【黙示録・北の戦場】運命の分岐点
|
■イベントシナリオ
担当:BW
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 13 C
参加人数:34人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月17日〜05月17日
リプレイ公開日:2009年06月06日
|
●オープニング
「森の街」と呼ばれるロシア王国の首都、キエフ。
この都に、未だかつてない大きな危機が迫っていた。
多方面に潜んでいた悪魔達によって始まった、キエフへの同時侵攻。
破壊を司りし、憤怒の魔王アラストール。
彼もまた、多くの悪魔を率いてキエフへと進行を開始していた。
『例の者が手駒にした人間‥‥ラスプーチンと言ったか? 中々、野心のあった男のようじゃが、結局、自分達だけでは上手くいかず、このような状況になってアラストール殿に助力を願う始末とは、やれやれ情けない奴らじゃわい』
そう語ったのは、白銀の髪に身体を覆われた老人。
「でも、おかげで面白い戦いが出来るかもしれないんでしょ、メフィストフィレス様? キエフを火の海に出来たら、きっと楽しいよね〜。ねぇ、皆もそう思うでしょ?」
仲間に問うのは金髪のエルフの女。その視線の先にあるのは、銀髪のハーフエルフと白い翼の獅子。だが、瞳の焦点が合っていない。言葉と瞳は前を向いているのに、その心はどこか遠くの世界にあるようだ。
「‥‥すっかり変わってしまったね、レル‥‥」
『あら、今の彼女にはご不満なの、クラスティ?』
「そうだね‥‥。俺には、今の彼女を見ているのは少し辛い。悪魔の力に魅入られてからの彼女は、まるで別人だよ」
『まあ、縁のあった悪魔によって、人間の精神なんて、どうとでも変わっちゃうものねぇ。私の場合は、悪い事をしたり考えたりするのが、だぁ〜い好きな子にしちゃたわけだけど♪』
獅子の口が、笑みに歪んで牙がのぞく。
「‥‥‥‥」
『そんな顔したって、もう手遅れよ。貴方だって、イペスに基本的な性格は変えられてないだけで、心の根っこはもう、こっち側。仮に、あの娘が今から真人間に戻ったところで、罪の重さに耐えかねて自殺とかしちゃうんじゃないの? 馬鹿よね、人間って」
『まったくだ。って言うかよぉ、人間の脆い心なんて、いっそ邪魔だろ』
言ったのは、一人の男。
『俺の身体になってるこいつも、死んでからの方がよっぽど‥‥っとお!!』
「てめぇ‥‥いつか、必ず殺すぞ、ビフロンス‥‥」
轟音。寸前まで男の腰かけていた椅子が、大剣により真っ二つに切り裂かれていた。
『はっ、そんなヘロヘロな剣が当たるかよ。つうか、ディマスよぉ。てめえは剣より悪魔法の訓練を続けろってんだ。馬鹿なりにでも、そこそこ使えるように鍛えてやったんだからよぉ。まあ、俺ら位の悪魔になると、半端な魔法なんざ効かないがな』
殺気のぶつかり合う場。そこに、新たに近づく足音。現れたのは、美しい娘。
『騒がしいですね。メフィストフィレス様の御前なのですよ。少しは‥‥』
『あら。私なら、全然構いませんのよ、イペス。若い方々は、これ位元気があった方がよろしいのではないかしら』
今度は、イペスに瓜二つの娘の姿で。その魔王、メフィストフィレスは優雅な笑みを浮かべて。
「これは、見事。さすがは千変万化のメフィストフィレス様‥‥。しかし、お戯れは程ほどにして下さいませんと、私どもも混乱してしまいます」
法衣の男、ガヴリールが言う。
『だって、楽しいんだもん。まあでも、ここの皆の場合はそれほど張り合いもないかな。頭の悪い人間とかってさあ、ちょっと小馬鹿してやるだけで、すぐ感情を剥き出しにするでしょ。その時に醜く歪む顔が僕は大好きでさぁ。だから、ディマスとか僕、大好きだよ』
今度は、小さな男の子の姿で。
「‥‥そいつは、どうも‥‥」
当のディマスは、湧き上がる感情を必死に押し殺しているようだった。
その頃。魔王軍陣中の別の一角では‥‥
『以上で、各所の悪魔の状況についての報告を終わります』
大柄のインプ‥‥いや、ネルガルの一体か。地獄の門が開いてからというもの、この手の以前は少なかった種類の悪魔でさえ、今や数え切れぬほどの数が現世に姿を見せるようになっている。
『‥‥どう見る、ガルディア』
訊ねたのは天使と見紛うばかりに美しい顔立ちの悪魔、アリオーシュ。
「正直に申し上げるなら、全く、それぞれに好き勝手に動いていますな。各方面で一斉に動いたことで王国が対応しきれぬ状況になっているのは確かですが、共同作戦と呼ぶには余りに‥‥」
