●リプレイ本文
暗い洞窟の奥深く‥‥。
彼らはそこにいた。
彼らにとって『生きる事』とは、すなわち『奪う事』。
『人』という存在は、彼らにとっては全て獲物だった。
だが、今日この日、彼らは知る事になる。
彼らを狩る『人』もいるのだという事を‥‥。
「‥‥出入り口は一箇所だけのようだな」
ホブゴブリン達が住処にしているという洞窟周辺の調査を終え、サラ・ミスト(ea2504)は近くで待機していた仲間達の元に戻った。
洞窟は薄暗く、少し覗いてはみたものの、外から見ただけでは奥の方の様子は分からなかった。
「見たところ、罠の類もなさそうよ。まあ、脳味噌は単純な連中のはずだし、そこまで注意しなくても大丈夫だろうけどね」
サラに続いて、ジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)も周辺の様子を調べて戻ってくる。
「見張りもいないようだな。後は、ホブゴブリン達が中にいるのを確認すれば‥‥ん? アクア、大丈夫か?」
ジャッド・カルスト(ea7623)が、仲間の一人、アクア・ラインボルト(ea8316)の異変に気づく。見れば、彼女の顔色はあまりよくなかった。
「だ‥‥大丈夫よ。心配しないで」
笑顔で応えるものの、その言葉にはどこか力が無い。
「ふむ‥‥体調が優れないなら、少し休んで‥‥」
「‥‥いいえ。後は私が魔法で敵の様子を探れば、作戦の準備はほとんど終わりだもの。皆を待たせるわけにはいかないわ」
ガロ・ハンラム(ea7183)の言葉にも、アクアは首を横に振りながら、何とか笑顔を浮かべて見せた。
「無理はしないで‥‥。ほら、掴まって」
梁明峰(ea8234)が、アクアに肩を貸す。
「‥‥まいったな」
彼女達を見守る劉蒼龍(ea6647)も渋い顔だ。
今回の参加者の中で、攻撃魔法を使える者はアクアだけ。
当然の事ながら、彼女の魔法には全員が期待していたが、この様子では戦闘に参加してもらうのは避けた方がいいかもしれない。
アクアの体調が優れない理由は、全員察しがついていた。彼女はキャメロットを出発する時に、食料の類を用意する事を忘れてしまっていたため、ここに来るまでの3日間、まともな食事ができずにいたのだ。
他の仲間達が多めに食料を持ってきていたのなら良かったのだが、不幸にも、なんと参加者の半数が十分な保存食を用意できていなかった。サラがほんの少しだけ多めに持ってきてくれていたが、さすがに4人分は無い。仲間同士で多少は分け合ったものの、当然の事ながら、用意を怠った面々は、それなりの食事しかできていなかった。
僅かに足りない程度だった蒼龍にはあまり支障がなかったが、必要量の半分程度しか用意して来なかったガロと明峰は本調子とはいかないかもしれない。
「‥‥それらしい反応があったわ。数は5匹ね‥‥」
アクアは洞窟の入り口付近で『ブレスセンサー』を使い、仲間達にそう伝えた。
「分かったよ、アクア君。後は私に任せて!」
そう言って、ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ea7050)は荷物の中から何やら探し始めた。
「ええ。お願いす‥‥」
「危ない!」
最後まで言葉を紡げずに、ふらっと意識を失って倒れそうになったアクアを明峰が間一髪で抱きとめる。
「残念だが、これ以上無理はさせられんな。後は私達に任せて、貴殿は休むといい」
ガロが説得すると、アクア自身も今の自分の状態では周りの足を引っ張りかねないと悟ったようで‥‥
「ごめんなさい。そうさせてもらうわ」
と、今度は素直に受け入れた。今のままでは、仲間達をサポートするどころか、足を引っ張る事が目に見えていたからだ。
「なあに‥‥。この借りは、依頼が終わってから俺とデートでもしてくれればいさ」
