●リプレイ本文
ケンブリッジ。
勇敢なる冒険者を、稀代の魔術師を、あるいはまた別の何かを目指し、人々が集まる場所。
その胸に多くの夢と希望を抱く学生達。
それらを害する者達は、何故、そのような行動に及んだのか‥‥?
答えはまだ見えない。
だが、今、分かっている事が一つだけある。
それは‥‥。
「絶対とっ捕まえてやるんだから!」
力強く拳を握り締め、イリア・イガルーク(ea6120)は叫んだ。
彼女はケンブリッジ魔法学校の生徒の一人。今回の事件は他人事として片付けられるものではない。
自分と同じくらいの年頃の学生達だけでなく、もっと幼い年頃の者達まで無差別に襲われているという今回の事件。
犯人のやっている事は、彼女にとって、到底許せるものではなかった。
「ええ。私もケンブリッジの生徒の一人として、今回の一件は放っておけませんわね」
そう言ったのはヴィオレッタ・フルーア(ea1130)。彼女もまた、魔法学校に通う生徒の一人だ。
穏やかな外見とは裏腹に、その胸の内には彼女のもう一つの名、『望火の天使』を彷彿とさせるような、激しい炎が燃え盛っているに違いない。
そして、その内に炎を秘めた者がもう一人いる。
「‥‥やっと部に帰ろうと思ったら‥‥今度は追い剥ぎ? ‥‥必ず灼く」
彼女の名はラフィス・クローシス(ea0219)。彼女もケンブリッジの学生の一人であり、魔法学校においては、独自に発足した魔法研究部の部長も務めている。
先の記述を訂正しよう。彼女はその炎を秘めてなどいなかった。既に彼女の全身は、触れば火傷するかのような熱い闘志で覆われている。
その思いは、周囲の仲間達にも伝わっているようだ。
「そう熱くなるな。冷静さを失っては、いらぬ事で失敗するかもしれんぞ。もっとも、連中のやり方が気に入らないのは俺も同感だがな‥‥」
あくまでも冷静でいるべきだと、仲間達に諭したのは羽紗司(ea5301)。
とは言え、彼自身もその心中は皆と同じ。
「ほんっとに、イジメとか嫌になっちゃうわねぇ。ダサすぎぃ」
やれやれ‥‥と溜め息をついたのは、卜部こよみ(ea8171)。
実は彼女、ケンブリッジに興味はあるそうだが、今はまだ、冒険者のみを生業としている。
気が向いたら、入学するつもりなのかもしれない。
「とりあえず、連中が活動してそうな場所へ行ってみようか?」
それはデュノン・ヴォルフガリオ(ea5352)の言葉。
神聖騎士でありながら、あえて鎧の類を外して軽装になっている。
その理由は、今回の彼が担う重要な役割に関わっている。
それについてはまた後ほど。
「そうだね。色々と危険だと思うけど、よろしく頼むよ、デュノン」
デュノンの周りをゆっくりと飛ぶシフールが一人。彼はボラル・ハグアール(ea8408)。
犯人達を捕まえる時のためであろうか、その手にはしっかりとロープが握られていた。
何はともあれ、動き出さなければ始まらない。
彼らはゆっくりと、事件の解決に向けて動き出した。
ギルドを出てしばらく歩くと、彼らは冒険者街へと辿り着いた。
目的は一つ。囮を要してケンブリッジ狩りを誘い出す事だ。
そして、この囮役を務めるのがデュノンなのである。
「さぁ‥‥、どっからでも来いってんだ」
ふらふらと、より人通りの少ない路地へ向かってひたすら歩き続ける。
他の仲間達は、彼をできるだけ離れた位置から見守っていた。
ただし、そこは複雑に入り組んだ路地。少しでも気を抜けば、囮のデュノンの姿さえ見失いかねない。
ここで活躍したのが、ボラルの『テレスコープ』だ。
かなり離れた位置からでも、デュノンの様子を確実に把握できた。
