●リプレイ本文
●聞き込みと張り込み
依頼を受けた冒険者9人は、まずキャメロット市街に宿を取った。
今回は長期戦になると、予想したからだ。
「とりあえず、聞き込みからだね☆ 彼らがどんな風にしてるのか、知らない事には何にも出来ないもの」
背負い袋の荷物を部屋に置いて、シフールのクリスタル・ヤヴァ(ea0017)は他の仲間が声をかける暇もあらば、通りに飛び出していた。
「日が沈んだら宿に戻って情報交換だな」
マナウス・ドラッケン(ea0021)はクリスタルが飛び去ったのとは逆の方角に足を向ける。初日は聞き込み中心と決めて、冒険者達は街のあちこちに散っていった。
「最近、ここらでスリが多いって聞いたけど?」
シェリス・ファルナーヤ(ea0655)は、聞き込みの間、武器は携帯せずに動き易い薄い生地の普段着で通りを歩いた。
「その話だったら、そこで食事でもしながら話さないか?」
男はシェリスの胸元をチラチラと盗み見て、彼女をしきりと酒場へ誘った。シェリスの格好から、どうやら勘違いをしたらしい。微笑を浮かべ、シェリスは男からすっと離れた。
「また今度ね」
同じ頃、アーサリア・ロクトファルク(ea0885)とガンド・グランザム(ea3664)は街の警備兵の詰め所を訪れていた。
「スリ集団の捕縛を依頼された者だけど、スリの事とか教えてくれない?」
警備兵達は冒険者の手を借りる事にわずかに不満の色を見せたが、表面上は丁寧に教えてくれた。今までの被害状況から、スリが出現する場所や子供達の人相など、かなりの情報が得られた。
「これだけ分かってるなら、どうして何とかしないの?」
アーサリアに問われて、警備兵は表情を変えずに返事をした。
「神聖騎士殿。我々は責務を果しています。何度捕まえて鞭を打たれても彼らが止めないのです。まさか縛り首にしろというのではないでしょうね」
スリ(窃盗)は立派な犯罪だ。死刑が適用される事もあるし、鞭打ちは大人でも何度も味わいたいものではない。役人達が子供相手だからと手心を加えていたとしてもだ。
「君達が彼らを死刑にしていれば、僕はここにはいないよ。誰かが、神の慈悲を彼らに教えてやらなくてはいけないんだよ」
大隈えれーな(ea2929)はアーサリアから話を聞いて、依頼前に考えていた仮説は誤りだと考えるようになった。えれーなはスリ集団の黒幕は役人かと疑っていたが、鞭を打たれてまで従う理由は無い筈だった。
「捕まえてみれば、分かることですわ」
冒険者達は数日間の聞き込みで、スリ達が現れそうな場所について十分な情報を得た。
●捕縛、そして‥
クロエ・コレル(ea2926)はタフな女ウィザードだが、今だけはか弱い女性のフリをして街中を歩いていた。クロエの近くには他に、人遁の術で商家の女中風に化けた大隈と、シェリスの姿もあった。
言わずもがなだが、三人はスリに対する囮役だ。間を空けて、レオンロート・バルツァー(ea0043)とイングリッド・バイアステン(ea0491)が別々に彼女らを尾行している。通りを見渡せる位置で張り込みをするガンドとマナウスは周囲に目を配り、クリスタルは上空から監視していた。
「離せよ! 汚い手で俺に触んじゃねーよ、この間抜け野郎!」
「‥‥」
ガンドの太い腕はクロエの財布を掴んで逃げようとした少年をしっかりと捕まえていた。
「やばいよ‥‥」
仲間が捕まり、慌てる少年達を冒険者が囲む。前後左右、それにアーサリアは逃げ道を塞いだ。少年達は罠にかかったことに気づくが、時既に遅しだ。
ヒュンッ。
裏路地に逃げようとしたスリの少年をレオンロートは長剣で斬りつけた。
「ひっ」
切っ先は服を裂く手前で止まるが、剣の恐怖で少年は腰を抜かした。
「‥‥盗賊の癖に、何を怯える?」
見下ろすレオンロートは酷薄な笑みを貼り付けて言った。
「屑が! 人の懐を狙う薄汚い盗賊が!」
侮蔑の言葉を浴びせられた少年は体を震わせる。
「俺はクズじゃねえっ」
「騒ぐな、命があるだけ在り難いと思え!」
唾を吐きかけられ、蹴りつけられ、スリの少年は悔しさに涙を流す。
冒険者達の作戦は見事な成功を収めていた。
マナウスは逃げた子供達も追跡し、スリ集団の殆どを捕まえた。全員が子供で、人数は11人。但し、スリの少年達はすぐには役人に引き渡されなかった。それでは同じ事の繰り返しになると冒険者達は考えていたからだ。
アーサリアが頼んで教会に子供達を一旦預けられる。条件としては、子供達の食事や世話は全て冒険者達が行い、問題が起こればそれは彼らの責任になる。
●子供と大人の事情
「私も、昔はスリをして暮らしていた事もあるんですよ」
冒険者達は子供達を説得しようとした。
「だけどスリをしても何も良い事は無かった。足を洗ったから、今は冒険者になって立派に暮らしていけるんです。あのままだったら、いつかは殺されていたかもしれませんね」
イングリッドは自分の経験談を話した。ほとんどは口からでまかせだったが、子供達にも信用されなかったようだ。その手の話は聞き飽きているのかもしれない。
