【黙示録】破壊神に挑む者達

■イベントシナリオ


担当:BW

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 17 C

参加人数:32人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月20日〜03月20日

リプレイ公開日:2009年04月15日

●オープニング

 チェルニゴフ公国は、滅亡の危機に晒されていた。
 襲い来るは、七大魔王の一角。
 その強大過ぎる力と残忍な性格ゆえに、仲間であるはずの多くの悪魔からも恐れられる憤怒の魔王アラストール。率いる悪魔の、その数4000。
 圧倒的な力を前にして、公国の中心都市チェルニヒフの戦力は、その数1000。
 はっきり言えば、戦う前から勝敗は見えていた。
 チェルニヒフに残る人々の耳に聞こえるのは、絶望の足音。
 避難所に集まった一般市民の中からも、目前に迫った死の影に怯え、震え、泣き崩れる者達が出始める。
「もう終わりだ‥‥皆、殺される‥‥」
「馬鹿野郎っ!! まだ分からねぇだろうが!!」
「分かるさ!! 誰も助けになんかこねぇ!! 来るわけがねえ!!」
 ロシアの中枢であるキエフは現在、ウラジミールの偽王騒動の真っ最中。こちらに軍を寄越す余裕などあるはずもない。
 ここを逃げ出し、他の土地を探すか?
 しかし周囲は暗黒の森。魔物の餌になるか、蛮族の追剥に会うか‥‥。
 元より、ここに集まっているのは行くあてもなく、住み慣れた土地を捨てることもできなかった者達。そう、この街と心中するつもりであったはずだ。
 だが‥‥。
「ねえ、お母さん。私達、どうなるの‥‥?」
 そう訊ねる子供の瞳に、母親は何も答えを返せない。
 生きたい。
 生きて、生きて、生き抜いて‥‥。
「神様、お願いです。どうか‥‥」
 捧げた祈りは、どこかに届いたろうか。
 誰かが聞き届けてくれるだろうか。
 自分達を、救ってくれるだろうか。
 起こしてくれるだろうか。

 奇跡を。

●今回の参加者

ルーラス・エルミナス(ea0282)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ ジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)/ エレアノール・プランタジネット(ea2361)/ イグニス・ヴァリアント(ea4202)/ 以心 伝助(ea4744)/ リュリス・アルフェイン(ea5640)/ レティシア・シャンテヒルト(ea6215)/ ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)/ エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)/ ミュール・マードリック(ea9285)/ ブレイン・レオフォード(ea9508)/ 雨宮 零(ea9527)/ ラザフォード・サークレット(eb0655)/ 不破 斬(eb1568)/ ラスティ・コンバラリア(eb2363)/ カイオン・ボーダフォン(eb2955)/ フィーネ・オレアリス(eb3529)/ アンリ・フィルス(eb4667)/ セシリア・ティレット(eb4721)/ シェリル・オレアリス(eb4803)/ 日高 瑞雲(eb5295)/ エレイン・ラ・ファイエット(eb5299)/ オリガ・アルトゥール(eb5706)/ リン・シュトラウス(eb7760)/ エル・カルデア(eb8542)/ 尾上 彬(eb8664)/ レヴェリー・レイ・ルナクロス(ec0126)/ マグナス・ダイモス(ec0128)/ アン・シュヴァリエ(ec0205)/ ガルシア・マグナス(ec0569)/ ジャッカル・ヘルブランド(ec3910

●リプレイ本文

 その日、チェルニヒフの街に響いたのは、絶望の足音を打ち消す、希望の歌と演奏だった。
「わぁ‥‥」
 小さな子供が見上げた空に、白き天馬を駆る戦乙女、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)の姿。それに合わせて妖精の竪琴を奏でるは、リン・シュトラウス(eb7760)。月光の歌姫、希望の詩人と称された二人の音楽が、人々の心の色を変えていく。
 傍には、戦女神を模した衣装のセシリア・ティレット(eb4721)や、若き神聖騎士アン・シュヴァリエ(ec0205)の姿もあって‥‥。

