その課題を終えるまで
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■ショートシナリオ
担当:BW
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月20日〜03月25日
リプレイ公開日:2005年03月30日
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●オープニング
その日、ケンブリッジ魔法学校ではとんでもない授業が始まろうとしていた。
「えっと‥‥先生。今、何とおっしゃいました?」
「だから、今からお前達に、ここに置いてある文献の整理をやってもらう」
教室の机の上に雑多に置かれた羊皮紙の束に、呼び出された生徒達は目を疑った。
呼び出したのは、この魔法学校で教師を務めるルーシェス・ルエイン。個性溢れる魔法学校の教師達の中でも、彼は咄嗟の思いつきで生徒にとんでもない課題を出す事で知られていた。
「あの、先生‥‥。明らかに一日や二日では終わらないくらいの量があるんですけど‥‥」
少し理不尽じゃないですか‥‥と、その生徒達の目が訴えている。
それに気づいたのか、ルーシェスは穏やかな笑みを浮かべてこう言った。
何事も経験だ‥‥と。
――その前日、冒険者ギルド。
「今回の依頼なのですが、生徒達が課題から逃げ出さないように見張って欲しいそうです」
集まっていた冒険者達に、受付嬢が説明を始めていた。
「逃げ出さないように‥‥って、そんなに辛い課題なのか?」
一人の冒険者が質問すると、受付嬢は少し曇った表情を見せた。
「それが‥‥。事の起こりは昨日の事で、魔法学校のルーシェス先生が、ふとした拍子に自身の部屋の棚を倒してしまったそうなんです。その際、そこに入れてあった文献の数々が混ざり合ってしまって‥‥」
話を聞きながら、冒険者達は首を捻っていた。
何故、生徒達の課題に教師の失敗の話が絡んでくるのか‥‥と。
「散らばった文献の整理を面倒に思ったルーシェス先生は、こう考えたそうです。『そうだ、生徒達にやらせよう』‥‥と」
「「「おい!!」」」
周囲にいた冒険者達の何人かが一斉にツッコミを入れた。
「一応、長時間に渡っての単純労働は、魔法使いに必要な集中力や精神力を養う事に繋がりますし、理には適っています。そういうわけで、普段からそういった面に欠けているところがある生徒達を集めて、自分の代わりに文献の整理にあたらせようとしたわけなのですが、何分、量が量でして、一日や二日では終わらないと思われます。そうなると、生徒達の中から逃げ出そうとする者も現れると思うので、それを防ぐ者が必要になるだろうと‥‥」
「それこそ、ルーシェス先生が自分でやればいいじゃないか。元々、自分が蒔いた種なんだから」
冒険者からの鋭い指摘に、受付嬢は顔を背けて言葉を続けた。
「自分のせいでこうなったとは言え、何日も生徒達を監視しているのも面倒だと思った先生は、こう考えたそうです。『そうだ、冒険者に任せよう』‥‥と」
「「「「「おい!!!」」」」」
その場にいた冒険者のほとんどが、一斉にツッコミを入れていた。
●リプレイ本文
高い知性と精神を兼ね備え、幾多の奇跡を起こす者。
それが、魔法使い。
それ故に、それを目指す者達は様々な経験を通して多くの知識を身につける事を必要とする。
これは言わば、そのための一つの試練だった。
――依頼初日。
やわらかな日差しが窓から差し込む。
空を眺めてみると、それはどこまでも透き通っていて‥‥。
そんな景色を眺めた後で、生徒達の方に向き直った比良坂初音(eb1263)と太郎丸紫苑(ea0616)はこんな事を言った。
「ふう‥‥退屈ね‥‥」
「同じ魔法学校の生徒として、ボクにできることは応援ぐらいだけど、皆、頑張って〜☆」
「‥‥喧嘩売ってるんですか、あんたら」
冒険者達はじっと生徒達を監視していたのだが、始めてからそれほど時間が経っていない事もあってか、まだ生徒達は真面目に資料の片付けに取り組んでいた。
おかげで監視している冒険者達は暇で仕方が無かったのだが、それを口にしようものなら、当然、生徒達からの文句も出てくるわけで‥‥。
「そんな、ボクは真面目に応援してるのに〜!」
「全く心の狭い子ね‥‥。ほら、口より先に手を動かしなさい。そんな事では、いつまで経っても終わらなくてよ‥‥」
紫苑はともかく、初音の発言は嫌がらせもいいところだったが、生徒達は我慢して資料の整理を続ける。
これも、立派な魔法使いになるために必要な経験なのだと信じて‥‥・
「若い内に目の前の課題や障害から逃げる癖がついてしまうと、大人になって乗り越えるべき人生の壁に立ち向かえなくなると思うでゲす。オイラはその方が怖いでゲすよ」
生徒達に言い聞かせるミハイル・プーチン(ea9557)。
なるほど一理ある‥‥と、一同頷く。
ただし、それが分かっていても、人間誰しも嫌なものは嫌なわけで‥‥。
