怨恨

■ショートシナリオ


担当:BW

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月25日〜07月30日

リプレイ公開日:2007年08月05日

●オープニング

 暗く静かな森の中に、その男達はいた。
「お‥‥、見ろよ。こいつ、結構な金を持ってやがったぜ」
「か〜、こんなみすぼらしい身なりで‥‥。うんうん、苦労したんだろうなぁ。感謝するぜ、兄さんよぉ。この金は、俺達がありがたく頂いてやるからなぁ」
「‥‥って言っても、もう聞こえてねぇだろうがなぁ」
 話す男達のすぐ側に、倒れ伏した若い男。傷口から流れ出る血は冷たい大地へと吸い込まれ、見開かれたままの眼は天を向いて、森を往く鳥の姿を映していた。
 それは、惨劇の跡。旅人を襲った不幸。
 突然に現れた盗賊達によって、無残にも命を絶たれた者の姿。
 残念なことに、ここロシアにおいては、これは珍しい光景ではない。
 キエフを少し離れれば、そこは魔物や蛮族が支配する暗黒の森。その中で、命の灯はあまりにも儚く、そして呆気なく消えていく。

 ――数日後。
 キエフ冒険者ギルドにて、新たな依頼が張り出されていた。
「何々‥‥。森に出没する盗賊の討伐依頼‥‥か」
「人数は四人だな。まあ、単純な仕事だな」
「あまり面白みのなさそうな仕事だが、暇潰しには丁度良いかもな」
 依頼書の内容を眺めながら、冒険者達がそんな風に言葉を交わしていると、ふと、ギルドの職員の一人がこんなことを呟いた。
「単純で面白みのない‥‥か。まだまだヒヨッ子だな」
「‥‥おい、どういう意味だ?」
 カチンときた冒険者の一人が、詰め寄ると、そのギルド員はこう返した。
「冒険ってのはな、自分の思い通りになんて、そうそうなるもんじゃない。簡単な仕事だの、面白みのないだの、そんな油断や慢心のある奴は、いつかどこかで足下を掬われる」
 苦笑を浮かべて、そのギルド員はこう続けた。
「まあ、こういうのは実際に経験を積まなけりゃ分からないこともあるさ」

 その頃。
 あの惨劇の場所で、異変は起こっていた。
 森に棲む魔物や動物の餌にでもなったのか、旅人の死体は、もうそこには無かった。
 しかし‥‥。
『‥‥ユル‥‥サ‥‥ナイ‥‥』
 うっすらと、暗闇に浮かぶ蒼白い魂がそこにあった。

●今回の参加者

 eb7693 フォン・イエツェラー(20歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec1051 ウォルター・ガーラント(34歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ec1500 マリオン・ブラッドレイ(20歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec2048 彩月 しずく(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec2700 フローネ・ラングフォード(21歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ec2945 キル・ワーレン(26歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)
 ec3447 グラディウス・リュカオン(24歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