  天の雫が足元に落ち 雪の花が大地に芽吹くその刻を
  雲雀は待つ 祈りながらただ祈りながら
  いつか花が咲き 闇が溶ける日を招く為

  そして祈りを ただ祈りを

 天より降り立つ美しい乙女達に、街の至る所から上がる歓声。
「予想以上の反応だな。しかし、あれじゃ俺達の姿なんて目に入ってねぇな」
「構わんよ。ここは、女性陣に華を持ってもらうとしよう」
 日高瑞雲(eb5295)とヴィクトル・アルビレオ(ea6738)もレティシア達と共に天より降りたが、こちらへの声は静かなものだ。
「へぇ‥‥綺麗な歌じゃん。曲名は何てつけた?」
 地上で待っていたカイオン・ボーダフォン(eb2955)の問いに、リンは耳元に囁くようにして、応える
「『くたばれ魔王』ですよ♪」
 ひゅう、と口笛を吹いて、カイオンは最高だなと称賛した。

  人皆 喜べ それは来ませり
  心を開きて 迎え奉れ

  御恵みの光 世に遍し
  万物の精霊 いさ歌へよ

  いさ歌へよ 海山の島々

 派手な演出を見せた冒険者達もいれば、静かな路地裏で希望を歌う者もいた。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「‥‥気に入ったか」
 ミュール・マードリック(ea9285)は、子供達にジャパンの菓子を配り歩いていた。子供だけでなく、大人達にも食糧になるものを持ってきている。
 こういったもので、少しでも彼らに喜んでもらえるならと考えてのこと。
「魔王の軍に、行き場のない人々。未来を奪われそうな子供達。この局面で、ただ私に子守りをさせるために、ここに呼んだのですか? ディアフレンド」
 エレアノール・プランタジネット(ea2361)は、しばらくミュールに連れ添って歩き、彼を手伝った。
「‥‥そうだ。不満か?」
「最高に決まっているじゃありませんか。声をかけてくれなかったら、あなたを魔法で氷漬けにしていたかもしれません」
 言葉と共に、笑みで返して。
「こっちは心配しないで、あなたはあなたの仕事をして下さい。なにせ、この私が後ろにいるのですから」
「‥‥頼む」
 それだけ言って、ミュールの足は城への道に向いた。
 城に向かった冒険者達が大公の説得に成功したのは、これより少し後の話だ。

 魔王の軍が目前にまで迫り、チェルニヒフの各所で、慌ただしく最後の打ち合わせが行われていた。
「じゃあ、こっちへの情報の伝達に関しては、これで決まりっすかね」
「ええ。この方面は二人もいれば‥‥あとはここで仲介を‥‥で、ここは‥‥」
 以心伝助(ea4744)とレティシアは、戦中の念話を核とした情報網の展開と運用についての効率化を計り、公国兵達と共に時間の限界までこの案件を煮詰めていた。
「良いのか? こんな貴重な武器を‥‥」
「構わん。必要なら、馬も貸すぞ」
 不破斬(eb1568)は自分の持つ魔法の武具の数々を、公国の兵達に貸与した。
 彼に限らず、私財を投じて公国兵の強化にあたった冒険者は多い。
「一人一人の力は小さいかもしれない。でも、それぞれに出来ることがある。必ず勝とう、皆の力で」
 ブレイン・レオフォード(ea9508)も武具を幾人かの兵に配した。また、瑞雲やヴィクトルは戦後の処理のことまで視野にいれて巨額の寄付を行う。それから避難民の誘導などには、エレイン・ラ・ファイエット(eb5299)も広く動いた。
「心をひとつにして祈りなさい、神はあなた方を見捨てたりはしない」
 集まった人々に聖なる釘が配られる。一時ではあるが、これで悪魔の奇襲などがあっても、少しの時間は凌げるはずだ。貴重な魔法道具だが、冒険者達は惜しげもいなく提供した。
「この戦いで生き残れば、経歴に箔がつくってもんだ! 子孫の代まで名を遺す絶好の機会じゃねえか! 戦うだけでこの金額! 勝利すれば更にドン!!」
 カイオンなどは、今回の戦で功をあげたものには多額の賞金を出すとして、傭兵達の士気向上に動いていた。さすがに無償提供もここまで派手に動くと、何か企んでいるのでは、あるいは嘘ではないかと疑う声が上がり、逆効果を受けた者も多かったが、それでも全体の士気向上を願ってのことなのだろうからと、大半の者は彼らの言葉に調子良く乗って応えてくれた。
 その一方で、アンは大公ヤコヴに謁見し、集数の弓隊の運用許可を貰う。この説得には、ガルシア・マグナス(ec0569)が協力した。
「貴殿らの活躍に期待している」
「はい! 必ず、お役に立ってみせます!」
 シェリル・オレアリス(eb4803)が対魔の魔法を広く公国兵達に付与して回り、レヴェリー・レイ・ルナクロス(ec0126)が兵達を鼓舞すべく、演説を行う。
「生きたいのなら諦めてはいけない、護りたいなら挫けてはいけない。‥‥絶望の足音が聞こえるのなら、希望の咆哮でこれを打ち消せ! 万の希望の欠片を掻き集め、我らと共に明日へと進もう!!!」
 彼女の言葉に応と返す兵士達の声は、力を帯びた波のように公国に響いた。
「杖一つじゃなく、国一つを‥‥そこに生きる全ての人を護るために‥‥」
 雨宮零(ea9527)は抱きしめた恋人に、共に未来をと約束して。
「さあ、起こしに行こうじゃないか。奇跡ってやつを」
 イグニス・ヴァリアント(ea4202)の言葉に、覚悟を決めた冒険者達は頷いた。

