暗い迷宮の奥へ
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■ショートシナリオ
担当:BW
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月20日〜06月25日
リプレイ公開日:2007年07月02日
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●オープニング
キエフ冒険者ギルド。
ここには様々な問題を抱えた人々が、冒険者達の力を借りるべく集まってくる。
開拓のすすむロシアにあって、魔物や蛮族との戦いは絶えず、助けを求める人々は常にどこかに存在している。そして、この日もまた新たな依頼が持ち込まれることとなる。
今回の依頼人はハーフエルフの男性。知り合いの探検家が遺跡の調査に出かけたきり戻って来なくなったため、その捜索を頼みたいのだという。
「探検家の名前はシモン。少しばかり厄介な性質の持ち主だから、多分、遺跡の中で動けなくなっているんだと思う」
「厄介な性質‥‥と言いますと?」
「完全な暗闇の中で狂化する性質がある。そして狂化すると、心の動きが一切無くなって、何の行動もしなくなる」
ハーフエルフが生まれながらに持つ性質、狂化。それは個人によって様々な違いはあるものの、基本的には感情の高ぶりによって理性が失われ、我を忘れて暴れるというのが通常の狂化だ。中には、大声で歌い出したり、笑い出したり、急に言葉遣いが荒くなるといった特殊な性質を併せ持つ者もいる。何にせよ、狂化というのは一度起こってしまうと、自分の意志では制御できず、まともに行動することが難しくなるというのが一般的だ。ハーフエルフ至上主義が浸透しているロシアでは、表立って狂化に対する否定的な言葉が呟かれることは少ないが、他国ではハーフエルフが差別や迫害を受ける理由の一つであり、この性質を持つが故にハーフエルフの多くは真っ当な『人』としては扱われず、辛い仕打ちを受けて続けてきた歴史がある。それ自体が異常という他ない狂化だが、その狂化の中でも特に異質なものというのは存在する。
無感動化。心の動きがなくなるという狂化である。怒りに任せて暴れるようなことも、何かの異常行動に走るようなこともないが、一方で他のハーフエルフとは違う危険性を持っている。理性を失ったが最後、怒りも恐怖も痛みも、その本人を動かす要素にはならなず、基本的には何の行動も起こさなくなるのだという。心が動かなくなるというよりは、感情がなくなると認識した方がよいかもしれない。
例えば、火のついた松明を皮膚に押し当てても痛みに反応しないらしく、他にも、海や川の中で狂化すれば、泳ごうともせずに水の中に沈んでいき、息苦しさに抵抗することもなく命を失うといった場合もあるという。生き物として最低限、自分の命に関わることには何かの反応を見せてもよさそうなものだが、狂化によって無感動になると、そういったことも出来なくなるらしい。僅かな救いとして、泳いでいる最中であれば惰性で泳ぎ続ける可能性や、戦場で剣を振るい戦っている最中であれば、目に映った周囲の存在を斬り続ける可能性など、直前にとっていた行動を無意識に行ったり、経験から身に付いた肉体的な反射程度の反応を示す可能性等もあるとのことだが、それも本人の意思とは無関係に、周囲の影響を受けて起こりうる現象であるという。
そんな危うい性質を持ちながら一人で遺跡探索に出かけているあたり、シモンというその探検家は、よほど肝が据わっているのかもしれない。
「おそらく、何かの事故で遺跡の中で照明を消してしまったんだろう。とにかく、見つけて明かりで照らしてやれば、正気に戻るはずだ」
「なるほど。では、その方の救助ということで、お受けいたしますね」
「‥‥いや、できればもう一つ頼まれて欲しい」
係員の確認に対して、依頼人は依頼の内容に変更を加えたいと申し出た。
「その遺跡だが、奥の方に進むと色々と魔物がいるって話でな。アンデッド、スライム、ガーゴイル、ミノタウロスとまあ、とにかく色々いるらしい。今後の心配もあるんで、その魔物達の退治も頼みたい」
