●リプレイ本文
平穏に見える日々の中に隠れ、戦いの影は確かにそこにあった。
それは静かに、ゆっくりと広がっていく災いの種‥‥。
依頼を受けた冒険者達を迎えに、依頼人の男性がギルドを訪れた時の事である。
「少し頼みがあるのだが、聞いてもらえるか?」
アウグスト・スタニスラーフ(eb3740)は依頼人にそう訊ねた。
「何でしょう?」
「荷馬車に仕掛けをさせて欲しい。荷を乗せる場所を二重底にして、中に石版を隠せるようにしたい」
依頼人は少し悩んだ後、こう返した。
「一つお聞きしたいのですが、皆さんの中に、そういった木工作業の得意な方はいらっしゃいますでしょうか?」
そう訊かれて、冒険者達は顔を見合わせたが、その場にいた全員が首を振ってしまった。
「それでは申し訳ありませんが‥‥」
人手は多くとも素人ばかりでは、作業に失敗して荷馬車を壊されたり傷つけられたりしてしまう可能性があるため、アウグストの申し出は受けられないと依頼人は答えた。それでなくとも、出発までにそれほど時間は取れないと言う。
「では、せめて石版の偽物を用意させて貰えませんか? それから、積荷をごまかすための物資も」
今度は、ハイラム・スレイ(eb3219)が訊ねた。欲しいのは、それらしい石に適当な文字を刻んだ偽物らしい。元より、箱の中に隠す物なので、精巧な偽物である必要はないと言う。
「まあ、それくらいなら大丈夫ですよ」
依頼人の許可が出ると、ハイラムはすぐに作業に取り掛かった。幸い、作業を手伝に来てくれていた冒険者も多かったので、石版の偽物はすぐに完成した。積荷をごまかすための物資の準備も同様である。雑多な荷物で荷台のかなりのスペースを埋めたので、傍目には何を護衛しているのか分からないだろう。
出発の準備を終えると、冒険者達はキャメロットを発った。
行きの道中の事。皆で野営の準備を始めた時、ファム・オウエイシス(eb3765)がこんな話をした。
「最近、精霊碑文関係の盗難が多いという話ですが、気になりますね。普通の相手にお金になる獲物でなし‥‥どういった目的があるのでしょうか?」
同じ疑問を抱いていたバデル・ザラーム(ea9933)もこの話題に乗った。
「精霊碑文を狙う盗賊か‥‥。スクロールなどの品は、それなりに高く売れるとも聞くが‥‥」
それだけで納得するのは難しいというのが、バデルの考えだった。単に換金が目的であるならば、他に奪いやすい物が世の中には幾らでもある。加えて、貴重な資料であればあるほど、足がつく可能性は高い。リスクに対して、明らかに見返りが劣るのは否めない。考えれば考えるほど、分からない事ばかりである。
そんなバデルの悩みを解決するヒントになったかは分からないが、ネフェル・ティス(ea8000)が、ある情報を皆に聞かせた。
「キャメロットを出る前に、友達に頼んでちょっと調べてもらったんだけど、事件の起こる数日前あたりから、現場の近くで頻繁に何人かのジャパン人の姿が目撃されてるんだって。強盗に入られたって人達も、やっぱり犯人はジャパン人だったって話が多いらしいよ」
加えて、友人達が聞いてきた限りでは、事件の都度に目撃されるジャパン人の姿はバラバラらしいとの事だった。
「何の目的があるのか分かりませんが、無理やり奪う相手では、使われ方も好意的には考えられません」
ハイラムの言葉に、一同は頷いた。
「‥‥‥‥‥‥」
仲間達が議論を交わす中、シヴァ・ブラッディロード(eb2669)はじっと荷馬車の周囲の様子を見ていた。ここまでの過程では、特に怪しい人影を目撃したり、気配を感じたりする事は無かった。もしかしたら、このまま何も起こらずに依頼が終わってくれるかもしれないと、そう思い、また願った。
その後、何事もなく遺跡に辿り着くと、冒険者達は石版を荷馬車に積む作業を手伝った。
「ねえ、この石版って、いったい何が書かれてるの?」
遺跡で発掘作業に携わっているという者達にネフェルが訊ねた。ずっと気になっていた事らしい。
「大昔の人と精霊の関わりについて‥‥みたいな内容らしいけど、内容が難しすぎて、詳しい事はまだ分かっていないんだ」
「それで、キャメロットの偉い先生のところに運んで解読してもらおうって事になったのさ」
また、これも話を聞いて分かった事だが、今回、冒険者達を連れてきた依頼人はその偉い先生とやらの弟子なのだという。
話を聞きながら、ネフェルはどうにもある疑問を抱かずにはいられなかった。
「もし、本当にこれを狙ってくる人がいるとしたら、内容に関係なく狙ってるって事?」
肝心の石版は、偽物の石版の入った木箱とは別の木箱を用意して、全てその中に入れられた。目立たぬよう、周りに他の荷物も並べる。
「特に怪しい者はいない‥‥か」
アウグストが遺跡の中を見回しながら呟く。この遺跡でも、やはり変わった事は何もなかった。
見えない敵への苛立ちと、何事も起こらない事への安堵の両方を感じながら、冒険者達は再び出発の時を迎えた。
