静かなる森の竜

■ショートシナリオ


担当:BW

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月05日〜09月10日

リプレイ公開日:2006年09月18日

●オープニング

 キエフ冒険者ギルド。
 ここには様々な問題を抱えた人々が、冒険者達の力を借りるべく集まってくる。
 開拓のすすむロシアにあって、それは主に魔物や蛮族との争いに関するものが主であり、この日の新たな依頼もまた、そういった内容の仕事であった。

 その日ギルドを訪れたのは、新たな村の開発計画を立てているという商人の男だった。
「近くに川があって水には不自由しなません。キエフからの距離も遠すぎることはありませんし、特に危険な道を通らなくても行けます。立地条件としては文句なしの最高の土地です」
 羊皮紙に描かれた周辺地図を元に、商人はその土地がいかに開拓地として適しているかをギルドの男性職員に説明してみせた。
「しかし、今その土地にいる魔物が問題です。フォレストドラゴンをご存知ですか? 毒の息を吐く上、岩のように頑丈な身体を持つ魔物で、別名では鎧竜とも呼ばれているドラゴンです。この魔物がいるために、この土地の開発に取り掛かることができないのです」
 そこまで聞いて、ギルドの職員には後の話は察しがついた。
「つまり、そのフォレストドラゴンを冒険者に退治して欲しいと、そういうわけですね?」
「いえまあ、それでも良いのですが‥‥」
「‥‥はい?」
 商人の微妙な返答に、ギルドの職員は引っかかるものを覚える。
「フォレストドラゴンは確かに強大な魔物ではあるのですが、これで比較的温厚な性格をしている魔物でして‥‥。周辺のどこかに適当な棲家を与えてやれば、他の魔物に対する牽制になるのではと思うのですよ。最近は、せっかく開発した村が魔物に襲われて全滅したなんて話もありますから。差し当たって‥‥そう、地図のこのあたりに手頃な洞窟があるのですがね‥‥」
 商人の話しを聞きながら、職員は余りにも無茶苦茶なアイディアに開いた口が塞がらない状態であった。毒を持って毒を制するという言葉があるが、野生のドラゴンを村の平和のために利用しようなどという発想は、とうてい理解できるものではない。確かに理論上は可能なのかもしれない。しかし、普通の人間にとって、自分が住む村のすぐ近くに野生のドラゴンが棲んでいるという状態が本当に安心できる状態かと言われれば、答えは否だろう。
「‥‥というわけなのですが、できますかね?」
「‥‥‥‥」
 返答に詰まる職員。依頼人の期待には可能な限り応えてみせるのがプロというものだが、それにしても今回の依頼は考えものだ。しばらく悩んで、ようやく職員はこう返答した。
「分かりました。ですが、お願いがあります。今回の依頼、基本的にはフォレストドラゴンの退治とさせて下さい。その上で、その洞窟までフォレストドラゴンを誘導し、無事にそこに住まわせることができたなら、追加の報酬を出していただく‥‥と、こういう形にしていただきたいのです」
 それを聞いて、今度は商人の方がしばらく悩んだ末、こう返答した。
「分かりました。では、そういうことでお願いします」
 問題の判断は、この依頼を受ける冒険者の手に委ねられることになった。

●今回の参加者

 eb0815 イェール・キャスター(25歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2205 メアリ・テューダー(31歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3350 エリザベート・ロッズ(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5288 アシュレイ・クルースニク(32歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5422 メイユ・ブリッド(35歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5690 アッシュ・ロシュタイン(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

