湖の底に眠るもの
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■ショートシナリオ
担当:BW
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:07月20日〜07月25日
リプレイ公開日:2007年07月30日
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●オープニング
キエフ冒険者ギルド。
ここには様々な問題を抱えた人々が、冒険者達の力を借りるべく集まってくる。
開拓のすすむロシアにあって、魔物や蛮族との戦いは絶えず、助けを求める人々は常にどこかに存在している。そして、この日もまた新たな依頼が持ち込まれることとなる。
「いやぁ〜、先日は大変お世話になりました」
ギルドを訪れていたのはハーフエルフの青年。名をシモンという。
暗闇の中で無感動化するという特殊な狂化体質を持つ彼は、つい先日、遺跡の中で動けなくなったところをギルドから派遣された冒険者達に救われている。普段は探検家としてロシアのあちこちを回り、新たな遺跡の発掘や、そこで発見される古代語や碑文の解読などに精を出しているという。
「お元気そうで何よりです」
ギルドの職員が愛想良く言葉を返す。
「ありがとうございます。あの時は本当に危ないところでした。あれから心配をかけた友人に‥‥あ、この前の時の依頼人だった人なのですが、彼に随分と怒られましたよ。あははは」
危うく遺跡の中で命を落とすかもしれなかったというのに、あまり懲りていない様子である。冒険に危険はつきものと言えば、その通りだが、肝が太いと見るべきか、あるいは楽観的過ぎると見るべきか。
挨拶はそこそこに、仕事の話へと移る。
「もしかして、何か遺跡絡みでのご依頼でしょうか?」
「ええ。僕一人で調べるには少し無理がある場所なので、冒険者の皆さんに協力して頂こうと思いまして。全員にとは言いませんが、少し専門的な技能を持つ人がいてくれると助かるのですけれど‥‥」
闘いの技術に限らず、冒険者の中には様々な知識や技能を持つ者がいる。錬金術などの科学的な分野から、縄抜けや鍵開け、スリの技術、果てはナンパの仕方からポエムの作り方まで何でもござれだ。
「目的の場所への入り口は長い洞窟になっていて、中を川が流れています。その洞窟を進んだ奥に湖があって、問題は、その湖の中に調べたいものがあるということなんです」
「遺跡が水没している‥‥というわけですか?」
「はい。長い年月の間にそんな風になってしまったのか、あるいはそうなるように造られたのかは分かりませんが、湖の底に何かの石碑らしきものがあるのは確かで、調べてみる価値はあると思うんです。ですが、恥かしながら僕は泳ぎがそんなに得意ではないんです。石碑を引き揚げるにも人手が必要ですしね」
遺跡の全部とはいかないまでも、一部の小さな石碑であれば、太いロープなどで縛って力自慢が何人かで協力すれば引き揚げられそうだとシモンは説明した。誰かが湖に潜ってロープを結んでくれれば、何とかなるかもしれないという。
「洞窟ですが、グレイオーズという魔物が何匹か棲みついていて、中を通る者を襲ってきます。スライムの一種ですが動きが早く、軽装で身のこなしに優れている人なら全力疾走で逃げられるかもしれませんが、そうでなければ戦うしかありません。体を密着させて、酸で溶かすという攻撃をしかけてきます。一度身体に引っ付かれると引き剥がすのにも苦労しますし、かなり厄介な魔物です」
加えて、グレイオーズの身体は黒灰色のゲル状。暗い洞窟の中では姿を判別するのは難しいかもしれない。
「そうそう。この湖ですが、周囲を山の断崖に囲まれていて、地上からは洞窟を通らなければ行けませんが、何かの手段があるなら空から降りることも出来ます。ただ、周囲の山には野性のグリフォンが何頭も生息していて、必然的にその縄張りを通ることになるので、こちらも危険はあります。どちらを行くかは皆さんの判断にお任せします」