篁 光夜(eb9547)/ ディエミア・ラグトニー(eb9780

●リプレイ本文

 暗闇に蠢くもの。
 恐怖、絶望、憎しみ、怒り‥‥。
 生まれた闇で、負の感情が連鎖する。
 招かれるのは新たな悲劇か、それとも‥‥。
 
 彩月しずく(ec2048)は一人、森の中を歩いていた。
「何だか、不気味ですね」
 武器らしいものはその手に無く、お供に連れているのは犬がニ匹。薄暗い森の中を歩くには、無用心な女の一人歩き。端から見れば、あまりに危険なその行動。
 だが、そう見えることこそが彼女の狙い。
「やっぱり少し心配だな。しずく一人で囮なんて‥‥」
「お気持ちは分かります。ですが、これは彼女の望んだことでもあります。私達に出来るのは、もし彼女の身が危なくなったら、すぐに助けに入ること。その時を待つことだけです」
「信じましょう。今はそれしかありません」
 しずくの歩いている場所から少し離れたところで、森の木々に身を隠しつつ、そう言葉を交わしたのはキル・ワーレン(ec2945)とフォン・イエツェラー(eb7693)、そして祈りを捧げるように手を組んだフローネ・ラングフォード(ec2700)。
 身を隠しているのは彼らだけでない。少し回りを見れば、他にも冒険者達の影がちらちらと見える。
「囮作戦ね‥‥。まあ結局、他に大した作戦も練れなかったし、適当なところで丁度良いかもしれないわね。それに、いざとなったら纏めて魔法で吹き飛ばすだけだし」
「おい、まさか味方ごと巻き込むつもりじゃねぇだろうな?」
 マリオン・ブラッドレイ(ec1500)の言葉に危険な匂いを感じて、グラディウス・リュカオン(ec3447)はそう訊ねる。
「必要なら、そうするかもしれないわね」
「何だと?」
 詰め寄るグラディウスに、マリオンは凛とした表情を崩さず、実に冷静に返す。
「別に、意味もなく味方を巻き込もうなんて考えちゃいないわ。作戦の効率を考えて必要になることもあるかもしれないって話よ? それに貴方の場合、少なくとも今回の依頼で私にどうこう言える立場にないと思うんだけど?」
「ちっ‥‥我侭娘が調子に乗りやがって‥‥。報酬が入ったら金で返してやるさ」
 ここに来る道中の話である。グラディウスは今回の冒険に対して十分な準備をしてきておらず、テントに入れてもらったり、保存食を分けて貰うなど、足りないものを仲間達の手から分けてもらうことで無事にここにいた。そうでなければ、今頃は疲労を溜めた身体に空腹のまま、という状態であった可能性が高く、何とも格好がつかないというのが正直なところだった。
「お二人とも、じゃれ合うのはその辺で。どうやら、そろそろ動きがありそうですよ」
 何かを察知したらしいウォルター・ガーラント(ec1051)の言葉に、マリオンとグラディウスも彼の見つめる方向に目をやる。