『構わぬ。それぞれ好きに暴れさせてやるがいい。これは、我らにとっては宴の時』
重く響いた声の主は、真紅の髑髏。それこそが誰であろう、このロシアの地に封じられていた魔王、アラストール。
『此度の戦にて、先に人間どもより受けた痛みを返す。楽には殺さず、魂の片鱗まで蹂躙し尽くすが良い。ゲヘナの嘆きにも劣らぬ怨嗟の歌を奏でさせよ』
一方。
魔王軍の動きを監視していた伝令より、かの軍がキエフへと侵攻を開始したとの報告が、チェルニヒフにも届いていた。大公ヤコヴ・ジェルジンスキーの判断は、早かった。
「我らはキエフの冒険者達によって救われた。今こそ、その借りを返す時。このままここでキエフが滅ぶのを待っているわけにはいかぬ」
大公の手には、伝説の魔杖セブンフォースエレメンタラースタッフの一つキングスエナー。せめて、これを冒険者達の手に届けられれば、彼らを助ける大きな力となるかもしれない。
そして、動きだしたものは、もう一つ。
『精霊力の乱れが更に酷く‥‥。あの人間達の言っていた魔王の影響か。‥‥ふむ。こうも早く、私が動くべき時が来るとは』
翼を広げて、鋼の竜は飛び立った。
今ここに、人と竜と悪魔が集う。
後の世にまで語り継がれるであろう、大いなる戦いが始まろうとしていた。
●リプレイ本文
空を暗雲が覆う。
冷たく色を失くした大地に澄んだ声は少なく、あるのは戦いを前に心の安寧を失った者達が起こす雑多な音ばかり。
吹きすさぶ風が森を駆ける音は、まるで誰かの悲鳴のよう。
魔王軍がキエフ近郊まで迫ったその頃。
セシリア・ティレット(eb4721)、アン・シュヴァリエ(ec0205)、水上銀(eb7679)の三人は、王国軍の兵士にとある話を持ちかけていた。しかし‥‥。
「国王陛下に謁見などと、馬鹿を言うな」
「神殿騎士の書状まであるのですよ。これは、大事な問題なんです」
「今は無理だ。とりあえず、この戦いが終わってから書状だけ‥‥」
「そんな悠長に待ってらんないんだよ!」
「お前達、この状況下で陛下が暇だとでも思っているのか!!」
「ですが、ドラゴンとの協力のためにも‥‥!」
「魔物と盟約なんて、そんなもの認められるわけないだろう!!」
話は、完全な平行線。
セシリア達が国王へと頼みたかったのは、主に自分達の行動に協力してくれる兵士の貸与。
しかし、結果は現在の通り。一般の兵達にすら話が通らない。竜との盟約という内容的な問題もあったが、他にも理由はある。
今のキエフにはキエフ内の兵だけでなく、国王や他の冒険者の呼びかけによって、周辺の公国から集まった兵達が多数いる。表だって冒険者が関わった例は少ないが、このロシア王国では、人間同士、公国同士の仲はけして穏やかなだけのものではない。どの公国も、少しでも自分が他の公国より優位に立とうと、水面下で争っている。王城のあるキエフですら、けして裕福な状態にあるとは言えず、町を歩けば貧しい者がそこら中に徘徊しているような環境が今も続いている。善意からではなく、口実を作って王国に取り入ろうとする策略では、あるいは他の公国から内部の事情を探りに寄越されたのではと疑われたのかもしれない。利権に関しての警戒心が非常に強いようで、冒険者達にその気がなくとも、兵の指揮権を要求するのは、功を上げて恩を売る機会をくれ、と言うのと同義に思われてしまうようだった。
ただ、人手不足である現状、幾つかある前線の小隊へ義勇兵として協力するなどの話であれば、可能な範囲で対応してくれると言う。何とも、王国側にばかり都合の良い話である。良い返事を貰えなかったアン達は、それぞれに遊撃として他の冒険者との協力を重視する形で、悪魔達を迎え討つ態勢を整えることにした。
こういった話は、彼女達に限った話ではなく、ガルシア・マグナス(ec0569)のキエフ内の教会への協力要請なども同じように結果は振るわなかった。こちらの場合は、各教会で既に行動しなければならないことを見つけていたり、別のところから協力の要請を受けていたりと、ガルシアが依頼や指示をするまでもなく、自分達で役割を見つけて動いていた。キエフの人々は黒の教義の下、自主的に行動しようという傾向が強くなっているのだろうか。
一方、アン達とは別口で相談を持ちかけ、けして好待遇でなくとも、と王国兵達と協力関係を結んだ者もいる。
「ボクはそれで構わないのですよ」
「あっしも、文句無しっす」
言ったのはジャパンから来た少年、月詠葵(ea0020)。そして以心伝助(ea4744)。卓越した剣の技を持つ葵は、そのまま最前線の部隊の一つへ協力を依頼される。忍びの技に優れた伝助は本人の希望もあり、偵察部隊の方へと紹介された。
