悲しみのグリフォン

■ショートシナリオ


担当:BW

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月08日〜05月13日

リプレイ公開日:2007年05月21日

●オープニング

 暗黒の国と呼ばれる森の中、その魔物はいた。
 鷲と獅子。二種の生物の特徴を併せ持ったその魔物の名は、グリフォン。
 その姿は、時に紋章の意匠にも使われるほど美しく、その翼と爪は、人が畏れを抱く程に力強く。
 しかし今、その瞳は悲しみに満ちていて‥‥。

 キエフ冒険者ギルド。
 ここには様々な問題を抱えた人々が、冒険者達の力を借りるべく集まってくる。

 その日、新たな依頼書がギルドの壁に貼り付けられた。
「内容は魔物の退治依頼だ。敵はグリフォンが一匹。今、ある村の周辺をうろうろしていて、依頼人はそこの住民達だ。村の誰かが襲われる前に始末してくれとさ」
 集まっていた冒険者達に告げるギルドの係員。
 依頼書だけを見れば、実に単純な依頼に見える。だが、少しでも疑問があれば聞いておきたくなる慎重な冒険者も中にはいる。
「グリフォンがその村の周辺をうろついている理由は何だ?」
 訊かれて、係員の表情が曇る。あまり触れて欲しくない内容だったのかもしれない。
「かなり前の話らしいが、一人の男がこのグリフォンに乗って村にやって来たらしい。身につけていた物から、冒険者らしかったってことは分かっている。どこかの魔物にやられたのか、そいつは酷い怪我をしていてな。村人達は男を助けようと手を尽くしたが、結局その男は死んじまった。要するに問題のグリフォンは、死んだ冒険者の忘れ形見さ。今は亡き主人の姿を探して、このグリフォンは今も村の周辺を飛び回っている。別に、悪さをするわけじゃない。最初はそのうちどこかへ行くだろうと思っていたが、何週間、何ヶ月経っても、まだ村の近くにいる。住人達にしてみれば、いつ凶暴化するかと不安でならない」
 聞かされた冒険者達の中の、幾人かが複雑な表情を浮かべていた。
「このグリフォンに同情するか? だが、魔物は魔物。そして、仕事は仕事だ」
 冷たく言い放つ係員。しかし、彼はその後で、こうも付け加える。
「‥‥だがまあ、相手は強い魔物だ。もしかしたら、倒せず追い払うのがせいぜいって事もあるかもしれねぇ。それでもまあ、二度と村に近づくことがないのなら、村人も納得するかもな」
 不可能な話ではない。だが、それはただ倒すよりも難しいこと。

 果たして、このグリフォンの運命は‥‥。

●今回の参加者

 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5584 レイブン・シュルト(34歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb5685 イコロ(26歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ec0854 ルイーザ・ベルディーニ(32歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 人に災いを成す獣、恐れるべき危険な獣。
 多くの者は、それを魔獣と呼ぶ。
 だが、その魔獣の瞳は、今も来ぬ人を想い続けて、悲しい色をしていた。

 広大な大地を覆う深い森。それは様々な生き物を守り育ててきた、暗き楽園。人々は新たな安住の地を求めて森を切り拓き、村を町を、そしてロシアという国を成した。しかし、それは未だに成長の途中にあり、多くの人々は未だ蛮族や魔物の恐怖に怯えながら日々を過ごしている。
「退治されるのを待つグリフォン‥‥か」
 村へと繋がる道を一歩、また一歩と進むレイア・アローネ(eb8106)。彼女はどこか遠くへ想いを馳せるような、憂いを含んだ表情をしていた。
「救ってやれるだろうか、私は‥‥」
 今も主を待つというグリフォン。多くの者は、魔物は所詮、魔物だと言うかもしれない。だが今回の依頼の話を聞いた時、レイアはグリフォンをただの魔物と思うことは出来なかった。助けたい。その想いが、彼女をこの場所へと誘った。
 ――トン。
 やや傾いていたレイアの背を押して、一つの手が軽い音を立てた。
「そんな難しい顔してちゃ、出来ることも出来なくなるかもしれないよー。助けてあげられるって信じなきゃ」
 暖かな笑みを浮かべ、ルイーザ・ベルディーニ(ec0854)はレイアにそう言った。
「希望的観測かもしれませんが、可能性があるのなら、やってみるべきだと私は思います」
「うん。ボクも助けてあげたい。頑張って、やれるだけのことはやってみようよ」
 ルイーザの言葉に頷いて、フィリッパ・オーギュスト(eb1004)、そしてイコロ(eb5685)の二人も同じ思いでいることを告げた。
「やっぱ主人を想って飛んでるのかにゃー? ‥‥だとしたら、ちょっと寂しい話だね。でも‥‥気持ちは分かるよ。それだけ絆が深かったってことだろうしね‥‥。何にせよ、悲しい終わらせ方だけはさせたくないな」
 グリフォンを救ってたいという気持ちは四人とも同じ。だが、それが上手くいく保証は無いということも又、四人とも分かっていた。目の前に広がるこのロシアの森は、多くの命を育む世界であると同時に、幾多の命を残酷に奪う過酷な世界でもある。どんなに願おうと、努力しようと、その力が及ばなければ、世界は躊躇いなく残酷な結末を与える。自らの力を持って苦難に挑むことの多い冒険者の身であればなおさらのこと、それは身をもって知っている。だからこそ、四人とも最悪の場合の用意をしてきている。剣を携え、あるいは鎧に身を固め、冒険者のペットとしてのグリフォンではなく、人々に害を成し得る魔物としてのグリフォンと戦う覚悟を。