「いつまでもそんなことやってたら、取り返しの付かない人生になっちゃうよ〜☆ スリはやめなさいっ☆」
クリスタルは少し詐欺臭いが、チャームをかけて好印象を与えてから話をした。
「取り返しのつかない人生って、どんなさ?」
「街から消えたりする事になりかねないよ〜☆」
街や村の外で生きるのは大人にとっても過酷だ。冒険者でも厳密に独りで生きることは難しい。
クロエはクリスタルの話に恐がる子供達を眺めていたが、女魔術師の心に同情心は湧かなかった。
「止めろと言ったって、他に生きる術は無いだろうしね」
偉大なるアーサー王が治めるイギリス王国も楽園ではない。まして一介の冒険者に出来ることは限られている。クロエは子供達にスリを止めろとは言わなかった。
「寂しい考え方じゃの」
「じじい‥‥」
自称愛の伝道師であるガンドは子供達を積極的に救おうとしている。
「生きる術が無いなら教えてやればよかろう。救えぬことを嘆くより、救うことを考えれば良いのじゃ。それが愛の道というものじゃよ」
偽善かもしれない。それでも、子供達を救うために冒険者達はこの依頼を受けたのだから。
「一体、いつから風呂に入ってなかったの?」
アーサリアは木桶を借りて、子供達を順番に入浴させた。
「‥‥二ヶ月位かな?」
「何ということ」
湯は用意できなかったので水浴で、アーサリアは嫌がる子供達の体を強引に洗った。その間に洗濯も行う。子供達の服はどれもボロでアーサリアには雑巾に見えたが、代わりの服は用意できないので全部洗う。洗濯が済むまでは教会から布を借りたが、それも洗って返す訳だから、アーサリアは依頼が終わるまで洗濯ばかりしていた。
「お金を稼ぐ方法なら幾らでもあるわよ。本人の心がけと努力次第ですけどね」
シェリスは子供達の体を拭いてやる。彼女は強い事は言わずに、根気良く子供達に話しかけた。子供達は強い調子で言われると貝のように口を噤むが、話したい事が無い訳ではない。辛抱強く聞き役に徹すれば色々と話してくれた。
予想通り、子供達がスリを行う最大の理由は生活の糧の為だった。真っ当な働き口があれば悪事をする必要が無いのは自明だが、それは簡単な事ではない。シェリスやアーサリアは頭を下げて、子供達の働ける場所を探した。
「盗んだ品物はどうしてるんだ?」
いくらか子供達とも打ち解けてきた所で、マナウスは疑問に思っていた事を聞いた。聞かれた子供は少し悩むような顔を見せてから、答えた。
「あのね、お店でパンと交換してもらうの」
「‥‥交換してもらう?」
えれーなはその話に興味を示した。
詳しく聞いてみると、スリ集団が盗んだ品物は全て、キャメロット内の同じ店で食糧品や雑貨などに交換されている事が分かった。子供達ははっきりとは話さないが、どうやらその店の主人が子供達にスリの手解きをしたと見て、間違いないようだった。
「その主人が黒幕ですね。頼る者のいない子供達にスリをさせて、しかもピンハネしているなんて、許せない悪党です!」
冒険者達はこの事をキャメロットの役人に話す事にした。怪物や山賊では無いから、乗り込んで問答無用で切り倒すという訳にもいかない。そのあとは役人の仕事だ。
えれーな達が役人に経緯を話し、子供達も観念したのか素直に証言をした。それは冒険者にとっては当然の事でも、子供達にはそれまでの生活を失う事に他ならない。
「良い機会じゃ、ひとつわしが踊ってみせてやろう」
子供達の内心の動揺を察したガンドは兼ねてから考えていた事を実行に移す。
彼は役所から教会へ帰る道すがらで、踊り始めた。
「踊りはいいぞ! 弾ける肉体、飛び散る汗、そして魂の鼓動が! 人に愛と笑顔を伝えるのじゃ!」
ジプシーのドワーフは面食らったような子供達の前で、徐々にテンポをあげていく。
「分かればおぬしらもやってみぃ。いくらでも教えてやるぞい。わしのほかにもジプシーはおるしの。青空ダンス教室の始まりじゃ!」
ドワーフがウインクを飛ばすと、ため息を一つつき、シェリスが踊りに加わった。
それは乱痴気騒ぎと言えた。
中心には体を振り動かして踊るビザンチンのドワーフがいて、その横でイスパニアのエルフが舞っている。二人の外で輪を作っているのは冒険者と、子供達だ。
ここがイギリスのキャメロットだという事を一瞬、忘れてしまいそうな光景だ。
閉じていた子供達の心にも、何かを残したかもしれない。
青空ダンス教室が若干の評判になり、子供達の受け入れ先探しも本格化した。しかし数日後、子供達を預かって貰っていた教会から冒険者達に知らせが届く。
それは前日の深夜、3人の子供達が教会を抜け出して姿を消した事を知らせるものだった。
呼び止めた僧侶の話では、その瞳は冷たく凍りついていたとか。
スリ集団の黒幕だった雑貨屋の主人が捕えられたという知らせが入ったのは、その直後だ。
依頼は終わった。
教会に残った子供達の何人かは更正の道を歩むだろう。それが幸福に続くと信じよう。また、夜の闇の中へと消えていった子供達の瞳にも、いつか光が差す時が来ることを祈ろう。