「こんなところで一人歩きは危ないなぁ、姉ちゃん」
「誰ですか?」
 ガサリ‥‥と、茂みの中から男が一人、しずくの前に姿を現す。粗野な身なりながら、体格の良い人間の男。
「なに、通りすがりの者さ。どうだい? 良かったら、俺が安全なところまで案内してやるぜ?」
 可能性だけで言えば、近くの村から森に出ていた狩人、という風に考えられなくもない。だが、しずくはきっぱりと男の誘いを断る。
「遠慮しておきます」
「おや、何でだい?」
「だって、こっそり隠れて若い女を取り囲むような男の人達が、良い人には思えませんから」
 ――ザッ。
「ちっ、気付かれちまったか」
 下卑た笑みを浮かべ、しずくの周りに姿を現す男達。人数は四人。話に聞いていた通りの数だ。この一帯で活動している問題の盗賊達と見て間違いなさそうである。
「だが、今さら気付いたところで‥‥」
「そいつはどうかな」
「‥‥何!?」
 グラディウスの声と共に、放たれた衝撃波が盗賊の一人を直撃する。痛みによろめき、男は膝をついた。
「くっ、こいつらは‥‥がはっ!?」
「こいつら? 誰に向かってものを言っているのかしら? 口の利き方には気をつけるのね」
 続いて森の中から放たれたのはマリオンの炎の魔法。身を焼かれる痛みに、地を転がる盗賊。
「何故、盗賊などという真似を‥‥。今まで自分達が犯した罪の重さ、その身をもって知りなさい」
 切り結んでいたのは、フォンと盗賊の一人。剣と剣がぶつかり合う音が、森の中に響く。
 そして、すぐ側ではキルもまた別の男とそれぞれの武器を交えていた。
「あんた達も生きるために仕方なかったんだろう。それを責めるつもりはない。けれど、気に入らない。これは仕事と‥‥つまらない私情だ‥‥!」
「若造が分かったような口を‥‥!!」
 実力はほぼ同等。いや、キルが少し押している。透き通るような青色の魔法の斧が、光の帯を描くように、盗賊へと振るわれる。
「くっ、強い‥‥」
「逃がしはしませんよ」
 怯み、後ずさりする男達を、ウォルターの放つ矢が追撃する。
 戦いは冒険者達が完全に優位に立っていた。
「この様子なら、私の出番は無いかもしれませんね」
 仲間達の奮闘ぶりに、フローネは安心して戦闘の成り行きを見守っていられた。しかし、その時、彼女はとある異変を目にする。
「‥‥あれは!?」
 暗き森の中より、かなりの速さで戦いの場に近づいてくる何か。
 始めは木々の間から除く、何かの灯りのようだった。だが、いくら薄暗い森の中とは言え、昼間から灯りを持って歩いているような者がいるだろうか。いや、それ以前に、これは‥‥。
「皆さん、気をつけて下さい!」
 声を上げ、仲間達へ注意を促す。自分の目が確かであれば、それは灯りなどでもなければ、ましてや誰かの放った魔法でもない。それは、人ならざる存在、青白き炎の姿の魔物。彷徨える魂、レイス。
「くっ、こいつは!?」
 ジャイアントソードを手に戦っていたグラディウスと盗賊の間に割って入るように、その炎は突然に飛び込んできた。
 その身に触れたのは、炎の揺らめき。掠っただけ、そう思ったが、炎に触れられた瞬間、思った以上の苦痛がその身に走る。
「大丈夫ですか?」
 すぐにフローネが動き、急いで治癒の魔法をグラディウスへと付与する。
「何事だ!?」
「これはいったい‥‥!?」
 戦いの場は突然の乱入者によって混乱し、冒険者も盗賊達も、一時、状況が分からずに困惑する。
「へっ、これは良い。何だか知らないが、このうちに‥‥」
「させません」
「‥‥がっ!?」
 盗賊の一人が混乱に乗じて逃亡を図ったが、気付いたしずくによって、それは無事に阻止された。急所を突いた一撃に、男は意識を失い、その場に崩れる。
「それにしても、この炎は‥‥」
 危険を感じ、髪を飾っていた簪を取り、手にする。ただの装飾具のように見えていたが、暗器と呼ばれる隠し武器の一種である。
「何者です!?」
 問いかける。だが、返答は無い。
「皆さん、それはレイス。生き物の怨念から生まれる魔物です!」
 ウォルターはそう仲間達に教え、自らはそのレイスへと向けて矢を放つ。
 欠けた月のように微かな光を放つ魔法の矢が、魔物の炎の身を貫くと、その炎は大きく揺らいだ。
「怨念‥‥恨み‥‥。まさか、あいつらにやられた人の‥‥!? そんな‥‥いやだよ! 戦いたくないよ!!」
 戸惑うキル。だが、そのキルに、聖職者であるフローネは、少し悲しげな、けれど決意を込めた目で、言葉を紡いだ。
「残念ですが、こうなっては、そのレイスを救う手立ては一つしかありません。キルさん、その方のことを想うのであれば‥‥どうか‥‥」
「でも‥‥」
 まだ少し躊躇っている様子のキル。その彼の横を抜け、前に出たのはフォン。
「そうですね‥‥。たとえ、どれだけ酷い目に遭ったからだとしても、見境無く人を襲うようになったものを野放しにはできません」
 構えるのは、死者を屠る生者の気、オーラを纏わせた剣。
「ちっ、何だってんだ?」
「どいつもこいつも、俺達を馬鹿にしてやがるのか!?」
 いまだに状況を飲み込めていない盗賊達が、批難の声を上げる。
「安心しろ、お前達は‥‥」
「私達がしっかり相手をしてあげます」
 グラディウス、そしてしずくが、きっちり盗賊達の前に立ち、武器を構える。
「茶番は飽きたわ。そろそろ、まとめて燃やしてあげる」
 マリオンも炎の魔法の詠唱に入る。盗賊から片付けるか、それともレイスか。この場で彼女にとって考える必要のあることなど、どちらの方が目障りかという、その程度の問題。
「僕は‥‥冒険者なんだ。‥‥逃げるわけには‥‥いかない!!」
 顔を上げ、キルはその手にした武器を、再び強く握った。

 突然のことに戸惑いはしたが、一時の混乱を除けば、戦いは冒険者達の優位のまま終わった。フォンの剣とキルの斧がレイスを斬り、しずくとクラディウスの攻撃に盗賊達は倒れ、ウォルターの弓や、マリオンとフローネの魔法が皆をサポートした。
 戦いの後で、フローネとキルは想うところがあったらしく、目を閉じ、その場に祈りを捧げていた。
「せめて彼の者に安らかな眠りを‥‥」
「忘れない。この手に残った感触を‥‥この重さを‥‥」
 今のロシアは、まだ国として様々な問題を抱えたままだ。
 貧しい者や、それを苦に罪に手を染める者、その被害者となる者。これからも、今回のようなことは、きっと起こるだろう。それでも、ほんの少しでも、自分達の力が、誰かの役に立ったのなら‥‥。

 こうして、突然の出来事に見舞われながらも冒険者達は無事に依頼を終え、キエフへと戻ったのであった。