●リプレイ本文
暗き闇の世界に、瘴気が渦巻いていた。
身を切る冷たい風が、冒険者達の進軍を拒むように吹き荒ぶ。
けれど、長く続く戦いの、その悪夢の終わりはすぐそこまで来ていて‥‥。
その凍れる大地に、巨大な竜の姿があった。
知らぬ者達が見れば、巨大な悪魔の出現かとも思えただろう。だが、鋼鉄の鱗に身を覆われたその竜は、冒険者達と共にあった。
「グラビティドラゴン、私に影の竜の力を」
『よかろう』
リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)がその身を竜の前に現わして願うと、淡い輝きの果て、彼女は黒曜石のごとく輝く鱗を持つ、一体の竜へと変じていた。
『オノレ、ニンゲンドモ!!』
叫び、襲い来るは無数の悪魔。凍れる大地の封印より解き放たれた巨人に、異形の魔物達。それが、冒険者達と共にあった、数体の竜へと襲いかかった。一撃にて倒されていく竜達。それもそのはず。ただの灰より生まれた偽物。
だが、その内に真の竜の姿あり。シャルロット・スパイラル(ea7465)の変じた炎の竜。
『次から次へと‥‥だが、ここまでだ。さぁ、リオートぉ‥‥灰すら残さず焼き尽くすぞ!!』
傍らに寄り添うは、鬼のごとき形相の巨人。炎を纏いし者、イフリーテ。シャルロットと深き絆で結ばれた精霊である。
大きく開かれたシャルロットの咢より、吐き出されるは炎のブレス。合わせるように、リオートの手より放たれる爆炎の魔法。
飲み込まれた有象無象の魔物達は身を焼かれ、叫びを上げていく。
「いつまでも、こんな奴らに時間をくってられねーぜ。皆、進め!」
「僕達が道を開きます! さあ、行きましょう!!」
焼き払われた戦場の一角。残っていた魔物達を巨大な戟にて薙ぎ払うのは、グリフォンを駆るオラース・カノーヴァ(ea3486)。そして、鍛え抜かれた名刀を存分に振るう銀零雨(ea0579)。彼らの後に続いて、冒険者達は次々とコキュートスの先を目指して歩を進めていく。
「ここから先は、地獄の貴族や魔王の地‥‥。皆、心してかかれよ」
仲間達の背に、悪魔に抗うための神の魔法を施して、ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)は駆けてゆく皆の無事を祈った。
その悪魔達と対峙した時、ラスティ・コンバラリア(eb2363)は進んで前に立ち、同時に、仲間達に先へと進むことを促した。それに応えて、リュリス・アルフェイン(ea5640)は別れ際に、一言を告げる。
「お前のけじめ‥‥つけてこいよ」
ラスティはしっかりと敵を見据えたまま、ただ頷いて返した。リュリスや他の者達は、先へと急ぐ。もっとも、この場に残ることを選択したのはラスティ一人ではない。
「こいつには、私も用がある」
「やれやれだな。感情だけで挑むな。一人や二人で勝てる相手でもない」
「同感だな。私も力を貸すとしよう」
「自分も、助太刀させてもらう」
不破斬(eb1568)、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)、オルステッド・ブライオン(ea2449)、そしてガルシア・マグナス(ec0569)。
『随分と、好き放題にやってくれてるみたいじゃねえか。ああ? 調子こいてんじゃねぇぞ、屑どもの分際で!』
それは、醜悪にして奇怪なる異形の悪魔‥‥イペス。
「汚い口‥‥。それに、その無様な姿‥‥。でも、貴方の性根に比べればまだマシな方よ」
返すラスティに、イペスは怒りの奇声を上げた。かつての姿を知る者が見れば、同じ存在とはとても思えないだろう。
