【騒乱の影】 国を乱す者

■ショートシナリオ


担当:BW

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月12日〜12月17日

リプレイ公開日:2005年12月15日

●オープニング

 ――キャメロット内、某所。
 男は不機嫌そうに、キャメロットの町並みを眺めて呟いた。
 この国では珍しい黒髪。そして、鋭く尖った黒い眼。
「‥‥忌々しきは我が祖国を裏切りし者共‥‥そして、この国の冒険者共よ‥‥」
 彼の手には、一枚の羊皮紙が握られていた。
 それは、ここ数ヶ月に及ぶイギリス国内での、神皇に仕える者達の行動とその結果を纏めたものだ。
「少し落ち着かれよ、鬼界殿‥‥」
 近くにいた別の男が、茶を啜りながら言う。見れば、なかなか端整な顔立ちをしている。彼もまた、黒髪に黒い瞳。
「うむ。やはり茶は心が落ち着く‥‥」
 鬼界と呼ばれた男は視線を部屋の中に移すと、呆れたようにこう言った。
「暢気なものよな、掃部殿‥‥。主は、先日亡くなった天宮殿と親しかったと聞いたが、怨みに思うてはおらぬのか?」
「天宮殿は‥‥あの方は、この国の者達を恨んではいないと、そう言って死んでいかれた。本人が恨みに思っておらぬのです。私も恨みませぬ」
 掃部と呼ばれたその男の顔は、そう言いつつもどこか寂しげであった。
「そうか。だが、主も分かっていよう。恨む、恨まないに関わらず、奴らとは戦わねばならぬ。神皇様のためにな‥‥」
 全ては神皇のために‥‥。
 それは、かの者に忠誠を誓いし者達の言葉。
 鬼界双真、掃部明河‥‥。彼らはイギリスにおいて神皇からの任を受けて動く志士や陰陽師達を束ねる立場にあった。
「我が祖国に騒乱を持ち込もうとする愚か者達を、我らは決して許してはならぬ。この国の冒険者達がジャパンに敵対する意思を持つのであれば、それもまた同じ‥‥」
「鬼界殿‥‥。少なくとも、全ての冒険者が我らに牙を向く者とは限りますまい」
「信用ならん。冒険者など、金さえ貰えれば、どうにでも動くような下賎の者達であろう」
「これは、おかしな事を‥‥。その信用ならない相手を、鬼界殿も雇っているではありませんか?」
 そう言われて一瞬、双真は口を閉ざしてしまう。
「‥‥奴らは別だ。ジャパンから私が選んで連れてきた者達だからな」
「人手が足りぬとは言え、本来であれば神皇様に仕える事を許された者達だけで行うはずのこの役目を、何故あのような者達にと、他の方々も申しております」
「仕方のない事だ。‥‥それとも掃部殿、主に何か策でもあるのか? 奴らに対する別の策が?」
 今度は明河が黙ってしまう。
「そうであろう」
「確かに、『対する策』はありませぬ」
「‥‥何?」
 明河は茶の最後の一滴を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、用事がありますので私は少し出かけて参ります。‥‥ああ、忘れるところでした」
 思い出したように、明河はこう続けた。
「最近、おかしな噂を耳にしました。この国の精霊資料が幾つも、密かに我らが祖国に渡っていると‥‥」
「噂であろう。普及派の動きは我らの方で見張っている。何より、貴重な資料であれば、月道を越えるのは容易ではない。管理局の調べに僅かな綻びもないとは言わぬが、多くは向こうには渡れまい」
 双真は淡々と答えた。
「‥‥そうですな。いえ、失礼。妙な事をお聞きしました」
 そう言って、明河は部屋を出ていった。
 明河の足音が遠くに去っていった後、双真は一人、呟いた。
「いや‥‥ありえぬ事だ‥‥」



