【騒乱の影】 追う者、追われる者
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■ショートシナリオ
担当:BW
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 81 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月12日〜11月15日
リプレイ公開日:2005年11月23日
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●オープニング
その日、冒険者ギルドを訪れたその男は、変り種や癖のある人間の多いギルドの中でも、どこか浮いているところがあった。
彼の特異だった点というのは、彼がまるで周囲の冒険者達を観察するかのような目で見ていたというところだ。何人かの冒険者は、彼の怪しげな視線に気づいていたが、特に彼を気にとめる者はいなかった。それは、彼の顔に誰も見覚えがなく、おそらく、今日初めてギルドを訪れ、物珍しさから周りの冒険者の様子を伺っているのだろうと、そう考えたからだ。そういう見方をすれば、彼が腰に野太刀を差した黒髪のジャパン人であった事も、少なからず影響したのかもしれない。
「ふ〜ん‥‥」
しばらくすると周りの様子を眺めるのに飽きたのか、男はカウンターにいた受付嬢の前に来た。受付嬢は、てっきり彼は依頼を受けに来た冒険者だと思ったが、それは違っていた。
「なあ、姉ちゃん。ちょいと依頼したい事があるんだが、いいかい?」
「え、あ、はい」
少し驚いたが、すぐに気を取り直して話を聞いた。
「実は野暮用でキャメロットから出たいんだが、厄介な事に最近、俺の後をつけて来る怪しい奴らがいてな。怖くて、のんびり一人で街の外に出かける事もできやしねぇ。そういう訳で、俺をそいつらの目から逃がして欲しい。とにかくキャメロットを出る前に撒ければいいんだが、頼めるかい?」
正直なところ、どうにも嘘くさい話だと受付嬢は思った。
「まず、貴方がその人達に追われる理由を教えていただけませんか? 何か、後をつけられるような心あたりは?」
「まあ、あると言えば、ある。ちょっと前に、あいつらの仲間と俺の友人が大喧嘩をしてな。向こうはその時の恨みを晴らすために、俺の友人を探してる。そのとばっちりで俺も狙われてる‥‥っと、まあそんなところだ」
何ともお粗末な話だが、なくもない話だ。だが、まだ納得はできない。
「その喧嘩の原因は何でしょうか?」
念には念をと、訊ねてみる。
「おいおい、疑り深いねぇ‥‥。恥ずかしいんで、詳しい事は勘弁してくれねぇか? まあ、ガキの喧嘩だよ。ある事で、どっちが正しいの正しくないの、どっちが損するだの得するだの、そういう喧嘩だ」
やはり、どうにも嘘くさい‥‥と、受付嬢は思った。
「まあ、信用ならないって思われるかもしれねぇけどよ、少なくとも自警団だの騎士団だの、そういう連中に追われてるわけじゃねえぜ。俺が本当に酷い悪さして追われてるんだったら、連中、今頃は遠慮なくここに乗り込んできて、俺をしょっ引いてるだろうよ」
確かに、一理ある。
「それに最近、何かと物騒になってるのは知ってるかい? キャメロットの街中や周辺で、ジャパン人同士の小競り合いが増えてるって話さ」
男の口からそんな話が出た。
実のところ、噂のレベルではあるが、ギルドにもそういう話は入ってきていた。もっとも、それで何かの依頼が入ってきているというわけではなかったので、受付嬢自身は詳しい事は知らない。
「噂じゃ、たまたま争いに巻き込まれて死んだ奴もいるってよ。ここで俺を追い返して、それで明日になってその辺の道に冷たくなって転がってたら、姉ちゃんだって気分が悪いだろうよ?」
「それは‥‥そうですが‥‥」
「頼む。人助けも冒険者の仕事だろう?」
それからしばらくの交渉の末‥‥。
「‥‥分かりました。お引き受けします」
「ありがとうよ。ああ、言い忘れてたが、俺の名前は宮戸太助ってんだ。よろしく頼むぜ」
こうして、新しい依頼書が一つ、ギルドの壁に貼り付けられた。
●リプレイ本文
争いの影は人知れず広がっていた。
波のように静かに、ゆっくりと‥‥。
「つまんねえガキの喧嘩ねえ‥‥。喧嘩くらいでギルドを頼るたあ、派手な喧嘩だな?」
少し意地の悪い笑みを浮かべながら、レオンハルト・ヴァルター(eb3741)は依頼人の太助にそう言った。
「ただの喧嘩で、ちょっと度が過ぎちまうって事は、よくあるさ。なに、お天道様の下で白昼堂々、殺し合いにはならねぇよ。‥‥それにしても、慣れねぇな、この服‥‥」