「つかさ、近いトコでデュノンつけてたら一発でバレるだろ? 離れてなきゃ尾行の意味ないじゃん」
とは本人の弁。まったくもってその通りだ。
他にも、イリアが『ミミクリー』で鳥に変身して上空からデュノンの姿を捉えていたし、ヴィオレッタも『インフラビジョン』でデュノンを見失う事なく距離を取って彼を追跡していた。
仲間達が懸命に監視を続けるその一方で、司がなにやら頑張ってこよみを説得している。
「‥‥というわけだから、その馬はさすがに置いていくべきだと思うぞ」
「え〜。でもさぁ、それだと犯人達を追いかける時に困らないかなぁ?」
こよみは、犯人達に逃走された時のためにと、自分の馬を連れてきていた。
これに対して、あちこちから放置された木箱など運んで身を隠す場所を設置したり、周辺の人間に怪しい動きがないか確かめたりと、それはもう必死に動き回っていた司が、目立つ事この上ない馬を放っておけるわけも無く‥‥。
「もう一度言うが、いくら何でも目立ち過ぎる。だいたい、こんな狭い路地で馬を思い通りに走らせられる自信があるのか?」
「うっ‥‥そう言われるとぉ‥‥。仕方ない、諦めるよぅ」
こよみの乗馬はまだまだ初心者の域。
とてもじゃないが、馬に乗ったまま狭い路地を縦横無尽に駆け巡るのは無理がある。
犯人が一直線の道を逃げ続けてくれるのならいいだろうが、それは都合良く物事を考えすぎだ。
「そっちの話も纏まったところで‥‥いよいよ来たみたいね」
ヴィオレッタのその一言で、冒険者達の間に一気に緊張が走る。
「あいつらね。ふふ‥‥長旅の憂さ、ここで思いっきりぶつけてやるわ‥‥」
何とも恐ろしい上に理不尽な台詞がラフィスの口から聞こえた気がするが、ここはあまり深く追求しない事にしよう。
「その、部員‥‥いや、部長章か? お前、ケンブリッジの学生だな?」
そう言って近づいてくる数人の男。
あまりに簡単に目当ての魚が引っかかった事に、デュノンは内心ほくそ笑んだ。
「だったら、どうする?」
両の手にクルスソードとシルバーナイフを構え、身構えるデュノン。
場所は狙い通り、狭い路地の袋小路。逃げ場がないのは両者同じ。後は、仲間達が駆けつけてくれるのを待つばかり。
「どうした? かかって来いよ?」
ぱっと見た限りでは、相手の中に厄介な魔術を使うものがいるかどうか分からなかった。
ここは慎重にいかなくては‥‥と考える。
そのデュノンの様子を見て、一人の男がニヤリと笑った。肩までだらしなく伸びた金色の髪と、紅い瞳が特徴の若い男だ。
「お兄さん、勇ましいね〜。けど‥‥」
「な!?」
その動きは、デュノンから見えなかったわけではない。油断していたわけでもない。だが、対応しきれなかったのも又、事実。こちらが攻撃する間もなく、男の放った拳の一撃は、デュノンの腹部に直撃した。
「がっ‥‥!」
胃の中の物が逆流してきそうになるのを必死に堪える。まともに言葉を発するだけの余裕もない。膝をつき、苦しみに悶えるデュノンに対し、男は一言呟いた。
「‥‥弱っちいねぇ」
ケンブリッジ狩り。彼らは無差別にケンブリッジの学生達を襲っていた。
そう。強い者も弱い者も関係なく、彼らに出会った者は全てその餌食になっている。それ相応の実力を持っている事は、予想して然るべきだった。
「がっかりさせてくれるぜ。人様の期待を裏切るとどうなるか、今からその体にたっぷりと教えてやるよ」
その言葉が合図となったのか、邪悪な笑みを浮かべつつデュノンに迫る男達。
「さあて、どう料理してや‥‥があっ!」
突如、男達の後方から爆音が上がり、数人の男達が突然悲鳴を上げ、地面を転げまわった。
「そこまでよ、悪党ども!」