 ――同日、冒険者ギルド。
「申し訳ありませんが、本件の依頼主は匿名とさせて頂きます」
 カウンターの受付嬢にそう言われ、冒険者達は目を丸くする。
 匿名の依頼‥‥。いつ、誰がどのように依頼したのか、そしてどのような依頼なのか、単純な興味から依頼の内容を聞いてみたいと考える冒険者もいた。
「近日、キャメロットのとある精霊碑文の研究家の家に、泥棒が入るとの情報があるそうです」
「‥‥それを捕まえる‥‥のか?」
 近くにいた冒険者が訊ねる。周囲からも、そんな単純な依頼なのかと疑問の声が上がる。
「いえ、違います」
 言われて、周囲の冒険者達の囁き声が止む。
「依頼人の情報によれば、その泥棒達を退治すべく、別の者達がその場に姿を現すとの事です。依頼の内容は、その泥棒とは別の者達の行動を調査し、その目で見た一部始終をギルドに報告する事‥‥になります」
 ざわざわと、先とはまた別の疑問の声が上がる。
「何のために、そんな事を‥‥?」
「残念ながら、今はまだ申し上げられません」
 ギルドが正規の依頼として出している以上、依頼主の身分はギルドによって保証されている事になる。
 しかし、あまりに不明な点の多い依頼。冒険者達は一人、また一人とその場を去っていく。
 誰もが感じているのだ。危険と隣り合わせの幾多のギルドの依頼の中でも、特に危険な臭いを‥‥。
 だが、危険が大きいほど、見返りもまた大きいという可能性もある。言ってみればこれは一種の賭け。
「無理は言いません。いかなる危険も、真実も、その目にした全てを受け入れる勇気のある方のみ、この依頼をお受け下さい」
 果たして、そこには何が待つというのだろうか‥‥。

●今回の参加者

 ea0602 ローラン・グリム(31歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3006 クララ・ディスローション(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb0911 クラウス・ウィンコール(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb1171 レザード・リグラス(30歳・♂・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb2962 凍扇 雪(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 目に見えるもの、見えないもの‥‥。
 人は、見えているものだけが世界の全てと思うかもしれない。
 けれど、ふと足下を見れば、今まで見えていなかったものが見えてくる事もある。
 いつだって、それはそこにあるものだから。

