●リプレイ本文
不気味なほど整然と並べられた女性達の首。
おそらく、腐敗に対する処理は一切されていないのだろう。
醜くただれた皮膚。抜け落ちた髪。
変わり果てたその姿には、生前の美しさはもはや見る影もない。
‥‥だが、そんな光景の中にいてなお、『彼』は笑っていた‥‥。
――某日、冒険者ギルド。
そこには、今回の依頼を受けた冒険者達が一同に会していた。
事件の犯人が行動を起こすのは深夜。
それゆえ、彼らは相談の上で自分達の生活の時間をズラし、夜を中心に行動する事にしていた。
今は、日の出ている内に集めた情報を交換し、整理しようとしているところだ。
「狙うのは若い女ばかり‥‥。最低な趣味の犯人だね‥‥」
「‥‥目的が分かりませんし、分かりたくもありませんが‥‥今回の犯人、絶対に赦せませんね」
フィリス・バレンシア(ea8783)とアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)はあまり表情を変える事なく、それでも怒りを露にした声で、そう呟いた。
「‥‥まったく、つくづく厄介な犯人だな。犯行現場や犯行時刻にこれといった規則性はない。犯行の目的だが、考えられるのは宗教的な盲信、あるいは狂信‥‥その辺りか」
コバルト・ランスフォールド(eb0161)は小さく肩を落とした。キャメロット中で行き当たりばったりの通り魔的な犯行を繰り返しているらしい犯人の行動に対して、現状では次の犯行現場の予測をするのは難しく、宗教的なものが絡んでいるにしても、やり方から見て、公に知られているような宗教ではないため、その調査も難しかった。
「被害者の恋人や家族にも話を聞いてみたけど、こっちも進展は無かったよ。ただ一つだけ被害者の共通点を挙げると、皆、とっても美人だったらしいって事ぐらいだね」
本田薫(ea7712)の聞き込み調査でも、あまり成果は上がっていなかった。
共通の知り合いなどがいる可能性に期待してはいたのだが、怪しい人物は浮かんでこず、共通してどこか特定の場所を頻繁に訪れていたとの話も出てこなかった。
ライム・ダーナン(ea9109)も現場周辺の人達にも話しを聞いてみたものの、こちらもあまり良い結果は得られなかった。
「悲鳴を聞きつけて、その方向に向かってみたという人も何人かいましたけれど、やっと駆けつけた時には、既に犯行の行われた跡だったとか‥‥」
調査にあたった者の中で最も有益と言える情報を得る事ができていたのがヒューベリオン・グリルパルツァー(ea8902)だ。彼は、被害者の遺体から得られる情報を重視した。
「遺体を調べた専門家の話では、被害者は何か鋭利な刃物で瞬時に首を切断されているとの事だった。これだけの芸当はそうそうできる事じゃないらしい。それなりの武器‥‥例えば、大剣や大鎌といった強力な武器と、それを使いこなせるだけの腕力の持ち主である事が予想される」
そこまで情報を集めた時点で、犯人は男と見て間違いないだろうとヒューベリオンは予想した。
また、彼は武器の種類の予想がついた時点で、商人や職人達に心当たりをあたってもみたのだが、これに関しては該当する者が多々おり、なおかつ、自分で武器の手入れを行っているという者もキャメロットには少なくないという事で、犯人と思われる人物を特定するには至らなかった。
「‥‥ごめんよ。本当はあたしも皆と一緒に調査したかったけど‥‥」
ネイ・シルフィス(ea9089)は自分のようなハーフエルフの者が加わる事で、仲間達の行動の妨げになるのではないかと心配し、事件の聞き込みに関する仕事に携わる事は避けていた。種族的な差別を考慮すれば、ある意味、懸命な判断だったかもしれない。
「さて獲物は網にかかるかね‥‥」
周囲を見回し、フィリスは怪しい人影はないかと注意を払う。
夜の警戒を始めてから、すでに数日が経過していたが、未だ犯人との接触には至っていない。
「薫、そういえば休んだかい? 無理は禁物だよ」
「うん。大丈夫だよ」
どれだけ待っても姿を現さない犯人。
薫やネイも、体力的にはともかく精神的には辛いものを感じていた。
冒険者達は深夜の警戒を兼ねて、犯人が現れそうな人気の無い路地を転々とし、その付近を通る若い女性がいれば、隠れて様子を窺うという捜査方法を行っていた。
「本当は囮役に適した者がいてくれれば良かったのだがな‥‥」
「ないものを望んでも仕方があるまい。今の俺達にできる方法を取るしかない」
ヒューベリオンとコバルトがやれやれといった表情で顔を見合わせる。
事態が突然の進展を見せたのは、その時だった。
「キャアアァーーーッ!!」
暗闇の静けさを打ち破ったのは、女性の悲鳴。
「‥‥今の声は!?」
悲鳴が聞こえた方へと真っ先に駆け出すアレクセイ。
「近いよ! あっちの方だ!!」
薫をはじめ、他の冒険者達もすぐ後に続いた。
冒険者達が辿り着いた時、そこには目を覆うばかりの凄惨な光景が広がっていた。
女性のものと思われる首の無い死体。暗闇ではっきりとは見えないが、周辺には大量の血液が広がっているのだろう。周囲一帯をまだ血の臭いが覆っている。
