攫われた妹――レム
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:BW
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月28日〜12月03日
リプレイ公開日:2004年12月07日
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●オープニング
――学園都市ケンブリッジ
幾つもの学び舎が建てられ、様々な人々が勉学に勤しむ町である。
この巨大な学園都市はハーフエルフを受け入れる事を宣言した。
――ハーフエルフ
少なくともイギリスの民は、彼等が迫害の対象とされている事を知っている。
ジ・アースでは、混血種を禁忌に触れた存在として忌み嫌う傾向があり、狂化という身体的特徴が神の摂理に反した呪いといわれているからだ。
では、ケンブリッジに何故ハーフエルフが暮らしているのか?
「学問を受ける者に例外はないのです!」
――生徒諸君よ、平等であれ!
学園理事会の言葉であった。ケンブリッジは寛大な町として、評価される事となる。
しかし、学校とは閉鎖された小社会だといわれるものだ。
光の当たらない場所で、ハーフエルフ達は苦汁を舐めているかもしれない――――
学園の一角、ケンブリッジギルド『クエストリガー』へと続く道を、並んで歩く二つの人影。
銀色の髪の少年と、金色の髪の少女。
外見から察するに、歳はどちらも16、7歳といったところだろうか。
だが、その予測はあてにならないかもしれない。何故なら、二人の尖った耳が、エルフの血を引く者である事を示しているからだ。
「ケンブリッジのギルドかぁ‥‥。どんなところなんだろうね、兄さん?」
会話の内容から、どうやら兄妹であるらしい事が分かった。
ぴったりと兄に寄り添うようにして歩く妹。
初めて訪れるギルドへの不安と期待で胸がいっぱいのようだ。
「さあな? ま、行ってみれば分かるさ」
対して、兄の方はいたって冷静。
「もう、張り合いがないなぁ‥‥。兄さんには何ていうか‥‥、浪漫っていうものが無いの? 『可愛い女の子にいっぱい出会えるといいな〜』とか、『ここで多くの経験を積んで、いつかは自分も、歴史に残る大英雄だ!』とか‥‥」
妹のその発言に、兄の方は小さくため息をついた後、やれやれといった顔になる。
「俺は、女にモテたくてギルドに行くんじゃないし、英雄と呼ばれるほど立派な冒険者になれる才能が自分にあるなんて、これっぽっちも思っちゃいない。生活費を稼ぐために働かなきゃいけないから、仕事を探しに行こうとしてるだけだ」
妹が夢見がちなのに対して、兄の方は随分と現実的な考えをするタイプのようだ。
「兄さんってば、何でそういう考え方しかできないの? 私達みたいな若者は、もっとこう‥‥大きな希望を胸に抱いて生きるべきだと思わない?」
「思わない」
きっぱりと言い切った兄に、がっくりと肩を落とす妹。
兄はふと寂しげな瞳をして、こう呟いた。
「‥‥希望なんて持ったって、辛くなるだけだ。俺達は、いつもそうだった‥‥」
それでこの話は終わりだとでも言いたげに、彼は足を早める。
「‥‥兄さん‥‥それでも、私は信じたいよ。私達にも希望があるって‥‥」
囁くように呟かれたその言葉は、兄に聞こえただろうか‥‥。
「何やってるんだよ。早く来ないと置いてくぞ、レム」
「あ、待ってよ、兄さん‥‥。ティム兄さんってばぁ!」
置いていかれまいと、懸命に兄の背を追う妹のレム。
紐で後ろに縛られている、レムの金色の髪。彼女が走る度に風に揺れるそれが、何だか子犬の尻尾みたいに見えて、兄であるティムは、つい笑ってしまった。
「ここがクエストリガーか‥‥」
しばらくすると、広大な森を背景にひっそりと建つ平屋の建物が見えた。
「何だかワクワクするね」
開け放たれた扉から、多くの冒険者の姿が見えろ。
「早く入ってみようよ、兄さん」
駆け出すレム。
「馬鹿っ! 危ないから走るなって!」
