●リプレイ本文
●空飛ぶ目、魔法の網
「さてと、ここら辺で話にあったモンゴルホースに逃げられたんでしたっけ?」
「ああ。村を一つ経由して、更に一日。確かにこの辺りで逃げられたという話だ」
式倉 浪殊(ea9634)の問いに、あらかじめモンゴルホースがどの位置で逃げ出したのかを聞いてきていたレオン・バーナード(ea8029)が答え、更に彼はもう一言付け加える。
「サスカッチがよく出てくるのも、この辺りらしいって話だ」
依頼の内容はモンゴルホースの捕獲とサスカッチの討伐。モンゴルホースを捜す為に地上を見回していれば、どうしても頭上への注意は散漫になるし、かといってサスカッチを警戒するあまりに頭上ばかりに注意を払えば、森の中は歩きにくくて捜索活動は効率を大きく落とす。
「‥サスカッチが出ンのは、ここいらだとヨ。ほれ、出番だ、行かネェか」
「はいはい〜。あ、そうだ‥浪殊、例のヤツ貸して」
自分の頭の上に向かって話しかけたのはウィレム・サルサエル(ea2771)で、それを受けて空へと舞い上がったのはネル・グイ(ea5768)。事前に話しをつけてあったのだろう、ネルは浪殊からスクロールを一本借りてから、飛んでいった。
「ア〜、すっきりしたゼ」
ウィレムはここに来るまでの道中、ずっと頭の上にネルを乗せていた。最初はウィレムも迷惑がっていたのだが、何度追い払ってもいつの間にか頭の上に乗ってくるので、その内に観念して諦めていたのだ。
「さてと。サスカッチの討伐だけでしたら、そう苦労はしないんでしょうが‥」
「ですわね。でも、人に飼われている馬なら、案外大人しく付いて来てくれるかも知れませんわね」
捜し物を捜す為の、もう一つの手段である魔法。それの内の一つ、ブレスセンサーを持ったルメリア・アドミナル(ea8594)が、ファル・ディア(ea7935)の不安を取り除くように声をかける。
幸い、冒険者達にはアルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999)が連れているソロンゴに、鑪 純直(ea7179)が連れている竜田。馬もその場にいるので、もしルメリアのブレスセンサーに目的のモンゴルホースがかかれば、それが馬の呼吸である事も良く分かるだろう。
「ああ、そうそう忘れるところやった。モンゴルホースの事なんやけどな‥」
出身がモンゴルのアルンチムグは、どうやら昔に実物を見た事があるらしい。アルンチムグは、モンゴルホースの特徴を他の冒険者達に伝えていく。
●降り掛かる白猿、迷子の蒙古馬
「うわっ!?」
それは何の前触れも無かった。突如として源 靖久(eb0254)に降り掛かった白、それは靖久の頭の上に落ちてきて、何事かと思い、慌てて体勢を崩しながらもその場から飛び退く。
「なんだ‥? 雪‥?」
白は白でも、それは猿ではなくて雪だったようだ。しかし、自然に落ちたにしては雪の量がえらく少ない、まさか本命がすぐ傍にいるのかと思って上を見上げると‥。
「あー、ゴメンゴメン。でも、落とさないで動くのは無理そうだから、少し離れてた方がいいよ」
囮用の餌を持って木の上に登った、桜城 鈴音(ea9901)が居た。この辺りの林は結構木が密集して生えており、サスカッチとしては棲み易い環境なのだろう。鈴音もなんとか木を伝って移動する事が出来ていた。
純直とルメリアが頃合を見て、それぞれバイブレーションセンサーとブレスセンサーを使いながら林の中を進んで行く。二人の魔法にはまだ自分達以外の存在は探知出来ていないし、上空を飛んでいるネイからも、また木の上を進んでいる鈴音からも、何かを見つけたという報告は無い。
「今日のところは、この辺で切り上げましょうか?」
大分日も傾いてきて、ファルがそう提案した時に彼と彼等は網に引っかかった。
「なんて間の悪い‥」
ルメリアが呟く。周囲も暗くなり始めていて、戦闘が長引けばかなり戦いにくくなりそうだ。
「あちらに複数の息、おそらくサスカッチ達ですわ。そして、向こうに一つの息、こちらは馬‥おそらくモンゴルホース」
「なんやて、同時にひっかかったんかいな!」
最初のルメリアが言った間が悪いとは、この事だったのか。
馬とは本来臆病な生物。件のモンゴルホースも、モンスターに襲われた際に驚いて逃げ出してしまっているのだ。ブレスセンサーにかかったという事はそう離れていない位置にいる、このまま戦えば逃げられてしまうかもしれない。
「ルメリア殿、サスカッチの数は?」
「話にあったよりも少し多くて、10体ぐらいかしら‥」
「くそ、そんなにも居られたら、分かれるわけにもいかないか?」
そうこうしている間にも、匂いを放つ餌に引き寄せられるように相手は近づいてくる。
「来たよ、ここからも良く見えるまでの距離まで来てる。ほら、そこ!」