「なるほど。ギルドとしては構いませんが、シモンさんは‥‥?」
「狂化しなければ探検家としては優秀な奴なんだ。よほど不都合がない限りは同行させた方が何かと都合が良いと思う。‥‥というか、断っても絶対に付いてくると思うんで、そのつもりでいるよう冒険者達に伝えて欲しい」
「分かりました。では、そのように」
●リプレイ本文
古を今に伝えるもの。
深淵の闇。
死への誘い。
その先に待つものが何かを知るために。
森を抜けた先。小さな山の岩陰にその入り口はあった。
「脱いだら狂化するのに‥‥」
遺跡に入る前。物騒なことを言いながら着込んでいたニワトリの着ぐるみを脱ぎ出したのはハーフエルフの女戦士、ジュラ・オ・コネル(eb5763)。別に来たまま中に入れないことも無いのだが、何が起こるか分からない狭い通路。少しでも身軽な動きやすい格好をしておこうという判断かもしれない。もちろん、着ぐるみを脱ぐと狂化するなどという特殊な狂化があるわけではないのだが‥‥、
「まるごと‥‥着たいな‥‥」
と、その後も延々と脱いだ着ぐるみに関する愚痴を零していた執着心の強さだけは、ある種、狂化のそれに近しいものがあったかもしれない。
四方を囲う石の壁。灯りを手に、アルフレッド・アーツ(ea2100)は他の仲間達より少し前に出て、罠を警戒しながら遺跡を進む。危険な役目ではあるが、卓越した工作技術を身につけている彼は、自らすすんでこの役をかって出た。
「どう? 何か罠の仕掛けられている様子とか、ある?」
ユラ・ティアナ(ea8769)が後方から訊ねたが、アルフレッドは首を横に振った。
「何だか‥‥思っていたほど複雑‥‥でもないです‥‥」
アルフレッドにとっては久しぶりの遺跡探索。まだまだ入り口に過ぎないということもあるのだろうが、この遺跡の造りは割りと簡素で、何か細工がされているような気配は余り見られない。油断すればすぐ道を見失うような迷宮というわけでもなく、基本は一本道のようだ。
「あんまり調査が進んでないって聞いてきたけど、どういう場所だったんだろ?」
ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)が持っていた疑問を口に出す。
「確かに、気になるで御座る‥‥が、ところでジェシュファ殿、遺跡の中まで来てそれで御座るか?」
「え? 何かおかしいかな?」
ランタンの灯りで磧箭(eb5634)がジェシュファを見れば、彼が乗っていたのはフライングブルームミレニアム。
長距離を高速で移動する際などに用いられることの多い魔法のアイテムだが、ジェシュファはどうやらそれを、ここまでの道中もずっと、自分一人では持ち運べない荷物の搭載に利用している様子である。使い方の一つではあるが、とっさの行動に支障があるだろう点や、魔力の浪費が激しいという点では、こういった状況で用いるのはかなり危険な行為でもある。
「ああ、そうだ。もし頭の水が渇くようなら言ってね。魔法で水を出せるから」
「‥‥それはどうもで御座る」
河童の持つ、頭の皿が完全に渇くと死んでしまうという性質をジェシュファは心配してくれているようだが、そうすぐに無くなるものでもなく、磧箭から見ればジェシュファのマイペースぶりの方が今はよほど心配であったりするので、何とも複雑な心境であった。
「これは‥‥」
探索を始めて数刻。冒険者達はあるものを発見する。
「遺跡の魔物達‥‥の死体か」
菊川響(ea0639)やカイザード・フォーリア(ea3693)が手の灯りを頼りによく見てみれば、黒い雄牛の頭部にジャイアントのような巨体の魔物、ミノタウロスと思われる存在が物言わぬ肉塊となって渇いた血の跡と共に通路に転がっていた。何か、刃物で切りつけられたのだと思われる傷跡が数箇所ある。
「シモン殿がやったのか?」
「だろうな。ミノタウロスを一人で‥‥か。なるほど、確かに実力はあるらしい。まだ先か」
そうして、一行が奥へと進んでいくと、やがて小さな部屋らしき空間へと辿りついた。
「‥‥いた‥‥」
先頭を行くアルフレッドの目が、床に倒れている人の姿を捉える。近づこうとした、その時。
――ゥ‥‥ゴッ!!