ティムが忠告したが、レムはその足を止めようとはしなかった。
「大丈夫、大丈夫♪ ほら、兄さんも早く‥‥きゃっ!?」
だが、ティムの方を振り返った一瞬の隙に、ギルドの入り口から出てきた男に、レムはタイミング悪くぶつかってしまう。
「‥‥っと、すまねぇな嬢ちゃ‥‥何だ、ハーフエルフか」
男は、レムを見て、エルフにしてはやや短いその耳から彼女がハーフエルフである事に気づくと、汚い物でも見るかのような目つきで、まるで吐き捨てるかようにそう言った。
「レム、怪我はないか?」
「う‥‥うん。大丈夫だよ」
倒れたレムの側に、慌てて駆けつけたティム。
「ったく、気をつけやがれってんだ!」
「何だと? そっちこそ、ちゃんと前見て‥‥」
「やめて、兄さん! 悪いのは私の方なんだから」
今にも男に殴りかかりそうなティムを、レムが慌てて止める。
「あの、すみませんでした。私、ついうっかりしちゃって‥‥。えっと‥‥あの‥‥、ここで依頼を受けるには、どうすれば‥‥」
レムの言葉に男は鼻で笑うと、続けてこう言った。
「はぁ? お前らみたいなトロいのが冒険者気取りかよ。こいつは傑作だな」
この言葉に、ついにティムがキレた。
美しい碧の瞳は血のように赤く変色し、全身の毛が逆立っている。
ハーフエルフが感情を高ぶらせた時に起こす、この変化を、人々は『狂化』と呼ぶ。
「表に出ろ、この下種野郎」
「面白れぇ‥‥。返り討ちにしてやるぜ!」
「‥‥その後すぐ、ティムと相手の男‥‥ジェイルの決闘が行われ、結果、ティムはジェイルを完膚なきまでに叩きのめし、勝利しました」
淡々とした口調で話すギルドの受付嬢。
「ですが、問題はその後です。ティムに敗れたジェイルは復讐を企み、仲間を集め、昨日、ティムの妹であるレムを仲間達に攫わせたのです。‥‥そして、今日、ティムに対し、何らかの手紙を送ったとの事。おそらくは、ティムをどこかへ呼び出し、罠にはめるためでしょう」
これらは全て、ティムの友人からの情報との事。
ティム本人は、『自分の事は自分でケリをつける』と、すでに一人で動き始めているらしい。
話が本当であれば、事態は急を要する。
「こちらの皆様にお願いしたい事は二つ。一つは攫われたレムの捜索、救出です。彼女はまだこのケンブリッジのどこかにいるはず‥‥。もう一つは、今回の事件の犯人であるジェイル達の捕縛です。どうか、一刻も早く‥‥」
●リプレイ本文
人とエルフ。
異なる2つの種族の血を継ぐ者、ハーフエルフ。
それは、禁忌を犯した者の血筋。
神の摂理に反した呪われし存在。
物心ついた時から、彼女は周囲にそう聞かされて育った。
自分はこの世界に生まれてくるべきではなかったのだと。
存在そのものを否定されて生きてきた。
それでもなお‥‥いや、だからこそ、彼女は希望を捨てなかった。
今は、暗い闇の中にいても、いつか必ず、その手に光を抱く事ができると信じて‥‥。
「色々と聞き込みをして確認したところ、レムさんが囚われているのはおそらく部活棟の中の一室ではないかと思われます」
集まった仲間達に、フロス・ポエザエア(ea8757)はそう報告する。
彼も含め、依頼を受けてすぐ、冒険者達はケンブリッジの各所に散らばり情報収集を行った。
お互いが集めたその情報を合わせると、ジェイル達がいそうな場所として浮かび上がったのは、部活棟。そこに、彼らが普段から利用している空き部屋があるらしい。
「ジェイルという男、今回の件の他にも、普段からハーフエルフの皆様に対して色々と悪さをしていたようですね。被害に遭われたという方が何人もいらっしゃいましたもの。ハーフエルフ様に対する数々の乱暴狼藉、許し難き所業です」
そう言ったのはフランカ・スホーイ(ea8868)。彼女はロシア王国出身のハーフエルフ至上主義の持ち主。
今回の依頼の話を聞いた時、ジェイル達に対して誰よりも強い反感を覚えたのが彼女だった。
彼女にとって、心身共に優れた素質を持つハーフエルフは皆、己の主君も同じ。人やエルフはその下僕に過ぎないというのが彼女の思想だ。