それから少し後の話。
チェルニゴフ公国より、大公ヤコヴ・ジェルジンスキーが軍を率いてキエフへと向かっているとの報を聞き、デュラン・ハイアット(ea0042)、ラザフォード・サークレット(eb0655)、ミラ・ダイモス(eb2064)、アルフレッド・ラグナーソン(eb3526)、オリガ・アルトゥール(eb5706)、尾上彬(eb8664)、マグナス・ダイモス(ec0128)、セイル・ファースト(eb8642)の八人は、そちらの方へと向かっていた。
目的は、公国軍との合流。そして、この戦局を変えうる、あの希望の鍵、キングスエナーを受け取るため。
「殿下、ご無事で何よりです」
オリガは自分が杖を預かりたいとの旨を伝え、大公もそれを快く了承した。
「ここまで来れたのも貴殿達の仲間のおかげだ。道中、何度助けられたか分からぬ」
これまでの道のりで、チェルニゴフ公国軍は幾度もデビルと遭遇していた。しかし、多くの冒険者によって支援が行われた甲斐があり、大幅に移動時間を短縮することに成功している。主戦場になると目されている地域は、もうそれほど遠くなく、このままいけば、グラビティードラゴンとほぼ時を同じくして現地に到着できそうだ。
「殿下、お願いが御座います」
進み出たのは、デュラン。いつものこの男の姿からは、想像も出来ないほど低身な態度で‥‥。
「ドラゴンはその領域を人間に侵されるのを案じていました。その説得、殿下に行って頂けるのならば、かの竜も首を縦に振るやもしれません」
かの竜とは当然、グラビティードラゴンのこと。権力者の言葉であれば、竜も無碍には‥‥。そう考えてのデュランの提案だったが、大公の反応は思わしくなかった。
「先の一件でのやりとりは、報告書に目を通して凡その事情は分かっているつもりだ。
だが、あの様子を見る限り、それだけで動くようには思わなかった」
「と、言いますと?」
「あれの心にあるのは、人と言う種そのものへの疑いであろう。それに竜と人とでは、そもそも生きる時間の長さが違う。仮に、今の時代で盟約を結んだとて、子の代、孫の代と、時が過ぎた後も人がその約束を守るとは限らない。もちろん、守らせる努力は出来よう。もしかしたら、守り続けることも出来るかもしれん。しかし、それを信じさせることが出来るかは、別であろう」
返す言葉が思い浮かばず、デュランは唇を噛んだ。その彼に、ラザフォードはこう言う。
「問題は多々ある。だが、各人が最上の結果を出すと信じ、私達は私達の役割を果たそう」
直にドラゴンへの説得に向かった冒険者達もいる。彼らの活躍によっては、もしかしたら‥‥。
その頃。
主戦場になると目される一帯よりまだ少し離れて、イグニス・ヴァリアント(ea4202)、シオン・アークライト(eb0882)、リディア・ヴィクトーリヤ(eb5874)、リン・シュトラウス(eb7760)は、山を下りてキエフへ向かって来ていたグラビティードラゴンに接触していた。
彼らが竜を見つけた時、そこにはインプの身体を喰い千切るドラゴンの姿。近くには、援護活動に駆け付けたと思われる、他の冒険者の姿もあった。その彼らの話によると、竜の攻撃によって悪魔の一団の一つが壊滅させられたところだという。初めてラージドラゴンの巨体を目撃したせいか、多くの者が気圧されている様子だった。それでもと、前に出たのはイグニスとリディア。
「ドラゴンよ! どうか俺達の話を聞いてくれ!!」
「お願いします、今この時だけでも構いません。代償が必要と言うなら、私の身を捧げても‥‥」
『次から次へとしつこい人間達め‥‥邪魔だ!』
ビュウと巨大な翼が羽ばたけば、凄まじい風が冒険者達の身体を押し倒す。
『鋼の竜よ、我らは貴方の言われた事を心に留め戦場に立っています。力に知恵を重ねられるよう戦っています。未熟やもしれませぬが、我らにできる範囲で進みます!』
テレパシーで遠く離れた位置から竜の説得を試みたのはリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)。だが、竜は相手にする気が無いのか、何の言葉も返してこない。
「やっぱり、無理なのかしら‥‥」
シオンが呟いたその時‥‥風の中を流れたのは、リュートの音色。
例え明日世界が滅びるとしても、今日私はリンゴの木を植えましょう
嵐が間近に迫り 絶望の淵にあっても希望を忘れず 人の灯火となれるように
歌うリンの声はグラビティードラゴンの耳にも届いたようだ。翼のはばたきが止められた。
『今度は何の真似だ? 歌などで私の気が変わるとでも思うか?』