変装のためにと冒険者達に渡された服に着替えたは良いが、どうにも違和感を拭えない太助は、苦笑を浮かべながら、そう話す。
「穏かな話じゃないよねぇ。‥‥どっちにしてもキミの話、そのまま信じてるわけじゃないけど」
はっきりと太助への疑いを口にしたのはカッツェ・ツァーン(ea0037)。
「でもまあ、疑っててもしょうがないし。しっかりきっぱりお仕事はするよ」
すると、意外にも太助は感心したような表情でカッツェの顔を見た。
「‥‥何?」
「‥‥いや、なるほどなと思ってね」
言われたカッツェは何に納得されたのかよく分からず、太助に言葉の意味を聞き返そうとしたが、その前に太助がセピア・オーレリィ(eb3797)の方に話かけた。
「そっちの姉ちゃんはどうなんだ? こっちの姉ちゃんと同じ考えか?」
訊かれたセピアは少し悩んだが、素直にこう答えた。
「正直に言えば、私もあなたを信用していないわ。もっとも、あなた自身、それは分かっている事でしょう?」
「‥‥おっと、こいつは一本取られたな」
まいった、まいったと太助は頭を掻きながら笑みを浮かべる。その態度を見る限り、やはりセピアの言う通り、最初から本人も信用の無い事は覚悟の上だったようだ。
「そこまで分かって俺の依頼を受けてくれたんなら、こっちとしても、いっそ気をつかわずに済むってもんさ。期待してるぜ」
「気軽に言ってくれるな。さて、そろそろ行くか‥‥」
そう言って、ギルドを出ようとレオンが歩を進めたその時の事。
「あの‥‥」
「‥‥ん?」
太助の服の袖をちょいちょいと引っ張り、ぽ〜っとした表情で橘木香(eb3173)はこう訊ねた。
「えーと‥‥その‥‥、私達がお引き受けしたのって、どういう依頼でしたっけ?」
――ドゴッ!!
「あ、すごい音‥‥」
呟くカッツェの視線の先。ちょうど歩き始めたばかりのレオンがギルドの床の上で盛大にこけていた。
「‥‥やるな、嬢ちゃん。あのファイター、なかなか隙のない男だったのに、それを一瞬で‥‥」
「え‥‥私‥‥何かしました‥‥?」
本人に自覚は全くない模様。
「「「‥‥‥‥」」」
一同、沈黙。
「‥‥どうかされましたか?」
「いや、何でもない。ええと、依頼の内容‥‥だったっけか? ま、まあ、何だ。悪い奴らに後をつけられてる俺を、こっそり街から逃がして欲しいなぁ‥‥と」
「‥‥なるほど。分かりましたぁ」
何とも大雑把になった太助の説明に、木香が本当に理解しているのか心配になったセピアが訊き返す。
「本当に分かったのですか?」
「‥‥その‥‥つまり‥‥愛の逃避行?」
――ドゴォ!!!
「あ、さっきより凄い音‥‥」
再び、カッツェの視線の先。今度は、太助が何もないギルドの床の上で盛大にこけていた。
「太助さん、そこは普通、依頼人として怒るところじゃ‥‥?」
「‥‥いや‥‥何か、つい‥‥」
セピアが訊くと、太助は乾いた笑みを浮かべるばかりだった。
「何だか‥‥皆さん、楽しそうですねー‥‥」
「いいから‥‥早く行くぞ」
これ以上の被害を出す前にと、木香はレオンハルトに首根っこを掴まれ、外に引っ張り出されたのであった。
「さて、まずは人込みを探しましょうか?」
ギルドを出ると、最初にカッツェがそう言った。
「人込みねぇ‥‥。それで撒けるほど簡単なら俺も苦労してねぇんだが‥‥」
「まあまあ、任せてみて下さい。こちらも色々と考えてありますので‥‥。まずはコロッセオなんてどうでしょうか?」
先の木香の一件もあってか、どことなく不安そうな太助にセピアはそう言ったが‥‥。
「今日はまだ受付の日で、試合は明日から?」
「‥‥そう‥‥らしいですね。人も‥‥少ないです‥‥」
辿り着いて見れば、肝心のコロッセオはガラガラの状態だった。とぼとぼと、一同はその場を後にする。
試合の日程は毎週決まっている。そうそう、自分達の都合の良いようには、世の中は周ってくれないらしい。
「明日、また出直す?」
「期待通りの人の入りがあるかは分からん。待つだけ時間の無駄かもしれないぞ」
カッツェが翌日の再訪を提案したが、ラインハルトは別の案を考えるべきだと言った。
「エチゴヤを覗いてみるか? 最近はオークションが開かれるようになって、前にも増してかなり賑わっているようだ」
――道中の事。
周囲の他の者達には聞こえないような小声で、カッツェはさりげなく木香に声をかけた。
「どう、気づいた?」
「え‥‥? 何の事でしょう‥‥?」
木香の返答に、危うく派手に転びそうになるカッツェ。
「ごめん。訊いた私が悪かった」
「‥‥よく分からないですけど、ええと‥‥お気になさらないで下さい」
そんな木香をよそに他のメンバーで話は進む。
「‥‥ほんの数人だが、確かにいるな」
