薬草を探して

■ショートシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月16日〜12月21日

リプレイ公開日:2004年12月19日

●オープニング

「この雪が溶けるまで、私は生きていられるのかしら‥‥?」
 ムダに広い屋敷の中、ベッドに横たわった少女は呟いた。白い白い外の世界を見やりながら。
「クララお嬢様、そんな事はありません。ちゃんとお薬を飲めば、お嬢様の御病気も必ずや良くなりましょう」
 老執事の言葉に、しかし、クララは緩く首を振った。
「例え治ったとしても‥‥元気になって、どうするの? だったら、私はこのまま朽ちていく方がいいわ」
 雪のように白い肌、やせ細った身体‥‥自由にならない己が身。何より、幼き頃からの闘病生活はクララから生きる気力を奪っていた。
「そんな事を仰らないで下さい」
 薬を準備しようとした執事は、ふとその手を止めた。何と言う失態だろう、薬が切れていたのだ。
「申し訳ありません、クララお嬢様。直ぐに‥‥」
 言葉はやはり、途切れる。この寒い季節、薬草は何処も品薄だ。ましてや、外には雪が積もっている‥‥直ぐに手に入るだろうか?
「この雪の中、見ず知らずの他人の為に薬草を採りに行く物好きなんていないわ。それとも、お金さえ出せば、そんな物好きもいるのかしらね」
 そんな執事の逡巡を見透かすように、クララは言って。
「いいのよ、もう‥‥いいの」
 疲れたように目を閉じた。

「お願い致します。お嬢様の為に、薬草を採ってきて下さいませんか?」
 そうして、執事は冒険者ギルドを訪れた。常ならば木の根元に生える薬草は、しかし、この時期は木を見つける事さえ難しい。更に、積もった雪が地面を覆い隠す今は、果たして本当に見つける事が出来るのだろうか?
「薬草が必要なのは勿論ですが‥‥困難に立ち向かう姿勢をこそ、お嬢様に見ていただきたいのです」
 それでも、執事はそう重ねて頼んだのだった。

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4609 ロチュス・ファン・デルサリ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7468 マミ・キスリング(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ea7579 アルクトゥルス・ハルベルト(27歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 ea8988 テッド・クラウス(17歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9190 ルーツィア・ミルト(29歳・♀・クレリック・パラ・ノルマン王国)
 ea9457 半身 白(23歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9508 ブレイン・レオフォード(32歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●閉ざされた心
「薬草を探索するにしても、情報がないと動きようがありませんから」
 出立する前、マミ・キスリング(ea7468)はお屋敷を訪ねていた。フランク人とジャパン人とのハーフであるマミの名は、漢字では磨魅と書く。
「出入りの薬師や仕入先の商人を教えて下さい」
 流通ルートを逆に辿っていけば採集地の目星が付くはずだと、磨魅は考えたのだ。
「これで薬草はきっと、見つかります」
 安心させるように言うと、執事は深々と頭を下げた。寒さが厳しさを増す中、クララの容態は芳しくないらしい。生きる気力がなくなっているなら、尚更に。
「同じ病で奥様が亡くなられてから、お嬢様は希望をなくされました‥‥希望を持つ事を、恐れておいでなのかもしれません」
「失くすのが、期待を裏切られるのが、辛いからでしょうか‥‥?」
 ウェルス・サルヴィウス(ea1787)に、執事は「おそらく」と首肯した。
 そのやり取りを聞きながら、磨魅はクララの元へと歩を進めたのだった。
「クララ殿、わたしの名前は磨魅と言います」
 触れたら折れそうな程に細い細い、手。磨魅はその手をそっと取り、その手の平に指で、自分の名前を書き。
「わたしの父はジャパン人ですが、けれど、愛する人のため他国のキスリング家の養子となり、そのお家断絶の危機を救ったのです。‥‥私の名前は、父が『磨かれた魅力を持つ娘になって欲しい』という意図で名付けてくれたそうです」
 そうして、磨魅はクララを優しく見つめた。
「クララ殿の名前も、ご両親が心を込めて付けて下さったもの‥‥ご自分が愛されているという事、忘れないで下さい」
「そうだな。病身のお嬢さんがこんなにも大切にされて、それでもなお生きる気力を失うなど……我々から見れば、随分と贅沢な話だ」
 スルリと割り込んだ声は、何時の間にか扉の脇に立っていた影。
「私には、名前などないからな。‥‥不便なら、半身(パシム)の白(ペク)とでも呼ぶがいい」
 耳当て付きの防寒着を着込んだその人物は、半身白(ea9457)‥‥ハーフエルフである。
「そういう贅沢は、堪能してもらいたいものだ」
 白は自分の言葉に小さく息を呑んだクララにそれだけ言い置き、身を翻した。
「白さんの気持ちも分かりますが、僕はクララさんの気持ちも分かるんです」
 扉の外で白を迎えたテッド・クラウス(ea8988)は、遠い目をして呟いた。
 やはりハーフエルフのテッドは孤児院にいた頃、子供達に疎まれ虐められる日々の中で、クララと同じようなことを考えていたから。いっそこのまま‥‥と。
 もっとも、何回かに一度は狂化してしまっていたけれども。
「何か生きる目標があればよいのですが‥‥長い闘病生活でクララさんの心には分厚く雪が積もっているようですから中々難しいですね」
「まぁ言いたい事は沢山有るが、先ずは依頼の品であろうな」
 沈みかけた空気を断ち切るように言ったのは、アルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)。
「それこそ、その雪の下から、我々は依頼品を見つけ出さねばならぬのだから、な」
「そうですね、確かに。全てはそれからです」
 ウェルスは頷くと、身を固くしたままのクララの元に行き、
「神がお守りくださいますように」
 祝福の祈りを捧げた。クララは何か言い掛け、だが、反論の言葉は結局紡がれる事は無く終わった。ただ、その視線だけが俯かれ。
「行ってきますね、クララ殿。薬草はきっと手に入れて参ります‥‥約束、です」
 磨魅の言葉にも、その視線が上げる事はなかった。何事かを考えているように‥‥芽生えかけた何かを押し殺そうとするように。
 ただ、先ほどまで磨魅が触れていた手が、そっと握り締められていた‥‥僅かな温もりを、惜しんでいるかのように。