フィーネ・オレアリス(eb3529)/ エレイン・ラ・ファイエット(eb5299

●リプレイ本文

 かの者は翼を持たず。爪を持たず。
 己が身を護る鎧と生きるための牙を力となせり。
 森の奥、心穏やかなる竜は静かに暮らす。

「まあ確かに魔物が住むには丁度良さそうな場所だな。周りには餌になりそうな動物も色々いそうだ」
 そう言ったのは、アッシュ・ロシュタイン(eb5690)。今回の依頼の参加者の中で最も森歩きの得意であった彼は、フォレストドラゴンの姿を探すことを他の仲間達に任せ、先にフォレストドラゴンを誘導する予定の洞窟の下見に訪れていた。少し遅れて、メアリ・テューダー(eb2205)もやって来る。
「広さも十分ですね。それにしても、実際に野生のドラゴンを目にするのは初めてです。フォレストドラゴンとまみえることができるなんて、これだけでもロシアに来た甲斐があったというものですわね」
 はしゃぐメアリはイギリス出身のウィザードで学者でもあり、広い魔物の知識を有していた。それには今回の依頼に役立つドラゴンに関する知識ももちろんあったが、惜しむらくは彼女がまだロシアの公用語であるゲルマン語を修得しておらず、他の参加者との意思の疎通が上手く行えないこと。不幸中の幸いは、参加者の多くがメアリの話すイギリス語かジャパン語をある程度理解できたので、多少の時間はかかっても何とか会話が成立したことだ。しかし、アッシュはゲルマン語しか話さないため、この二人は今、身振り手振りで何とか会話している有様だった。
「ドラゴンか‥‥そんなものを守りに使おうなんて正気じゃないなぁ」
 苦笑を浮かべるアッシュだが、今回の彼は自分の身の丈を越す長さの大剣に、魔力を持つ黄金の盾と鎧、加えて東欧の軍神の名を冠している魔法の兜と完全武装だ。いかに彼がフォレストドラゴンの戦闘力を危険視しているか分かるというもの。冒険者であり用心棒として金銭を稼ぎ、危険と隣り合わせの生活を送っている彼でさえこうなのだ。力のない一般人にとって、ドラゴンがいかに恐ろしい存在であるかは考えるまでもない。
 だが最近、冒険者達の間で魔獣の類を連れた者が増えてきている現実があり、彼らの中には、実際に魔物退治に魔物の力を役立てている者もいる。月道の先、他国の噂ではあるが、中には巨大な魔鳥を用いて自国の戦乱で大きな功を挙げた者などもおり、こういった者達の活躍が一部の人々の認識を少しずつ変えていく可能性はある。また、人に友好的なオーガや精霊、妖怪なども確かに存在しており、それらと交流を持つ人々もいる。今回の依頼人もそういった現状に影響を受けた一人なのかもしれない。依頼を受けた冒険者達の意見も説得に動くということで一致している。
 無論、これらは極めて珍しい例であるし、まだまだ多くの人が魔物に対して恐怖心だけを抱いているのは確かだ。魔物という存在の多くは人に害を為すのが普通なのだから。
「ま、出来るだけ期待には応えたいと思うが‥‥」
 引き受けた仕事を成功させるため、可能な限り努力する。冒険者としての基本であり、誇り。アッシュ自身、難しい仕事であると分かってはいるが、諦めるのはできることをやってからと決めていた。

 アッシュとメアリが洞窟の下見に動いている間、他の者達はフォレストドラゴンの捜索を行いながら、その説得の方法や今後の扱いについての議論を交わしていた。
「ドラゴンにお願いして平和に共存できれば一番良いのですが、人間の都合で他所に移り住めと言うのですから、そう簡単に従ってはもらえないでしょう」
「難儀な依頼ですね。我儘というか、上手く誘導できたとしても後々問題が出てきそうなのですけれどね」
 アシュレイ・クルースニク(eb5288)やメイユ・ブリッド(eb5422)は悩んでいた。自分達でも無茶をやろうとしているのが分かっていたからだ。
 魔物や精霊の力を何かに利用する行為自体は古くからある。問題は、それが自分達に制御できる相手か否かだ。
「正直、話し合いとかって得意じゃないから他の人に任せるわ。私は失敗した時の準備をしておくわね。もちろん、その時になったら遠慮なくやらせてもらうわよ。手加減していたら、やられるのはこっちだろうし‥‥」
 エリザベート・ロッズ(eb3350)などは、いざという時のために解毒剤なども複数用意してきており、戦いの準備は万端である。傍から見れば既に説得を諦めているようにも見えるが、それだけ警戒が必要な相手であるのも確か。
「フォレストドラゴンは珍しい魔物だし、依頼人が言っていた情報以上のことは私の方でも余り分からないわ。ただ、牙や尻尾での攻撃も強力らしいから、それにも注意が必要ね。おとなしい性格っていうのは確からしいから、説得は不可能じゃないと思うわ」
 自分の知識を仲間達に伝えるイェール・キャスター(eb0815)。
 今回の依頼、彼女は最も責任の重い役割を仲間達から任されている。野性のフォレストドラゴンに人語での説得はまず通用しないため、真正面からの説得には、彼女の使うテレパシーの魔法が必要不可欠であった。ただイェール自身も、理屈では説得できる可能性があると思いながら、やはりドラゴンという強大な力を持つ魔物を相手にするとなると、様々な不安があった。
「ところで、本当にお肉とかお酒とか用意しなくて良かったのでしょうか?」
「私も、何か貢物があった方が良いと思ったのですが‥‥」
 キエフを発つ前のことだ。アシュレイは依頼人の商人に毎年フォレストドラゴンに酒を奉納するようにできないかと交渉し、メイユは大量の肉を買い込んで持ってこようとしていた。だが、それらの行為はその場でメアリに止められた。動物の調教に詳しい彼女が言うには、
「そんなことをすれば、フォレストドラゴンは人から食料を奪うことを覚えて、村を守るどころか村を襲うようになるかもしれませんよ」
 とのことだ。
 仮に餌付けをして一時的に交渉が上手くいったとしても、フォレストドラゴンも本能で生きる魔物。贅沢を覚えさせれば後々に余計な面倒を起こすかもしれない。できるだけ関わりを持たないことが互いのためになるということもある。