「これ以上やってられるかーーー!!!」
しばらくすると、早くも脱走への挑戦者第一号が。
周りを冒険者に囲まれているにも拘らず、果敢にも教室の出口へと全力疾走。即座に廊下へと飛び出す‥‥が、そこには蔵王美影(ea1000)の姿が。
「やあっ!!」
「げふっ!?」
絶妙のタイミングで急所に直撃した拳の一撃に、逃走を試みた生徒はあえなく撃沈。
「そう簡単には逃がさないよ〜♪」
「よし、今だ!」
「え!?」
無事に脱走阻止‥‥と、油断した途端に早くも現れる次の脱走挑戦者。
周りの注意が逸らされた一瞬の隙をついての試み。
「そうはいかないわ!」
「うわっ‥‥!?」
間一髪、生徒の腕を掴む事に成功したのは淋慧璃(ea9854)。
しかし、これが別の問題を引き起こす。
「あら、ボウヤ? よく見るといい男じゃない‥‥。どぉ、お姉さんといいことしない?」
「え‥‥ええええーーーーー!?」
実は慧璃、異性と触れ合う事で狂化する性質を持ったハーフエルフだったりする。
「いいじゃない。ほら‥‥」
「い‥‥いえ、あの、その‥‥い、痛いですって!」
逃がさないように羽交い絞めにしながら、生徒の耳元で甘い言葉を囁く。
「あらあら、まだお昼なのに‥‥。うふふ‥‥」
初音はそう言いながらも、慧璃を止める様子は全くなし。
むしろ、楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか‥‥。
他のメンバーはと言えば、どうしていいやら分からずに呆然。
「ご‥‥ごごご‥‥ご、ゴメンなさーーーい!!」
「あ〜ん、いけずねぇん」
嫌がる生徒を仕方なく解放する慧璃。
そして、狂化の条件を取り除かれてしばらくして‥‥。
「あ、あれ? あたい、今、何してたっけ‥‥?」
どうやら正気に戻ったらしく、辺りをキョロキョロとしている。
「そっかぁ、ハーフエルフの女の人って、狂化するとああなるんだぁ〜」
「あんな事とかこんな事とかしてもらえるのかな? 狂化した女の人って、いいかも‥‥」
何やら一部の生徒達が間違った知識を身につけてしまったような気もするが、敢えて触れない方が彼らにとっては幸せかもしれない。
そうこうしている内に夕方になり、暗くなる前に初日の作業は終了。
生徒達はそれぞれの部屋に戻って就寝する事となった。
――その夜。
事の発端となった魔法学校の教師ルーシェスのところに、一部の冒険者達が相談に来ていた。
「‥‥ご褒美?」
「うん♪ 折角みんな頑張ってるんだから、何かおごってあげてよ。ねっ?」
「その方が、皆も喜んでくれますよ〜」
提案したのは紫苑と美影。
「そうだな‥‥一応、考えてはおこうか‥‥」
「やった〜!!」
「やっぱり、先生も皆の事、ちゃんと考えてくれてるんですね〜」
「‥‥ま、まあな」
この時、最後にあんな事になるとは、誰が予想しただろうか‥‥。
――二日目。
「もう、限界だーーー!!」
この日は午前中から早速の脱走挑戦者が。
「これだけはやりたくなかったけど‥‥!!」
そう言った後で、その生徒は何らかの魔法の詠唱を開始する。
一気に周囲に緊張が走るその中で、
「魔法をそんなくだらないことに使うなんて、言語道断だ」
「‥‥‥‥!?」
突如、言葉を発する事ができなくなり、詠唱中の魔法が完全に遮断された。
魔法使いにとって、最悪の敵と言っても過言ではない呪文、『サイレンス』。
それを高速詠唱により、一瞬で発動させた彼の名はファラ・ルシェイメア(ea4112)。
「うわっ‥‥お兄ちゃん、すごい‥‥」
「私もそんな風に魔法使えるようになるかなぁ‥‥」
「え? いや、それほどでも‥‥」
多くの魔法学校の生徒達にしてみれば、高速詠唱を鮮やかに使いこなすファラのようなウィザードは憧れの対象。
次々と向けられる尊敬の眼差しにファラは少し困った様子だったが、悪い気はしていないようだった。
さて、既に実力行使も魔法も通じないと思い知らされた生徒達。
こうなると、残された道は‥‥。
「あ、あの‥‥僕、何だかお腹が痛くて‥‥」
そう、仮病などの嘘をつく事。
「あら、それは困りましたね。では、私が治療棟までご一緒しましょう。直るまでしっかり側に付いていてあげます」
穏やかに微笑んでみせるのはアストレア・ワイズ(eb0710)。
非常に親切な態度と思いきや、実際は思いっきり生徒達を疑っているわけで‥‥。
「いや、そんな‥‥ひ、一人で行けますから‥‥」
案の定、そのままどこかへ逃げ出すつもりだった生徒は困り顔。
「ささ、行きましょう」
「え? え‥‥!?」
そのまま引きずられるようにアストレアに連れて行かれた彼が戻ってきたのは、それからすぐの事だった。
――三日目。
「こうなったら‥‥最後の手段だ。全員で突撃ーーー!!」
あらゆる手を封じられ、生徒達はついに最終手段に打って出た。
全員による一斉逃亡だ。
これには冒険者一同、揃って対処に追われ‥‥るかと思われたのだが、
「猫が寝込んだ、寝転んだっ!」
――ズゴーーーーッ!