 そして、戦いの幕が開かれる。
――ドゴオオオッツツ!!!
「悪魔の自由になど、させません!」
 始まりは、エル・カルデア(eb8542)の放つグラビティーキャノンの発動によって。凄まじい威力と射程の一撃が、魔王軍の先方の悪魔達を薙ぎ払う。
 しかし、敵の進行は止まらない。蠢く悪魔の群れが、暗黒の森をより深い闇に染めていく。ガルシアが囮にと提案し作成した偽キャンプが、悪魔の大進行の前に囮として機能したのも一時のこと。圧倒的な数の差に、すぐさまに押し戻された兵達が巨大なベヒモスやアバドンに踏み潰されていく。
 ふと、空から何か固いものが降った。なんと、金貨の雨。
「無理に攻めようとするな! 下がれ!!」
 空に浮かんだ尾上彬(eb8664)が叫ぶ。悪魔に率いられていた信者らの一部に効果があったか、敵の指揮に僅かな乱れが見えた。しかし、それも一時だ。彬自身も、すぐさまに後退した。
(「俺は生きて帰る。そして、あいつに伝えなきゃいけないことがあるからな」)
 心に思い浮かべるは、想い人の姿。
『逃がさ‥‥グウッ!!』
 追いかけようとした悪魔。が、そこに飛来するのは、二連の矢。深手を負って、足を崩す。
「油断大敵ってね。さて‥‥」
 放ったのは、ジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)。悪魔殺しの力を持った、その弓矢の効果は絶大だ。とはいえ、彼女もそのまま攻め込むわけでなく、すぐにその場を離れる。
 冒険者達は無駄に逃げているわけではない。これも、彼らなりの作戦のうちだった。
「さあ、ついて来い悪魔ども。探しものはこっちだ」
 エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)はスモールアイアンゴーレムと共に、森を駆ける。そのゴーレムの手には、細長い箱のようなもの。 足の遅いゴーレムを、魔法で支援し必死に守る。
 彼も含め、冒険者達の何人かは、こうした囮となって敵の目を引き付けた。本物を持ち、敵軍の中心に向かう大公の部隊に敵の集中を防ぐための策だ。
「さて、此度も己が役割を果たすとしようか」
『冠を‥‥寄越せえぇーーー!!』
 斬の手で美しく小太刀が舞えば、絶叫を上げて消え失せるはグレムリンの一体。
 彼は大公に化けたヴィクトルの護衛についていた。少数ながら公国の兵らも協力してくれており、指揮をとるのはセシリア。
「ヴィクトルさん、ここで敵を止めます。他の皆さんは結界の中へ。横列にて、敵を抑えて下さい!」
「心得た。大いなる父の御名において、ここから先へは通さぬ」
 特別なアイテムを使い強化された聖なる結界は、インプ達のような小悪魔程度で突破できる代物ではない。足を止め、攻めあぐねた悪魔の軍勢に、セシリアが次々と魔法を打ち込む。
 幾らかの悪魔はこうして、広範囲に散っていくが、多くが向かうのは、やはりチェルニヒフの正門。公国の兵らの守護を抜けて、数体の悪魔が街の入り口へと迫る。そこに、魔を喰らう鬼がいた。
「悪魔どもめ、一体残らず拙者の剣で成敗してくれるでござる」
 アンリ・フィルス(eb4667)の大剣が振るわれて、凄まじい一撃にアガチオンの身体が消し飛んだ。
「街の人達には、決して手だしさせません」
 姿を消して潜入してくる悪魔達を阻んだのはシェリル。探査の魔法で、アンリの行動を補った。
 彼女は強固な結界はもちろん、怪我の治療どころか死者の蘇生まで行える高位の僧侶。
 地上からの突破は難しいと見たか、アクババ達が空より接近したが、それには公国兵達から銀の矢が飛んだ。
「何とか‥‥というところでしょうか」
 戦況を見て、リン・シュトラウス(eb7760)は伝令の文をペットの鴎に付ける。