 一行がフォレストドラゴンを見つけ出すのに、さほど時間はかからなかった。何せ、相手は非常に身体の大きな魔物。肌の色こそ森に溶け込むような緑褐色ではあるが、さすがに注意深く探せばすぐに見つかる。
 しばらくしてアッシュとメアリが戻り役者が揃うと、いよいよイェールの出番だ。
「始めるわ」
 木々の間をできるだけ静かに、背後からゆっくりとドラゴンに近づく。魔法の有効範囲に入ったところで、素早くスクロールを広げ、詠唱を開始する。後方に身を隠して見守る仲間達も、フォレストドラゴンが急にイェールの方を向いて攻撃してくるのではないかと思うと油断できない。
 緊迫の十秒が過ぎ、イェールの魔法が無事に発動すると全員が小さく息を吐いた。だが、まだ油断はできない。問題はここからだ。
『誰だ? 何の用だ?』
「いきなりで悪いけど、お願いがあるの。ちょっと聞いてもらえるかしら?」
 フォレストドラゴンがおとなしい魔物というのは確かな情報なのだろう。普通の魔物なら、突然現れた見知らぬ人間に対して、攻撃するか逃げ出すかというところだが、この竜はおとなしく話を聞いてくれそうだ。
「大丈夫でしょうか?」
「分かりません。でも、今は彼女に任せるしか‥‥あっ!」
 アシュレイとメイユが、そう言葉を交わした時だった。二人の視界でフォレストドラゴンがイェールに向かって毒の息を吐いた。
『嫌だ、俺はここが良い、他の土地、嫌だ。人間、信用できない』
「そんな‥‥うっ、あっ」
 毒の息を浴びると、途端にイェールは苦しくなる。放っておくには危険だった。
「ちっ、やっぱりこうなるか」
「仕方ないわね」
「残念です」
 それぞれに剣を、あるいは杖を手に冒険者達は駆け出す。
「ぐあっ!」
 先陣を切って前に出たアッシュに、フォレストドラゴンの刺のついた尾が叩きつけられる。アッシュは盾を前に出して防ごうとしたが、その攻撃は彼の目の前で突然軌道を変え、彼の胴に直撃した。強固な鎧に守られていたおかげで大きなケガには至っていないが、何も身につけていない状態でまともにくらっていれば、肋骨の何本かは確実に持っていかれただろう。
「それ以上はさせません」
 メアリのプラントコントロール、アシュレイとメイユのコアギュレイト。フォレストドラゴンの動きを封じるべく、三人の魔法が発動した。フォレストドラゴンの魔法への耐性は高いが、それでも絶対に抵抗できるわけではない。途端に動きを封じられ、フォレストドラゴンは攻撃することも、逃げ出すこともできなくなる。
「さすがのドラゴンも、動きが封じられちゃどうしようもないか‥‥。だが、遠慮はしないぜ」
 高々と持ち上げられたクレイモア。アッシュの全力を込めた一撃が振り下ろされようとした瞬間、
「待って!」
 ピタリ、とアッシュは剣を止める。呼びかけたのは、今まで毒の息を受けて苦しんでいたイェールだった。エリザベートが飲ませた解毒剤のおかげで持ち直したらしい。
「そのドラゴンは怯えてるだけよ。まだ話し合いの余地は残ってるわ‥‥」
 そう言って、イェールはあらためてフォレストドラゴンに近づいていく。
『動けない。恐い、嫌だ、死にたくない。殺さないでくれ』
「大丈夫。だから、お願い。私達の話、もう一度聞いて」

 後日、キエフ冒険者ギルド。
 無事にフォレストドラゴンの説得を終えたことで、冒険者達は商人から特別報酬を受け取ることができた。
「しかし何て言うか‥‥半分脅迫したみたいなもんだったし、悪役みたいですっきりしないな。それに、あと一歩でドラゴンスレイヤーって呼ばれてたかもしれねぇのによ」
「ちょっとだけ同感ね。‥‥まあでも、これで全員丸くおさまったんだし、良いんじゃない?」
 そんな言葉をかわして、アッシュとエリザベートは苦笑を浮かべ合っていた。
 他の者達もそれぞれに、洞窟に置いてきた竜に思いを巡らす。
 新しい住処は本当に気に入ってもらえただろうか、食べ物に不自由はしていないだろうか、自分達は恨まれてはいないだろうか‥‥と。

 洞窟の奥、竜は今も生きている。