 裏通りの影から研究所の入り口を眺めつつ、ローラン・グリム(ea0602)は依頼を受けた今も、この依頼の目的について思案を巡らせていた。
「‥‥どうにも妙な依頼だな。依頼人が正体を明かさないってのは、本人の事情もあるんだろうが、それにしたって、何で研究所が泥棒に狙われてるだの、その泥棒を撃退する奴らがいるだの知ってるんだ?」
 正体不明の依頼人、謎の敵、そしてそれと戦う者‥‥。疑問は尽きない。
 だが、それでもなお、彼はこの依頼に関わる事を選んだ。無謀とも言える賭けではあるが、彼にそれをなさしめたのは、幾多の武闘大会を戦い抜いて身につけた勇気と剣技か。
「俺には全く見当がつかないわけなんだが、キミ達はどう思う?」
 訊ねられて、その場にいたクララ・ディスローション(ea3006)とクラウス・ウィンコール(eb0911)は何やら返答に困った表情を見せる。
「え〜と‥‥お義兄ちゃん?」
 クラウスの顔色を伺うようにして、クララは彼に視線を送ってみた。
 彼女は今回のような人間同士の争いに関わった経験が余りないらしく、だいぶ緊張しているようだ。表情では余裕のあるように見せてはいるが、ギルドを出てから、お義兄ちゃんと呼ぶクラウスの側に寄り添って、あまり離れられずにいた。
「‥‥まあ、これは推測だが、依頼の裏にどういう事情があるかは分かる」
 淡々と、クラウスは次のように語った。
「まず、依頼人は間違いなく、研究所を襲おうとしてる泥棒か、その泥棒を撃退しようとしている者達のどちらかの側の関係者だと思う。無関係な人間なら、自警団なり騎士団なりに通報するだろうからな」
「ほう‥‥」
 なるほどと、ローランが頷く。
「そこがポイントだねっ」
 クラウスの横にピタリとくっついて、うんうんと頷きながら、クララもそう言う。
「依頼人の正体として可能性が高いのは、追跡をさせる目標‥‥つまり、泥棒を撃退しようとしている側の関係者の線だ」
「どうしてそう思う?」
「ギルドから依頼が出たって事は、少なくとも依頼人は泥棒の側の人間じゃない。もしそうなら、ギルドから信用されるはずがないからな。‥‥おそらくだが、泥棒を撃退しようとしている者達は、何かの組織的な集団のメンバーなんだろう。その中に裏切り者か、あるいは泥棒側への内通者か何かがいて、それを俺達に探らせようとしている‥‥と、そんなところだろうな」
 話を聞きながら、ローランもあらためて依頼の出た経緯を考え直してみる。
「‥‥自分の手勢を使って裏切り者を調べさせるとすれば、相手にも顔が知られている分、やりにくい。そこへいくと、俺達のような冒険者は利用しやすい‥‥か。確かに、それなら辻褄が合うな」
「あ‥‥」
 クラウスとローランが意見を交わしている最中、クララがふと研究所の方を向き直すと、そこである人物を見つけた。依頼を受けた仲間の凍扇雪(eb2962)だ。彼はギルドを出てから今まで、クララ達とは別行動をとっていた。
「こちらでしたか」
「随分と遅かったな。何をしていたんだ?」
「いえ、ちょっと寄って行きたい場所があったものですから‥‥。とはいえ、残念ながら成果はありませんでしたけれど‥‥」
 ローランに訊かれて、苦笑いを浮かべながら雪はそう答えた。だが、その雪の態度を見て、クラウスは何となく、彼がどこに行っていたのか分かったようだった。
「あのね、雪さん、聞いて聞いて」
「はい。何でしょう?」
 コホンと咳払いを一つし、クララはこう語り始める。
「まあ、これは推測だが、依頼の裏にどういう事情があるかは分かる」
「‥‥はい?」
 クラウスとローランが苦笑を浮かべる中、クララは先の二人の台詞を真似しながら、会話の内容を雪に聞かせ始めたのであった。
「‥‥というわけで、こう考えると辻褄が合うの」
「なるほど。クララさん、すごいですね」
 誉められて満足した様子のクララが研究所の監視に戻ると、今度はクラウスが雪に近づいて小さな声でこう訊いた。
「‥‥やはりこの件、あの事に関係あると思うか?」
 その瞬間、二人の間で空気が変わった気がした。それは、この二人が共通して持つ、過去のある依頼に関する事だったから。
「‥‥さあ、どうでしょう?」
 相変わらずの笑顔で、雪はそれだけを答えた。