実は、今回の依頼に参加した冒険者は、半数以上が多量の血を見る事で凶化を起こす性質を持っていた。周囲の視界を妨げる暗闇も、今の冒険者達にとってはありがたかった。
そこには意外な光景もあった。
地面に転がる首と、犯行の凶器として使われた物と思われる大鎌。そして、そのすぐ傍ですすり泣く別の人影、長い髪の女性らしき姿。生存者であろうか‥‥。
犯人がまだ近くにいないか警戒しつつ、ライムはその女性に訪ねた。
「‥‥何があったのですか?」
「‥‥友達が‥‥突然、大きな鎌を持った男が襲ってきて‥‥」
「それで、犯人は?」
続けてネイが訊ねる。
「皆さんの足音が聞こえて‥‥。そしたら、慌てて武器を捨てて、向こうの方に‥‥」
聞くが早いか、即座に逃げた犯人を追って駆け出そうとした冒険者達。
「いやっ!! お願いだから一人にしないで!!」
「わわっ!!」
女性に足を捕まれ、転びそうになる薫。
「でも‥‥」
「いや、犯人がここにまた戻ってくる可能性もある。確かに置いていくのは危険だ」
コバルトの意見に、一同の足が止まる。
「では、俺とコバルトで先行して犯人を追う。皆はまず、その人を安全な場所まで連れて行ってから、後から来てくれ」
――数分後。
ヒューベリオン達は、未だ犯人の行方を追っていたが、いまだ、それらしい影を捉える事ができずにいた。
「この短時間にそう遠くまで逃げられるとは考えにくいのだが‥‥ん?」
コバルトが見つけたのは、路地の傍らにたたずむ浮浪者の姿。
「おい、こっちに男が一人逃げて来なかったか?」
「‥‥ん? う〜ん‥‥見てねえなぁ‥‥。綺麗な姉ちゃんなら二人ほど見かけたんだがな?」
「その二人の後をつけている男は見かけなかったか?」
先ほどの女性達の事を言っているのではないかと思い、ヒューベリオンが訊ねる。
「いや、最初の姉ちゃんがここを通ってしばらくしてから、もう一人別の姉ちゃんがここを通って‥‥それからは、誰もここを通ってねえと思うぜ」
その話を聞いてコバルトはとある疑問が浮かべた。
「その二人の女は一緒にいたんじゃなかったのか?」
「いや、別々だった。そういや、後からここを通った姉ちゃんの方は、偉くデカイ荷物を抱えてたなぁ。ありゃ、いったい‥‥ん?」
男の話を聞き終わるより先に、二人は来た道を全力で駆け戻っていった。
「危ない!!」
「‥‥え?」
間一髪とは、この事を言うのだろう。
女性は傍らに置かれていた大鎌を拾い上げると、突如、ネイの首目掛けて躊躇う事無くその刃を振るったである。
絶妙のタイミングでその攻撃を受け止めたのは、いち早く殺気に気づいたフィリスだった。
「まさか、あなたが‥‥?」
得物を構えるアレクセイの言葉に、その女性は突然、態度を豹変させた。
「ククク‥‥。そうさ。そこの女の首を刎ねたのはこのアタシさ。冥土の土産に教えてやるよ。アタシの名はラピス。覚えときな」
「女の人ばかり、どうして狙うんだよ!」
『バーニングソード』を付与した武器による薫の攻撃。
だが、ラピスの軽やかな身のこなしで容易にかわされてしまう。
「アタシはねえ、自分より綺麗な奴が許せないのさ! それにねぇ、そういう奴らの綺麗な顔が醜く腐っていく様を見るのは、最高に気分がいいんだよ! あんた達にも見せてやるよ。最も、そん時はあんた達も首だけだろうけどねえ!!」
「そんな理由で‥‥命を軽々しく奪うなんて!!」
「ぐっ!!」
ネイの放った『ウインドスラッシュ』が、ラピスに直撃する。
その時、風の刃に切り裂かれた衣服の切れ間から覗くラピスの上半身を見て、アレクセイがある事に気づく。
「まさか‥‥男の人?」
「だったら、何だい!!」
大声を上げ、大鎌を構え直すラピスの前に、フィリスが立ち塞がる。
「私の首も欲しいか? 欲しけりゃ全力で来い」
「言われなくとも!!」
迫り来るラピスに対し、フィリスは『フェイントアタック』でそれを迎え撃つ。
「くうっ!!」
「ちぃ!!」
だが、結果は相打ち。双方ともにその身に傷を負う。
「これ以上は、させません!!」
「な‥‥!?」
発動したのはライムの『トルネード』。大いなる風の力は、ラピスに抵抗を許さず、その身を大地に叩きつける。
「それ以上抵抗するなら、命の保証は出来きませんよ」
「ちくしょう‥‥」
こうして冒険者達は、ラピスの捕縛に成功した。
「俺達はまんまと騙されてしまったというわけか‥‥」
「まさか、女の姿をした男だったとはな‥‥」
しばらくして、ヒューベリオンとコバルトが戻ってくると冒険者達はギルドへと戻った。
後ほど、ラピスの身柄は自警団に引き渡され、殺された女性達の首も、冒険者達が彼から聞きだした場所で発見される事となる。
――後日。
あらためて被害者達の葬儀が執り行われた時、訪れた人々の中に、ネイと薫の姿があった。
「あたし達には、こういうことしかできないけど‥‥」
「どうぞ、安らかに‥‥」
静かに祈りを捧げる二人の髪を、穏やかな風がそっと撫でていた。