グリフォンは前半身が鷲、後ろ半身が獅子という魔物で、冒険者の間では騎乗動物として知られている魔物である。ペットとして飼われているものは心強い味方だが、野生の魔物としては非常に危険な部類の敵である。それが複数頭で襲ってくるとなれば、突破は容易ではない。
果たして、冒険者達はどのように湖へ向かうのか。
そして、湖の底にある石碑には、何が刻まれているのだろうか。
●リプレイ本文
暗く湿った世界。
待ち受ける灰色の魔物。
危険と知りながら、それでも冒険者達は進む。
その先に、未だ見ぬ何かが眠っているから。
洞窟の前まで辿り着いたところで、冒険者達はあらためて探索の準備を行っていた。
太陽の光が届かない闇の中を進むには、それなりの用意が必要だ。ランタンや松明など、それぞれに持ってきた照明用具を確認し、油壷の数も確かめておく。
それとは別に、ちょっとしたやり取りもあった。
「洞窟までペット連れて行くのは、どうかと思うのだが‥‥」
そう言ったのは騎士のカイザード・フォーリア(ea3693)だ。魔物がどこから襲ってくるか分からない危険な洞窟の中にペットを連れて行くつもりの者が何人かいたため、それを心配しての忠告である。
「デモ、馬ナラ石碑ノ引キ上ゲデ、役ニ立ツカモシレナイ」
危険を訴える者がいる一方で、理瞳(eb2488)のような意見を述べる者もいた。馬を連れてきていた冒険者は三人。レイブン・シュルト(eb5584)、マクシーム・ボスホロフ(eb7876)、フローネ・ラングフォード(ec2700)。合わせて通常馬、蒙古馬、駿馬が各一頭。確かに力作業には向いているだろう。
「いや、少なくとも馬はやはり置いていくべきだと俺も思う」
マクシームがそう言って、自分の馬の手綱を近くの木に結び始める。
「あの洞窟の中は、ただ湿っているだけではなく泥濘も多そうだ。道もそう広くはないし、万が一、馬が川に落ちでもすれば助けるのも一苦労だろう。ここに置き去りというのも危険ではあるが、連れて行くよりは安全だろう」
彼のこの意見にレイブンやフローネも従ったが、一部、あくまでも連れて行くことを選んだ者もいる。理とジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)の二人である。もっとも、二人が連れてきたのは愛らしい猫と妙な輝きという、小さなペットである。
「置イテクナンテ、デキナイ」
「ぼんやりと光るから、いざとなれば灯りになるかもしれないよ」
理は愛猫と片時も離れる気がないらしく、ジェシュファは最悪の場合への可能性を訴えた。実際のところ、妙な輝きの明るさでは微弱過ぎて、ほとんど照明としての働きは期待できないだろうし、小さな猫も今回のような洞窟で役に立つとは考えにくいが、二人ともペットを抱えたままでも支障が少なく済むよう、装備の重量的な余裕はきっちりあけてきているほどの念の入れようである。危険に晒すことを覚悟の上で、それでも一緒に連れて行くという溺愛振りである以上、無理に引き離せば本人達は心配で探索に集中できなくなるかもしれない。結局、後は自己責任ということで話は纏まったのであった。
準備も終わり、いよいよ洞窟の中へと進む冒険者達。
「水が流れているせいでしょうか‥‥。少し、肌寒いですね‥‥」
オリガ・アルトゥール(eb5706)が呟きながら洞窟の中を見回す。何とか通れる道はあるが、洞窟の中は足下が滑りやすく、かなり進みにくかった。生き物の気配は薄く、どこまでも続く暗闇。シモンの話ではないが、こんな場所に灯りも無しに置き去りにされるようなことがあれば、ハーフエルフでなくとも気が狂いかねない。そういう恐怖がここにはあった。
「グレイオーズ‥‥見たことが無い化け物だな。何か、見分け方のようなものはないのだろうか‥‥」