 悪魔の軍勢の後背。チェルニヒフとは逆の方面。
 そこにも、冒険者達と悪魔の戦いがあった。
「レティシア嬢達は、無事だろうか‥‥」
 雷の扇で敵を薙ぎ払いつつ、エレインは別の場所で戦っているだろう仲間達のことを心配していた。
 広範囲の念話も、この位置までは届いていない。アンの元に、リンの鴎が到着したのは、そんな時だった。
「ご苦労様。こんな危険な戦場を、よく抜けてきたわね」
「というか、俺が守りながら連れて来たんだがな。鳥一羽でもデビルの変身かと疑ってかかってるが、さすがにこんな場所で鴎なんてな」
 あの後、敵の陣に紛れて情報収集を行っていた彬は、こちらに合流していた。
「向こうは、何て?」
 エレインの問いに、アンはまず笑顔で、その後に少し厳しい表情で、こう返す。
「しばらく持ちこたえられそうだって。ただ、矢とか治療薬の消費はすごく激しいみたいだから、それが尽きたら一気に崩れるかも」
 悩んで、彬が訊ねる。
「助けにいくか?」
 しかし、アンは首を振った。
「いいえ。こっちは、こっちで続けましょう」
 言うと、魔法の盾で生み出した分身に指示を出した。敵軍への突撃。
「‥‥来た。弓隊、動いて!」
 引き寄せた敵を、アンの指示で公国の弓兵達が後退しつつ攻撃する。そのまま逃走と攻撃を繰り返す戦法で、少しずつ敵の戦力を削る。
「そこっ!」
 目前に迫った敵に、横から放たれるのは強力な重力波。エルの魔法だ。多くの悪魔を飲み込んで‥‥。
「はああっ!!」
 生き残った僅かな悪魔にも、戦闘馬を駆るルーラス・エルミナス(ea0282)の槍、マグナス・ダイモス(ec0128)の剣が止めを刺していく。
 これでまた、悪魔の小隊一つが消えた‥‥が。
「こんなもの‥‥でしょうか?」
 ルーラスは、どこか違和感を覚えていた。
「やはり、そう思いますか。私も同じことを考えていました」
 エルは魔物の知識において、達人を超えた域に達している優れた研究家。その彼の目から見て、前線にまだ高位悪魔の姿が無いという。
「こちらの実力を見定めているのかもしれません。力のある悪魔は、知恵も回ると聞きます」
「ああ、そう見て良いと思うぜ」
 マグナスの言葉に、彬が呟く。
「さっき、敵の陣に踏み込んだ時に、それらしい話を聞いた。何でも、メフィなんとかって長ったらしい名前の悪魔の指示らしい。少しは希望を持たせて、そっから叩き落す方が面白いとかっ‥‥」
「今、何と言いました!?」
 言い終わらぬうちに、エルが彬の言葉を遮った。顔色が変わっている。
「なっ、何だ急に‥‥?」
「その悪魔の名前。それは‥‥メフィストフェレスではありませんでしたか?」
 周囲の冒険者達も呆気にとられていた。この名の意味するところを知る者は少ない。
「ああ‥‥確かそんな名前だったような‥‥」
 優れない表情のままで、エルは公国兵の一人に他の仲間達へ至急の伝令を頼みたいと言った。その悪魔を全力で警戒するように、と。
「その悪魔は何者なんです?」
 マグナスの問いに、エルはこう答えた。
「私とて、実際に見たことがあるわけではありません。しかし、私の学んだ知識が確かなら、象徴する悪徳無き故に、七大に数えられざる大悪魔メフィスト。他の上級悪魔達と一線を隔す実力の‥‥つまり‥‥『魔王』です」