「いやいや、お待ちしておりましたぞ。ささっ、問題のグリフォンは今、村の西の方におります。どうか速やかに討伐を‥‥」
「いえ、その前に少し教えて頂きたいことがありまして‥‥」
 村を訪れた冒険者達を、待っていた村人達が出迎えた。グリフォンの存在がよほど不安だったのか、冒険者達に向けられたのは、まさに救いの神を崇めるかのような期待と安堵に満ちた表情。フィリッパは前に出て、グリフォンの主であったという冒険者の墓の場所を訊ねた。
「それでしたら、村の墓地にご案内致しますが‥‥また、何故そのような場所に‥‥?」
「大事な用があるのです。今回の仕事を成功させるために」
 今の村人達のすがるような顔を見れば、自分達がグリフォンを退治するためではなく救うために来たと、そうすぐに伝えるのは少し憚られた。目指す形は違うが、少なくとも彼らに平穏な生活を取り戻させるべく行動しようとしていることに嘘偽りはない。
「分かりました、こちらです」
 村人の一人に連れられ、冒険者達は村のはずれへと辿り着く。案内された場所は、小さな十字架を象った木片が立てられているだけの、寂しい墓だった。それを見る限りでは、何も珍しいものはない。
「何か、遺品のようなものって残ってないのかな?」
「遺品ですか‥‥」
 ルイーザが訊ねると、村人は少し困った様子だ。どうやら、冒険者の持ち物はほとんど遺体と共に埋葬、あるいは焼却してしまったらしかった。
 墓を暴けば何かしらの遺品を取り出すことは出来るだろうが、それはさすがに誉められる行動ではないし、避けたかった。
「う〜ん、仕方ないかなぁ‥‥」
 何かあるだろうとイコロは期待していたが、死んだ冒険者は村人達にとっては突然の訪問者で、何かの血縁などがあったわけではない。人としての情けで墓は作っても、大事に何かの遺品を残しておくような間柄の者は一人もいなかったようだ。
「となれば、やはり体を張って説得するしかないか‥‥」
 レイアもそう言って、残念そうな表情を浮かべている。
 ただ、この状況でも、一人の冒険者は笑顔を忘れない。ルイーザだ。
「ほらほら皆、暗い顔してちゃ駄目だよ〜。大丈夫。あたし達には頼りになる味方がついて来てるんだから」
 言って笑うルイーザには、この依頼の成功の鍵を握っていると言っても過言ではない、ある味方がいた。
「そういうわけだから、よろしくね。アイトーン」
 振り向き、その仲間へと語り掛けるルイーザ。彼女の前には、一頭の白き馬の姿があった。