ビシッ!と男達を指差し、高らかに叫んだのはラフィス。
地面にうずくまる男達を見てみれば、その背からは煙が上がり、黒く焦げた衣服の下に焼け爛れた皮膚が見える。
どうやら、ラフィスが放ったファイヤーボムのダメージを、もろに受けたらしい。
「‥‥ちょっと派手にやりすぎじゃないか?」
「いいの! これくらいやらなきゃ気がすまないし!」
司の抗議にもラフィスは平然と答える。
「な‥‥見張りの連中は何をやってやがる?!」
「ああ、この人達の事? ちょっと『ダークネス』で視界を封じたら、後は簡単だったよ」
ご丁寧に、敵の質問にちゃんと答えたのはイリア。
その手にあるロープの先には、見張りにあたっていた二人の男が縛られていた。
実は、見張りをしていた男達に対して『ダークネス』の有効範囲まで近づくのが難しいという問題があったのだが、ここでも『ミミクリー』が役に立った事は、一応記しておくとしよう。
「デュノンさん、大丈夫!?」
地面に蹲ったままのデュノンの姿を確認すると、ヴィオレッタは急いで駆け寄り、自分の持ってきたリカバーポーションを飲ませ始める。
「ちぃ‥‥、走れ! お前ら!」
先ほどデュノンを殴り倒した男のその声を聞いて、一斉に逃げ出そうとする。
「「待ってましたぁ!」」
それは、こよみとボラルの声。
二人でタイミングを合わせ、男達の逃げ出す道の地面に仕掛けておいたロープをピンっと張る。
とっさの事に反応できず、次々に転ぶ男達。
「邪魔だぁ!」
だが、それにかかった仲間を踏み台にして、ロープの罠を突破した者がまだ二人。
「逃がすか!」
一方の男に司が迫る。
司はこと格闘においては、あと一歩で達人の域に迫ろうかという実力者。
組み付かれた男は瞬く間に地に伏す事となった。
だが、最後に残った一人。デュノンを倒した男だけは、包囲の網を潜り抜けてしまう。
「そうはいかないわ!」
逃げた男の前方に、ヴィオレッタのファイヤーウォールが発動する。
しかし、男は迷うことなくその炎の壁に飛び込むと、火傷を負いながらも、そのまま複雑に入り組んだ路地の向こうへと走り去ってしまった。
数分後。
逃げた男以外の連中は全員、冒険者達の手によってロープで縛られ、なおかつ、その場で厳しい尋問を受けていた。
「泣け、叫べ、喚け。這いつくばって神様にでも命乞いしやがれ」
すっかり回復したデュノンも加わっている。
「素直に黒幕を吐いてくれれば、こんな苦しい思いはしなくて済むぞ?」
言って、男達を殴りつける司。
すでに犯人達の体はボロボロの状態だ。
しかも、こよみの手によって服を脱がされ、ほとんど裸の状態。
尋問を通り越してすでに拷問だ。
だが、男達は一向に口を割ろうとしなかった。
「いいわ。これが最後のチャンスよ。あんた達がどうやってケンブリッジの学生達を見分けたのか、白状してくれない? でないと、私のボムが暴発しそうなのよねぇ?」
ラフィスの鬼気迫る脅迫。
しかしながら、これにも男達は最後まで動じなかった。
仕方なく、冒険者達は自分達の手で彼らから情報を聞き出す事を諦め、彼らの身柄をギルドへと引き渡す事にした。
後日、ギルドの手によって一つの真相が明らかになる。
ケンブリッジ狩りを行っていた男達は、いずれも以前ケンブリッジに通う学生であった事が判明したのだ。
だが同時に、彼らは長い間ケンブリッジを訪れておらず、現在の学生達を自分達だけで把握していた可能性が極めて低い事も明らかになった。
これにより、何者かが裏で糸を引いているのでは‥‥という一部で囁かれていた仮説は、より現実味を帯びる事となる。
残念ながら、その件に関しては依然として調査中との事だ。