『勇ましいことだな。加えて、我らを相手に、その程度の人数で十分という判断‥‥舐められたものだ。だが、直ぐに後悔することになる』
凛として美しく。それは、清き天使の顔をして‥‥しかし、今は悪しき黒の翼をもって‥‥。裏切りと復讐の悪魔、アリオーシュが剣を抜く。そして、二体の悪魔を包むのは、本体の力を解き放ったことを意味する、黒き霧。
「では‥‥始めよう!!」
オルステッドの一声。彼の乗る天馬、セントアリシアの白き翼が羽ばたいた。
戦いの音が、広がる。
幾多の剣撃が交差し、舞い踊る闘技場のごとき光景。
そこで冒険者達が対していたのは、貴族服に黒い帽子を被り、二刀を携えた長い髭の老紳士。
「‥‥刺し、穿つッ!」
『甘い』
「‥‥なら!」
姿と気配を消して近づいたイグニス・ヴァリアント(ea4202)の一撃を、その老人は危なげなくかわすと、続くブレイン・レオフォード(ea9508)とセシリア・ティレット(eb4721)の剣を受け止める。しかし、これで両の手が塞がった。
「隙ありです!」
月詠葵(ea0020)の、ありったけの力を込めた斬撃が、悪魔の身体を捉える。
『ぬう‥‥』
「終わりです!」
よろめく身体。それを見逃さずセシリアは氷の剣を刺し、ブレインの霊刀も続き、さらには、イグニスも白き聖水で悪魔の顔を殴りかかる。
『ぐうっ‥‥!!』
呻き声を上げて後ずさる悪魔。その背後に‥‥。
「はああっ!!!」
突如として現れる騎士の姿。魔法により転移したアンドリー・フィルス(ec0129)の剣が今、悪魔へと振るわれる。超越魔法により強化された彼の、全身全霊の一撃。これで終わると誰もがそう思った。しかし‥‥。
――フッ。
「何っ!?」
剣のあたる寸前で、目の前の悪魔の姿が消える。次の瞬間に、彼の背を凄まじい斬撃の連続が襲った。
魔法や防具の魔力で固く身を守っていたアンドリーであったが、その上でなお、敵の剣は彼の身を切り裂き、大きな傷を受ける。
『ふむ、今のは少しだけ危なかったのう‥‥』
笑って言う悪魔の姿に、イグニスは己の目を疑った。
「嘘‥‥だろ‥‥」
無傷。
その悪魔の身体をあらためて見れば、先の冒険者達の全力の攻撃をまともに受けたはずの場所は、どこもカスリ傷一つ無かった。
『なかなかの演技であったろう? いやはや、そんな程度の魔力しかない武器で儂に傷をつけられるなどと、人間とは本当に浅はかで愚かよな‥‥』
「そんな程度って‥‥」
セシリアは、己の氷の剣を見直した。おそらく、今の冒険者達が手にしている武具の中では、最高峰の魔力を宿している武具の一種であろう。それが効かないなどと‥‥。
『何を驚いておるのかな? 今までにもお前達は見てきたはず。真の力を解放した上級悪魔の力が、どれほどのものか。ましてや、それが‥‥』
邪笑を浮かべて、老人はその姿を、今度は金色の髪の若き剣士に変えて‥‥。
『この僕、メフィストフェレスの力ともなれば、このくらい当然だろう?』
黄金の翼が空を舞う。光無き世界において、異質にさえ思えたその翼の周囲を、やはり幾多の翼が駆け巡っていた。
入り乱れて飛ぶ翼獣の中で、炎の鳥に啄ばまれて二つが大きく傾いた。白き鷲と、グリフォン。
「ちいっ! ヒョードル、下がれ!」
「まさか元商人が、これほどに‥‥」
デュラン・ハイアット(ea0042)は囮とした自分のペット達に指示を出す。ラザフォード・サークレット(eb0655)は目の前の敵の強さに、いささかの焦りを覚えた。
放った暴風や重力波の魔法を、敵である炎の鳥は墜ちることなく突っ切ってきた。グリフォン達は盾となって攻撃を受けた。