紐で結んだ干し肉を投げて反応を見ながら、マクシームはそうシモンに訊ねてみた。
「難しいところですね。渇いた場所でなら、グレイオーズのいる場所は水を撒いて濡らした岩の表面みたいに見えるので判別も比較的やりやすいのですけど、何せ、ここはこの通り、一面そんな感じの景色ですから」
とにかく敵が動く姿を注意深く見極めるしかないらしい。
「獲物を見つけて張り付いてくるんで、盾とかで受けようとしても、そのまま取り込まれて食べられちゃったりするんだってね。できるだけ、攻撃はかわすようにした方がいいらしいけど‥‥」
「厄介な攻撃方法だな。俺にとっては闘い辛い相手になりそうだ」
ジェシュファの話を聞いて、レイブンは少し眉をひそめた。多くの戦士の例に漏れず、彼の闘い方も基本は剣で攻撃し盾で受ける力押しの形だ。避ける類の行動は得意ではない。
「それは私も同じだ。最悪の場合、この身に張り付いたグレイオーズごと火で燃やしてくれて構わん。溶かされるのに比べれば、多少なりと火傷を負う程度の方がマシだろうからな」
少しでも肌の露出を控えようとしていたカイザードだが、布を巻くなどするにしろ、強力な酸が相手では、それも余り効果のほどは期待できないだろうというのが実際のところである。しかし、身体が溶かされ始めるまでの、ほんの一秒が生死を分けるということもあるかもしれない。
「結構、歩きましたね‥‥」
フローネは小さな石を並べて、何度目かの目印をつけた。
正直なところを言えば、彼女は、まだ駆け出しと呼ばれる部類の新米冒険者ではあるが、経験の不足は知恵を働かせることで補おうと努力する姿勢は、他の熟練した冒険者達を感心させる部分もあった。
しばらく洞窟を進んでいくと、最初のグレイオーズに遭遇した。
「‥‥くっ!」
前方の泥濘にマクシームが違和感を覚えたのとほぼ同時。投げた干し肉がその泥濘に触れると紐ごと酸に解けて手ごたえが無くなり、身の危険を感じて瞬間的に飛び退いた場所には、液状の物体が獲物を求めて触手を伸ばしていた。
「こいつらか!」
シュテルケ・フェストゥング(eb4341)が前に出て、振るった剣の斬撃を衝撃波に変えてグレイオーズへと飛ばす。灰色の泥水が飛沫となって跳ね、痛みを感じているのか、それとも怒りを覚えたのか定かではないが、魔物の身が妖しく蠢く。
「させるか!」
シュテルケへと迫るグレイオーズの前に、オーラを纏ったカイザードが立ち塞がる。盾を構えて受けるが、グレイオーズはそのままカイザードの全身を覆うように彼の身体に張り付き、途端にカイザードは思うように身体を動かすことが難しくなる。オーラに守られながらも、皮膚を焼かれるような痛みが走る。何とか引き剥がそうとするが、グレイオーズは容易には剥がれない。
「ちっ!」
これはマズいと判断し、何人かの仲間が油をかけ、そこにレイブンが火のついた松明を投げた。弱燃性のため、勢いよく燃え上がるようなことはないが、熱でグレイオーズを怯ませることは出来たのか、カイザードは何とかグレイオーズから離れる事ができ、魔物はすぐ横の川へと落下すると、そのまま流れに溶けて見えなくなった。
「すぐに治療を」
「助かる」
急いでフローネが魔法でカイザードの傷を癒す。酸を浴びた痕の外見は少し酷いが、対処の早さが幸いしたか、見た目ほど深刻な怪我ではなさそうだ。
「ああもしっかり張り付かれるのでは、魔法で凍らせるのは張り付かれた者も危険だな。やはり距離があるうちに何とかしなければならないか」
エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)はそう言って、探査系の魔法の使用頻度を少し上げた。効果の持続する時間と魔力の消費がこの手の魔法では考え物になるため、常にとはいかないものの、彼の魔法にグレイオーズの反応があった時は、オリガやジェシュファのアイスコフィンの魔法で先手をうって動きを止めることが出来た。
