祝福の鐘の下で

■ショートシナリオ


担当:BW

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月11日〜09月16日

リプレイ公開日:2009年10月28日

●オープニング

 一人の青年がキエフの街を歩いていた。
「ふう‥‥」
 その青年‥‥雨宮零(ea9527)は、街を行き交う人々の、活気ある様子を眺めながら、小さく息を吐いた。ただ、それは人波に酔ったわけでも、歩き疲れたわけでもない。
 今、彼の心の中は、ある一つの事で一杯になっていた。その、締め付けられるような胸の内から、一つの言葉が漏れた。
「シオン‥‥」
 呟いたのは、恋人シオン・アークライト(eb0882)の名。愛しい恋人であり、長い戦いを共に闘い抜いてきた戦友であり、この世でただ一人‥‥零が一生を共にありたいと願った相手。
 そして、つい先日、その願いは受け入れられた。二人は結婚を‥‥皆の前で、神の下に永久の愛を誓うことを、約束した。
 長く続いた黙示録の戦い‥‥それが終わり、冒険者である彼らに一時の平穏が訪れたということもある。
 だが、それ以上に、二人の間に芽生え、日増しに強くなっていったこの想いが、一つの形として実を結びたがっていた。
 もうすぐ、それは神聖なる儀式の中で‥‥。
「零!!」
 ――ビクッ!
 突然に名を呼ばれて、零は心臓が止まるのではないかというほど驚いた。それが、今想い描いていた彼女‥‥シオンその人であればなおさらだ。
「もう! やっと見つけたわ! ねえ、大変なの!!」
「えっと‥‥何かあったの?」
 血相を変えて走ってきた恋人の横顔に、こんな時でも見惚れてしまう自分に呆れつつ‥‥しかし、次のシオンの一言で、そんな零の思考も消し飛ぶ。
「私達の結婚式を予定していた教会が、デビルの群れに襲われてるのよ!!」

 昨今、地獄にて繰り広げられた黙示録の戦いの後、悪魔達の手から取り戻した人々の魂を、持ち主の元に返そうという動きがキエフの教会や修道院を中心に行われていた。
 現在、この教会にもその魂の一部が運ばれていたのだが、悪魔達は、それを狙って姿を現した。白昼堂々、まさに神をも恐れぬ所業である。
『無駄な抵抗だな。大人しく、地獄から運ばれた魂を引き渡して逃げれば良かったものを‥‥』
 その悪魔、アリオーシュは空に浮かび、眼下で繰り広げられる配下の悪魔達と教会のクレリック達との戦いを、冷たい笑みを浮かべて眺めていた。
『我ら悪魔が地獄にて受けた屈辱‥‥存分に味あわせてやるぞ、人間ども‥‥』

 その日、ギルドに新たな依頼が張り出された。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea6226 ミリート・アーティア(25歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0655 ラザフォード・サークレット(27歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb0882 シオン・アークライト(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 その瞳で、言葉で、重ねた手で‥‥。
 互いに、永久の愛を。
 共に、これからの長き時を。
 その誓いを、今ここに。