下に居る仲間にも良く分かるように、ネルはスクロールを広げて念じ、先頭を行くサスカッチにムーンアローを撃ち込む。
「一人ぐらいなら離れても平気でしょう、靖久殿はモンゴルホースの方をお願いします!」
「応!」
ファルの言葉を受けて、この中で最も馬の扱いに長けた靖久がその場から走り去る。
木々を伝って猛然と迫ってくるサスカッチ達、彼等は同じく木の上に立った鈴音を狙っていく。振り下ろした棒きれが彼女に届くか届かないかの直前、鈴音の体から爆発が起きたかのように見え、その一瞬の後には鈴音は仲間の近くへと移動していた。
「あ、危なかった〜」
華麗に返したはずの鈴音が思わず胸を撫で下ろす。それもそのはず、忍術にも詠唱時間が必要で、詠唱終了直後しか使用する事は出来ない。微塵隠れの範囲に相手が入ると同時に使用でき、無傷で済んだのは幸運としか言いようがない。
「もう場所は完璧にバレてんのや、奇襲なんて無理やで!」
木上のサスカッチに対して、アルンチムグの矢が撃ち放たれる。事前に動きを察知されただけでなく、先制すらされてしまったサスカッチ達は、それでもまだ互いの力量差が分からぬのか地に降りて冒険者達へと詰め寄る。
「風の怒りと光と鳴り、敵を撃て、ライトニングサンダーボルト!」
そこを雷撃が薙ぎ払‥いや、雷撃がサスカッチ達をブチ抜いた。見れば、その中に他より少しだけ体の大きなサスカッチが居るのが分かる。
「あれがボス猿ようです、皆さんあいつを先に!」
ファルがボス猿を優先して倒すように指示するが、無理に踏み込めばサスカッチ達からの集中攻撃を受ける。
「レオン! 行けるか!?」
「任せとけ、そういう事ならおいらの出番だ!」
「では、俺は俺の仕事といきますか」
日本刀を両手で持った純直がサスカッチの群れへと斬りかかり、その純直へと接近してきたサスカッチに対しては、浪殊が文字通り貼りついて動きを止め、
「こいつはオマケや!」
更にはアルンチムグが発泡酒を浴びせかけて怯ませる。こうして開かれた道を走り、ボス猿との間合いを一気に詰めると、レオンはその手に携えたロングソードでもって相手が持った棒きれごと叩き斬った。
「なんだ、もう終わりか?」
手応えのなさに拍子抜けしつつ、レオンは周囲のサスカッチへと意識を向ける。ボス猿とはいっても所詮は個体差の範囲。オーガやドラゴンと比べれば、どう頑張っても実力が違う。
「さって、ジャア‥残り猿どもを片付けッとすっかあ?」
日本刀軽く振り回して感触を確かめながら、不敵にサスカッチへと歩みよるウィレム。サスカッチ達はまだ抵抗する気のようだったが、もうそれほど時間を要せずに決着はつくだろう。冒険者達も多少の怪我は負ってはいるが、全てファルのリカバーで治る範囲の怪我だ。
●まだまだ冬、油断してはダメですよ
「馬が怯える故、少し離れて見させてもらっておったよ。すまぬな」
9人の冒険者達がサスカッチを倒し終えた頃、靖久がモンゴルホースを連れてその場に帰ってきた。
「それにしても、一度に目的の二つとも果たしちゃったね」
上空からムーンアローを撃ちまくっていたネルも、高度を落として仲間の元へと帰ってくる。そして、やっぱりウィレムの頭の上に乗っかった。
「ああ、こいつは確かにモンゴルホースやな。ほれ、皆の馬と比べてみい‥結構ズングリしとるのが分かるやろ?」
故郷を思い出したのか、感慨深げにモンゴルホースを撫でながらアルンチムグがそう呟く。
「それで、この馬はこの地の領主が買い上げるのだったか?」
「ああ、確かそうだ。新しい主や環境に、上手く馴染んでくれれば良いよな」
「あれ? あの二人はどうしたんだ?」
純直と靖久が馬に餌を与え終えて戻ってくると、ウィレムとネルが居ない。依頼も完了目前、ドレスタットまで後少しという距離にして、トラブルが発生してしまったのだろうか。
「なんでも食欲が無いらしいです」
「冬にしてはちょっと薄着でしたからね、体調を崩してしまったようです」
どうやら二人は、既にテントに入って休んでしまっているようだ。
「折角、私が腕を振るったっていうのにさあ」
見れば、保存食に一手間加えられた美味しそうな料理が冒険者達の前に並んでいる。これまでにもこのような事は何回か見かけたが、やはり道具の有無は大きいのだろう、鈴音も料理しやすそうに見えた。
「貴方が買われた先で、健やかに‥そして伸びやかに暮らせます様に‥」
モンゴルホースを引き渡す際に、ファルはグッドラックの祝福を与えて送り出してあげた。また道中、世話をしていた純直や靖久は、どことなく別れ辛そうに見えたし、自分の故郷特有の馬であるアルンチムグは尚更。
噂に聞けば、このモンゴルホースの元の所持者である商人が話を持ちかけたように、買い取り手は結構な馬好きであるらしく、余計な心配は無用だろう。このモンゴルホースも良い環境で飼われるはずだ。