『どうした? 顔色が悪いぞ。‥‥まさか、もう手が無いなどと、つまらないことを言ってくれるなよ?』
炎の翼が消えると、一人の男の姿が空に現れた。それは、先の地上での闘いで死んだはずの、ガルディア。空中に浮かぶその肉体は、不安定な飛行をしているデュランのそれとは違い安定している。それは、デビルの能力の一つ。
「ふん。残念なのはこちらだよ、悪魔ガルディア。もう少し面白い男かと期待していたものを、ついに完全な悪魔に成り下がったか。所詮、その程度の男だったのならば、もはや用も無い。我ら人間が引導を渡してやろう」
高らかに宣言するデュラン。しかし‥‥。
『そんな遅くて安定しない飛行で、私達とやろうってのは命知らずよねぇ』
現れたのは、白き翼の獅子。魔法を使う者にさらなる力を与えるという悪魔、ヴァブラ。
(「くっ‥‥挟まれた!」)
焦りの感情を抑えつつ、全力で頭脳を回転させるデュラン。だが、彼の危機はすぐに救われた。
『よそ見は感心しないな!!』
『ああもう、しつこい男‥‥!!』
ヴァブラへと、雷のごとき速さで迫る竜。ジャッカル・ヘルブランド(ec3910)の変じたサンダードラゴン。
『うざったいのよ! 本体の力を使ってる私には、あんたの攻撃も魔法も通じないっての!!』
『だが、貴様の攻撃も竜になった俺の鱗には通じない!』
ぶつかり合い、もがく獅子と竜。同じような光景は、すぐ傍にも。
『離れろ!』
『いいや。絶対に離れねぇ!』
巨大な陽の鳥‥‥ホルスの翼に、一体の竜の姿。カイオン・ボーダフォン(eb2955)の変じた太陽の竜、サンドラゴン。
(『‥‥つぅ、何て力だ!! こりゃ、長くは保たねぇぞ、姉さん‥‥』)
(『耐えて下さい、カイオン。ホルスだけは、けして死なせてはいけない』)
カイオンの視線は、地上にある、オリガ・アルトゥール(eb5706)の変じたブリザードドラゴンへと向けられる。空を飛べぬ竜であるため、彼女の出来ることは、魔法による防御が主だ。ホルスの放つサンレーザーが、アイスミラーに止められる。
「くそっ‥‥。どうにか出来ないのかよ‥‥」
乱戦の様子を見せる仲間の戦闘を、リュリスは歯痒い想いを抱えたまま、地上から見上げていた。
万魔殿の直前。
そこにあったのは、圧倒的な存在感。
その周囲の瘴気は、どこか異質で‥‥。
「おいおい、何て殺気だよ‥‥。前に地上で感じた時より、さらにヤバくなってる印象だが‥‥」
セイル・ファースト(eb8642)は、己の身を包む強烈な悪意に、冷や汗を浮かべた。オーラの力で精神を昂揚させていなければ、彼ほどの冒険者でさえ、この場を逃げ出すことを考えたかもしれない。それほどに、危険な雰囲気がこの場にはあった。
「こんな出鱈目な気を放てる悪魔は‥‥やはり‥‥」
「ええ。ロシアの地を荒らしてくれた張本人。その首、ロシアの騎士である私の手で‥‥」
雨宮零(ea9527)とシオン・アークライト(eb0882)が、剣を手に、寄り添うように並び立つ。
――ッ!!!
何かが動いた。瘴気の闇の中で、おぞましい感情の波が爆発したようだった。
『我を討つと言うか。身の程を知らぬ人間どもよ』
真紅の髑髏‥‥魔王アラストールの姿が、そこにあった。
相対した若き騎士、ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)はアラストールへと剣を向ける。
「出たであるな、魔王! 皆、迂闊に奴の魅了の範囲に入らぬよう、気をつけるのだ!」
「はい!」
応えたのは、魔王アラストールに対峙するのは初めてとなるサラ・フォーク(ea5391)。白き聖水を取り出し‥‥。
――――ッ!!?
