●リプレイ本文
●そこは修羅場・開演1週間前
「えんしゅつぅぅ〜!! 冒険者さんが到着しました!!」
一座のテント小屋にやってきた一行が入り口である幕を開けると、その入り口あたりに、目の下にクマをつくったひょろりとした長身の男が、小刀で何か棒のような物をを削っていた。
「あの、私達冒険者ギルドの要請で参りました者ですが‥‥」
ステラ・デュナミス(eb2099)が男にそう伝えた瞬間、何かにとり憑かれるような様子だった男の顔が一気に崩れた。半分涙ぐみ、そして顔にこう書いているのがはっきりと見えた。
『たすかった』
と。
そして、冒頭の叫び声となる。
クマのできた男の叫び声に、客席スペースで腰をおろし舞台を見つめていた金髪男が振り返る。
「うるせえコッザ! 芝居止めるんじゃねえ!!」
いわゆる鬼の一声。
コッザと言われた男は小さな声で「すんません‥‥」と謝ると、冒険者に振り返ってへこっと頭を下げた。
「今稽古中なんで演出もあの調子ですし、あっしが代わりに説明しますんで。どうぞこちらへ‥‥」
コッザはそう言って一行をテント裏へと案内した。
舞台上では、主演らしい男女が互いに愛を伝えあっている。
「ちがぁ〜〜〜う! さっきも言っただろう!!」
金髪の男は呆れたように叫んでいる。
役者ってのも大変そうだなあ‥‥。
その光景に冒険者たちはしみじみとそう思うのであった。
「えーと、あっしは小道具担当兼役者のゴッザです。よろしくおねげえします」
ゴッザはそういうと、再びへこへこと頭を下げる。
テント裏は裏で‥‥また戦場だった。裏手もテント屋根がしかれていて、そこでは数人の男女が押し込まれて布と格闘している。
屋根のない場所では、セットらしい大道具が組まれている。その横では、役者らしい男女が柔軟運動やトンボ返りなどアクロバティックな運動や、ジャグリングの練習をしている。
「では、皆さんが何をできるかってのを聞かせてもらってええでしょうか?」
ゴッザの問いに一人一人が答える。
「私は演劇については詳しくはないですが、美術系等の知識は多少はありますので、大道具とか小道具の手伝いをしますわ。演技は‥‥自信がありませんが、エキストラ程度であれば‥‥」
ステラは控えめにそう答える。
「私は踊り子ですので舞台で舞いを披露できますわ。精霊か妖精の役がいいかしら‥‥。裏方のほうもできる事はお手伝いしますので」
シーン・イスパル(ea5510)ぽわっとした笑顔を浮かべるて言った。
同じく、精霊や妖精の踊り手を希望したのはアレナサーラ・クレオポリス(eb2874)。シーンと同じく、エジプト出身の踊り子である。
ジブシー二人の舞はかなりの見せ場にできる可能性がある。
ゴッザはふむふむと頷いた。ここで聞いたことは後で演出に伝えなくてはいけない。間違えて伝えると後が大変なので、真剣に話を聞いていく。
次に15歳の少女チェルシー・ファリュウ(eb1155)が元気良く答えた。
「私は家事が得意だから裁縫とか縫い物はばっちりだよ! あと‥‥おねーちゃんから歌を一杯教えてもらっているんだ!」
彼女の姉はバードらしい。その姉に習った歌を役立てたいという事だ。
次に答えたのはラシェル・カルセドニー(eb1248)。彼女はバードということもあり、歌はプロである。舞台では即戦力となりゴッゾも期待に顔に笑顔一杯湧き上がる。
「裏方も専門知識のいる仕事はできませんが、雑用ならいくらでも申し付けてください」
バンダナを頭にまいたセレン・フロレンティン(ea9776)もバードである。彼も十分即戦力だ。しかし、彼には問題があった。それは己が人々に恐れられるハーフエルフということ。バンダナはその事を隠すための物なのだ。
「えーと‥‥僕は」
「‥‥あれ?! あ、すんません、てっきり女の方かと‥‥」
「あ‥‥ああ。いや、慣れてますんで」
再びへこりと頭を下げるゴッザに、苦笑いを返すセレン。
「僕は楽士ですし、それなりに歌もできます。音楽に関わる精霊を演じたいのですが、できればこう長いベールとか、長い髪とかで‥‥こう横を隠せるというか‥‥なんというか‥‥」
悩んで言うセレンの言葉に、ゴッザは首を傾げる。
どういうことだろう?