軽口をたたくジャッド
「ふふっ‥‥考えとくわ」
彼の言葉に苦笑した後、アクアは一人、仲間達から離れた。
「それじゃあ、これはここに置いておくね」
ピアレーチェが取り出したのは強烈な匂いの保存食。
たちまち辺りには言葉にできないほど強い干物の匂いが広がり、仲間達の何人かは、耐え切れずに鼻をつまみながら、すでにその場から離れた。
「さて、こちらも準備完りょ‥‥ぐっ!」
洞窟の入り口にロープを張り、足下を引っ掛けるための罠を用意していたサラにとっても、その匂いはかなりキツかったようだ。
何はともあれ、これで準備はできた。後は、洞窟の中からホブゴブリン達が出てくるのを待つばかりだ。
洞窟からやや離れた茂みの中、あるいは木の陰で、それぞれに身を隠し、冒険者達はその時を待った。
しばらくすると、洞窟の暗闇の中からゆっくりとした足取りで、人間の大人と同じくらいの大きさの何かが現れた。
「へぇ‥‥いきなり本命ってわけだ」
呟いた蒼龍の視線の先に移るのは、重斧と盾を構え、重厚な鎧を身につけた大柄のホブゴブリン。俗に、ホブゴブリン戦士と呼ばれる魔物だ。
よく見ると、その装備はいずれも欠けた部分があったり、大きなキズがついていたりと、かなり使い古された様子である。おそらくは、過去に人間を襲った時に手に入れた戦利品をそのまま使っているのだろう。
「‥‥ゴブ?」
「くっ‥‥気づかれたか」
ホブゴブリン戦士はサラの仕掛けた罠にあっさりと気づくと、力任せにそれを掴んで引っ張る。ロープの先を結んでおいた木が、その根ごと引き抜かれた。
「嘘でしょ‥‥」
多少、力が強い相手だとは予想していたものの、思っていた以上に手強い相手だと知り、ジョセフィーヌは彼らへの認識を改める。
「面白れぇ! それくらいじゃないと歯ごたえ無いぜ!」
「小細工は抜き。‥‥全力で潰させてもらうわ!」
仲間達の中でも、特に敏捷性に優れた蒼龍と明峰の二人が、先制必勝とばかりに駆け出し、ホブゴブリン戦士へ攻撃を仕掛ける。
「必殺、残影無尽脚!! ‥‥何!?」
「はああっ! ‥‥ぐっ!?」
『チャージング』と『ストライクEX』を組み合わせた蒼龍の一撃がホブゴブリン戦士に迫る‥‥が、相手はその一撃を難なくかわすと、続く明峰の『ダブルアタックEX』と『ストライク』を組み合わせた攻撃のうち、両手の攻撃もかわしてみせる。
唯一、明峰の右足の蹴りだけは胴に直撃したものの、ホブゴブリン戦士に与えたダメージはほんのかすり傷程度。それ以上の効果を期待していた明峰は、自身の奥義とも言える攻撃が全く通じなかった事に焦りを覚えた。
即座にホブゴブリン戦士の反撃の斧が明峰に振り落とされたが‥‥、
「させるか!」
両者の間に素早く割り込んだガロが、その一撃を盾で受け止める。
「そこだ! ‥‥ちぃ!」
武器を使えない隙をついて、今度はジャッドの長槍が繰り出されるものの、今度はホブゴブリン戦士がそれを盾で受け流した。
「なるほど。その辺の雑魚モンスターとは、少しばかり格が違うか‥‥ふんっ!」
「ゴブッ!」
ガロは盾を使って、力任せに敵の攻撃を押し返した。
この隙に、他の仲間達はすばやく体勢を立て直す。
「皆、下がって!」
「ここは、私達が!」
ホブゴブリン戦士に負けず劣らずの重装備で身を固めたピアレーチェとサラの二人が前に出る。両者とも敏捷性は失われているものの、小手先の攻撃は通じないと判断しての装備だろう。先ほどの仲間達の攻防を見る限り、その判断は正しいと思われる。
だが、この間に敵の側にも増援が現れる。
戦いの音を聞きつけ、洞窟の中から駆けてくる複数の足音。先ほどアクアが教えてくれた、残り4匹のホブゴブリン達だ。
「くそっ! 一匹だけでも手こずってるってのに!」
ジャッドが毒づく。
「ゴブゴブ! ゴブ!」
「ゴブ!」