世界は広い。
ここイギリスの様に、多くのハーフエルフが迫害の下に暮らす国もあれば、ロシア王国の様に多くのハーフエルフが優遇されて暮らす国もある。
「私も今回の事件のような拉致監禁を許すわけにはいきません。種族差別なんて酷い事‥‥。同じ学生として、彼らの行いを恥ずかしく思います」
エレナ・レイシス(ea8877)はフランカのような思想こそ持ってはいないものの、ジェイル達に対する怒りは同じくらい強い。少なくとも、このイギリスに暮らすハーフエルフ達にとっては、彼女のように種族差別を嫌う者が一人でも多くいてくれる事はありがたい。
二人の言葉に、ハーフエルフのマカール・レオーノフ(ea8870)は頷く。
「ハーフエルフの一人として、お二人のような方がいて下さることを大変嬉しく思います。‥‥私が聞いたところによれば、ジェイルの仲間達の中には、弓使いやウィザードなど、特に警戒すべき相手はいないようです。ですが、まだ油断はできません。無事にレム嬢を救出するためにも、お互い頑張りましょう」
「ハーフエルフを嫌ってる人達が全てじゃないって事を、私達以外のたくさんのハーフエルフにも知ってもらえたら嬉しいです」
メルゥ・セリクファン(ea8767)も気持ちは同じ。
「それじゃあ、とっとと部活棟に向かうとするか。早いとこレムを助けてやらないといけないしな‥‥」
善は急げ‥‥と、ジーン・インパルス(ea7578)が仲間達を先導する。
彼は今回の依頼人を探し出して、ティムの受け取った脅迫状に関する内容を知ろうとしたのだが、残念ながら、依頼人自身もティムを止めるために彼を探して動き回っているらしく、見つける事はできなかった。
だが、何はともあれ無事にジェイル達に関する情報は掴んだ。まずはそこに向かうのが先決だ。
しばらくして、冒険者達は無事に部活棟へ辿り着いた。
まずは物陰に身を潜め、聞き込みで判明した、ジェイル達が普段使っている空き部屋の様子を窺う。
そして、ここで厄介な問題がいくつか出てきた。
「妙だな‥‥相手の人数が思ったより少ない‥‥。話に聞いていたジェイルの姿も見当たらない‥‥」
「何かの罠でしょうか‥‥?」
最初にその事に気づいたのは、『インフラビジョン』を自身に付与したジーンと、『ブレスセンサー』で周囲の呼吸を探査したフロス。
どちらも待ち伏せを警戒しての行動だ。
事前の聞き込みによれば、ジェイルの仲間達の人数は七、八人程度。
だが、今彼らが様子を探っている空き部屋の周囲にいるのは、表に二人。中に三人。そして中にいる者の内、一人はおそらくレム。
それは、『インフラビジョン』を使用したジーンが女性らしき人影が囚われているのを確認している。
「でも、こうしてじっとしているわけにもいきませんよ。少なくとも、レムさんがいらっしゃる事が分かっているのですから、こちらから打って出た方がいいのではないですか? 相手の人数にしても、他の人が一時的に持ち場を離れているだけかもしれません。だとすれば、これは罠どころか、チャンスです」
そう言うメルゥは、いつでも突入できるよう右手のロングソードの鞘をしっかりと握り締めている。
多少の疑問は残したままではあったが、一同は小さく頷いて、彼女の言葉に賛同の意を示す。
「そうと決まれば、私の出番ですね」
ただ一人、前に出るフランカ。
そのまま、見張りの男達の方へと近づいていく。
「誰だお前? 俺達に何か用か?」
明らかな疑いの眼差しを向ける男達。
「あなた達の事を噂で聞きまして、会ってお話してみたかったんです。私も、ハーフエルフと他の種族が同じ扱いを受けている事を疑問に思っているんです」
「そ‥‥そうか。せっかく来てもらって悪いが、今は取り込み中でな。話はまた今度にしてくれねぇか?」
「申し訳ありませんが、それは無理ですわ。何故なら‥‥」
そこで、一気に男達との距離を詰めるフランカ。
瞬時に唱えられる『ライトニングアーマー』の呪文。今の彼女の実力では、その成功率は二分の一。
果たして、その結果は‥‥‥‥成功!