 白き教会の門に、夥しい数の黒き翼が群がる。
 結界を張り巡らし、聖なる光を放って応戦する聖職者達の姿。しかし、悪魔達は圧倒的な力の差をもって、神の僕達を押し潰さんとしていた。
「くっ‥‥何ということだ‥‥。悪魔どもめ‥‥」
『ギャハハハッ!! サッサト、タマシイヲ、ワタセ!!』
 愉悦の表情で舞い踊るインプやグレムリン達。
 しかし、その悪魔の饗宴は間もなく終焉を迎えることとなる。
「大事な結婚式が控えてるのに‥‥無粋だよね。お邪魔虫さん達には、痛い目にあってもらおうかな」
 呟きの後に、その声の主より放たれるは幾多の閃き。矢の雨が降り注ぎ、幾つかの黒翼が空より墜ちて消える。
『ナンダ、ナンダ!?』
『ジャマヲスルノハ、ダレダ!?』
 教会へ向けられていた悪魔達の視線が、放たれた矢の元を見れば、そこにいたのは天使の弓を携えた一人の少女。名をミリート・アーティア(ea6226)。彼女だけではない。
「かつて、偉い人はこう言った。人の恋路を邪魔する者は‥‥取り合えず滅びておくがいい!」
『グギャアア!?』
 ラザフォード・サークレット(eb0655)の放つ重力波に飲み込まれて、悪魔の群れの中に道が開かれる。
「切り込みます!」
「了解!」
 黒い陣羽織を風に揺らして、駆け抜けるのは雨宮零(ea9527)。それにマナウス・ドラッケン(ea0021)やオリガ・アルトゥール(eb5706)が続く。
『ジャマナヤツラダ!!』
 走る零達へと、空から襲いかかろうとする小悪魔達。だが‥‥。
「行かせない!」
『ナニィ!?』
 空を一羽の巨大な鷲が‥‥いや、それは鷲の頭と翼を持った馬の魔物ヒポグリフ。その背には、厚い刃の野太刀を片手で自在に振るう女騎士、シオン・アークライト(eb0882)の姿があった。素早いヒポグリフの動きで翻弄し、空の悪魔達を次々とシオンは切り払っていく。
「さて、躾のなっていない子達には、きついお仕置きを与えないといけませんね」
「同感だな。こういう連中には早々に退場願おう。可愛いシスター達も怯えているんでね!」
 オリガの手より激しい吹雪が放たれると、巻き込まれた悪魔達は次々と消滅していく。かろうじて難を逃れた悪魔達も、マナウスの剣閃が舞う度、一つ、また一つと、その姿を消していく。ここに集った冒険者は皆、武勇で名を馳せ、あるいは壮絶な黙示録の戦いを乗り越えてきた猛者ばかり。ただの小悪魔達に、早々後れはとらない。
 だが、その枠を遥かに超えた強大な悪魔もまた、この場所にいた。
 突如、生まれ出でた漆黒の業火が、次々と冒険者を襲う。
「くっ、これは!?」
 零は身を焼く炎に耐えながら、それを生みだした空間へと目を向ける。小悪魔の群れの中に、異質な‥‥格の違う殺気を放つ存在が、そこにあった。
「そこっ!」
 放たれるミリートの矢。そして、敵の視線がそれに向いたのを確かめて、マナウスの槍が隙を狙うように投げられる。
 しかし。
『無駄だ』
 瞬時に張られた闇の結界に阻まれて、冒険者達の攻撃が弾かれる。
「こんなところで、また逢うことになるとは思いませんでしたよ‥‥アリオーシュ」
『それは、こちらの台詞でもあるな。アラストール様を滅ぼし、ルシファー様の復活を阻止し‥‥そして、今また我が前に立ち塞がるか。冒険者よ』
 零の言葉に憎悪の視線を返して、その端正な顔立ちの悪魔、アリオーシュは結界より出る。
『ここにはキングスエナーも、グラビティドラゴンの存在もない。地獄での借り、今ここで‥‥!』
 ――ギンッ!!
 悪魔の言の葉を遮るのは、交差した鋼の音。シオンの振り下ろした刃を、アリオーシュが戦斧で受けた。
「もし、私達の力を他人や道具頼りだったと過小評価しているなら、今すぐ考えを改めることを奨めるわ」
『随分な口をきくな。一時の勝利に酔って、実力の差も見えなくなったか』
 ――ドンッ。
「まさか。少なくとも戦場から二度も尻尾を巻いて逃げた臆病者に今更に怯える理由は無い。‥‥そうだ。弱者は弱者らしく、たまには下から物を見てはどうかな?」
『言ってくれる‥‥』
 力でシオンを押し退けたアリオーシュに、背後からラザフォードが重力の枷を放つ。
「そろそろ、貴方の顔も見飽きたところなんですけどね」
『それは、こちらも同じだ』
 オリガの放つ超高速の水弾。しかし、通常の物質である水弾を受けても、アリオーシュは無傷。
 周囲の悪魔達の存在もあり、空と地上で繰り広げられる乱戦が続く。
 特に大きく乱れたのは、教会の聖職者達である。
「アリオーシュだと‥‥。あんな高位の悪魔が‥‥」
 他の悪魔に比べ、遥かに強大な力を持つ上級悪魔の出現に、うろたえる者は少なくなかった。
「ああ、神よ。どうか、我らを助けたまえ‥‥」
 不安そうな表情で、天に祈りを捧げるエルフのシスター。そこに、マナウスはこう声をかける。
「シスター。そんな顔をしてはいけない。こんな時こそ、人を支える立場にある者は笑っているべきだ。希望ってのは、そういうとこから生まれるもんだろ」
 柔らかな、しかし力強い眼差しで。マナウスは穏やかに笑みを浮かべ、彼女にそう告げた。ほんの少し、シスターの頬が赤く見えたのは、気のせいだろうか。
「墜ちなさい!」
『ちいっ‥‥!』
 冒険者は諦めることなく、アリオーシュに攻撃をかける。中でも、アリオーシュが警戒したのはミリートの放つ矢の連射だろう。下級の悪魔達を盾にしながら、悪魔法を要所で使い何とか凌ぐ。思えば、黙示録の戦いで最も力を増したのは彼女達のような弓の使い手かもしれない。
 敵の弱点を探し、行動を読み、そして正確に射抜くことで一撃必殺にもなりえた弓だが、それを成すには深い知識が必要で、実際、眼前のアリオーシュにミリートやマナウスが弱点狙いの攻撃を仕掛けても、命中率を下げる上に成功率も極めて低い。しかし、そういった技を駆使せずとも、それを補うだけの攻撃力が今の彼女達にはある。
「そこだっ!」
 ミリートの矢に注意を取られ過ぎたか、マナウスの投げたダガーがアリオーシュの肩を掠めて切り裂いた。
『ぐっ、おのれ‥‥!』
「まだよっ!」
 上方より振るわれるのは、シオンの一刀。その剛の剣に押されて、高度を下げるアリオーシュ‥‥そこに、飛び込むのは零!
「はあああっ!」
 交差する刃。その果てに‥‥。
 ――ザンッ!!!
『‥‥侮っていたのは、我の方か‥‥』
 大きく切り裂かれた傷口より、ゆっくりと虚空に融けるように、消えゆくアリオーシュの身体。
『‥‥だが、覚えておけ人間よ。命限りある者達よ‥‥。幾千、幾万の時を経て、我らは再び力を蓄え、必ず‥‥』
 消え去る悪魔の言葉を聞きながら、ラザフォードはこう返す。
「何度、来ようと同じことだ。この世界は、お前達のものになどさせんよ」
 