ほんの僅かの時間だった。魔王が呪文の詠唱を初めて十秒。冒険者達の視界を覆う六色の光。
「‥‥冗談だろう?」
己の身を守る防具が、その攻撃に何の意味も持たなかったことを、その身に受けた痛みで理解して、ミュール・マードリック(ea9285)は放たれた攻撃が何なのかを、嫌でも解らされた。
「第二波、来ます! 皆さん、すぐに回復を‥‥!」
己の身代わりに塵となった呪符を見て、フィーネ・オレアリス(eb3529)は傷の深いリスティア・バルテス(ec1713)へ治癒魔法を使う。回復して即座に、今度はリスティアがサラへと治癒魔法を使う。あの力の前に、結界など意味が無い。
「まさか、こんなことが‥‥!?」
驚愕の表情で、誰もが魔王アラストールを見た。
放たれる光は再び、凄まじい力で冒険者達を薙ぎ払う。
「間違いなく‥‥エレメンタラー‥‥ボイス‥‥」
「キングスエナー無しに‥‥こんな短時間の詠唱で使えるなんて‥‥」
急ぎ治癒薬を飲んで、どうにか零とシオンは命を繋ぐ。
「周り全部を巻き込む杖の時と違って、俺達のいる方向にだけ絞って力を放ってやがる‥‥。反則だろ‥‥」
一切の防御を無意味とするその力の恐ろしさを、冒険者は身をもって知っている。額に流れた自分の血と汗を拭って、セイルは勇気を奮い起し立ち上がる。
『これこそがルシファー様の陽の封印が解かれた証。そして、破壊を司りし魔王たる我の真なる力。さあ、裁きの時だ人間達よ。我が力の前に、滅び消え去るが良い』
「貴方の欲望はここで終わりよ! 滅びなさい!」
ラスティの凍れる刃の輪がイペスへと投げつけられ、斬の振るった刀が異形の身を切り裂く。だが、直撃したはずの刃は、イペスの身を傷つけることなく弾かれた。
『はっ! そんな玩具が効くか!!』
醜い鵞鳥の頭が眼前に迫ったかと思えば、ラスティの身を獅子の爪が襲う。
「ぐっ‥‥」
間一髪でかわす。だが、本体の力を解放した悪魔に、並の魔法や魔法武器では効果が無いのは変わらない。これでは嬲り殺しにされる。
「一人の力で届かなくとも、我ら人には、それを補う方法がある」
不意に、手に戻った氷の刃に魔法がかけられる。ガルシア・マグナス(ec0569)のオーラパワー。再び、ラスティは氷輪を投げる。
『があっ!? 馬鹿な!!』
それは、確かな傷跡を残して、イペスの身体を捉えた。
「イペスよ。マカール殿は武人として散った。闇に魅了されど、強き心は何人にも動かせはせぬものだ‥‥それを今見せてやろう。人は、悪魔の力になど屈しないと」
斬の刃もまた、オーラの輝きを得て‥‥。
『ふざけんな!! お前達なんぞに殺されてたまるか!!』
翼を広げ、空高く飛ぶイペス。
『馬鹿者! 戻れ!!』
叫んだのは、アリオーシュ。だが、命惜しさにイペスは聞き入れなかった。だから‥‥。
『滅びろ』
空に、一体の竜。
エルンストが身を変じたサンダードラゴンがイペスの身体を抑え、そのまま力任せに大地へと‥‥。空においては最速を誇る風の属性の竜。その速度の前には、イペスの翼では逃げ切れない。
『い‥‥嫌だ! 離せぇーーっ!』
地に待ち受けるは、刃を構えた斬とラスティ。
「終わりだ。犯した罪の重さ、その身に刻んでやろう」
『があああああ!!!』
閃いた刃の果てに、醜悪な悪魔は瘴気の闇へと溶けて消え失せた。
「あとは、貴方だけだな‥‥」
『おのれ‥‥』