「があっ!?」
「ぐあぁ!?」
電撃を身に纏った彼女に触れられ、見張りの男達はほとばしる激痛に悲鳴を上げて倒れる。
「何故なら‥‥次の機会はありませんもの」
床を転がる男達を見下して、フランカはクスリと笑みを浮かべた。
この隙に、メルゥとマカールを先頭にして、冒険者達は一気に部屋の中へ攻め込んだ。
「な、何だお前ら!?」
中にいたのは二人の男と、縛られた金色の髪のハーフエルフ、レム。
「片方の相手は私が! メルゥ嬢はレム嬢をお願いします!」
「分かりました!」
神聖騎士でありながら、人質の安全を優先し、あくまでも刃物を使わず、敢えて杖を用意してきたマカール。
その武器の選択にはもう一つ理由がある。
「この野郎!」
相手の男が刃物を取り出した、その瞬間を見計らいマカールは素早く杖を振るう。
「があっ!?」
腕を強く打たれ、男は手に持ったナイフを床に落としてしまう。
マカールが繰り出したのは、打撃系の攻撃をした時に効果を発揮する『ディザーム』だ。
「そんな危ない物を振り回されては困りますからね」
一方、メルゥの方は‥‥。
「へっ! 惜しかったな!」
「くっ‥‥!」
自分の体力に合わせた装備ができなかったためか、行動はメルゥよりも敵の男の方が早く、レムの首筋には、ぴったりとナイフが突きつけられている。
得意の『チャージング』を使うにも、今の装備では十分な助走をつけられなかった事が、メルゥの最大の失敗だった。
「さあ、こいつの命が惜しかったら、おとなしく‥‥」
『そうはいきませんよ!』
「何!」
突如、男の後方から聞こえた声。
慌てて男は振り向いたが、そこには誰もいない。
「い、今確かに声がし‥‥っぐおぁ!?」
完全に不意をつく形で、男を襲ったのは炎を纏ったエレナの体当たり。
これは彼女の魔法、『ファイヤーバード』だ。
「こんな時によそ見をしたのが命取りですよ!」
そう言いながら、あまり広くもない室内をギリギリ飛び回りながら、男への二回目、三回目の体当たりを繰り返す。
「さて、そろそろ捕まえる用意しておきますか‥‥」
言って、荷物の中からフロスはロープを取り出した。
ちなみに、先ほど敵の男が聞いた後方からの声の正体は、フロスが『ヴェントリラキュイ』を利用したものである。
そして、エレナが敵の男を体当たりで突き飛ばしてくれたおかげで、メルゥは無事にレナを助ける事に成功していた。
すぐに口を塞いでいた布を取り、手を縛っていたロープを解いてやる。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「はい。大丈夫です」
レムのその言葉通り、ぱっと見たところでは外傷がない事を確認し、メルゥはひとまず安心した。
レムの安全を無事に確保できた事で、流れは一気に冒険者側に傾き、敵の男達は瞬く間にロープで縛り上げられた。
「おい、ジェイルはどこだ?」
ジーンが質問する。
‥‥この後、彼らは一つのミスを犯していた事に気づく事となる。
レムが救出されたのと同じ頃、ジェイルは仲間の男達と共に、ケンブリッジ内のとある空き教室でティムがやって来るのを待っていた。
「‥‥なあ、ジェイル。ティムの奴、やっぱり逃げたんじゃねぇか?」
男の一人がジェイルにそう訊ねる。
「いや、ティムじゃねぇ。だが、誰かがギルドにタレこみやがったのは間違いねぇ‥‥」
人質にしたレムの様子を定期的に報告しに来るように言っておいた仲間が来ない事から、ジェイルは自分の計画が失敗した事を悟る。
彼は自分がティムを呼び出す場所と、レムのいる場所を分けていた。
そうする事で、ティムの選択肢を狭める事ができるからだ。
もし、ティムが『一人で来い』と書かれた脅迫状の内容を無視し、仲間を連れて来たら‥‥冒険者を雇ってきたら‥‥。
その可能性を考え、彼は一つの保険をかけた。
人質のレムの姿を、ティムの前に晒さないという保険を。
他の生徒達にできるだけ知られないよう、ティムを待つこの場所も、自分達が普段あまり使っていない空き教室を選んだ。
だがその結果として、冒険者達は自分達を見つけるより先に人質のレムを救い出した。
すでに、自分達のした事は学園側に知られているだろう。
なら、これからできる事は一つ。
‥‥数分後。
冒険者達がその部屋を訪れた時、ジェイル達の姿はすでに無かった。
「申し訳ございません。レム様に狼藉を働いたジェイルには逃げられてしまいました。私がもっと慎重に行動を選んでいれば‥‥」
ギルドの一角で、フランカは頭を下げ、必死にレムに謝っていた。
「そんな‥‥。あなたは私の事を助けて下さった恩人の一人です。どうか顔を上げて下さい」
「全く。俺に任せていれば、ジェイルの奴だって今度こそ‥‥」
「兄さん!」
「冗談だ。あんた達には感謝してるよ。‥‥それなりにな」
冒険者達の前にあるのは、無事に再開を果たしたティムとレムの姿。
確かにジェイルには逃げられたものの、自分達が果たすべき最低限の事はできたのだから、胸を張っていいはずだ。
「お詫びにはならないかもしれませんが‥‥。これから先、何か困った事があったら、ぜひ相談してください。私も未熟者ですが、あなたのお力になれると嬉しいですから」
マカールの言葉に、レムは慌てて返事を返す
「お詫びだ何てそんな‥‥。私達の方が皆さんに迷惑をおかけしたんだし‥‥。その‥‥本当に助けていただいて感謝しています。ありがとうございました」
冒険者達に礼を述べた彼女の表情は、とても穏やかな笑顔だった。