現実へと引き戻す。部屋の中の三人、六つの視線は、扉から入ってきた突然の来訪者に注がれる。それは、歓迎では無い視線。
 他の二人はともかく、三人目のそれに閻水は軽い不満を感じながらも無視してターゲットを見つめた。
「‥‥ジョルジュ‥‥」
「大丈夫だよ。母さん」
 竪琴を抱いたまま怯える老女。彼女を背に庇うように若者が立ちはだかる。だが来訪者はその若者にこそ、用事があったのだ。
「‥‥アンリさん。正気を取り戻してくれ。貴方はジョルジュじゃない」
「思い出して下さいませ。貴方を待っておられる方がいますわ」
 ルメリアが一歩前に歩み出し一枚の羊皮紙を差し出す。銀のネックレスで閉じられた羊皮紙をアンリと呼ばれた若者は震える手で受取った。
「貴方は、大事な者を失って寂しかったのだろう。それは解る。だが‥‥彼にも家族がいるのだ。これは正しいことではない。解ってもらえまいか?」
 日本刀を腰に佩いた侍はそう老女に静かに告げる。
「あなたは、家族が居なくなった辛さは十分に解っているはずではないですか、なのに、何故、この人の家族にも同じような悲しみを味あわせているの? この人を家族の所に返してあげてください、御願いします」
 侍の肩の上からシフールはそう訴えかける。
「‥‥辛い現実から目を背け過去に逃げるか。幸せな過去がある分貴様らは幸せ者だな。世の中には過去さえも辛い者がいる事を忘れるな」
 黒髪の武道家は冷たく、淡々とした口調で、でも自分の思いをぶつけた。
「愛する家族を亡くす辛さはよく判ります。でも、その辛さから逃れたいばかりに他人を無理矢理巻き込むのはいけないと思いますの。その方にもご家族がいらっしゃいますわ。そのご家族に私たちと同じ悲しみを、愛する家族を失う辛さを与えるおつもりですの? おばあさんは名のある歌い手だったとお聞きしています。人に夢や希望、喜びを与える事を生業としていらした方が、今度は人に悲しみ・絶望を与えるおつもりですか? どうかその方をご家族の元へ、待っている方達の所へ帰してあげて下さいませ…」
 帽子を押える手を祈りの形に変え、僧侶は言葉を紡ぐ。
「妻から夫を奪い、子から父を奪い‥‥その犠牲の上にお前達の偽りの世界は築かれている。女のお前には分かるはずだ‥‥乳飲み子を抱えた女が一人、これからどう生きていかねばならないか‥‥そしてその辛さも。彼を解放してやれ‥‥もう、帰してやるんだ」
「あっ‥‥あっ‥‥」
 突然飛び込んできた見知らぬ者達。彼らに詰め寄られ、そして同じ言葉を繰り返される。説得という名のそれは責め立て、老女は完全に怯えていた。
「ちょっと‥‥皆さん!」
 老女が心を開く事を願っていたカルヴァンは止めに入ろうとする、その時だった。
「待ってください!」
 毅然とした声、操られたのではない自分の言葉。老女から移った冒険者の視線に注がれた若者は、ゆっくりと瞬きを一つ。そして冒険者達と向き合った。
「彼女を責めないで下さい。私は‥‥私自身の意思で、ここにいたのです」