「そうですね‥‥。でも、私にはこうするのが、一番上手くあなたに心を伝えられそうなので‥‥」
穏やかに笑みを浮かべて、リンは竜と対峙した。
「仲間達から聞きました。あなたは神様にも匹敵する力を持つ方だとか。そして、彼らにこう話したそうですね。悪魔と戦うには、三つのものを一つに合わせるようにと‥‥。
でも、力に技に知恵‥‥それが真の力かしら?」
『ほう? では、他に何があると?』
乗ってきた。内心、リンは胸が躍った。こんな人智を超えた存在が、自分の話に興味を抱いた。それは恐怖でもあったが、同時に愉悦でもあった。
「心」
ぽつりと、言の葉の響きに想いを込めた。
「希望や勇気や愛は、貴方にとって意味のないもの? 力に技に知恵、それは確かに大切なものかもしれない。でも、それは悪魔だって持っているもの。悪魔の手に無いものこそ、人にとっての真の力ではないかしら?」
『くだらんな。心など悪魔にもあろう。ただ、お前達から見て奴らの心は、より欲望に忠実なものであるだけ。仮に違うとして、では、その真の力で何が出来る? 思うだけで、人が救えるか? 願うだけで望みが叶うか?』
「それで出来ることは‥‥」
紅の絹をふわりと踊らせて、リンは竜に近づいた。ふいと、その手が竜の鱗に触れる。驚くべきは、疑り深いグラビティードラゴンが、その接近を許したこと。
「他人の心に触れること。そして始めること。例えば、私達と貴方で‥‥」
沈黙が流れ、そして‥‥。
一方。
鬱蒼と茂った木々が作りだした、暗黒の国と呼ばれる森にて。
魔王軍と王国軍との戦いが始まっていた。
「敵軍の進路に変更は無し。大地も空も悪魔の群れ‥‥真正面から全て喰らい尽くすか。悪魔どもめ」
天馬を駆るオルステッド・ブライオン(ea2449)の矢が、鋭く深く、敵の翼を貫いていく。
魔王軍のみならず、キエフの周辺では多くの悪魔達が一斉に活動しており、王国や冒険者は、そちらへの戦力分散を余議さくされている。敵にしてみれば、それらの戦力が戻ってくる前に、事を進めてしまいたいのだろう。
「知恵の回る悪魔ならば、こういう時こそ奇策を打ってくるかと思ったのですが‥‥。アラストールという魔王、よほど自分の力に自信があると見えますね。‥‥それが奢りであるということを、お教えしましょう!」
若き騎士、デニム・シュタインバーグ(eb0346)はグリフォンの背にて、黒く煌めく刃を振るう。
その眼下、深き森の中に閃光。ジャン・シュヴァリエ(eb8302)の放つ扇丈の雷が、進軍する悪魔達の身を焦がした。
「無理に前に出ては駄目! ここは、確実に戦線を保つことを優先して!」
「了解!」
姉のアンの言葉に頷いて、ジャンは彼女の後ろに退がる。王国側からは機会を与えられなかったものの、その能力で言えば、アンの指揮官としての実力は十分に高い。戦いに参加していた周辺の冒険者達にも声をかけて、彼女は最前線でその才を発揮していた。ロッド・エルメロイ(eb9943)も、彼女の指揮に従って、広範囲に及ぶ煙幕や巨大な火球の魔法にて敵の侵攻を阻んだ。
「好きにはさせんぞ、悪魔!」
前線で、特に目立った活躍を見せた者と言えば、アンドリー・フィルス(ec0129)もその内の一人。世界の守護者たるパラディンの、その力は凄まじい。修練を重ねたオーラの力と阿修羅の魔法。一瞬で敵の懐に飛び込み、その黄金の剣で敵を切り裂く。並外れたその精神力は悪魔達の魔法にも高い耐性があり、並の悪魔なら、彼にとってはただの攻撃の的に等しい。
しかし、その的の数も並ではない。雨の滴が地の底に浸み込むように、冒険者達の戦線を通過する悪魔も、少なからず存在した。
「‥‥ったく、仕方ねぇな。本音を言えば、俺の出番なんて来ないでくれた方が良かったのによ」
キエフ上空、前線を突破した悪魔達の前に立塞がったのは、巨大な槍を携え、グリフォンに跨った鬼面の戦士、オラース・カノーヴァ(ea3486)。
「さあ、鬼ごっこといこうぜ。この俺から逃げられるかな?」
オラースは巨大な魔鳥アクババ達を次々と槍で貫いていった。
その下方。地上で敵がキエフに入る寸前で足止めをしていたのはエル・カルデア(eb8542)。
「皆さん、離れて下さい!」
声の次に放たれたのは、大地を震わせ、森を薙ぎ払う巨大な重力波。巻き込まれたが最後、下級悪魔などは一撃で消し飛んだものが少なくなかった。
また、彼は石化の魔法で防衛戦における防壁の作成等にも尽力している。資材などの物資調達に動いた支援冒険者達の成果も大きく、完成した防壁に、悪魔達の侵入は容易には叶わないだろう。