 こうして、冒険者達の活躍により悪魔達は退けられた。そして、教会の人々は本来の、自分達がやるべきことを始めた。
 そう、シオンと零の結婚式の準備だ。冒険者達もただ待つよりはと、積極的に手伝う。
「フ〜ン♪ フフ〜ン♪」
 そこかしこに残る戦いの傷跡を、ミリートは丁寧に片づけていく。つい鼻歌など交えて、とても楽しげだ。
「ありがとう、ミリート」
「本当に。こんなことまで手伝っていただいて‥‥」
「どういたしまして。やっぱり、こういうのは綺麗なところでやりたいもんね♪」
 シオンと零が揃って礼を述べる。こんな時も二人一緒。すると、その様子を高いところで作業しながら見ていたラザフォードは、連れてきていた妖精においでおいでをして、二人を指差して、呟く。
「見ろリトス、あれが巷で噂のバカップ‥‥」
 そこまで言いかけて、ふとシオン達の後方のマナウスが視界に入った。どういう経緯か、周囲を若いシスターに囲まれていた。何やら、楽しそうな表情で話している。だが、確か彼には、何やら問題のある関係ながら、既にイギリスに心を通わせた人がいるのではなかったのか。そう言えば、ミリートもジャパンに想い人がいると聞いているし、オリガは既婚者であったはず。
 あれ‥‥もしかして、この中で‥‥。
「さて、仕事に戻るか」
 教会の真っ白な壁に向き直った。
 何故だか、目頭が熱かった。
「く‥‥悔しくなんかないんだからね!」
「さっきから、何をブツブツ言っているんですか? ちょっと気味が悪いですよ」
 下から放たれたオリガの言葉が、胸に痛かった。