しばらく考えたゴッザだったが、彼の中で結論がでたらしい。セレンに「わかりましたです」と言ってコクコクと頷いた。
「それでは皆さんの希望は聞きましたので、演出にはあっしから伝えておくです」
にっこりと笑っていうゴッザ。
そして、冒険者たちも初日まで続く『舞台』という名の戦場へと飛び込んだのであった。
●睡魔が敵・開演5日前
チェルシーは裁縫の腕を買われ速攻に衣装班へ配属された。『衣裳部屋』と呼ばれるテントへ、いきなり放り込まれた。
「人が増えた!」
衣裳部屋は一瞬歓喜の声に包まれたが、その後また黙々とた作業となる。
開演もあとわずかというのに、衣装はまだ出来上がっていない。
「ええと、あたしは何をやれば?」
明るい声でチェルシーが聞くと、型紙にあわせて布を切っていた女性が顔をあげる。
「そうね、じゃあこれを指示通りに縫って頂戴」
そういって切った布を渡す。そして縫い方を指示していった。チェルシーは頷きつつそれを聞くと、得意の針仕事とばかり張り切って作業を始めた。
ラシェルも衣装班に配属された。特に裁縫が得意というわけではないが、簡単な作業を回される。出来上がった衣装をハンガーにかけ数をチェックしたり、布のはぎれが邪魔にならないように整理したり。それだけでも十分の助けになるのだ。そんな作業をしながらラシェルは胸をワクワクと躍らさせていた。不謹慎だとも思ったが、何かこの先の本番へ向かっていく状況が楽しかったのだった。
セレンは小道具班になった。
ゴッザの管轄だ‥‥‥‥といっても作業してるのはゴッザ1人。
「最近全然寝てないんですよ‥‥」
草臥れた顔でゴッザは溜息をつく。
毎日毎日増えていく小道具の数に、段々と追い詰められていっているようだった。
「僕は大したことはできませんが‥‥」
「いやいや、もう猫の手でもいいんで!」
涙目のゴッザの姿に、セレンの額から微かに脂汗がにじんだ。
セレンはゴッザの指示の元、小道具の色塗りや材料切りなど単純な作業を始めた。
「演劇初日に大量欠員だなんて。でもそれを認めるのもすごいわね。聞いたところだと微妙な理由もありそうだけど」
大道具の手伝いとなったステラは、大きな柱に板を組んでいた男に笑いながら話しかける。
「あはは。まあね〜。認めるっていうか、やる気が出ないやつに任せても舞台が壊れるだけ、ってのがうちの演出の方針さ」
座員の言葉を、ステラは頷きながら聞いた。これがプロの世界なのだろう。
「なるほど‥‥。で? 私は何をすればいいですか?」
ステラの問いに、大道具を取り仕切る男が板を指差した。
「これを塗ってもらえる? 下絵はもう書いてるから」
色塗りか‥‥。
「この服に色がついても嫌ね」
そう言うと、スタスタと衣裳部屋へと向かった。ラシェルに頼みいらない白い布を貰った。上着を脱ぎ布を胸に巻く。
「これで動きやすい」
満足気にステラは大道具の絵塗り作業へとうつった。
が、エルフの美女が肌をさらけ出して作業しているのだ。芝居一座という事もありそれなりに美人慣れしている男性座員とはいえ、その光景はやはり目に入ると気になる所となってしまった。
なんだか視線? などと思いつつ、黙々と作業をする。
そこへふと、金髪の演出が通りかかった。
そして、通り過ぎようとした時ステラの前でピタリと足をとめた。じっと、ステラの姿を見る。
「??」
何も言わない演出にステラは首を傾げた。
「‥‥あ、それいい」