 村の西方。木陰に身を休めるように、グリフォンはそこにいた。獅子の半身、そして大きな翼。力強く大空を駆けるであろうその身は、いつまでも戻って来ない主人を長く待ち続けていたがためか、少し痩せているようにも見えた。
「むっ‥‥」
 ――ザッ。
 レイア達が近づこうとすると、まだそれなりの距離があるにも関わらず、大人しくしていたグリフォンが慌てて身を起こした。少し距離を詰めようとしたところ、バサリと音を立てて空へと逃げられた。
「警戒されていますね‥‥」
「まだ剣を鞘から抜いたわけでもないのに、危険な相手だと判断できるのか。なかなか訓練されているようだな。これは少しばかり厄介か」
「って、感心してる場合じゃないよ〜。追いかけなきゃ」
 グリフォンは村の北側へと飛んでいく。人を警戒しているなら森の奥にでも逃げそうなものだが、あくまで村の周囲を離れないのは、やはり主人を想ってのことなのだろう。
「とにかく、まともに会話が出来る程度の距離には近づかないと駄目だよね‥‥。ちょっと心配だけど‥‥アイトーン、先に行って何とかあのグリフォンに、あたし達のこと伝えてくれる」
 ルイーザがそう言うと、心得たとばかりに走り出すユニコーンのアイトーン。白き風となり森を駆ける。
 そして、アイトーンにはオーラテレパスという有効な意思疎通の手段がある。グリフォンから見れば、馬程度の大きさのものは捕食対象となりうる可能性があったが、ユニコーンにはその辺の戦闘馬などよりも、よほど高い自衛能力がある。
「‥‥良かった。上手くいったようですね」
 しばらく追いかけたが、グリフォンとユニコーンが並んで自分達の到着を待ってくれたのを見て、フィリッパは大きく息を吐いた。
 だが、安心するにはまだ早い。本番はこれからだ。
『私に話があるというのは、お前達か』
 アイトーンが仲介となり、グリフォンの言葉を冒険者達に伝えてくれる。
 どう伝えれば、このグリフォンは分かってくれるだろうか。冒険者達は少し悩んだが、単刀直入に、ありのままの真実を伝えることにした。
「あのね‥‥辛いかもしれないケド、キミのご主人様はもういないんだよ」
 少し躊躇いがちに、そう言ったイコロの表情は複雑だった。今まで待ち続けていたこのグリフォンの心境を思えば、この残酷な真実がどれほど辛いものになるだろうか。
 しかし、意外にもグリフォンの反応は、冒険者達が心配していたほどのものにはならなかった。
『‥‥そうか』
 寂しげに呟くように、グリフォンはそう冒険者達に応えた。
「もしや、もう分かっていたのか?」
 レイアが訊ねると、グリフォンはそれには否の意志を返した。
『長き時を待てば、覚悟もする。ただ、今も村の中にいるかもしれないとも思っていたのは確かだ。‥‥しかし、もしかしたら私は忘れられ、捨てられたのではないかと、この頃はそんな風にも考えてしまっていた。‥‥もう、あの方に会えないのは悲しい。だが、私は見捨てられたわけなのではないと、それが分かったのは嬉しい』
「そうか‥‥。なあ、お前さえ良かったら、私達の誰かと共に来ないか? 少なくとも私なら、お前に寂しい思いをさせるようなことは‥‥」
 そうグリフォンへと自分の想いを伝えるレイア。
『いや。私はあの方以外の人間に仕える気はない。私にとっては、主はあの方だけだ』
 あくまでも、自らの主人は一人だけだと、グリフォンはそう告げた。今まで主を待ち続けたグリフォンだ。これが彼なりの忠誠心の顕れなのかもしれない。
「なら、お願いがあるの。ここの村の人達は、お前のこと、あんまり良い風に思ってないの。お前の主人も、ただここに居続けることを良しとしないと思う。どこか、ここ以外の場所で暮らして欲しいの」
 ルイーザがそうグリフォンに伝えると、彼は少しの間を明けた後、
『分かった』
 そう答えた。

「良かった。何とか助けてあげられたね」
 キエフの帰りの道中、遠くグリフォンの飛び去った方角を見つめながらイコロが言った。
 暴れることもなく、素直に立ち去ったグリフォン。終わってみれば、あっけない仕事であったかもしれない。
「アイトーンのおかげだね。うん、連れてきて良かったよ」
 ルイーザはそう言って愛馬の背を撫でた。実際、話合いができたからこそ、無用な争いが避けられたのは大きかった。アイト−ンがいなければ、結果は大きく変わっていた可能性もある。その活躍は大きかった。
「あのグリフォン、今頃どこにいるのでしょう? 無事でしょうか‥‥?」
 心配そうに呟いたフィリッパの言葉に、続いたのはレイアだ。
「このロシアの広大な森の中でも、あのグリフォンなら、きっと生きていける。私は、そう思う」
 そう言って、来た時とは逆に、穏やかな笑みを浮かべる彼女だった。

 こうして冒険者達は無事に依頼を終え、キエフへと戻ったのであった。