「力押しでは駄目だ。内部に入り込んで突き崩そう!」
攻める悪魔達の中で、グリフォンを駆る弓使いの男の姿があった。幾らかの悪魔がその声を聞いてか、透明化して姿を消す。下級悪魔でも、人間の命に悪魔が従うというのは珍しい光景だ。それほどの手練か。
「思い通りにはさせませんよ、クラスティ」
男を見知っていたラスティ・コンバラリア(eb2363)が、弓による待ちの姿勢を捨てて石壁の内側より飛び出した。その手にした氷輪で、音と、自身が生み出した分身の崩れる様から敵の位置を補足し、幾度となく襲う悪魔の爪をかわして、彼女は敵を葬っていった。
「さあ、気を確かに。大丈夫です。こんな怪我、私が何とかしてみせます」
防壁の内側に作られた簡易救護所とも呼べる場所では、傷ついた兵達をヴィクトリア・トルスタヤ(eb8588)が診ていた。彼女自身は、治癒の魔法を使う聖職者でもなければ、応急処置に秀でているわけでもない。しかし、彼女の手には特別な魔法具、アユギがあった。幾らかの魔力を消費すれば、扇で仰ぐだけで瀕死者も完全に回復するという代物である。
「さあ、瀕死の患者がいればこちらへ回して下さい」
次々と運び込まれてくる負傷者を前に、ヴィクトリアは率先して、容態の重い患者を癒してまわった。
防衛に並行して、戦いの激化が見込まれる危険な一帯では、住民の避難誘導も進められた。これもやはり多くの冒険者の協力があった。
「妙刃、破軍!」
豪剣より生み出された衝撃波が、邪笑を浮かべる悪魔達を一刀のもとに滅する。
住民の誘導と、その護衛に尽力していた冒険者の一人が、メグレズ・ファウンテン(eb5451)である。また、セシリアもあの後、避難誘導に協力していた。銀も城へと向かう敵を潰しにかかる傍ら、成り行きで周辺の住民達の警護も行うこととなった。
「人々には、指一本たりと触れさせん!」
その身を盾とし、彼女達はキエフの民を守る。
激しい戦いが続いたものの、冒険者達の活躍により住民達に大きな被害は出ずに済んでいた。
「余力のある者は、共に戦って欲しいのだ。自分の手で友や家族を守りたいと望む者は、いないであるか!!」
ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)は避難誘導を行いつつ、協力者を募った。危険な前線でなくとも、防壁の作成や、物資の運搬など、後方支援として一般人に出来ることも多い。元より、人では少しでも多く欲しい状況。名高き騎士の説に惹かれて、力を貸してくれた者は多かった。
さて。
戦いの続く最中、悪魔の側に取り入ろうと動いた者がいる。男の名はイヴァン・ボブチャンチン(ec2141)。
「あの野郎ども! また、この俺様を虚仮にしやがってぇ!!」
上級悪魔に生まれ変わることを目指しているというイヴァン。そんな彼に、悪魔達の側の返答は‥‥。
「百人殺すくらいじゃ話にならないだぁ!? 千人生け捕りにして連れてくるなんて、そんな面倒くせえことやってられるか!!」
加えるなら、その中に高位の聖職者数人を含めねばならず、そこまでやってなお、辿り着くのは中級悪魔の領域。もっとも、その域でさえ辿り着いた人間はほとんどいない。
悪魔の流儀にすれば、力とは願い手にするものではなく、価値ある対価をもって明確な相手と売買するようなものらしい。
怒り心頭といった感じで戦場から立ち去ったイヴァン。果たして、彼はこの条件を知ってなお、上級悪魔を目指すのだろうか。
時の移り変わりと共に、戦闘は激しさを増していく。
戦いが始まって、数時間が経過して‥‥。
『うらぁ!』
「はああっ!!」
葵の腕を、皮一枚の差でハーフエルフの蹴撃が掠める。直撃を避けて、交錯するように振るうは、名工長曽弥虎徹の生み出した刀。その斬撃は鋭く早く。ここに至るまで、どれだけの悪魔を切り伏せたことか。
『ちっ』
しかし、敵は舌打ち一つ。まるで風のように、およそ人の身とは思えぬ速度の反応で刃の軌道を見抜き、舞う。
次元が違う戦いに、周囲の小悪魔や王国軍の兵達は手出しが出来ない。
「なかなか、やるですね‥‥」
『そっちも、その歳で大した腕だ。さぞ殺しまくってきたんだろうな? 人間は、何人か殺ったか? 楽しかったかぁ?』
邪笑を浮かべる男。姿と身体は人のそれだが、中身は死者に憑依した悪魔ビフロンス。
「不快な奴です!」
『いい顔だ!』
再び剣を振るおうとする葵の前で、ビフロンスの身体が淡く光る。しまったと思った次の瞬間に、黒き炎が葵の身を焼いた。
「く‥‥卑怯者!!」
『生憎、そう呼ばれるのは大好きでなぁ!!』
――ズン!!