突然のギャグに不意をつかれ、一斉に足を滑らせて転ぶ生徒達。
「や‥‥やった〜! 僕にも使えた〜!!」
手に持った魔法少女の枝を振り回しながら、飛び跳ねる紫苑。
使い方が間違ってるとか、魔法少女の杖は関係ないとか、そもそも君は男の子じゃないかとか、そういった問題はこの際全て無視しよう。これが彼の活躍には違いなかったのだから。
「もう、悪い子達ねぇ‥‥。これはたっぷりお説教してあげなきゃ‥‥ねぇ? うふふっ‥‥」
妖しげな笑みを浮かべながら、捕まえた生徒達に迫る初音。
彼女のお説教が効いたのか、四日目に脱走を試みた生徒は誰一人いなかった。
――作業開始から五日目。
「お‥‥終わりました」
それだけを呟いて、生徒達の何人かはパタリと床に倒れた。
「あっ! だ、大丈夫!?」
心配し、即座に駆け寄る美影。
「も‥‥もう二度と御免だ。こんな授業‥‥」
「ちくしょう、ルーシェスの奴、今回の恨みはいつか必ず‥‥」
生徒達から口々に漏れる恨みの声。
「あら、ルーシェス先生も随分と嫌われちゃったみたいね」
「まあ、生徒や僕達を利用したそもそもの動機が不純だし‥‥」
そんな風に納得する初音やファラとは逆に、
「皆、それは違うでゲす」
と、生徒達を説得しようとしたのはミハイル。
「上に立つ人間がわざと失敗をして、下の人間に仕事を与える‥‥というのはタテ社会では当たり前の事でゲすよ。貴重な文献に触れるのは、良い経験になるでゲすしね」
「‥‥ああ、実はそうなんだ」
「ル‥‥ルーシェス先生!! いつの間に!?」
ミハイルの言葉の後で、突如廊下から姿を現したルーシェス。
「お前達の事を思っての事とは言え、辛い思いをさせてすまなかったな」
「そ‥‥そうだったんですか、先生」
「すみません‥‥。僕達、すっかり先生の事を誤解して‥‥」
ミハイルとルーシェスの言葉を信じた生徒達は、いたく感動した様子。
深まる教師と生徒の絆。
(「いや、嘘だな絶対‥‥」)
と、その様子を見ながらファラは心の中で呟くが、口には出さない。
「なに、誤解が解けたならそれで十分だ。では、頑張ったお前達にご褒美をやろう」
「わあ〜! 良かったね、皆〜!」
拍手で生徒達を祝福する紫苑。
どうやら、先日ルーシェスに頼んでおいた甲斐があったようだ。
『ご褒美』という言葉に生徒達は心躍らせ、瞳を輝かせる。
果たして、ルーシェスの用意したご褒美とは‥‥。
「ほれ、近くの農場で取れたミルク。食堂で分けてもらってきたぞ。さすがに人数分の量が入った樽をここまで運んでくるのは疲れ‥‥ど、どうしたお前達!?」
辺りに漂う異様な殺気を感じ取り、ルーシェスは冷や汗を浮かべる。
「‥‥あの、お姉さん。こういう時は思いっきり魔法使ってもいいですよね?」
「ええ。どうやら生徒以上に、先生の方に問題がありそうですしね‥‥」
生徒の一人がアストレアに訊ねると、彼女はあっさりと承諾。
「ま‥‥待て、お前達、話せば分かっ‥‥!?」
「「「「「分かるかーーーー!!!」」」」」
――ズドーーーン!!!
「あたいはフリーウィルでよかったな‥‥」
教室の窓から遥か彼方へと飛ばされていくルーシェスの姿を見ながら、慧璃はつくづくそう思ったという‥‥。