「わっ‥‥!?」
耳に聞こえた微かな音。違和感。それを頼りに、一撃をかわした。頭上から降り下ろされたのは、魔の石爪。闇の中を照らす光に映し出されたのは魔の像、ガーゴイルが二体。
「この!」
ジュラとカイザードが武器を手に、別々のガーゴイルへと駆ける。
金属と石のぶつかり合う音が小さな空間で反響する。砕けたのは石の体。だが、まだ傷は浅い。
「くっ‥‥こいつら、早い」
魔物の側面に回りこんだ響が縄ひょうを投げつける。命中はするが堅い身体に攻撃は弾かれ、今度は響へと攻撃の矛先が向いた。追いつかれ、振り下ろされた爪をかわしきれず、深手ではないものの、身を掠めた傷跡から血が滴る。
「この‥‥」
ジェシュファも箒から降り、魔法の水弾を放つ。だが、この魔像達は魔法への抵抗力も高いらしく、効果が見られない。誰しも戦い辛い相手がいるものだが、相性が悪いというのはこのことだろう。1
「何とかして引き付けて貰える? その隙に、シモンさんの側に行くわ」
「任せるで御座る」
ユラの言葉に頷いて、磧は鉤爪のついた小手を用いて、ガーゴイルへと挑む。繰り出す一撃は十二形意拳、辰の奥義。龍飛翔と呼ばれるその一撃は魔像の顎元を捉え、打ち砕く。
「しっかりして、シモンさん!」
「う‥‥僕は‥‥いったい‥‥」
駆け寄ったユラが照明を手に声をかければ、照らされたのは、自分より随分と若いハーフエルフの男の顔。種族的なものを考えれば、実年齢は外見の倍だろうが、どちらかというと小柄で痩せている風に見える。聞いていた印象と合致はするが、優秀な探険家にしては頼りなさそうな感じもする。
はっと気付いたのか、彼はガーゴイルと戦っている冒険者達に叫ぶ。
「そいつらは明かりを持っている者を狙って来るんです! 上手く引き付けて!」
ガーゴイルには、攻撃対象に何らかの条件を持つものが多い。そのことを言っているのだろう。
「それなら‥‥」
声を掛け合い、必要以上の明かりを消す冒険者達。引き付け役になったのはアルフレッドだ。小さなシフールの身体で身のこなしに秀でた彼がガーゴイル達を撹乱した。
あとは有効な攻撃手段を持つカイザード、磧、ジュラの三人が隙をついての攻撃を繰り返すと、ガーゴイル達はただの石に成り果てる。
「ずっと眠っていたみたいなものだし、調子が出ないんじゃないか?」
再び皆が照明を燈した後、シモンへと近づいたジュラがそう訊ねた。
「ありがとう。えっと‥‥少し待ってもらえますか?」
言って、シモンはキョロキョロと周囲を探り出す。
「探しているのはこれかな?」
響が手に持ってきたのは、荷物袋。近くに落ちていたのを見つけたものだ。
「ああ、それです。渡して貰えますか?」
差し出すとシモンは礼を言い、荷物袋を受け取った。中から取り出したのは、大量の食料である。
「‥‥よく、食べるな」
呆然とするジュラの前で、みるみる荷袋の中の食べ物が無くなっていく。何か食べさせておかなくてはと心配していたので丁度良いが、今度は食べすぎで動けなくなるのではと心配になるほどだ。
「ふう‥‥お待たせしました。‥‥で、皆さんは、どちら様で?」
その疑問より食事の方が先かよ、と何人かが心の中で呟いたが、それは置いて質問に答え、それぞれに自己紹介を始める。
説明を始めてしばらく後。
「あ〜‥‥それは迷惑かけちゃったみたいで、すみません。さっきのガーゴイル達に襲われた時に、不意を突かれて照明を壊されてしまって‥‥」
「そうだったの。無感動化する狂化‥‥か。大変ね。まあ、興奮して暴れる狂化も辛くないわけではないけれども‥‥」
ユラもハーフエルフとしての悩みを抱える同族である。自分が自分でなくなる、感情の暴走。生まれ付いての性質ではあるが、だからといって慣れるということはない。