『グアァッ!』
笑うビフロンスを黙らせたのは、どこからか放たれた重力波。
「援軍‥‥間に合ったですか」
葵の目に映ったのは、森の中を駆けていく多くの兵。そして、それと共に来たラザフォード達の姿。
「よく持ち堪えてくれたな」
「それは‥‥」
ラザフォードの手に七つの宝玉のついた杖、キングスエナー。
「今の攻撃のために、少しオリガの手から借りた」
セブンフォースエレメンタラースタッフは、驚異的な魔法補助の効果も持っている。通常詠唱時ですら達人域での使用は不安定なのがラザフォードの実際の魔法の技量だが、この杖を手にした途端、高速詠唱での使用さえ軽くこなせてしまう。
「ここまでは思ったより楽な仕事だったぜ。逆に、不気味だがな」
彬は忍術を用いて自身の姿を大公のそれに。棒状のものを杖に見せかけて抱え、ここまで敵の注意を引き付ける囮になった。小悪魔達が何度となく姿を隠して彼に襲いかかってきたが、返り討ちにしている。
『テメぇら‥‥よくも!!』
憤怒の業相を浮かべるビフロンス。
「返すぞ、オリガ」
「ええ」
受け取り、刹那にオリガの唱えるは吹雪の魔法。超越級の高速詠唱。
『ガアアアッツツ!!』
それは周囲の悪魔ともども、ビフロンスを薙ぎ払う。
「限界ですね。あれだけ損傷を受ければ、あの身体、もう使い物にならないでしょう」
アルフレッドの見立てた通りだった。その肉体、人として生きていた頃はマカールと呼ばれていた男の倒れた身体から、異質な物体が浮き上がってきた。それは、人間の頭部が歪んだような、気味の悪い怪物で‥‥。
『人間共ガア‥‥!!』
「消え失せるです、化け物!!」
ビフロンスには、もはや先のような敏捷性は無く。葵が渾身の一刀にて、その魔を断った。一体の悪魔の掃討が終わったことで、周囲の兵達もまだ戦いの続く場へと散っていく。
冒険者達も動こうと‥‥。
――トッ。
「皆さん、緊急連絡でやす。多数のドラゴンがここから北側に‥‥」
「伝助か。‥‥待った」
――ザッ。
「ようやく‥‥か」
その場に、新たに三つの影が現れる。一つは味方の伝助だが、他の二つは‥‥。
「安心しろ。やる気はねえよ。これから、大事な人を弔ってやらなきゃなんねぇからな」
グリフォンより降りて姿を見せた敵は、クレリックのガヴリール。剣士のディマス。どちらも、マカールと縁のあった男。
「こんなにされちまって‥‥」
彼らは敵だと分かっている。だが、人としての何かが、冒険者達の攻撃の意志を止める。
「ふん‥‥何だか知らんが、お前達なんぞを眺めているほど私達も暇では無い。皆、さっさと行くぞ。伝助、道すがら詳しい情報を話してくれ」
デュランの言葉で、冒険者達はその場を後にする。
それは、この世のものとは思えぬ光景だった。
『竜の翼の力、存分に使わせてもらうわ』
『貫き穿て、天の轟雷!』
凄まじい光と轟音が、一直線上にあった悪魔の群れを殲滅する。それは、青き竜、サンダードラゴンと化したシオンとイグニスより解き放たれた雷のブレス。
『何と力に満ちた肉体。これが竜というものか!』
アガルス・バロール(eb9482)もまた、サンダードラゴンへと変化している。その脅威的な飛行速度と強大な爪によって、次々と空の悪魔達を切り裂いていく。彼らの変化した竜の体は魔力を帯びているようで、その物理攻撃は悪魔達にも有効だった。
「くっ。何故、これほどの数のドラゴンが‥‥!?」
敵陣の一端に、グリフォンを駆るデビノマニの男、ガルディアの姿があった。予想していなかった状況に驚きを隠せぬといった様子だ。
『皆が信じる未来を、僕は絶対に守ってみせる』
白き竜、ブリザードドラゴンと化した雨宮零(ea9527)の牙が、地を這う黒き影を喰らう。白き竜が吐き出すは、その名の通りの猛吹雪。不思議なもので、竜の姿になった途端、本能的な感覚で、自然とこの姿での戦い方が分かった。