「矢での攻撃も通用はするようだが‥‥」
マクシームは足下を確かめるために得意の弓ではなく杖を基本武装にしていたため、武器の切り替えにかかる少しの時間に、グレイオーズが仲間の誰かに張り付いてしまい、仲間に被害を与える可能性から攻撃し辛いという状況が何度かあった。
彼に限らず、やはりグレイオーズの動きの早さにはほとんどの冒険者が手を焼き、何度も怪我を負わされる事態になった。ただ、軽業に長けた理はグレイオーズの触手にほとんど触れられることもなく、上手く敵の攻撃をかわしていた。もっとも、彼女の服の中に入っていた猫は時おり起こる激しい揺れに不満たらたらだったらしく、動き回っている理はというと、
「大将、スミマセン」
と謝っていた。どうやら猫の方が偉いらしい。一体どういう経緯でそうなったのか少し興味が湧くところではあったが、今はとにかく洞窟を抜けるのが最優先。深く考えるのはまたの機会にすべきだろう。
「うわっ、眩しい‥‥」
ようやくグレイオーズ達の攻撃を潜り抜け、冒険者達は光の下へと辿りつく。目の前に広がるのは、水の透き通った美しい湖。
早速石碑の引き上げ作業準備にかかる冒険者達。
「少し心配なのですが、何かの封印であるとか、危険を孕んでいる可能性はないのでしょうか‥‥」
準備の間に、オリガがそんなことをシモンに訊ねた。
「大丈夫だと思いますよ」
特に考える素振りも見せず、シモンはそう言った。
「何かの封印だとしたら、ここは少し無用心ですからね。外から簡単に近づける場所に、そんな危険なものが封印されている可能性は低いと思います」
「なるほど‥‥」
他にもオリガと同様の危惧を抱いている者が何人かいたが、シモンの話を聞いて少し安心したようだった。
「じゃじゃーん! さあ、行くぜ!」
石碑に結びつけるロープを手に気合十分。ヤギ印の褌一丁の姿でシュテルケが湖の前に立つ。
「なかなか似合っているじゃないか」
エルンストがレジストコールドを、オリガがフレイムエリベイションをそれぞれシュテルケに付与する。
「お待たせしました。これで泳ぎやすくなると思います」
「ありがとな。それじゃ、あらためて」
思い切って水の中へと飛び込むシュテルケ。しばらく湖を泳ぎ、文字らしきものが刻まれた適度な大きさの石碑を見つけると、少し手間取りはしたが無事にロープを結ぶ。水面から手を振って合図を送ると、岸にいた冒険者達が一斉にロープを引き始め、そのまま引上げ作業は順調に終えることができた。
早速、シモンが解析作業に入る。興味があるということで、エルンストも一緒に作業を手伝った。
ちらっと、シュテルケもその作業の様子を眺めてみていた。
「シモンさんってすごいな。俺には難しくて全く読めないよ。‥‥で、何が書いてあるんだ? 意外と、どこどこ町の何とか通りとか、標識みたいなのだったり?」
「あはは。確かに、場所によってはそういうのもありますよ」
「しかしこれは‥‥もしかして願い事‥‥か?」
エルンストが幾つかの単語を読み解くと、多くみられたのは『平和』や『繁栄』を意味するような言葉。しかし中に混じって、『恋人、欲しい』というようなものも見受けられた。
「少し難しい部分もありますね。時間がかかりそうです。洞窟を通って持っていくにはこの石碑でも少し大きいですし、文字だけを書き写して、本格的な解析は後日にしましょう」
シモンの判断で、そのまま冒険者達はキエフへの帰路につく。
後日、冒険者ギルドにシモンからの連絡が入った。
「石碑に願いを刻んで湖に沈めた‥‥あるいは、元は願いを刻んだ石碑を飾る祭壇か何かだった場所が、長い年月を経て湖になった‥‥というところでしょうか。こんな風習があったんですねぇ」
新たな発見に満足そうな笑顔を浮かべて、シモンは再び新たな遺跡を求めて、今日もロシアの大地を転々としているとのことである。
こうして、冒険者達は無事に依頼を終えたのであった。