オルステッドの蒼い刃を受け流すと、アリオーシュはその手より、黒炎を放った。
「はあっ!!」
ガルシアが即座に回り込んで剣を浴びせる。カオススレイヤーの刃が悪魔の身を捉える‥‥が、悪魔はスウっと一瞬で消えてしまった。先のイペスとは違う。倒した印象ではない。
「‥‥逃したか?」
「だが、深手を負わせた。あれでは、しばらく戦いには出てくるまい」
転移されては追撃は諦めざるをえない。彼らは、先へと進んだ仲間達を追った。
魔王と呼ばれる力を持つ者。千の姿をもつ者にして、全ての剣技を極めし者‥‥メフィストフェレス。その恐怖が、目の前にあった。
『さて、誰から死にたいのかな?』
「‥‥武器が通じないとか、剣技を競う以前の問題なのですよ‥‥」
葵の額に、小さな汗の滴が流れる。
「はあっ!!」
『ちっ‥‥』
再びの、アンドリーのパラスプリントによる不意打ち狙い。だがメフィストは、これを振り向きもせずに剣で受け止めた。返す刃が、アンドリーの身を貫き、弾き飛ばす。
「ぐはっ!!」
「アンドリーさん!」
駆け寄ったブレインは、手持ちの回復薬を彼に飲ませる。
「卑怯な‥‥。堂々と剣で勝負なさい!」
訴えるセシリアを、魔王は鼻で笑った。
『僕は悪魔だよ。お願いごとをするなら、代わりに魂を差し出してくれるかな?』
これが返礼とばかりに、メフィストフェレスは竜巻の魔法を起こす。凍れる大地にセシリアの身体が叩きつけられる。鍛え上げられた防具も、この落下による衝撃では意味を成さない。
「くっ、どうすれば‥‥」
「‥‥手はある」
口元の血を拭って、アンドリーは力強く、ブレインにそう返した。
そして‥‥。
『ほらほら! 無駄に足掻いてないで、早く楽になったらどうだい?』
「この‥‥!!」
かろうじて、攻撃を耐え凌ぎながら、イグニス達は反撃の機会を待つ。
そこに、メフィストの背後を狙ってブレインが飛び込んでくる。
「はああ!!」
『何だよ、まだ懲りな‥‥ぐうっ!!』
油断していたメフィストは、その剣を交わし損なう。それが仇になった。メフィストの身に、斬撃の跡が刻まれる
「やはりな。他を受けても、俺の剣だけはけして、その身で受けようとはしなかった理由‥‥」
『お前達‥‥』
ブレインの剣には、力が宿っていた。アンドリーの魔法。オーラによる強化。
「武器に魔力が足りぬなら、さらに足せば良い。それだけのことだ」
言って、アンドリーは他の冒険者達の武器にも魔法を施す。
「そうですね。そして、一人の剣では勝てなくても‥‥」
「ええ。今度こそ‥‥」
剣にアンドリーから貰った力を宿して、葵もセシリアも、残された力の全てを、その腕に込めて‥‥。
『おいおい、そんなことで、もう勝ったつもりかい? ‥‥いいよ。その希望、粉々にしてあげようじゃないか!!』
「いくぞ!!」
「うおおぉぉおッ!!」
アンドリーとイグニスが吠え、冒険者達は駆ける。
竜巻が舞い雷光が届いて、その果てに‥‥。
『さあ、これで終わりだ!!』
――ッ!!
再び、ガルディアの纏う炎の鳥がデュランへと迫る。
(「どうする‥‥!?」)
もし、ストームを放っても耐えきられれば、このままデュランは炎に焼き尽くされるだろう。狙うなら、攻撃魔法か。だが、倒しきれなければ同じだ。なら‥‥。
「大当たりか大外れか‥‥私の博打を受けてもらおうか、ガルディア!」
選んだのは、暴風の魔法。吹き荒れる風の中を‥‥火の鳥は抜けた!