 戦況に大きな変化が生まれたのは、最前線。
「さあ、退きな悪魔ども!! ジャパンの鬼神様がお通りだぜ!!」
 瑞雲は固い鎧の守りと、業物の野太刀による高い攻撃力を武器に、悪魔の群れに突っ込んでいった。この時、彼らは大公のいる部隊より先に進んでおり、敵の先端を崩して道を切り開くことに尽力していた。
「ハードだな、どうにも‥‥」
 共に攻めるイグニス・ヴァリアント(ea4202)の前方には、一体のクルード。
『死ネェ!!』
 細長い鞭のような尾が、イグニスの身を捉えようと襲いかかる。
 しかし、身のこなしに優れた彼の前には、そんなものは障害物にすらならない。
「刺し‥‥穿つッ!!」
 鋭い槍と短刀の連撃を受けて、クルードはこの世からその姿を消した。
「皆のために‥‥ここは道をあけてもらう!」
 ブレインの赤き霊刀が振るわれる度、一体、また一体と駆逐される悪魔達。
「さあ、出て来いよ魔王!! 思い通りにはならねえって事を教えてやるぜっ!!」
 周囲に聞こえるように大きな声を上げ、敵を挑発すると同時に、味方を鼓舞する。
『人間風情が、調子に乗るな!!』
 そこに姿を現したのは、翼を持つ黒馬に跨った地獄の騎士アビゴール。瑞雲へと突進する。その剣を、真っ向から受ける瑞雲。
「へっ、ちょっとは骨のある奴が出てきたか‥‥だが、俺達の敵じゃねえ!!」
『何っ!?』
 返す刃が放つ衝撃波が、馬ごとアビゴールを切り裂く。体勢を崩したそれに、側面より迫るのはブレイン。
「負けられないんだ! 僕達は!!」
『馬鹿なッ‥‥人間どもの何処に、こんな力が‥‥!!』
 受けきれず刃が身体を切り裂けば、信じられないといった顔で消滅するアビゴール。
 いける‥‥。
 そう思い始めた彼らの前に、それは姿を見せた。
『いやあ、お見事ですね。中級の悪魔ですら、まるで赤子のようだ。なるほど。地獄の悪魔達が手を焼いているわけですね』
 いつからそこにいたのだろう。
 その存在が自分の背後を取っていたことに、瑞雲は気づかなかった。
「誰だ、あんた‥‥。ただ者じゃねぇな?」
 慌てて距離をとって見れば、それは貴族風の身なりの男。宝飾のついた剣を手に、金の髪を風に揺らした、なかなかの美剣士である。
『初めまして、冒険者の皆さん。僕は、メフィストフェレスと申します。縁があって、ちょっとばかり、アラストールさんのお手伝いをさせて頂いております』
「なっ‥‥!?」
 その男の名前が知識の中にあったイグニスは驚愕した。同時に、恐怖した。
「なら、俺達の敵ってわけだ!! いいぜ、相手してやろうじゃ‥‥」
「待て! その悪魔は‥‥!!」
 イグニスの制止よりも早く。攻撃に移ろうとした瑞雲の刀を持った右腕が‥‥切り落とされていた。
「え‥‥‥?」
 いつ剣を放たれたのかも分からぬまま、瑞雲は次の瞬間に襲った激痛に飛びそうになる意識をかろうじて保った。だが‥‥。
『出会ったばかりで申し訳ありませんが、お別れですね』
 その言葉の後、今度は瑞雲の首が刎ねられ‥‥いや、彼の首は元の位置にあった。腕も元に戻っている。反射的に飛び退き、メフィストフェレスから距離をあけた。
『おや? これは不思議な』
「‥‥くっ‥‥こいつ‥‥」
 懐にあった泰山府君の呪符が消えている。それで分かるのは、本当は今のやりとりで自分が一度、何もできないままに殺されたという、その事実。
「魔王‥‥メフィストフェレス‥‥」
 イグニスが確かめるように、その名を口にする。
『ははは。やめて下さいよ、魔王だなんて。そう位置付ける人は多いですけど、王様なんて呼ばれるの、僕は好きじゃないんです』
 ふっと、メフィストがイグニスに接近する。すぐに距離を取ろうとしたが、難無く間合いを詰められた。早い。
 掴まれた腕から、イグニスに流れたのは強力な電撃。叫ぶ間もなく、続いたのは大地に叩きつけられる衝撃。さらにその身を剣が‥‥いや、窮地を救ったのはブレイン。
「させるかぁ!!」 
『もう。邪魔しないで下さいよ』
 生まれ出でた巨大な竜巻に、吹き飛ばされるブレインの身体。この時に出来た一瞬の隙を逃さず、イグニスはメフィストの足下から脱出する。
『皆さん、頑張りますね。これは、まだまだ楽しめそうだ』
 実力が違い過ぎる。明らかに、遊ばれていた。
「伝令を!」
 もっとも近くにあった公国兵を見つけて、イグニスは呼びかけた。
 こうして、魔王軍に別の魔王がいるとの情報が公国軍に流れることになる。