『いけます‥‥!』
『まだ、終わりじゃないわ』
バーニングドラゴンは赤き竜。ロッドとリディアの変化したそれは、強靭なる鱗をもって悪魔達の攻撃をはねのけ、灼熱の炎のブレスをもって、地獄へと送り返す。
「これは‥‥!」
「グラビティードラゴンの説得に成功したのか」
『ええ。そうです』
驚くオリガ達とヤコブ大公らの上空。黒き竜、シャドウドラゴンとなったリンの声である。その近くに、グラビティードラゴンの姿もあった。
「私達の説得には全く応じなかったくせに、どういう風の吹き回しだ?」
デュランが訊ねる。
『別に、今も人間の味方になったつもりは無い。ただ‥‥私のようなものに何度も声をかけ、恐れもせず近づき触れようとする。そんな姿を見るうち、お前達を疑い続ける己のありように、少し疑問を持った。どちらにせよ、悪魔どもの相手にも飽きていたところ。少しばかり、お前達に戦わせるのも面白いかもしれん』
やれやれと、首を振ったのはセイル。
「何て言うか、素直じゃねぇな‥‥」
「同感です。でも、今はそれで構わないでしょう」
マグナスは笑って、そしてすぐに表情を引き締める。
「頼みますよ、オリガさん」
ミラが盾を構え、オリガの前に立つ。
「結界を展開します。最悪の備えはしてありますので、私に構わず、さあ」
泰山府君の呪符を懐に確かめて、アルフレッドは聖なる結界の詠唱に入る。
その前方、早速と一匹のグレムリンが襲ってきたが‥‥。
――ゴッ!!!
巨大な竜の尾が、悪魔を大地に叩きつけた。緑の竜。ラザフォードが今しがたグラビティードラゴンに頼んで変化した、クエイクドラゴン。
『ほう。これが、大地の竜の力か。‥‥自分達のことながら、よくもまあ、こんなのと戦ってきたものだ』
人の身であった時は、一撃を受けるのも危険だった悪魔達の爪が、クエイクドラゴンの姿となった今は、まるで蠅の止まったようなもの。力強く翼を羽ばたかせれば、それだけで悪魔達の小さな体が風圧によろめく。まさに、圧倒的な力の差。
「姿だけとは言え、あの竜に助けられるのは、ちょっと複雑だな。でも‥‥」
ブレイン・レオフォード(ea9508)は、前線で遊撃に動いていた冒険者の一人。仲間達とキングスエナーの到着を聞いて、オリガ達に合流していた。
「竜達の出現に悪魔達が動揺している、今の状況なら‥‥」
「ええ。一気に決着をつけます」
四十秒の長時間詠唱。儀式めいたその魔法の言の葉は、自然と己が内より出でてくる。世に満ちる六大精霊の力が、オリガの元へと集まってくる。
何人かの冒険者が王国の兵達に巻き込まれぬようにと撤退を促し始めた。近辺は、キングスエナーの発動に耐えうる体力の持ち主か、魔法具の主。あるいは竜と化した冒険者、そして無数の悪魔やそれに従う悪魔信奉者達。
ここからの僅かな時間が、この戦の勝敗を最も左右するだろう、運命の分岐点。
『すごい量の魔力が一箇所に集まってるわね。放っておくと危険よ、レル』
「もしかして、前の戦いで見た光の‥‥? させない!」
白い獅子に寄り添われた、女魔術師レルが放つ巨大な火球が、オリガへと飛ぶ。
「ぐっ、この威力は‥‥!」
アルフレッドの結界が砕け、爆風が広がる。しかし、大半の威力は削がれており、オリガには無傷で耐えられる範囲。逆に、レルの元に飛ぶ騎士がいた。マグナス・ダイモス(ec0128)。
「以前の借り、ここで返させてもらいます!」
パラスプリントによる瞬間移動。背後よりの完全な不意打ち。手にした剣は女を背中から刺し貫いた。
「きゃああああああっ!!」
『レル!? よくも!!』
気づいてその悪魔獅子、ヴァブラがマグナスの腕を襲う。だが、もう遅い。レルに息は無い。
「くっ!!」
深く腕に突きささる悪魔の牙。痛みを耐えて、振りはらう。マグナスはあらためて悪魔に対峙した。
しかし、この間に敵にも次の動きがある。
――ッ!!