何やら怒りの形相でこちらを睨みつけるホブゴブリン達。
「けど、そっちのデカイ奴に比べれば装備が薄いわ。こいつらなら!」
言って、即座に矢を放つジョセフィーヌ。
「ゴブ!?」
放たれた矢は狙いを外す事なく、一匹のホブゴブリンの腕に深々と突き刺さる。
その矢が最初に均衡を崩す合図となり、冒険者とホブゴブリン達は入り乱れての乱戦となる。
「いける!」
先ほどとは違い、明峰は他のホブゴブリン達への攻撃に確かな手応えを感じていた。
繰り出す技は、確実に相手を追い詰めていった。
「この!」
相手の鎧の隙間を狙い、『ポイントアタック』を繰り出すジャッド。
しかし、その攻撃はホブゴブリン達に上手く盾で防がれたり、かわされたりしていた。
また、『バーストアタック』による装備破壊も、相手の武具の耐久力を上回れず効果を発揮しない。
だが‥‥。
「ゴブゥ!?」
「悪いが、お前らなんかにやられるつもりはないんでな」
それでも、並のホブゴブリンよりは彼の実力の方が上。
その手に握られた槍は、対峙した敵を見事に撃ち貫いた。
「くそ、こいつら!」
蒼龍はホブゴブリン達の攻撃のことごとくをかわしていたが、その一方で、相手の鎧に勝る攻撃をあてる事ができずにいた。放った蹴りは、いずれも相手の鎧に弾かれて、まともなダメージを与えるには至らない。シフールゆえの不運か、攻撃力があと一歩足りないのだ。渾身の一撃とばかりに放つ『ストライク』の攻撃も、容易く敵にかわされてしまう。
「そこ!」
「ゴブッ‥‥!?」
その蒼龍と上手く連携をとったのがジョセフィーヌだ。
気づけば、素早く動いて敵をかく乱する蒼龍と、その敵の隙をついて矢を放つジョセフィーヌというコンビネーションが出来上がっていた。
「はあああっ!!」
「ゴブ!!」
「このっ!」
「そこだぁ!」
サラ、ピアレーチェ、ガロの三人は、今なおホブゴブリン戦士との激しい応酬を繰り広げていた。
そこには派手な技など一切ない。ひたすらに繰り返される純粋な攻撃と防御。それゆえに、それぞれの本当の実力が試される戦いであった。
ゴブリンの中でも上位に位置する戦闘種族、ホブゴブリン。その中でも戦士の名を付けて呼ばれるのは、かなりの実力のある者だけだ。
そのずば抜けた戦闘能力を持つホブゴブリンも、3人の冒険者によって、次第に追い込まれていく。サラとガラの、2人の騎士の剣と盾が確実にホブゴブリン戦士の斧と盾を受け止め、ピアレーチェの大剣が頑強な鎧の上からでもダメージを与えていく。
「これで‥‥!」
トドメとばかりに振るわれるピアレーチェの一撃。
しかし、敵もまたゴブリンとはいえ歴戦の兵。残された力を振り絞り、迫り来る死に最後の抵抗を見せる。
「きゃあ!」
渾身の一撃を盾に弾かれたその瞬間、今まさに振り下ろされようとする斧がピアレーチェの視界に飛び込む。避けきれない‥‥彼女がそう思った、まさにその時。
「させないわ!」
戦士の斧を持つ手を貫いたのは、雷の一閃。それは『ライトニングサンダーボルト』の呪文。
「アクア君! どうして!?」
「‥‥やっぱり私一人だけ仲間外れっていうのは、良くないでしょう?」
今にも倒れそうになる体を何とか気力だけで支え、アクアはピアレーチェに微笑んで見せた。
アクアの魔法によって生み出されたその隙を見逃すまいと、サラとガラは一気に仕掛けた。
「いい加減に‥‥!」
「‥‥終わりにしよう!!」
「ゴッ‥‥!」
二つの剣が閃き、戦士は断末魔の悲鳴をあげる事もできないまま、最期の時を迎えた。
――後日、キャメロット。
冒険者達は相談の末、ホブゴブリン達が洞窟に隠していた武器や防具をギルドに届けた。
中には元の主を特定できない物や、使い物になるかどうか微妙な代物も多くあったが、それでもギルドに引き取ってもらう事で多少の金銭にはなり、そのお金は冒険者達の懐に納められたとの事だ。