ポンと手を叩くとクルリと向きを反転。真っ直ぐに衣裳部屋へと向かった。
「おい、ダン! 衣装一つ追加!」
演出の声に、衣装班全員の顔が凍った。
日も暮れて‥‥テント裏に大きな焚き火が用意される。アレナサーラはテントの中にカンテラを灯していく。
夜になっても作業は終わらない。一座は近くの長屋で集団生活をしているのだが、今は誰もが帰ることもままならず、このテントで生活しているようなものだ。
役者達も稽古が終わると、裏方仕事に没頭だ。特に人手不足は今回遅れるに遅れている。一刻を争っているのだった。
雑用を手伝っていたシーンは、各班に夕食を運んでいく。肉を挟んだパンにスープ。簡単な物だが、今しっかり食べておかないと、本番までもたない。この食事時が唯一のゆとりの時間。
談笑しながら食事を取る座員達。シーンはそんな座員たちを和ますように話しかけ、時には占いなどをして人々のリラックスさせていった。
そして時がたち深夜‥‥。
ある程度目処が立った衣装班、大道具班、その他班は一時休息。テント小屋のあちこちで寝袋や毛布に丸まり仮眠をとる。
しかし、その中で‥‥。
「つ、次はこの鹿の置物を‥‥」
「置物って‥このサイズ大道具じゃ‥‥」
「ウチじゃこれは小道具にされてしまうんすよ」
まだ眠れないゴッザと、セレン。衣装と同じく、演出の気まぐれで小道具はどんどんと増えていく。
ゴッザは遠い目をして呟く。
「ああ‥‥小道具がない世界に行きたい‥‥」
●演出家は天才・本番3日前
「じゃあ、とりあえず君達の演技みせてもらうね」
今まで裏方ばかりやらされていた冒険者たちが、とうとう舞台によばれた。
何をやるか、最終決定といったとこだろうか?
まずシーンが舞いを披露する。両の手に長い帯を持ち、アビュダの武術と踊りを織り交ぜての舞。
演出も鋭い目線でじっとみていた。
「うん、いいね。なかなか」
シーンは雑務の間に練習も続けており、舞の完成度もぐっと上がっていた。
アレナサーラの流派も同じアビュダという事で、シーンの作った舞を元にし二人で舞を披露するという事になった。二人で美しく舞う風の精霊ということで、この後から雑務の合間に一生懸命練習をする二人の姿が見られるのであった。
チェルシーは姉から習ったという歌を披露した。決して上手くはなかったが、健気に一生懸命に歌った。
演出は少し考えて、チェルシーにも舞台にちょっと出てもらうと言った。
セレンには譜面が渡された。物語の随所に流される音楽の楽隊に入って欲しいらしい。その分その楽隊の人間を役者にまわせるそうだ。セレンにとっても演技よりリュートを奏でていたほうがいいので、少しほっとした。
ラシェルの歌には演出はえらく感動していた。
そして少し考え込むと、
「よし、予定変更! ちょっとセイラ‥‥」
と、人を呼ぶと色々と話し合い始めた。しばらくして結論がでたようだった。
そして、ラシェルの肩をポンと叩き、
「しょっぱなから出てもらうから覚悟してくれよ。お客さんには初日サービスって事で。ま、期待してるよ」
予想外の展開に、ラシェルは目を丸くした。
「私は‥‥何もしなくて?」
ステラの言葉に、演出は首を横にふった。
「あ、キミは決まってるから。あ、大丈夫、ただ立っててくれたらいいから」
それを聞いて、ステラはほっと胸を撫で下ろした。
「さあ! 衣装合わせだ!」
