ほろ苦い乙女達〜乙女の声を守って

■ショートシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月15日〜12月20日

リプレイ公開日:2004年12月19日

●オープニング

「おや、お久しぶりです。今日はいったいなんのご用で?」
 銀の竪琴、羽帽子、異国風の仮面に黒絹のマント。係の者の質問に、ギルドを訪ねたその人物は説明する。

 ある商家の一人娘は才色兼備なことで有名であった。特にその声の美しさは町で評判である。
 しかしその声がある貴族に目を付けられた。その貴族は珍しいものや美しいものを集めることで有名だが、同時に酷く自己中心的な性格で気に入ったものはどんな手段を用いてでも手に入れるというやっかいな人物でもあった。また、これは噂だが、以前彼が購入した珍しい鳥を、ちょっと指先をつつかれただけで殺してしまったという。
 そんな人物のところへ大事な娘は渡せない、と主は断ったが、すると案の定難問がふっかけられたそうだ。
 パリ郊外の森に棲む、十に分かれた角を持つシカを捕まえて来い。
 出没地点は専門家によって調査済みであるが、とても勘の良いシカですぐにこちらの気配を察して逃げてしまうのだ。また森にはどんな危険があるかわからない。
 あまり狩りをたしなむことのない主には難しい要求であった。
「さしてお金は差し上げられませんが。娘を助ける冒険は、歌にすると喜ばれましょう。それなりに名も響く筈です。そうそう、彼のシカは心の美しい乙女の歌声に近づくと言う噂もございます。優しい思いを歌に出来る良き歌い手がいれば簡単かも知れません。え? 私ですか? 残念ながらその資格はありません。私の手は汚れています」

 言って竪琴をポロンと鳴らした。

●今回の参加者

 ea7372 ナオミ・ファラーノ(33歳・♀・ウィザード・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea7698 ミシェル・バーンハルト(29歳・♂・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●ただ今野営中
 怪我でもしているのだろうか? 顔に包帯を巻いた案内人に案内されて着いたところは、森深くにある泉の近くだった。早朝に出発してここに到着したのが正午を過ぎた頃。それからずっと泉を見守り続けているが、問題の角が十に分かれたシカは姿を見せない。勘が良いと言われているシカだ。さっそく警戒されてしまったのだろうか。
 そうこうしているうちに、とうとう日も暮れてきてしまった。もともと昼間でも薄暗い森の中だ。暗くなるのはあっという間だった。さらに季節は冬。気温もぐんぐん下がっていった。
 今日は諦めよう、と案内人が言ったことで、冒険者達は少し開けたところで野営をし、朝を待つことになった。
 ミシェル・バーンハルト(ea7698)が提供した簡易テントに二人ずつ交代で仮眠をとる。はじめの見張りはフィニィ・フォルテン(ea9114)と九紋竜桃化(ea8553)の二人だ。
 焚き火を絶やさないように注意しながら、それでも寒さは厳しいので防寒服を着こんで揺れる炎を見つめながらフィニィは何事かを考えていた。
「どうかなさったのですか? 眉間にシワ寄せて」
 気難しそうな表情のフィニィを桃化は心配げに見やる。顔を上げたフィニィは慌ててシワを伸ばすように人差し指で眉間をこする。
「歌を、考えていました。例のシカは歌声に惹かれることもあるのでしょう? 私の歌がお役に立てればと思いまして」
「フィニィさんの歌ならば、大丈夫ですわ。あ、もしかして今日は一日それを考えていらしたのですか?」
 少し恥ずかしそうにフィニィはうつむく。冒険者仲間だけなので、ハーフエルフであることは隠す必要はない。彼女の動きと共に長い金髪が揺れる。焚き火の明かりに照らされた髪は、昼間の色とは違った、どこか郷愁を誘う色に染められていた。
「私は歌の心得はありませんが、素敵な歌は素敵だと素直に思いますわ。良い歌は悲しい気持ちも明るくさせてくれますもの」
 上品な微笑で言った桃化の言葉に、フィニィはハッとなった。
 憧れの人が教えてくれたこと。
「心を動かしたいのならば、新しい歌を生み出さなければなりません」
(「今、それが出来なければ胸を張ってあの方に会うことはできません」)
 その思いが少しプレッシャーになっていたのかもしれない。
 新しい歌を生み出すということは‥‥。
(「初めて優しさを感じたのは、養父さん‥‥」)
 警戒心の強いものの心をほぐすような歌が、生まれようとしていた。