●帰る所『約束の地』
「アンリさん‥‥」
 渡された手紙を握り締めた彼に、シャミーはそっとニュートラルマジックをかける。手ごたえも無く魔法は解けるように消えた。
(「魔法は‥‥かかってないの? ホントに‥‥自分の意思?」)
 彼は、ゆっくりと老女の側に行き手を取った。怯えかけている彼女の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせた。
「操られていたわけでは‥‥無いのですね」
 カルヴァンの言葉に彼は、はい、と頷いた。
「最初、ここに来た時は魔法をかけられたかもしれません。この方がとても大事に愛しく思えて‥‥離れがたくなりました。そして、夢の中で私はこの方との優しい親子としての日々を見て‥‥自分がジョルジュであるように思えたのです」
 チャームと、メロディの魔法が、その時は確かにかかっていたのかもしれない。多分。
「ですが、私は、私が誰であるかを思い出しても、ここを離れることができなかった。いや、いつでもできたのにしたくは無かったのです」
「‥‥拒絶されたら、思い出されたら直ぐに、帰すつもりだったの。でも‥‥私はいつまでもジョルジュに一緒にいて欲しかったのよ‥‥」
 蹲る老女の小さな肩をジョルジュ、いやアンリは‥‥優しく抱きしめた。ネックレスが指の間で光る。
「私は、母を幼い頃に亡くしました。母のぬくもりも遠い記憶の彼方。恩返しさえも出来ぬまま‥‥だから、せめて後一日。明日には帰ろう。明日こそは‥‥そう思いながら今日まで過ぎてしまったのです。この人に‥‥責めはありません」
「お前がジョルジュでいる限りアンリは消えたままだ。では誰がコンスタンシアと息子を守る? お前はもう母親に守られているだけの子供ではいられない‥‥既に守るものがあり、それが出来るのはお前だけだ。思い出せ‥‥コンスタンシアを妻に娶った時を、息子が産まれた時を‥‥アンリ、それでもまだ偽りの夢を見続けるか?」
 老女を守る強さを見せるアンリ。だが閻水はそれにさえ苛立ちを感じた。まるで、子供のように弱い‥‥男と。
「解っています。コンスタンシアも、シャルルも、私は愛しています。ですが、違うのですよ。この感情は‥‥。そして、この思いは‥‥」
「‥‥ジョルジュ、お前‥‥」
 かつて失った母の面影、子供の頃の輝いた光。それを取り戻せた気がしたのだ。
「アンリ様、貴方の大切な家族は、貴方を大切に思い、待っていますわ、厳しいと感じるのは、信頼と期待の現れです、家族を思う気持ちを思い出して下さい」
 ‥‥解るまい。アンリは思う。自分がどれほど追い詰められてここに来たか。解っているからこそ重く、辛い期待。逃げ出したくなるほどに‥‥。手紙に書かれた『強い』意志もまた‥‥重い。
 アンリは小さく笑う。それは苦笑か、それとも?
「‥‥もう、いいよ。ジョルジュ‥‥いや、アンリ」
「母さん‥‥」
 肩に置かれたアンリの手をそっと胸に抱きしめて、老女は立ち上がった。その目は息子に頼る母ではなく、息子をまもろうとする母の視線。
「私は誰かに帰ってきて欲しかった。アンタは、どこかに帰りたかった。お互いの気持ちが合わせ鏡のように映しあっていたのね。私たちは‥‥」
 冒険者達は二人を見つめていた。
「でもね、この人たちの言うとおり。いつまでもアンタはここにいちゃいけない。アンタが帰る場所を作ってやらなければならないのよ。お戻り‥‥アンタを待つ人の所へ‥‥」
「それじゃあ貴女はまた一人に‥‥」
 老女の視線に閻水は目線を逸らす。他の冒険者達もまた‥‥。
 竪琴を置き、服の汚れを払い、彼女は冒険者達に向かって歩み寄った。
「私は‥‥大丈夫。さあ‥‥行こうか」
 彼女は全てを知って、覚悟をしている。そう解ったからこそ、閻水は右手で老女の手を取った。せめてもの敬意だ。
「母さん!」
「私はね、愛していたよ。アンタがジョルジュでも、アンリでも。幸せにおなり」
「‥‥母さん」
 出て行く『母』の影。遠ざかっていく優しい笑顔。冒険者達は、別れ行く二人の間に繋がる不思議な絆を感じずにはいられなかった。それは魔法が紡いだまやかしかもしれないが‥‥確かに存在した。お互いの頬に光る涙がそれを証明するように、静かに輝いていたのだから。

 数日の後。建物の中に竪琴が残されていた。誰も触れることのない竪琴が風に歌う時、そこにはかつて確かにここにあった幸せの名残を語って聞かせるのかもしれない。

 人が求めて止まぬ「帰る場所」
 約束の地の歌を‥‥。