 ――そして、その日が訪れる。
 壇上には、神父と正装した零。
 周囲を包むのは、厳かな音楽と讃美歌。
 教会の窓から注ぐ光が、道を照らす。
 そこに、導かれるように‥‥。
「わぁ‥‥」
 奏でていたリュートの手を少しだけ止めて、思わずミリートは感嘆の声を漏らした。
 開かれた扉の向こう。
 現れたのは、純白のドレスに身を包んだシオン。戦場で剛剣を振るう、勇ましい女騎士としての姿は微塵もなく、ただ、一人の美しい乙女が、そこにいた。
 それに付き添うのは、誰であろう。チェルニゴフ公国の大公ヤコブではないか。招待を受けた大公が、シオンの父親役を引き受けていた。
(「まさか、お出で頂けるとは‥‥。まだ、公国の方は大変でしょうに」)
 実際、この式が終われば、大公はまたすぐに公国に戻るのだという。それでも、国を救ってくれた恩ある冒険者達の結婚式に出席するために、何とか時間を作って参列してくれていた。
 祭壇を前に、立ち止まるシオン。その手は、大公から新郎である零の手に引き継がれる。壇上で、見つめ合う二人。
 降り注ぐ暖かな光。そして、神父の祝福の言葉が紡がれ、誓いの言葉が綴られて‥‥。
 神の前で、指輪の交換。口づけ。永遠の愛を誓う二人。
 頭上より、白い羽がゆっくりと舞い降りて‥‥。
 盛大な拍手。教会の前の長い階段。参列者達から、投げられるフラワーシャワー。
「‥‥愛してるよ、シオン。これからもずっと‥‥」
「零‥‥。私も‥‥わっ!」
 おお、と上がる歓声。零がシオンを抱え上げたのだ。俗に言う、お姫様抱っこ。
(「いいなあ。私も、いつかエドくんと‥‥」)
 遠く離れた中々会えない恋人をミリートが想った、その時。
「ミリート、受け取って!」
「え‥‥わわっ!?」
 シオンの手にあった花束が空を舞って、ミリートの手の中へ。
「期待してるから、頑張って!」
「あ、え、えっと‥‥!! 結婚おめでとさんだよ。ずっとずっと幸せにね♪」
 顔を真っ赤にしたまま、祝福の言葉で返すミリート。
「零さん、ご結婚、おめでとうございます」
「アニーシムさん。良かった、来てくれたんですね」
 彼、アニーシムは以前に零が縁のあった冒険者である。強くなりたいと願い、そのための道を探していた彼に、零は剣術の指南をおこなった。
 あれから彼も色々とあったらしいが、無事に今でも冒険者を続けており、剣と弓を敵に応じて使い分ける戦士で、なかなかの実力者として人々に知られる冒険者になっていた。
(「皆が笑える状況、祝福されている事ってのは良いものだ」)
(「ご結婚本当におめでとうございます。貴女達のこれからには、きっと素晴らしい未来が待っていますから。‥‥あなた。世界はこんなにも幸福に包まれていますよ」)
 マナウスとオリガが、暖かな眼差しで二人を祝福する。
 こうして、式は順調に終わりを‥‥。
「さて、そろそろ第二幕を始めましょうか」
「じゃあ、零はこちらに‥‥良い『ドレス』を用意してあるんですよ」
「‥‥え?」
 その後。
 新郎が新婦に、新婦が新郎に変わったその式では、新郎以上に綺麗な新婦に感動と爆笑の入り混じった大歓声があったとか。

 何はともあれ、今日、ここに一組の夫婦が誕生した。
 シオンと零。二人の行く末に、幸多からんことを。

 なお、余談ではあるが、式の第二幕。冷やかしの度を超えたセクハラ発言を行った金色の髪のエルフが、参列者の女性陣に捕まってボッコボコにされたとか。