衣装班が各人に衣装を渡していく。同じくなんとか小道具製作が間に合ったゴッザも、付け毛やら装飾品を役者たちに渡していった。
「じゃあ、一度着てみて通し稽古するからな〜〜!!!」
テントに演出の声が響いた。
そして衣装に着替えようとした時、何人かの冒険者がその渡された物に衝撃的な事実が隠されていた事に気がついたのだった。
●一夜の夏夢・開演
始まりは‥‥ラシェルの歌。
薄い青色のドレスに、水をイメージしたローブを被り、ラシェルは舞台脇に作られたセットのバルコニーに立つ。
楽隊の静かな笛の音から、ラシェルの歌声が満員の会場に響いたのだ。
『夏の夜 彼女は甘い魔法に捕われているの
頬はバラよりも紅く 蕾のような唇からは溜息ばかり
彼女の胸を震わせるのは 彼の人の言葉だけ
それはありふれた言葉だけど 彼女には蜜よりも甘いから
彼女は恋の虜
今宵も 彼女は甘く切ない夢の中』
それはまるでこの物語の序章のようで、何かをこれから起こる出来事を予感させるようで‥‥。
そして楽師たちも美しい曲を奏でていく。そんな中、美しい女性が客の目を引いていた。白く長い髪に白いローブを被りリュートを奏でる美女‥‥。実はこれはセレン。ゴッザが演出に「どうやら彼は女装希望らしい」という伝達がなされた結果からきたものだ。セレンも最初は唖然としたが、だんだんと諦めがついたようだ。今は女性になりきったように、演奏をしていた。
本筋のほうも客になかなかうけがよかった。
断ればすがりつき、逃げれば追いかけ。恋人達は大騒ぎ。
シフールの王様と女王様の痴話げんかもどんどんとエスカレートしていき‥‥。
喜劇なお話しに、会場は笑いのるつぼだった。
物語の合間に見せる妖精や精霊の踊り、歌、アクロバットやジャグリングも人々を驚愕させた。
シーンとアレナサーラの舞に、人々は息を飲むように見つめ、最後フィニッシュが決まった時は拍手が起こったほどだ。
チェルシーは幼い少女の様相を残した彼女には珍しく、黒いスレンダーなドレスを身にまとい、黒い長布を頭の腕に持ちそのまま舞台を円を描きながら走る。姉から教わったという歌をハミングしながら幾度か周り、そして消えていく。夜が訪れ闇がふけていく‥‥というイメージらしい。単純な演技ではあるが、これがなかなか印象的であった。
そしてステラは、肩は丸だし、胸に布をまいた衣装。下のスカートもスリッドの入ったちょっと大胆なものである。
演出曰く。
「キミはこれきて、シルーフの王様の横で笑ってて。それだけでいいから!」
そう、演出は彼女が大道具の色塗りを行っている時に、この光景を思いついたのだった。
「ね、なんか王様の綺麗な侍女って感じでしょ?」
舞台でステラは自分に降り注ぐ視線を感じながら、必死に恥ずかしさと戦いつつ笑顔で乗り切った。
そんなこんなでいろんな事件に巻き込まれつつ、恋人達はそれぞれが無事に愛する人と結ばれ、そして王様と女王様も仲直り。
全て幸せな一夜の夏夢‥‥とばかりに大団円となった。
舞台は成功。
客も拍手喝采の嵐であった。
●後日談
その後役者は戻り、初日とは若干違う内容ではあったが、それはそれで好評であった。
ただ、初日を見た人間は「あの最初でた歌姫は?」とか「リュートを爪弾いていた美人さんは誰?」やら「異国の姉妹の舞をも一度みてみたかったなー」とか「夜の精霊の娘もよかったな」とか「王様の侍女がすっげえ色っぽかった!!」とか、まあいろんな話しがでたとかでなかったとか‥‥。
−END−