狩る者‥‥
|
■ショートシナリオ&プロモート
担当:あきら
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 8 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月29日〜01月03日
リプレイ公開日:2008年01月10日
|
●オープニング
(「寒い‥‥」)
彼は真白な世界を見やり、余り多くない脳みそに疑問が浮かべた。
(「真っ白だ‥‥」)
白銀の世界に彼は足を踏み出す。すれば、白く柔らかく、そして何よりも冷たいものの中に彼の足は深く沈み込んで行った。彼はそれが『雪』と呼ばれるものであることを知らない。
(「冷たい‥‥」)
浮かんでは消える疑問を胸に、彼は処女雪に巨大な足跡を刻んで進む。
彼は今まで餌に困ったことが一度もなかった。実り豊かなこの山を少し歩けば彼が喰らうべき獲物はいくらでも見つかった。森を行けば木の実、川を行けば魚、爪をふるえば彼よりも小さな生き物たちはすぐに屍をさらす。しかし、どうしてだろう? 今日は行けども行けども一面真っ白い世界ばかりだ。美味い実を実らせる木は全ての葉を落とし、魚であふれていた川は凍てつき閉ざされ、自分以外に動く物は何一つ見つけられることはない。
彼の本能はこれを『眠るべき季節』――冬と呼ばれる季節であることを主に教える。
(「どうして起きているのだろう?」)
実りの秋、多くの食い物を貪欲な胃袋に詰め込み、彼は暖かな穴蔵で眠りについたはずだった。しかし、彼は目覚めてしまった。理由は彼も彼以外の誰にも解らない。もしかすれば、彼の背後数十メートル所で転がる愚者だけはそれを知っていたのかもしれない。しかし、愚者はその理由をもはや誰に語ることも出来やしない。
彼は白い世界を、死んでしまった世界を一人で迷いつづけた。愚者の血肉が満たした胃袋ももはや空っぽ。
(「‥‥腹‥‥減った‥‥」)
本能からの欲求が彼の心に神が創世に用いた焔を灯す。
「ガァァァァァァーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
怒りに突き動かされ、彼は叫ぶ。そして走る、怒りのままに。
怒りに任せて走るうち、始めて彼は白以外の色を目にした。山の中では決して見ることのなかった不思議な『物体』、それが『家』と呼ばれるものであることを彼は知らない。知る必要もない。ただ、その『物体』の中ら美味そうな『生き物』が出てきた事実だけが彼には大事だった。
「ガァァァァァァーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
もう一度彼は叫ぶ。しかし、そのみなもとは怒りではない。それは‥‥――
歓喜。
とある山あいに小さな山村がある。住民の大部分は山に分け入り、自然が分け与える豊かな恵みをその生活の糧にしていた。山での生活には危険が付きまとう。街から逃げ出してきた無法者たち、古来から住み着く魔物と魔獣‥‥この山において頂点に君臨する生き物は人ではなかった。
「‥‥またか‥‥」
一人の男がつぶやく。雪化粧、新雪に舞うは紅の花と大きな足跡、横たわるは未だ紅顔の少年、の亡骸‥‥
「いやぁぁぁぁぁ!! アベル!!! アベル!!!」
「おい! 彼女を行かせるな!」
半狂乱に泣き叫ぶ女を別の男が押し止める。しかし、女は狂ったように泣き叫びながら、深い雪をかき分け進む、男の体を引きずりながら。死体を調べていた男はそのさまを見るにしのびず、視線を彼女から逸らさずにはいられなかった。
逸らした先には彼らの住む村への入り口がある。その入り口とその向こうに続く粗末な家々が男の顔を一層苦い物へと変えた。
「‥‥こんな所にまで降りてくるなんて‥‥」
「奴か?」
そのつぶやきに別の男が答える。
「ああ‥‥奴だな‥‥冬眠に入りそこねたか‥‥?」
無残に引き裂かれた肉体、食い散らかされた体。それは眠りにつくはずの『奴』が起きていることを示す。
「‥‥熊、か‥‥」
実り豊かな山、その山の王は眠りにつかず、暴君として君臨し始めた。
あれから幾日が過ぎただろう? 彼は例の『物体』が集まる場所から少し離れた所を住処にしていた。腹が空けば『物体』のところに出かけ、小さな『生き物』を殺して喰らう。
それだけの日々。寒さは気にくわないが、概ね満ち足りた生活だ。
しかし、彼は知るよしもなかった。
狩る立場であるはずの自分を狩ろうとする一団‥‥冒険者と呼ばれる者共がここへ来ようとしていることを。
●リプレイ本文