●雪の下の
「クララさんに元気を取り戻してもらえるように、がんばるぞ〜!」
 サクサクというよりはザクザクと音を立てて雪を踏みながら、ブレイン・レオフォード(ea9508)は元気に拳を突き上げた。
「病を背負っていない私ではクララさんの心情は分かりたくとも難しいでしょうが‥‥でも、今確かに生きているのに『もういい』なんて言って欲しくはありません。だから、頑張りましょう」
 それは、ルーツィア・ミルト(ea9190)も同じだった。一行が訪れたのは、雪原。だが、磨魅が集めた情報では、薬草がある確率は一番高いはず、なのだ。
「寒さなんかに負けてられるか、エイエイオ〜!」
「張り切りすぎて倒れぬようにな」
 気合を入れるブレイン達を、アルクトゥルスは苦笑混じりに諌めた。アルクトゥルスは磨魅と共に周囲を警戒しながら、皆の様子にも気を配っていた。
 特に、エルフのロチュス・ファン・デルサリ(ea4609)は高齢であるから。
「この辺りには薬草はないようね。あなたはあちらを探してもらえるかしら?」
 そのロチュスは、精霊魔法を使ってルーツィア達に指示を出していた。時折、場所を移動しているのは、効果範囲にも限界があるからだ。
「あなたが接している木の下に薬草が生えていないかしら? その場所を教えてくださいな」
 雪に語り掛けるロチュス。集中すること暫し、ややあって小さな吐息と共に別の場所へ移動しかけた足が雪に取られ、フラリとよろめいた。
「無理はするな」
 そのロチュスを支えたのは、白。旅の間中、白は体力の無いロチュスを気に掛けてフォローしてきた。
「だけどね、これはわたくしの仕事なの。今まであなた達に迷惑を掛けた分も、しっかり働かなければね」
「迷惑など‥‥それより、おまえに倒れられたら、困る」
 そこには薬草が生えていない、とロチュスが教えてくれるだけでも、随分と違うのだから。
「わたくしも自分の身体は分かっているつもり‥‥無理はしないわ」
 ロチュスは微笑んで、再び精神集中に入ったのだった。
 それを数回繰り返し‥‥やがて。
「‥‥あなたの下に、薬草があるのね?」
 ロチュスの言葉に全員がハッと顔を上げた。どの顔からも、疲れが吹き飛んで。
「そうと決まれば、任せてくれ」
「気を付けてやりましょう」
 言って、ブレインとテッドは慎重に雪を掘り始めた。下に埋もれている薬草を、そして、木の根を傷付けないように注意しながら。
「ロチュスさん、何をしているのですか?」
「えぇ、ちょっと‥‥よければあなた達も手伝ってくれるかしら?」
 一方で、ロチュスは薬草の近くを掘るように、ルーツィアと白とに頼み。
「無事、見つかったな」
「はい。良かったです……本当に」
 掘り進める事暫し、白い雪の下から現れた緑に、アルクトゥルスと磨魅もホッと息を付き。
「あなたの命をいただきます。ありがとうございます。どうかクララさんの身体も心も癒されますよう、援けてください」
 そして、注意深く薬草を採るテッドを見守りながら、ウェルスもまた真摯に祈った。感謝と、願いとを。