 その頃、伝助はレティシアとテレパシーで会話していた。流れた魔王の情報の確認が取りたかった。
(「もう一体の魔王がいるって話、本当っすか?」)
(「確かなことは分からないの。実際に交戦してるらしい人達とは、距離が離れていて交信が通じないし‥‥。ただ、そのまま進むのは危険だと思うわ」)
(「少し回り道しろってことっすね。了解っす」)
(「こっちでも、支援できるように近い位置の人達に連絡はしておくわ」)
 正直なところを言えば、レティシアはその支援が難しくなっていることに気づいていた。
 最初は互角にも思えた戦況に、変化が起き始めている。全体の旗色が、少しずつ魔王軍の有利に変わりつつあった。
(「動き始めましたか‥‥」)
 この時、ラスティ・コンバラリア(eb2363)もレティシアを通じて、各所に注意を呼び掛けている。
 彼女が警戒していた者達が、広範囲に散った冒険者達を追うかのように蠢き始めていた。

「馬鹿な‥‥何故、貴殿がここにいる‥‥!?」
 斬の前に、一人の男が立っていた。それは、仲間のリュリス・アルフェイン(ea5640)と共に、自分が止めを刺したはずの男。
「答えろ、マカール!」
『グダグダと五月蠅い野郎だ』
 開かれた口より出でた言葉は、かつてのこの男と比べて、明らかに違和感を感じるもの。
 ――ドッ!! ゴッ!!
「ぐうっ!?」
 だが、その鋭い蹴撃と身のこなしは、過去に見たそれと遜色無く‥‥。
『ヒャッハアッ! さっさと死ねよ、虫けらァ!!』
「てめぇ、ビフロンス!! それ以上、マカールさんの口で、汚い言葉を吐くんじゃねえ!!」
『うっせぇ、ディマス!! 俺様に指図すんじゃねぇ!!』
「戦いの最中に余所見なんて‥‥!!」
 斬達の近くでは、大剣を振るう男とセシリアが剣を交えていた。今の隙を見て、束縛の魔法を詠唱するセシリア。
「そんなもん、通じねぇんだよ!!」
「く‥‥!」
 返す男の刃がセシリアを捉える。剣の腕は相手の方が上か。
「仲間割れのようだが、貴殿は参加しないのかね?」
「私は、こっちの仲間割れの方が好きでね」
 ヴィクトルに応える敵のクレリックの周囲には、死者と生者の公国兵達。皆、ここまでの戦いで悪魔の術を受けたか、死して操り人形と化した者達。
 同じく公国の兵達が迎撃するが、元を断たねば相手が増えるばかり。それも、相手が強固な結界で身を守っているから、性が悪い。