「向こうは上手くごまかしているつもりなのかも知れないけど、イギリスでジャパン人は目立つわね」
レオンハルトとセピアが話しているのは、太助をつけてきているという追っ手の事。
人込みを探してキャメロットの中をうろついているのには、相手の姿を確認するためという目的もある。
「‥‥全く考えなしに動いているのかとも思ったが、そうでもないわけか‥‥」
「何か言った?」
明後日の方を向いて呟く太助の声が、カッツェには少しだけ聞こえたらしい。
「いや、何にも。それより、見えてきたぜ。あそこだろ」
太助の指差した先。冒険者達の探していた、人込みがそこにあった。
一同はエチゴヤの前まで来ると、そこで一度立ち止まった。
「さすがに、大きな店は人の入りが違うな。どこからこんなに集まって来るんだか」
「まあ、そんな事を言ってる私達も、いつもお世話になってるわけだけど」
自分達で望んで来たとは言え、レオンハルトもカッツェも目の前の光景に苦笑している。
武器や防具から、保存食に酒や日用品まで幅広く扱っているのがエチゴヤの売りである。当然、客層も幅広く、キャメロットのあちこちから人が集まってくる。周囲にいるのは人ばかりではない。荷物を運ぶために連れられてきたと思われる馬や驢馬も多い。
「これなら作戦通りやれそうね。太助さん‥‥」
「ん?」
セピアが素早く何かを太助に耳打ちする。
「分かった」
太助はその一言だけを返した。
――ドン。
「きゃーーー!! 誰かーーー!!!」
突然、エチゴヤの前で大きな悲鳴が上がった。悲鳴の主はセピアだ。
「どうした!?」
「この人が、いきなり私の身体を触って‥‥」
「何!?」
「なんて、うらやま‥‥じゃねえ! おい、この変態野郎!!」
「ち、違う! この女がいきなり‥‥!!」
痴漢呼ばわりされ、狼狽する男。それもそのはず。人込みの中で横からいきなりセピアに抱きつかれたと思えば、無理やり手を胸に押し付けられたのである。
「嘘よ! 私、見てたんだから」
どこから現れたのか、カッツェが周囲の人々を煽る。
「‥‥ん? お前、ジャパン人だな」
「だ‥‥だったら、何だ?」
「最近、お前等あちこちで悪さしてるらしいじゃねえか。いい機会だ。二度と悪さできない身体にしてやろうか、ああ?」
そんなやり取りの繰り広げられている場所から少し離れて‥‥。
「‥‥同じ男としては、情けをかけてやりたくなるな‥‥」
「何を言っている。おたくにとっては敵だろう」
「そうなんだが‥‥」
人込みに紛れてセピア達の様子を見ていた太助とレオンハルトの姿があった。
一方、木香はと言えば‥‥。
「あ‥‥ああいう風にやればいいんですね‥‥」
セピアがやった事を真似してみようと、木香も密かに追手の男の一人に近づいていた。
後一歩で男の身体に触れると思ったその瞬間の事。
――ドカ!
「おっと、ごめんよ」
「‥‥え?」
木香に不幸の神でもついているのか、全く関係ない別の男にぶつかり、木香はそのままバランスを崩してふらふら‥‥。
――ドン!
「‥‥えっと、私‥‥何を‥‥?」
ぶつかったのは、買い物客の冒険者が連れてきていた馬だった。
エチゴヤの前には大勢の野次馬が集まっていた。
店の前の往来で買い物客の馬が暴れだし、周辺の人々を巻き込んでの大騒ぎである。
「こうはならないようにと頼んだはずだが‥‥?」
「おたく自身は少しも目立っていないんだ。大目に見てくれ」
そう言うレオンハルト自身も、巻き込まれた人々の事を思うと少し胸が痛む。
だが、今なら太助を逃がすのもそう難しくはない。
人込みに紛れ、そのまま人気のない裏通りへ入る。
「今のうちに街を出ろ」
「ここから一人でか?」
「心配するな。俺はここで追手が来ないように見張る」
「‥‥分かった。世話になったな」
「気を抜くな。まだ終わったわけじゃない」
そうして、男達は別れた。
「さて‥‥」
レオンハルトは念のため、しばらくその場に留まった。
――その後の事。
エチゴヤの前での騒動がようやく収まると、冒険者達は再び合流した。
この時、木香の服には馬に踏まれた蹄の跡が残っており、よく無事だったなと一同は違う意味で感心した。
騒動が収まりきる前に追手の男達は全員、姿を消していた。もっとも、時間的に考えて、太助に追いついているとは考えにくかった。
――その頃。
人気のない森の中。紅く染まった大地と、倒れている二人の男。先の追手のうちの二人である。冒険者達は全ての追手を撒いたわけではなかったのだ。
だが、そこには無事な太助の姿と、彼が持つ血に濡れた野太刀もあった。
「いい加減で詰めが甘いところはあるが、それなりに役には立つか。扱いにくい連中だが、さて‥‥」
そう呟き、太助はその場を去った。