故郷の森へ
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■ショートシナリオ
担当:BW
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 97 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月28日〜08月04日
リプレイ公開日:2007年08月09日
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●オープニング
その日、冒険者ギルドのカウンターの一角において、明らかにいつもとは空気の違う場所があった。
「あ〜もうっ!! 可愛い〜っ!!」
「こっち、こっち向いて〜!!」
飛び交っていたのは女性陣の色めいた声。その中心にいたのは、小さな籠の中に入った、一匹のエレメンタラーフェアリーの女の子である。
蝶の様な四枚の羽をもった、人型の小さな精霊。冒険者達の中にも街中で共に連れ歩いている者が時々いるように、精霊の中でも比較的人に身近な存在だ。
「待て待て、お前らっ!! そんなに騒いだら、その子が怯えるだろうが!!」
ギルドの男性職員の一人がカウンターの上に置かれていた、そのフェアリーの入った籠を女性陣の視線から遠ざけると、不満そうな表情の女性陣から批難の声が幾つか上がったが、彼はそれには屈せず、仕事を続ける。
それは、このフェアリーに関する依頼内容の説明である。
「あのフェアリーは国の方から預けられたものでな。元々は森に棲んでいたものを、性質の悪い盗賊連中に捕まって、このキエフまで連れてこられてしまったらしい。幸い、どこかに売り飛ばされたりする前に憲兵達がその盗賊を捕まえて助けたんだが、困ったことに自分で棲んでいた森に帰ることが出来ないらしい。慣れない環境にいるせいか、元気もなくて、このままだと体調を悪くして死んじまうんじゃないかって話も出てる。そこで、この冒険者ギルドに故郷の森へ帰してやって欲しいと依頼が来た‥‥というわけだ」
「なるほど‥‥。それで、その森の位置については分かっているの?」
近くにいた、女性冒険者の一人が訊ねる。
「ああ。捕まえた盗賊達から聞き出してある。ただ厄介なことに、その森へ行くには、途中でジャイアントマンティスの生息地になっている森を抜ける必要があってな。多少、腕の立つ冒険者でないと難しい仕事になるだろうな」
ジャイアントマンティス。体長三メートルにも及ぶ巨大カマキリである。性格は凶暴で、その手の鎌で獲物を捕食するインセクトの一種。また、小さな動物であれば丸飲みにしてしまうとの話もある。
果たして、冒険者達は無事にこのフェアリーを故郷の森へと帰すことが出来るのだろうか‥‥。
●リプレイ本文
鬱蒼と茂る森の中。
蠢く巨大な魔物がいる。
その顎で、どれだけの命を喰らってきたのだろうか。
待ち受けるのは、大鎌の主。
キエフを経って数刻、森を歩く冒険者達は、手頃な平野で休息の時を過ごしていた。
「エレメンタルフェアリーか‥‥連れ歩いている仲間を多く見かけるが、あまり小さな生き物は壊れそうでどうも苦手だな」
小さな籠の中。そこから未だに出て来る様子のない小さな妖精を見つめて、イリーナ・リピンスキー(ea9740)は複雑な表情を浮かべていた。
彼女の言うように、冒険者の中には妖精をペットとして飼う者が増えていて、こうして身近で見かける機会も、余り珍しいことでは無くなってきている。
だが元々、エレメンタルフェアリーは自ら人との接触を持とうとしない生き物だ。自然界のあらゆる場所にいながら、その姿を人の前に現すことはほとんどない。それが悪意ある人間によって捕らえられ、見知らぬ土地へと連れてこられ、帰る道も分からずにいるのである。今、このフェアリーが抱えている不安は相当なものだろう。
「やっぱり、かなり人を恐れてしまっているみたいですね。なかなか心を開いてはくれないです」
子供をあやす要領で何とか仲良くなれないかと、フェアリーに色々話かけてみたカーシャ・ライヴェン(eb5662)だったが、どうにも反応が宜しくなかったようだ。
「う〜ん‥‥。この子の好きな食べ物とか、そういうのが分かったら良かったんだけど‥‥」
アッピウスと名付けられた銀色のフェアリーを肩に乗せ、アナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)が少し近づいてみる。同族が一緒でも、やはり人間に対しては恐怖があるらしく、まだ怯えてしまうようだ。
少し余談ではあるが、エレメンタルフェアリーに限らず、精霊という種族は基本的に食事をして栄養を摂るという行為を必要としない。物を食べるという行為自体は可能だが、それは人間の食事とは大きく異なり、精霊力を用いて物質を分解するだけの行動である。
「ふむ‥‥。妖精同士なら説得できるかもしれないと思ったのだが、難しいか‥‥」
レイア・アローネ(eb8106)は少し残念そうな表情で、そう呟いた。
彼女の視線の先。マリッサと名付けられた赤色のフェアリーが少し困った表情で何かを悩んでいる様子が見て取れた。けして知能が低いわけではないが、基本的に妖精の知能は獣の域を超えていない。レイアの言葉を理解し、言葉尻を真似て発音することのできるマリッサも、自在に言葉を操って会話することは出来るわけではない。マリッサにとって、説得という行為は難易度が高かった。