●動き出す時間
「約束、果たしましたよ。これが、皆で見つけた薬草です」
「あ‥‥」
 ニコリ、優しく笑む磨魅にクララは瞳を揺らした。揺れるその心を映すように。
「……生きる事は須く、試練である」
 そんな内心を見て取って、アルクトゥルスは淡々と告げた。貧困・病苦・孤独・不幸等々様々な形を持つが…それら全て、『死』と言う名の試練に辿り付く。
「死に抗うも良し、受け入れるも良し、ソレはその人の自由だ。‥‥だが、死を受け入れるのと生きる事を諦めるのは根本から違う。死期を知り、そこからどう行動するかを決めて良いのは死期に至るまでに生を全うした者だけだ。翻って御身はどうか?」
 クララの身体がビクリ、と震えた。おそらく、過去を‥‥母を思い出して。そして、今の自分に思い至って。
「御身は死を受け入れるでもなく、生きる事に疲れ厭世気分になっているだけであろう? 後ろ向きな考えで自らを助けようともせず、安易に試練から逃れるようでは、父の導きは望めぬよ…生きるにせよ、死するにせよ」
「この薬草は雪の下でも希望を捨てずに、春を待ち続けていたものです。その命をいただくのですから、元気にならないわけはありません‥‥そう、伝えてくれと」
 続けて白が伝えたのは、テッドの言葉だ。女性の寝室に入るのは‥‥と面会を控えたテッドは、外で待っている。白に言伝を頼んで。
「私、私は‥‥」
 厳しい言葉も励ましの言葉も、今までたくさん聞いた。けれど、アルクトゥルスのテッドの言葉が心に響くのを、クララは不思議な気持ちで受け止めていた。
 それはきっと、気付き始めていたから。
(「私には生きることの素晴らしさを教えることは出来ない」)
 一方白には、アルクトゥルス達のように、クララに語るべき言葉は無かった。
(「だが、素晴らしき生を生きられるはずの人間がそれを楽しんでいないのは腹立たしい‥‥だから」)
 代わりに、取り出したナイフを使った。
 ジャグリング‥‥広い寝室の中、ナイフが鮮やかに宙を舞う。
 そこに言葉は無い。だが、励ましたいと、生を楽しんで欲しいという思いは本当だから。本当だからこそ、それはクララの心に届く。
「‥‥クララさん、窓の外を見てくれないかな?」
 そして、遅れて入って来たブレインが、息を切らしながら指差した先。そこには、寒さで頬を赤くしたテッドの横‥‥こちらを向いてニッコリと笑っている、雪だるまがあった。
「雪だるまって‥‥いつかは溶けて無くなってしまうんだけど。無くなると分かってるのに作るのは、もしかしたら無意味で無駄な行動に映るかもしれないけど」
 ブレインは、照れたように続けた。
「でもさ、もし‥‥誰かがこの雪だるまを見て笑顔になってくれたら、それは決して無駄じゃないよな?」
 例えいつか無くなってしまっても、誰かの心に何かを残せたらそれはきっと、素敵な事だから。
「だからクララさんにも、元気になって生きる事が無駄とか無意味とか、思わないで欲しいな」
「わ、私も‥‥何も出来なくても私も、生きてていいのかしら‥‥?」
 生きる事は苦しみだけで、生きる意味が存在している意味が分からなくて‥‥寂しくて。
「勿論です」
 けれど、ルーツィアも磨魅も皆も大きく頷いてくれたから。気付かせてくれたから‥‥例え無くなっても、残せるものが、残してくれた想いがあるのだと。
 ポロリ、と零れ落ちた一粒の雫は、直ぐに頬を伝う涙となった。
「そっか、私……一人じゃなかったんだ」
 今までだって、自分は決して孤独ではなかったと、クララは悟ったのだ。この冒険者達のように薬草を採っていてくれた人、父親や執事‥‥世界と繋がっていたのだと。死んだ母が残してくれた沢山のものにも、気付いて。
「修道院に話しておきましょう。これからクララさんの体調に合わせて、話し相手や編み物などを一緒にしてもらえるように」
「私も今度、お食事を作りにきますね。薬草を使った、病人食ではないお食事を」
 そんなクララを見て取り、ウェインとルーツィアは口々に告げた。それはこれからの事。続いていく日々の、クララの未来の為に。
「わたくしからも一つ、プレゼントですよ」
 ロチュスはその瞳から零れる涙をそっと拭い、クララに小さな白き花を手渡した。
「これはスノードロップ、雪の下で花を咲かせる植物ですわ」
 その花言葉は『慰め・希望・まさかの時の友』‥‥クララが一番必要としていた、今のクララに最も相応しいもの。
「来年は、この花を一緒に見に行きましょう。そのためにも元気になってくださいね」
「あ‥‥」
 クララは必死に言葉を探した。こんな時に言うべき言葉があった筈なのだ。
 ずっとずっと使う事のなかった、その言葉。
 やがて、その言葉に行き当たったクララは磨魅やブレインの顔を順繰りに見つめ、言った。
「‥‥ありがとう」
 そこにはもう涙ではなく、はにかんだ微笑みが浮かんでいたのだった。