 そして見張り交代。
 あまり口数の多くない案内人にナオミ・ファラーノ(ea7372)が話しかけた。
「ねぇ、キミってあのオヤジの狩りにいつも同行してるんだよね」
 あのオヤジ、とはシカを捕まえてこいと言ってきた貴族のこと。頷きを答えとする。
「じゃあさ、あのオヤジにちょっと話してシカのこと、何とかなんない?」
 返事は首を振るだけの素っ気無いものだった。
 少し肩を落としながらも、ナオミは特別がっかりしてわけではない。こういう返事が来ることも予想の内だったからだ。そうなると、後はアレしかない‥‥とナオミは考え込んだ。
 と、その時ガサリと近くの茂みが音を立てた。ナオミとミシェルが素早く身構える。低くうなりながら出てきたのは数頭の野犬だった。獰猛な眼差しは明らかに飢えている様子だ。
 外の気配に桃化とフィニィも起きてくる。牙を剥き出した野犬はフィニィに狙いを定めたようだった。犬の好みは謎だが、一番おいしそうに見えたのだろうか。
 ミシェルは全員にグッドラックをかける。万が一噛みつかれても致命傷は避けられるだろう。そして案内人の腕を引いてゆっくりと後ろに下がる。ナオミは急いで焚き火の火を大きくした。フィニィはスリープの準備をする。桃化がすらりと日本刀を抜いて先頭に立った。
「ごめんなさいね」
 小さく謝ると、桃化はあっという間に野犬を追い払ってしまったのだった。殺してはいない。
「怪我は?」
「ありませんわ。ありがとう」
 桃化は刀をおさめながら笑顔でミシェルに答えた。それからは少し炎を大きく保ったせいか、何事もなく朝を迎えることができた。

●十に分かれた角を持つシカ
 冒険者達は朝から気合が入っていた。今日は、シカを捕まえることができるという確信があったからだ。フィニィの歌は完成した。また、シカが姿を見せてからの段取りもつけてある。充実した緊張感に満ちていた。
 冒険者達は野営の後片付けを済ませると、昨日もおもむいた泉へと進んだ。それぞれが配置につく前に、ミシェルがグッドラックを全員にかける。
「聖なる母の祝福を‥‥」
 クレリックの加護も受けたとなっては、成功させるしかない。まだシカが現れていない泉の縁に立ったフィニィは、心を静めると静かに歌いだした。

♪歌ってくれた 哀しい時に
 歌ってくれた 私の為に
 幼い私を支えてくれた それはとても優しい歌で
 私に笑顔を運んでくれた それはとても優しい歌で

 歌いましょう 哀しい時は
 歌いましょう 貴方の為に
 今度は私が支える為に それはとても優しい歌を
 貴方が笑顔でいられる様に それはとても優しい歌を

 次は貴方が誰かの為に 歌って欲しい優しい歌を♪

 フィニィは何回か歌を繰り返した。彼女が歌っている間、ナオミはインフラビジョンで周囲をくまなくチェックしていた。さらに手には投網が握られている。
 と、ナオミの視界に何かが映った。
「来たよ」
 彼女の報告にいっそう息をひそめる冒険者達。ようやく彼らの前に現れたその姿に、思わず息を飲む。通常よりも大柄なシカだった。また角も十に分かれているだけあって、太くしっかりとしていて、その様は森の主のような存在感を放っていた。
 確かに動物なのに、気高さを覚えてしまう。畏怖してしまう。触れることなど許されないかのような、圧倒的な空気。シカはゆっくりとフィニィに近づく。充分に接近したところで彼女は歌を止めた。
 しばらくハーフエルフとシカは見つめあっていた。その光景は、神話にでも出てきそうなほど美しく、絵になるものだった。
 思わずシカに触れようとフィニィの手が動くと、てっきり逃げると思っていたシカは、彼女に身を任せるように目を閉じた。フィニィが身を潜めている冒険者達に視線を巡らせる。立ち上がった彼らが近づいてきても、シカは逃げようとしなかった。すっかりフィニィに心を許しているかのように。
 手荒なことをせずに何とかなりそうだという安堵から、冒険者達の肩から力が抜けた。
「高貴な、シカの方」
 と、桃化が声をかけた。
 耳をピクリと動かし、シカは桃化のほうを向く。
「言葉がわかるなら、お願いがございます」
 シカは変わらず耳をピクピクさせている。人間の言葉を理解するのかどうか、この様子からは判断できない。それでも桃化は話を続け、一緒に来てほしいことを伝えようとした。必ずその身を守ると約束もして。シカがぴくりと掛けたその時、案内人が背負い袋から銀の竪琴を取り、桃化の言葉を歌に乗せた。
(「この声は?」)
 フィニィには誰だか判った。いつぞやのあの方だ。シカは静かに聞いている。
(「テレパシー?」)
(「はい。今日の歌は良い出来でしたよ。私が通訳を務めましょう」)
 話し終えて、しばらく様子を見守っていると、シカは何事もなかったかのように、またゆっくりと歩き出した。やはり話は通じなかったのか、とナオミが網を投げて捕まえようとした時、その手をミシェルが押さえた。
「あっちは森の出口だよ」
「あ‥‥」
 ミシェルの指摘にナオミの頬に明るさが差し、それは周囲の冒険者にも伝染した。
「通じていたんだね」
 それを証明するように、少し進んだところでシカは振り返り、彼らを待っていた。