カチャ‥‥ろうそくの炎だけがまわりを照らす納屋、その扉が静かな音を立てて開く。すると、薄暗い灯りだけを頼りに罠の材料を作っていた二人の男――清家幽斎(ec1177)とラディアス・グレイヴァード(ec4310)は手元から扉へと視線を向けた。
「ただいまぁ〜」
そう言って扉から入ってきたのは、やたらスタイルの良い女性マリヤ・シェフォース(ec4176)だった。村についたのは夕方少し前、それから彼女は村の家々を回って情報の聞き込みを行っていたのだが、その顔色はいまいち優れない。
その顔色に幽斎とラディアスは互いの顔を一度だけ見合わせ、ため息を一つずつ。
「首尾はどうだった?」
「あまり良い話は聞けなかったかな?」
尋ねるというよりも確認するといった体で二人が聞くと、彼女は愛らしい顔に落胆の色が浮かぶことを隠しもせず、大きく首を振った。
「うん、全然ダメぇ‥‥」
「集まらなかったんだ?」
「そうなると‥‥下見に行ってる志乃だけが頼り、か‥‥戦略的に不利だな」
マリヤが答えると、雨風だけは何とかしのげるといった風体の納屋に陰鬱な空気が流れる。人を何人も食い殺した巨熊(きょゆう)、情報はいくらあっても多すぎると言うことはない。それが集まらなかった‥‥となれば激戦は必至。二人の男の顔に鋭い緊張が走る。
が、その緊張は次の瞬間、霧散した。
「だってぇ〜いいなぁ‥‥って思った人、全部お手付きだしぃ〜フリーの人はなーんかパッとしないしぃ〜もぉー、がっかりぃ」
彼女の胸は皮鎧の上からでも解るほどに大きい。その大きな胸をギューっと二本の腕で抱きしめながら、彼女は何度もため息をついて呟いた。
「そっか‥‥って、おい!」
「あの‥‥マリヤ、聞き込み‥‥した?」
幽斎とラディアスが慌てて聞くと、マリヤは数枚の羊皮紙を粗末なテーブルの上に置く。それを二人が取り上げてみれば、そこには熊の特徴から生態、山の地形にいたるまで、必要と思われる情報がびっしり。事細かく書き込まれた羊皮紙と、未だにがっくりと肩を落としたままのマリヤ、そしてお互いの顔を何度も順番に見やり小さな声でつぶやく‥‥
「作戦、立てようか?」
「あっ‥‥そうだな」
それから数分後、琴吹志乃(eb0836)が偵察から帰ってきたとき、何とも言えない場の空気に軽く困惑した。
「‥‥えっと、あれ? どうしたの? みんな、何か‥‥疲れた顔してるけど?」
さて、翌日。夜半から降り始めた雪は明け方には上がり、空には久しぶりの太陽が見えてた。狩り日和と言えばこれ以上はないのかもしれない。
志乃が実際に見てきた地形とマリヤが集めた情報によって迎撃地点は決められた。そこは村から少し離れた所にある小さな空き地だ。熊が現在寝床にしている洞穴からも近く、万が一、取り逃がすことがあっても村に被害は及びにくい。
「まっ、逃しはしないがな」
深く掘られた落とし穴、底には先端を鋭く削った杭が何本も据え置かれ、まだ見ぬ獲物の血を今や遅しと待ち構えていた。それをラディアスと二人で作った幽斎は、満足そうに見下ろすと、冷たい空気に乾燥し始めた唇をペロッと一度だけ舐める。
「思ってたより固かったね。凍ってたみたい」
「途中で崩れるより良いさ。雪、かぶせるぜ」
昨夜降ったばかりの雪を二人は柔らかく落とし穴の上へとかぶせる。柔らかな雪は熊の巨体が踏めば一気に底まで落ちていくだろう。
しかし‥‥
「志乃とマリヤ‥‥大丈夫かな?」
「信じるしかないだろう‥‥」
ラディアスが不安そうにつぶやくと、幽斎もぶっきらぼうな言葉の奥に懸念の色を載せてつぶやき返す。
二人が思い出しているのは、志乃とマリヤが持ち帰った情報を元に作戦を立てていたときのことだ。
熊が寝起きしている洞穴のそばは立ち木も多く、弓矢での戦闘はやりにくい。広場に罠を設置して迎え撃つのがもっとも確実な作戦だろうと思われた。しかし、そのためには熊をここまでおびき出さなければならない。おびき出すためには囮が必要だ。人の味を覚えてしまった熊、その熊をおびき出すための餌、それは――
人。
何より、冬のこの時期、他に餌となるようなものもすぐには用意できない。
「私がなるよ」
そういって志願したのは志乃だった。実際に一度は下見をしているし、何より彼女はパーティ一の俊足を誇る。だから、もっとも囮に適している。そう主張する姿は普段の朗らかさが嘘のように凛とした強い意志を感じられる物だった。
「じゃぁ、わたしもぉ〜ほら、私の方がおいしそうだしぃ〜」
志乃の話が終わり、男二人が思案をし始めた中、最初に声を上げたのはマリヤだった。彼女は自分の柔らかな胸を指さし、一旦言葉を切る。そして、志乃の顔を真っ正面から見つめて言葉を繋げた。
「っていうかぁ〜一人は危ないでしょぉ?」
「マリヤ‥‥胸は関係ないよ」
人並みな自身の胸元と人並み遥か上のマリヤの胸を見比べ、苦笑い。しかし、明るく人懐っこい笑みを浮かべるマリヤに志乃もつられるように笑い返す。