「確かに僕のはちょっと特殊ですけど、問題というのは、それに対して正しい知識さえあれば、ある程度対処できるものです。他の国では狂化そのものが、真っ当な人の性質ではないように扱われますが、この国では理解がある。それと同じことです」
そう話すシモンの様子を見る限り、体調の方はそれほど問題なさそうだ。目立った外傷も無いのは不幸中の幸いであろう。
「俺達は先に進むけれど、シモン殿は‥‥」
「もちろん、同行させてもらいますよ。僕もそのためにここに来ているんですから」
響の言葉に、笑顔で応えるシモン。
「じゃあ、道中、精霊碑文学とか古代魔法語について、教えて貰っても良いかな? まだあんまり詳しくなくて‥‥」
「う〜ん‥‥出来る範囲であれこれ言うくらいは出来ます。けど、その手の知識はじっくり時間をかけてやらないと身に付きませんし、僕自身、人に教えるのは専門外なんですよ。あんまり期待はしないで下さいね」
ジェシュファが教えを請うと、シモンは少し困った様子でそう言った。その場でしっかり身に付くような教え方は難しいかもしれないが、経験として後に役立つことはあるかもしれない。
一同は遺跡を奥へと進む。シモンは後方だ。まだ本調子ではないのが確かなのと、他の皆のお手並み拝見という様子である。
進んだ先は魔物の巣窟となっていた。
次に飛び込んだのはクレイジェルの群れが地を這う部屋で、ここでは地面に同化して姿を捉えにくい敵の正確な位置か掴めず苦労したが、冒険者達は時間をかけて一匹ずつ確実に始末していく。
続けて、現れたのはミノタウロス。小さな部屋での戦いであったが、正面でカイザードが攻撃を受け止め、響やユラが中距離からの攻撃で援護し、側面に回り込んだジュラの攻撃で大分動きの弱ったところを、可能な範囲の者達で一斉に攻撃し、トドメを差した。
そうして、少しずつ遺跡を進み、最後の部屋に辿り着く。待ち受けていたのは、ズゥンビの群れ。全てを倒し終えた頃には、かなりの疲労が溜まっていた。
「お疲れ様でした」
皆にそう声をかけてすぐに、シモンは部屋のあちこちを調べ始めた。
「そういうことですか‥‥」
「何か分かったの?」
壁の一角を調べていたシモンのところに、ジェシュファが寄ってくる。
「ここ、読めますか?」
訊ねられてジェシュファが示された部分を見ると、何かが掘り込まれているのが見てとれた。古代魔法語のようだが、ジェシュファにはよく分からない。
「簡単に言うと、恨み辛みの言葉が延々と書かれています。どうやら、ここは昔の処刑場か、あるいは牢獄の類として使われていた場所みたいですね」
「ということは、隠された宝とか、そういう物は無し‥‥か。少し期待していたのだがな」
「‥‥まあ、全く無いというわけでもなさそうですよ」
呟いたカイザードの言葉に、シモンは部屋の一角からある物を見つけ出して持ってきた。
「はい、どうぞ」
「これは‥‥」
渡されたのは、無骨な形をした巨大な斧。かなりの重さがある。
「多分、処刑に使われていたものだと思います。かなり古いものですが、キエフに戻ったら、僕の知り合いの職人に頼んで鍛えなおしてもらいましょう。使えるようになると思います」
「何だか呪われていそうな品だな‥‥」
だが、立派な武器だ。いつか役に立つかもしれないと思い、カイザードは受け取ることにした。
しばらくして、一同は遺跡を後にキエフへと戻る。
その別れ際のこと、シモンがこう告げた。
「今回はどうもお世話になりました。一先ずはこれでお別れですが、またお会いすることがあるかもしれません。その時は、またよろしくお願いします」
ロシアの広大な大地には深い森に隠されて、まだ見ぬ遺跡や秘境も数多い。
いずれ再び、冒険者達がシモンに関わって何処かの遺跡を訪れる機会もあるかもしれない。
こうして、無事に依頼を終え、冒険者達はそれぞれの帰途へとついたのである。