 ――その夜。
 人通りもほとんどなくなった深夜の事だ。動きがあった。
「わわっ‥‥どうしよう。本当に来ちゃったよ‥‥」
「慌てなくてもいい。今は様子を見よう」
 暗闇に紛れて動く人影。数は四人。研究所の入り口の扉を破壊して堂々と中に押し入る。手口としてはかなり乱暴だ。泥棒というよりも強盗である。いずれもジャパン人だ。
「やはり‥‥そういう事か」
 クラウスが誰にともなく呟いた。
 研究所から物音が聞こえる。物の壊れるような音。周囲の住民達もこれには気付いたかもしれない。だが、悲鳴のようなものはまだ上がっていない。時間にして、僅か十分弱で彼らは研究所を出てきた。よほど慣れているのか、随分と手際がいい。
「退治に出てくるっていう連中はどうした? 誰も出てこないぞ」
「まあ、とりあえず彼らを追ってみれば、いいんじゃないですか? 私達の思っている通りなら、必ず姿を見せるはずですし。ねえ、クララさん?」
「う、うん。行こう、お義兄ちゃん」
「ああ。今はそれしかなさそうだ」
 クラウスとローランが先になり、それより若干の距離を置いて、クララと雪が続けて泥棒達の後を追う。
 泥棒達の追跡を始めて、二分といったところだろうか。研究所はもう見えない。だが、冒険者達の判断した通り、ほどなくして、その者達は姿を現した。人気のない裏路地。数は六人。いずれも、浪人と思われるジャパン人だ。そして、冒険者達は、四つの泥棒の首が地に転がる様を目撃する。あっという間の事だった。
『‥‥これで全部か』
『全く、馬鹿な奴らだぜ。おい、ブツの方は?』
 男達の会話を、クラウスとローランが物陰に隠れたまま聞くが、二人には彼らが何を話しているのかが理解できない。
「あいつら、何を話している?」
「‥‥多分、ジャパン語だ。くっ、まいったな」
 クラウスは慎重に、後ろからついて来ているクララと雪に近くまで来るよう手で合図を送る。こっちの二人にはジャパン語が分かるからだ。
「どうかしたの?」
「ああ、それが‥‥ん?」
 クラウスが話そうとしたその時、先ほどまで会話していたジャパン人達が二手に分かれた。片方のグループは四人で、先の泥棒達の死体を抱えている。今は、その場の争いの痕跡を消しているようだ。もう一方のグループは研究所から盗まれた資料の類らしきものを抱えている。こちらは既に移動を始めた。
「どうする? こっちも分かれるか?」
「そうだな‥‥。俺はここに残ろう。奴らが何をしようとしているのか気になる」
「では、私はさっきの方々を追う事にしますよ」
「私も。多分、あっちの方が本命だと思うし」
 結局、先行組だったクラウスとローランがその場に残り、クララと雪が資料を持った者達の後を追った。
 ――数分後。
 死体の片付けと現場の痕跡消去にあたっていた者達は、馬を持ち出してきた。
「くっ‥‥これ以上は無理か」
「ああ。残念だが、引き上げだな」
 クラウスとローランはその場を離れる事にした。
 移動に馬を使われては追いつけない。かといって、こちらも馬を持ち出せば目立ってしまう。追跡はここで断念せざるをえない。
「研究所の方に戻ろう。何か痕跡が残っているかもしれない」

 ――その一方。
 クララと雪は資料を持った男達の後を追い続けていた。
 しばらくすると、男達の周囲への警戒が妙に強まった。目的地が近いのか、あるいはこちらの追跡に気付いたのかは分からない。
「うっ、今こっちを見られたかも‥‥。気付かれちゃったのかなぁ?」
「かもしれませんね」
 二人もこれ以上の追跡に限界を感じ始めていた。ここから先に行こうとすれば、おそらく相当の危険がつきまとうだろう。
「クララさん、無理をされなくてもいいですよ。後は私がやります」
「え、でも‥‥」
 その時、雪は手の中に持っていたある物をクララに見せた。
「私にはこれがありますから」

 クラウスとローランは研究所の前まで戻ってきていた。
 だが、二人は研究の中に入る事ができなかった。なぜなら、既にそこには自警団と思われる者達がやって来ており、周囲には灯りをもった野次馬が何人か集まって来ていたからだ。彼らが思ったより、周辺住民達の対応が早かったらしい。
「何かあったのか?」
 近くにいた野次馬の一人の女性にローランが訊ねる。
「ここの研究所、強盗にあったんですって。研究所の中には、中にいた所長さんは、寝込みを襲われて、あっという間に縛られて脅されて‥‥。大変だったらしいわよ。でも、一応、怪我はなかったそうよ」
 また、別の野次馬達からも詳しい話を聞いたところ、取り合えず一部の資料以外に被害はなかったらしい。
「仕方ない。二人が戻るのを待つか‥‥」
 それ以上の情報が得られそうにない事を悟ると、クラウスとローランは、その場でクララ達を待ってギルドに戻る事にした。

 ――そして、しばらく後。
 冒険者達は無事に合流を果たす。
「残念ながら、最後まで‥‥とはいきませんでしたよ」
 隠身の勾玉が使えなくなった時を最後に、雪も追跡を切り上げていた。
「会話も余り聞き取れなかったのですが、ただ、気になる言葉がいくつか」
「どんなのだ?」
 クラウスが訊くと、雪はこう答えた。
「羽林家‥‥月道‥‥中御門‥‥とまあ、こんなところです」
 この時、冒険者達にはこれが何を意味しているのか分からなかったが、後日、冒険者ギルドから雪に特別報酬が出た。珍しい鎧の類だったとの事だ。

 幾つかの謎を残したまま、夜が明けようとしていた。