『馬鹿め! 私の勝ちだ!!』
「いいや、まだだ!! 重力の魔術師の力、見くびるな!!」
ラザフォードのグラビティーキャノン。大地へと引きずる力の波が、ガルディアの身を捉える。だが‥‥。
『ぬおおおお!!!』
確実に傷は負わせている。だが、まだ止まらない。もう、炎はデュランの目の前に‥‥。
「墜ちろおおおっ!!」
最後の一手。二発目のストーム。果たして結果は‥‥。
『グッ‥‥ガアア!!』
ついに。そう、ついに‥‥。
風の前に、その翼は大地へと墜ちる。
そして、叩き落された地上には‥‥リュリス!!
「待ってたぜ、ガルディア‥‥。詫びも懺悔もいりぁしねえ。ただ惨めに嘆いて‥‥掻き消えろ!!」
『グオオオオッ!!!』
白銀に輝く光の槍は、炎の鳥を大地に突き刺し、振るわれた魔剣の一撃が、悪魔となり果てた男を切り裂いた。
『ガルディア!? ‥‥きゃあ!!』
白き獅子ヴァブラの翼を、黒き重力の波が襲った。
「さて、元商人に積もり積もった利子は払わせた。次は、そちらの番だ。今からは、この重力の魔術師‥‥ラザフォード・サークレットもお相手しよう!」
高らかに宣言するラザフォード。そして、彼らのすぐ傍でも‥‥。
『くうっ‥‥もう駄目だ‥‥』
ホルスの翼にしがみついていたカイオン。だが、ついに振り払われる。そして、この世で最も早く世界を駆ける翼が‥‥。
『‥‥っ!!』
巨大な翼に、取りついた新たな重み。黒き竜、赤き竜、そして、鋼鉄の竜。
『皆さん!?』
『間に合った!!』
オリガの視界。映るのはリュシエンヌやシャルロットの変じた竜達。そして、グラビティードラゴン。先に道を開いてくれた者達が、今度は後方から追いついてきてくいれた。
『そう簡単には自由にさせねぇ!! おい、今のうちに‥‥!!』
シャルロットが仲間達を促す。
残る問題はただ一つ。
七大罪の王の一角‥‥憤怒の魔王アラストール。
――ッツ!!!!
瘴気に覆われた世界の中で光が生まれては、再び闇へと還る。
幾度もの破壊の果て‥‥。
満身創痍で‥‥しかし確かな足で、セイル達は、まだ立ち続けていた。
「魅了されるから迂闊に近づくなって言う話だったが‥‥これじゃ、全く別の意味で近づけねぇぞ‥‥」
当初、波状攻撃を試みようとした冒険者達だったが、アラストールのエレメンタラーボイスの前に陣形がガタガタに崩れたことで、作戦は一時中断。今は距離を置き、回復と戦略の立て直しの最中である。
「あの規格外の範囲魔法を連続で使われたんじゃ‥‥」
「でも、このまま逃げていても勝てない」
シオンと零が視線をかわし、頷きあう。覚悟の合図。
「皆、死ぬかもしれないわね」
「まあ、相手が魔王では、そう言うのも今更であるな」
サラの言葉に、ヤングブラドは笑顔で応える。
泣いても笑っても、きっと全力で挑めるのは一度きり。恐怖に怯めば、痛みに足を止めれば、そこで終わりだ。その身が恐怖に震えても、心の中は精一杯の勇気で満たして‥‥。
「大丈夫です。皆さんは、死んでも死なせません」
「右に同じ。まあ、こっちは駄目かもしれないけど‥‥一回ぐらいは、皆が耐える回数を増やせるかもね」
フィーネとリスティアが言う。防御を許さぬ強大な魔法。それを受けて最も危険なのは、彼女達のような魔法使いだというのに‥‥。
「覚悟は決まった‥‥か。行くぞ!!」
ミュールの号令。一斉に魔王へと突撃をかける。
『迷いなく死を選ぶか。潔く‥‥そして、果てなく愚かな人間達よ!!』
世界が揺れる。
眩い光と衝撃と‥‥数多の精霊達の力が闇の王の元に集い、容赦なく、冒険者達の身を襲う。
この世の終わりを思わせる、凄まじい轟音のその後で、誰かの足音が消えた。誰かの倒れる音がした。誰かの叫ぶ声がした。
身体中に走る激痛に、身を焼く光に、心が悲鳴を上げる。
後少し。もう少し‥‥。そこに、魔王の姿がある。
それなのに‥‥。
『終わりだ』
虚空に、魔王の重い声が響く。始まる滅びの呪文。距離は、まだ少し遠く‥‥。
自分達の攻撃は、もう届かないのか。
否。
――ザンッ!!