 状況が悪くなったのは、彼らだけでは無い。
「弓隊、狙いを絞って! あのグリフォンを!!」
 アンの指揮で、一斉に放たれる矢。しかし、直撃しているはずのそれを、何でもないかのように突っ切ってくるグリフォンが一頭。それを操るのは、若い男だ。
「効かないよ、そんな攻撃」
 返して、男の射る六連の矢。受けた公国兵の二人が落馬した。
「これ以上、好き勝手に‥‥!!」
 アンの放つ聖なる光。それに貫かれて、男の身が揺らいだ。
「‥‥つっ。やるね‥‥」
 むざむざ敵の接近を許したのは、何もそのグリフォンライダーの機動力だけが理由ではない。
 巨大な炎が爆ぜたのは、エルの放つ重力波とぶつかって。
 その術師の隙をつくべくエレインが放った雷撃は、二発目の火球に押し負けた。
「‥‥そんなっ!?」
 術後の隙を狙って、敵の悪魔達が術師二人へと接近する。手傷を負いながらも、彬、ルーラス、マグナスらが必死に払うが、数の差を埋めきれない。
『へえ。大した連中だけど、貴女の敵じゃないわね。さっさと片付けちゃいなよ、レル』
「そうだね。力を貸して、ヴァブラ」
『了解♪』
 女魔術師に呼びかけるのは、白き翼の獅子。これもやはり悪魔の一種か。
「まさか‥‥いけない!!」
 呪文の詠唱を妨害しようとしたエレインの雷を、悪魔の結界が阻む。
『あら、女の子の邪魔しちゃダメよ。色男さん♪ どっちにしろ、もう遅いけど』
 悪魔の獅子の言葉通り、巨大な火球が冒険者達へと放たれる。エルも魔法で相殺を狙うが、相手は超越級の火魔法。地の魔法使いである彼には、最悪の相手。
 爆炎が、周囲の森ごと冒険者達を飲み込んだ。

「また外れか」
 倒れて動かなくなったエルンストの手から箱を取り上げて、ガルディアはつまらなそうに、呟いた。
『まあ、これで偽物も大体潰せたと見て良いでしょう。怪しいのは、アラストール様のところに向かっている冒険者達のものでしょうけど‥‥』
 遠くを見やって、イペスが言う。
「なら、放っておけ。自分達からあの方の前に冠を持っていくなど、気が狂っているとしか思えん。あれを使う気でいるなら、なおさらだ」
 そのガルディアの言葉に、イペスは邪笑を浮かべて呟いた。
『ふふ。さて‥‥どう転ぶでしょうか? もしかしたら、私達は逃げておいた方が良いかもしれませんよ』
 巨大な波動が戦場を包んだのは、その少し後のことだった。