●約束
 冒険者達に連れてこられたシカの堂々たる姿を見て、その貴族は言葉もないほど感動していた。
「これだ、この姿だ。森でちらりと垣間見て以来ずっと忘れられなかった‥‥」
 感動のあまり膝から力が抜けてしまった彼は、拝むようにシカを見上げていた。その目はうっすらと潤んでいるようにさえ見える。
「いやはや、ご苦労だったな。今、食事でも用意させよう」
 彼なりの感謝の気持ちを表そうとしたところを、ナオミが止める。彼女達はここであっさりとシカを引き渡す気はなかった。
「約束どおり捕まえてきたんだから、あの娘さんのことはすっぱり諦めてくれるよね?」
「お? おお、いいだろう。そういう約束だったからな」
「じゃぁ、シカはもう森に帰すね」
「なぬ?」
 ナオミの理屈がわからず、貴族は歩みかけていた足を止めて目をむいた。ナオミはたたみかけるように続ける。
「わたくし達にあった依頼は、シカを捕まえてくることだけ。シカを引き渡すことまでは頼まれてないよ」
「ぬぬぬぬ。言葉遊びに付き合う気などないわ。えぇい、気が変わった。さっさと帰れ」
 野良猫でも追い払うように彼はシッシッと手を振る。するとナオミはシカを手招きし、
「それじゃ、行こうか」
「こら、それは置いていけ」
「自分の言葉には責任持たないと。ネ、おじさん」
「勝手なことを言うな!」
 激してきた貴族の顔が怒りで赤くなる。どうなることかとミシェルとフィニィはじっと見守っている。万が一向こうが力ずくに出てきたら、真っ先にシカを守るつもりでいた。
「お待ちください」
 と、そこに桃化が割って入ってきた。
「もしここであなたがシカを記憶にのみ留め、商家の娘のことも諦めるとおっしゃるなら、きっと後々名誉なことになりましょう」
 貴族は胡散臭そうに桃化を見やる。これまで彼には手に入らないものなどなかった。だから、この女侍の言うことがピンとこなかったのだ。シカも娘も手元に残らないのならば、何も手に入れていないのと同じことだった。
 桃化はまっすぐに貴族の目を見て訴える。
「ジャパンではシカは高貴な方の守り神で、山を守護する生き物とされていますわ。ここでシカを帰せば御貴族様にきっと神のご加護が来ると存じますわ。約束を守るあなた様に、神さまはきっと報いて下さることでしょう。ご一考をお願いいたします」
 シカを諦めることで神の加護を得られるのか‥‥と、貴族の心は揺らぎ始めた。そして穴があきそうな程にシカを凝視する。
 貴族はゆっくりとシカに近づくと、その首筋に遠慮がちに触れた。シカが暴れ出すのではないかとヒヤヒヤしたが、されるがままになっていた。シカは全てを見通すような目で貴族を見ている。
 次の瞬間、貴族が全力でシカに抱きつくと、さすがにシカも驚いて後足立ちになり、貴族は振りほどかれ尻もちをついた。シカに何かしたのではないかと冒険者達はじっと様子を見ていたが、特にそういったことはなかった。単に抱きしめただけだったようだ。
 貴族は服についた埃を払って立ち上がると、
「わかった。このシカは森に帰そう。さすればきっと私に神のご加護があるのだろう?」
 桃化はホッとしたように頷く。
「欲望に克つことで、これ以上に素晴らしいものを手に入れてやろうではないか」
「娘さんも諦めてくださいますね」
「いいだろう。こうしてシカを拝むこともでき、触れることもできたのだからな」
 と、彼は少し意地の悪い目でナオミを見やった。
 フィニィが彼の前に羊皮紙を一枚差し出す。
「商家の娘には今後一切手出しはしない、ということで署名してください」
 貴族はあからさまに不機嫌そうに顔を歪める。しかし、そんな反応は予測済みのフィニィは、即興で歌を口ずさんだ。
 それは今回の件を歌にしたものだった。当然、貴族はすっかり悪者にされている。しかも誇張されている。
 どこへでも行く冒険者に、各地でそんな歌を歌われてはたまったものではない、と貴族の顔に恐れが生じた。
「この歌があなたを称える歌になるといいですね」
 拒めば確実に極悪非道として世間に広まるだろう。自身、善行を積んできたとは間違っても言えないが、世界中に悪評が散らばるほど悪いことをしてきたとも思っていない。
 貴族はぐるぐると思考を巡らせると、悔しさをいっぱいに表情にしながら署名した。
「違反しないでくださいね」
「ふん、そこまで往生際は悪くないわ」
 すっかり不貞腐れていた。
 冒険者達はしてやったり、と目を交し合う。貴族は見事に彼らの思うように動かされたのだ。そうして十に分かれた角を持つシカは無事森に帰り、商家の娘も狙われることはなくなった。その貴族の評判が良くなったかはわからないが、『あの貴族の意志を折れさせた』という冒険者の噂はしばらく人の口にのぼっていたのだった。