「でも、マリヤより私の方が足が早いから‥‥マリヤは私のフォローをして」
「おっけぇ〜私に任せてぇ〜」
女同士の話し合いが終われば、男二人の出る幕はない。結局、志乃が囮となりマリヤが弓矢と罠で彼女を助けるという作戦が決定した。
「僕等もついて行った方がよかったのかな‥‥」
「‥‥村の連中が手伝ってくれれば、な。しかたがないといえばしかたがないが‥‥」
落とし穴を柔らかく新雪で覆い隠し終えると、二人の男は二人の女が消えた森へと視線を向ける。彼らも落とし穴を作るための人手を村人に求めはしたのだが、熊におびえきった村人達は家から出てくることすら拒む始末。そもそも、金を貰って仕事を受けている立場の彼らに、強く要求する事など出来はしない。故に、男二人は危険を承知しながら、女二人を囮として送り出すしかなかった。
熊の住まう洞穴。そこには昨日、志乃が下見に来たとき同様、ブラウンの毛を持つ巨獣が静かに横たわっていた。一見すると冬眠しているようにも見えるが、寝返りでも打つように動く体と洞窟の入口付近に散見できる血の跡がそれを明確に否定する。
チラリと視線を背後に移した。そこではマリヤが矢に弓を番え、彼女を見守っている。それを確かめ、すぅと彼女は大きく息を吸い込む。冷たい空気が肺腑いっぱいに満ち、彼女の奥にあるスイッチを一つ一つ入れていく。
「可愛そうだけど‥‥お互いのテリトリーは守らないと世界が成り立たなくなるよ‥‥」
憂いを帯びた目を一度だけ瞬かせれば、憂いの光は消え冷たい炎が宿る。そして、彼女は手のひらに握りしめていた石を大きく振りかぶり、熊の背中に向けて投げつけた。
それは熊の背中をわずかに掠めただけだったが、それでも洞窟の冷たい壁にぶつかり、カーンと澄んだ大きな音を立てる。熊の意識を志乃へと向けさせるだけならそれで十分。薄暗い中で光るの血に狂った双眸と視線が交わると、彼女はクルリと背を向け一気に駆け出す。
彼女が駆け出せば、熊は本能が命じるままに彼女を追う。
命がけのおいかけっこ、獣道を彼女は駆ける。新雪の積もった獣道は走りにくく、普段と比べればその速度はわずかに遅い。そのわずかな遅さが彼女と熊との距離を詰めさせる。
「がぁぁぁぁ!!!」
その声は怒りなのだろうか? それとも今日の食事を見つけられた喜びなのかもしれない。距離が詰まり、咆哮が志乃の鼓膜を痛いほどに揺らす。
その声を聞きながら、志乃は右手を見もせずに真横へと動かした。そこには木の幹と枝を結んだロープ、マリヤが仕掛けた罠だ。そのロープを小柄がプツリと切ると、結びつけられた枝は鋭く削りだされた先端を熊の鼻っ柱へと叩き込む。
一瞬だけ熊の動きが止まる
それと同時にマリヤは弓に番えた矢を二本同時に放つ。それは空を切り裂き、パウダースノーを巻き上げ二本とも熊の右足を貫く。
「ぎゃがぁぁぁ!!! ぐがぁぁぁ!!!」
激昂の咆哮が山をふるわせ、大気を怒りで満ちさせる。
熊は右足に二本の矢を刺し、そこから血を滲ませながらも志乃を追う。まるで彼女しか目に入っていないかのように。その速度は傷の分だけ遅くはなっているものの、決して油断できるものではない。
しかし、志乃はゆっくりと足の動きを遅め、ついにはある一点で足を止めた。そして、彼女は、追いつき、巨大な爪を振り上げた熊へゆっくりと振り向く。
血と怒りに狂った双眸には不気味な炎が揺らめく。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
怒り、歓喜、苦しみ、すべての感情がないまぜになった雄叫びとともに熊は凶爪を志乃の体へと向け振り下ろす!
志乃はそれを左にステップを踏んで避ける。そこは二本の矢が突き刺さった右足、熊は自身の体重によって痛めた足をさらに痛めつけてしまう。その痛みに熊の動きが止まれば、二人の狩人にとっては絶好の一瞬だ。
志乃の消えた空間を三本の矢が駆け抜け、血に狂った左目に一本、残り二本が巨大な胴へと吸い込まれて行く。続けざまに数本の矢が――背後からマリヤが放った物も含めて――巨躯に突き刺さるも、巨熊は崩れ落ちることなく、禍々しく光る右目と永遠に光を失った左目を、油断なく矢を番える男達へと向ける。
そして、彼は傷ついた右足を一歩踏み出す。
そこが彼の墓穴であることも知らずに。
スローモーションのように狂える暴君は落とし穴の中へとその身を崩れ落とし、最後に大きな声で叫んだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
悲しげな咆哮、それは小さな山村が凶獣の恐怖から救われた合図‥‥眠らざる狂王はようやく眠りに着いた。