天より降りた光が不意に、稲妻の竜となっている冒険者達の包囲を抜けたのは一瞬のこと。敵の速度に全く追いつけなかった。
『やめろおおおォ!!』
アガレスが叫ぶ。その視界に映るのは金色の翼。魔法に操られし精霊ホルス。
『これ以上は!!』
『いかせません!!』
進路上にいて、竜化していたラザフォード、リンが二人で止めに入る。
『無駄だ!』
ホルスの大きさは、竜となった彼らから見えも、まだ倍以上。それも、加速による突進力をつけていて、勢いを止めきれない。
突破。身動きできぬオリガが、すぐ下に‥‥。
「やらせるかああああつ!!!」
天に腕を伸ばし、盾を突きだしたのはセイル。ホルスの突撃を受けて‥‥
「くそおおおっつ!!!」
弾き飛ばされる。まだ、止められない。だが、この僅かな時間が次に繋がる。
「まだですっ!!!」
オリガへと迫る寸前、ミラが間に合う。手には、神が生み出し全てを防ぐとされるアイギスの盾。
『ぐうっ!!!』
受け流し切った。攻撃の軌道を完全に逸らされたホルスは、そのままの勢いで上空に戻る。また攻めるか。
『そこまでです』
竜化した零達が集まり、壁となって立ち塞がる。これは、容易に力で突破できるものではない。しかし‥‥。
『いいや、終わりだ!!』
転移か。オリガの目前に、どこかから突然に現れたのは、謎の老剣士。こんな事が出来る悪魔は限られる。それは魔の王が一人、千変万化メフィストフェレス。振り上げた剣が、オリガへと‥‥。
――ギィン!!!
「させるかぁ!!」
間一髪。止めたのはパラスプリントで飛んだアンドリー。
そして‥‥。
―――――ッ!!!!
世界を覆う六色の光。重なりし精霊の歌声エレメンタラーボイス。
その膨大な魔力が、周囲の全てを薙ぎ払って‥‥。
「そんな‥‥」
光が収束した時。冒険者達の目に映った光景は‥‥。
『クク‥‥フハハハッ!! 私の勝ちだな‥‥冒険者!!』
キングスエナーを右手に、嗤うメフィストフェレスの姿。ただし、その姿は無事なものでは無い。エレメンタラーボイスを受けてボロボロの身体と、魔法の発動の中、オリガから杖を奪う一瞬に振われたアンドリーの剣に、切り落とされた左腕。
『これで、世界は我らの‥‥がっ!?』
メフィストフェレスの背を貫く、赤き刀身。
「最後の最後で油断したね。その杖は、返してもらう!!」
それは、エレメンタラーボイスの発動の瞬間に、魔法具の発動で無傷を保ちながらも、地に伏せて奇襲の機を待っていたブレインの剣だった。
もはや、魔王メフィストフェレスと言えど、消え去るだけの‥‥。
『いいや。やはり‥‥私の勝ちだっ!!』
「何っ!!」
足元より、トルネードの風。巻き上げられた天空。そこにブレインの見たものは‥‥真紅の髑髏!!
『アラストール殿! 鍵を‥‥!!』
投げられ天を舞うキングスエナー。この一瞬に、アンドリー、マグナスがパラスプリントで飛ぶ‥‥が、
――キィン!!
『諦めろ人間ども!!』
寸前に、立ち塞がる悪魔はアリオーシュ、イペス。
そしてキングスエナーは、この場で最悪の敵の手に渡る。破壊の力を司りし、憤怒の魔王アラストールの手に。
『受け取った。心置きなく地獄に戻るが良いメフィストフェレス。元より、汝はルシファー様の側近。この者達への復讐は、万魔殿にて真の力を使う時に果たせよう』
その時、メフィストフェレスの顔は狂喜に歪み‥‥同時に、その体は完全に消滅した。
『冒険者達よ。この戦もまた、お前達の勝ちだ。そして我に、もうお前達と遊んでいる時間は無い。その力で抗えるもここまでと思え。今、この手に鍵を得た以上、ルシファー様の完全なる復活も目前。お前達に希望は無い。せいぜい、待つことだ。世界の終わる、絶望のその日を』
「勝手なことを!!」
アラストールへと、一斉に放たれる冒険者の魔法、あるいはブレス。だが、グラビティードラゴンでさえ、その魔王を討ち取るには至らず‥‥。アラストールは、そのまま杖と共に戦場より姿を消す。
撤退する魔王軍。
勝利に沸く王国軍。
しかし、冒険者達は知っている。
払った代価の大きさを。
勝利が、完全なものでは無かったことを。