遺跡を発ってしばらく経った後の事。一同は何もない道の途中に一人で座り込んでいる黒髪の女性の姿を見つけた。服装から、ジャパン人らしい事が分かる。
皆、護衛任務中という事で少し抵抗はあったが、さすがに気になって荷馬車を止める事にした。
「どうかされましたか?」
「不注意で足を挫いてしまいまして‥‥。何とか、この先の村まで行きたいのですが‥‥」
ファムが訊くと、女性は痛む右足を押さえながら答えた。見れば、衣服に血が滲んでいる。
「失礼。私に診せてもらえますか?」
怪我をしているのだと分かり、ハイラムが前に出てきた。
彼が神への祈りの言葉を唱え、女性の怪我をした場所に手を翳すと、優しく淡い光の発せられた後に、女性の傷は綺麗に無くなっていた。
「これは‥‥ありがとうございます。何とお礼を言って良いか‥‥」
「いえ。神に仕える身として、当然の事をしたまでです」
さて、ここまでは微笑ましい光景。
「‥‥どう思う?」
「う〜ん‥‥」
ハイラム達のやり取りの裏では、バデルやネフェル達が女性の様子を見て敵か否かの判断を相談していた。
「村はそう遠いわけでもない。警戒さえ解かなければ問題はないだろう」
「任せる」
言ったのはアウグストとシヴァ。
結局、荷物には近づかせないようにするという事で、女性にも同行してもらう事になった。ただ、念には念を。乗ってもらったのは荷馬車ではなく、ファムの連れていた馬の背だ。
その後、いよいよ村まで残り少しというところになって、また別の厄介な出来事に遭遇した。道端で行き倒れている男性に遭遇したのである。姿を見る分には、この付近の村人のように思える。
「大丈夫か?」
「うぅ‥‥うっ‥‥」
シヴァが声をかけてみても、男は苦しそうにうめき声を上げるばかり。
「これは‥‥何かの病気かもしれません。早く村に‥‥!」
ファムは仲間達にそう呼びかけた。演技の可能性もあるが、それにしては本当に具合が悪そうだと感じたからだ。
しばらくして、冒険者達は無事に村へ辿り着いた。
問題の男性を医者に見せたところ、やはり危ない状況であったらしい。もし、冒険者達が見捨てていれば、今頃、彼の命は無かっただろうと言われた。
「では、私はこれで失礼します。どうも、ありがとうございました」
男性の無事を聞き届けると、一緒に乗せてきた、あのジャパン人の女性も冒険者達に礼を述べて、その場を去った。
――夜になった。
何も起こらぬまま、この日も終わるかと思われた。
けれど待っていたのは、冒険者達の予想だにしない、あっけない結末だった。
「‥‥誰!?」
最初に気づいたのは、ネフェルだった。彼は我が目を疑った。何故なら、見張っていたはずの石版の入った木箱が一瞬にして、全身を黒い装束で纏った謎の人物の姿に変わったからである。今回参加した冒険者の中で、彼は最も優れた視力や聴力を持っていたが、その彼ですら気がつかない間の一瞬の出来事だった。
「‥‥そこにあった荷をどこへやった?」
即座に剣を向け、アウグストが訊ねる。
だが、目の前の人物はじっと動かず、何の返答も返さない。
「‥‥言葉だけでは話す気にはならないか。‥‥なら、その身に訊くまで‥‥」
他の誰よりも早く、その敵に攻撃を仕掛けたのはシヴァ。紅のマントが風に揺れた。
「‥‥」
フェイントを混ぜての先制攻撃だったが、黒い影は容易く交わしてみせた。かなりの俊敏さだ。
「この‥‥!」
「逃がしません!!」
続いて、バデルとファムがそれぞれに攻撃をしかけたが‥‥。
「何‥‥!?」
突然の爆発と、広がる煙幕。二人は敵の姿を見失う。
「いた、あそこ!」
叫んだネフェルの視線の先、村の家屋の屋根の上、冒険者達を見下ろす黒装束の影。
こちらの視線に気づいたのか、突如、逃げ出し始める。冒険者達も一斉に追うが、相手の足は速い。
「くっ‥‥」
「これでは‥‥」
広がる距離。ここに来て、ハイラムとアウグストは重装備が仇になった。
「任せて!」
シフールの本領発揮とばかりに、ネフェルが空を飛んで人影を追う。
だが‥‥、
「うわっ!?」
後一歩のところまで距離を縮めたところで、またしても突然の爆発と煙幕。今度は完全に敵の姿を見失ってしまう。
失敗。その言葉が冒険者達の脳裏をよぎる。
「‥‥‥‥」
静かに、けれど強く。シヴァは、討つべき敵を失った拳を大地に叩き付けた。
――後の事。
人知れぬ場所で言葉を交わす、男女の姿があった。
「見事な空蝉に御座いました」
「騙し、ごまかし、欺くは我らの本分なれば、見抜くもまた同じ。主の目、確かであったな」
「予期せぬ事が起きれば、無意識に大事な物に目が向くは自然」
「愚かなるは湖心の心得を知らぬ者達よ。我が姿に踊らされたあの様‥‥」
「奪われた時の事など、誰一人考えては無かったのでしょう。なればいっそ、あの者達にとっては肌身離さず持つが正しき選択であったやも知れません」
「ともあれ、任は終えた。この荷、あの方の元へ届ける」
「はっ」