 魔王アラストールは、目の前の光景に驚いていた。
『ほう。あれを受けて、まだ立っているか』
「‥‥慈愛神の地上代行者として、この程度では、余は倒れないのである」
 ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)を守ったのは、ディバインプロテクションの力。
 しかし、特殊な魔法を使えぬ他の冒険者にも、まだ無事な者は多かった。
「これほどの魔法とは、さすがは伝説の秘宝に封じられた力‥‥」
 オリガ・アルトゥール(eb5706)の周囲に蠢くのは、多数の負傷した敵味方の姿。
「まさか、これでも倒せぬとは‥‥」
 大公の杖、キングスエナーに封じられていた魔法の、その名をエレメンタラーボイス。
 六大精霊の力を束ねた合成魔法であり、魔法を含む全ての鎧防御を無視し、全レジスト系、ブラックボール、アイスミラー等の魔法の影響も受けない上での、超威力の攻撃魔法。
 そう。大公は、多くの冒険者と公国兵とを犠牲にしてでも、魔王軍を倒すつもりだったのである。この魔法の発動で、自身が仲間殺しの罪を背負ってでも。
 しかし、彼の予想に反することが二つ起きていた。一つは、エレメンタラーボイスを受けてなお、魔王アラストールが健在であること。もう一つは、冒険者達もまた何人もが無事であったこと。
 単純に、アラストールはそれほどまでに強大な存在であったというだけだが、幾人かの冒険者が無事に立っていられるのは、泰山府君の呪符や、厄災の土偶という身代わり魔法アイテムのおかげだった。
「‥‥これはつまり、魔王とこの場で決着をつけるしかない‥‥ということですかね」
 瀕死の状態から治癒薬で何とか回復して、零は再び剣を取る。
「幸いにして、周囲の他の悪魔はまともに動けないようですし‥‥ね」
 もはや、オリガ達の周りの悪魔には止めを刺すだけの状態。それも、ほとんどは消滅済みで数が大幅に減っている。今なら‥‥いや、その考えは甘かった。
『アラストール様、ご無事で何よりです』
 突如、冒険者達の前に現れる天使‥‥いや、天使のような姿をした悪魔。そして、もう一人。
『本当、今のはさすがの僕にも効いたよ。やれやれ、どうお礼をしようか』
『何をしに来たアリオーシュ、メフィストフェレス‥‥。よもや、我がこの程度でどうにかなると思ったか』
『まさか。ただ、アラストールさんに手傷を負わせた連中が、どんな目に遭って死ぬかを間近で見せてもらおうと思って』
 笑みを浮かべて言う男の姿。その名を知らずとも、直感的に分かる。どちらも上級悪魔。それも、エレメンタラーボイスを受けてまだ十分に動ける力があるほどの‥‥。
 絶望にも等しい感情が、さすがの冒険者達にも流れる。
 しかし本当に驚くのは、その次のアラストールの言葉。
『アラストールの名のもとに、我が全ての配下たる者に告ぐ。この戦場より退け』
 退却命令。目的の冠を前に、明らかな優位にあってなお、アラストールはそう告げたのだ。
『か‥‥かしこまりました』
 すぐさまに、アリオーシュの姿が消えた。
『‥‥どういうつもりかな、アラストールさん? 幾らなんでも、それは‥‥』
『退けと言った』
 黙り込むメフィストフェレス。
『分かったよ‥‥』
 その言葉と共に、彼の姿も消える。
「どういうつもりか‥‥?」
 ガルシアが訊ねた。
『人間達よ。我がこの場で、お前達を滅ぼすは容易い。しかし‥‥そんな復讐の仕方では物足りぬ』
 それだけを言って、アラストールもまたその姿を消した。
 後には、冒険者達と大公が残されて‥‥。
「大公殿下は無事か!!」
 ジャッカル・ヘルブランド(ec3910)が生き残りの公国兵達を連れて救援に来た時に、彼らは初めて、自分達が勝利し、生き延びたことを実感したという。

 その後。
「死んだらどーする!! 本当に危なかったぞ、全く」
「あの‥‥普通に死んでましたよ、貴方‥‥」
 あの戦いで死亡していたラザフォード・サークレット(eb0655)達は、シェリルやフィーネ・オレアリス(eb3529)といった蘇生魔法の使い手が蘇らせた。幸い、魔王に操られたミュールも、蘇生した時には魅了の効果は消えていた。公国の兵達も可能な限り順に蘇生されたが、遺体の損傷が酷く蘇生に至らないものも少なくなかった。
 多大な犠牲を払ったものの、幸いにしてチェルニヒフの街に大きな被害は無い。これは、冒険者達の必死の働きはもちろん。悪魔達の主目的が街の壊滅より冠の確保にあったことも影響したものと思われる。
 奇跡を起こした傷だらけの英雄達の帰還を、公国の人々は笑顔で盛大に祝った。

 大きな戦を超えて。訪れるのはしばしの休息。
 しかし、新たな戦いの影は、すぐそこまで迫っていた。