『グアアアアッッツ!!!』
魔王の叫びが闇の中に木霊する。
「遅くなった!!」
唱えられた破滅の魔法の、その詠唱の完成を寸前に止めたのは、パラスプリントで飛んだアンドリーの剣。
「無事か!!」
アンドリーだけでは無い。
後方から、幾人もの声と足音。
「全く、無茶をしたものだ」
倒れた冒険者に、ヴィクトルが治癒を施す。
「攻撃を受けて完全に止まったということは、高速での詠唱までは出来ないということか」
「それならば、あれだけの人数に近づかれた状況で、エレメンタラーボイスの使用はできませんね」
冷静に状況を分析するラザフォードとオリガ。
「そう。なら‥‥私達の愛の力、あの骸骨の身に刻んでやれるってことね」
「この愛ある限り、負けない。絶対に」
最後の力を振り絞って、零とシオンが‥‥。
「冥王剣よ。最後まで俺に力を貸してくれ」
「怖いのはあの能力であるが‥‥誰が魅了されても恨みっこなしであるぞ」
ミュールと、そしてヤングブラドと‥‥。
「これで終わらせらてやる。俺の、俺達の全力‥‥受けてもらうぞ魔王!」
セイルもまた、その最後の力を両の足に込めて‥‥。
闇に覆われたはずの世界で‥‥希望が、愛が、祈りが力を生む。強く、どこまでも‥‥。
『‥‥馬鹿な‥‥我が‥‥破壊の化身たる我が、人間ごときに気圧されるだと‥‥。認めぬ‥‥認めぬぞ。我は、魔王。全てを破壊する者。人の心が、祈り‥‥我に抗うとしても‥‥その全てを!!』
魔王の放つ巨大な竜巻が幾人かの冒険者達を飲み込む。
「だあああああっ!!!」
巻き上げられた天空。盾に封ぜられし魔法の力で、セイルは魔王へと飛ぶ。振るわれた刃が、魔王を捉えて‥‥。
『グオアアアア!!』
激しい憎悪の波。振りまかれる恐怖。
「まだだ!!」
続くシオンと零に、ヤングブラド、ミュールの剣。長き黙示録の戦いの中、どれだけの苦しみを耐えてきただろうか。それが今、一つの確かな結果となって報われる。
「ロシアの大地も、世界も‥‥けして、お前達の好きにはさせない!」
『馬鹿な‥‥。我が、滅びるというのか‥‥このアラストールが‥‥!!』
光が、炎が、雷が‥‥。
幾多の魔法と剣が、魔王の身体を貫いて‥‥。
『グウゥ‥‥ガアアアアアアアアッーーー!!!!!』
地獄中に響き渡るほどの、断末魔の叫びの果て‥‥今ここに、魔王アラストールは討ち果たされる。
「や‥‥った‥‥」
誰とはなく、互いに顔を見合わせて‥‥。
「「「「「うおおおおおおーーーーーっ!!!!!」」」」」
勝利を喜ぶ冒険者達の声が、天地を揺らした。
ここに冒険者達の大きな戦いが一つ、その幕を閉じる。