「そう悩むな、マリッサ。私のことは気にせず、お前なりにあの子と仲良くしてやってくれれば良い」
諦めてレイアがそう言うと、マリッサはほっとした様子で籠のフェアリーの近くに飛んでいった。妖精同士だけでなら平気らしく、籠の中と外ではあるものの、互いに顔を合わせて興味深々といった様子であった。
「エレメンタラーフェアリーを養っている身としては他人事には思えないし、何とか無事に故郷まで帰してあげたいな」
「ええ。お小さいとは言え、彼女も騎士が守るべき女性の一人であります。お任せ下さい。この身に代えても、無事に故郷へお連れいたします」
アナスタシアの言葉を受けて、ニーシュ・ド・アポリネール(ec1053)が力強く告げる。
「ああ‥‥うむ。ニーシュのことは頼りにしている。‥‥というか、私の方が思いっきり世話になってしまっていて、何と言うか‥‥すまない‥‥」
かなり申し訳なさそうに、レイアはニーシュに謝った。何のことかというと、今回の冒険に必要であった食料のことである。事前に全く用意をしていなかったレイアは、道中の食事を全て、余分に用意していたニーシュから分けて貰った。
「気にしないで下さい。困っている女性に救いの手を差し伸べること。騎士として当然の行いをしたまでです」
そう言ってニーシュはいつもと変わらぬように、爽やかな笑顔を浮かべていた。
冒険者達の進む森の上空。金色の竜が天をゆく。
「ドラン、まだ何も見つかりませんか!?」
大きく声を上げ、竜の飼い主であるレドゥーク・ライヴェン(eb5617)が訊ねる。竜は翼を休める意味も込めて、少し離れた場所に降りた。様子を見る限り、まだ何も異変は見つけていないらしい。
「これだけ深い森だしね。空からだって、簡単には見つからないと思うよ」
ロシアでは、国土の多くが暗黒の国と呼ばれるほど木々に覆われている。森歩きに慣れ、優れた眼を持つアナスタシアにでさえ、視界の悪いこの森はけして進みやすい場所ではなかった。
「本当は、危険な場所は避けて通れれば良いのですがね」
ニーシュは事前に少しでも敵に遭わずに済む道はないかとギルドに訊ねてみたが、ギルドの側としては、可能な限り、できるだけ安全な道を選んで冒険者達に提示したのだという。確かに、他に安全な道が存在する可能性もあるかもしれないが、現状、このロシアの大地では、人々が知りうる道は限られている。下手に予定外の道を通ろうとすれば、なおさら危険な状況に陥りかねないというのが実際のところらしい。
「‥‥あっ」
「どうした?」
魔法を用いて周囲の生物の探知を行っていたアナスタシアの何かに気付いたらしい反応を見て、イリーナが訊ねた。
「近くに大きな生物の呼吸‥‥二匹いるみたい」
「できれば遭遇は避けたいですね。やり過ごせるでしょうか?」
カーシャが周囲を見回し、迂回路になりそうな獣道を見つける。冒険者達はそちらから少し回り道を進むことにした。だが‥‥。
「‥‥気付かれたみたいなのね。こっちに来ようとしてる」
「逃げ切れそうですか?」
「‥‥駄目ね。向こうの方が早い」
――ザザッ!
冒険者達の進む前方。草木をかきわけ姿を現したのは、前脚を武器として構えた巨大な蟷螂。
「これが、ジャイアントマンティス‥‥」
「くっ、回り込まれましたか」
――ガザッツ!!
「こっちからも、もう一匹!?」
「やるしかないようだな」
前方からのジャイアントマンティスにはレドゥーク、カーシャ、レイアが。そして、別方向からきたもう一匹には、イリーナ、アナスタシア、ニーシュがそれぞれ迎えうつ形になる。ペットの馬や妖精達は背に庇う形だ。
「行きますよ!」
最初に仕掛けに動いたのは、ニーシュ。よく見ると、少し様子がおかしい。相手の出方を見るでもなく、血走った眼で一直線に目の前の敵の懐へと飛び込む。
「かはっ!?」
「ニーシュ殿!」
攻撃の交差は痛み分け。ジャイアントマンティスの繰り出した二つの鎌の攻撃の一方をニーシュは避けるも、もう一撃は受けてしまう。それでも間合いに入り、一閃。蟷螂の身に小さな傷を刻む。
「この‥‥!」
カーシャが放った魔法弓の矢。だが、それは蟷螂の身にカスリ傷しか付けられなかった。
「くっ、思ったより硬いですね。それに攻撃も‥‥速く、重い‥‥」
銀色に輝く盾を用い、レドゥークは大鎌の一撃を受けると、反撃の剣を振るう。その強力な一撃によろめきながらも、ジャイアントマンティスはさらなる一撃を繰り出し、レドゥークの身を刻む。重厚な鎧に覆われ、オーラによる強化まで施したその身。それでもなお、魔物の一撃を受けるとレドゥークの身には少し痛みが走った。
「大丈夫ですか!」
夫のレドゥークの身を案じたカーシャが、すぐに治癒の魔法を施す。
「並の魔物ではないということか。なら、多少の無理も必要か‥‥」
魔物の注意がレドゥークに向いていることを確認し、レイアはゆっくり側面へと回ると、すぐに助走をつけ、一気に距離を詰める。
「はあっ!」
武器の重さを可能な限り載せた、全力の一撃。それまでレドゥークから受けていた傷も浅くはなかったのだろう。レイアの剣にその身を切り裂かれ、巨大な魔物の身は大地に倒れた。
「こっちも、早く倒れて欲しいんだけどね!」
アナスタシアの放つ魔法の雷光が魔物の身を貫くと、ジャイアントマンティスは受けた痛みに暴れ狂っていた。
「これは、少しばかり甘くみていたかもしれないな」
シールドソードで普通に攻撃した程度では、ジャイアントマンティスにはカスリ傷にしかならず、イリーナは厳しい状況に陥っていた。仕方なく攻撃を担うことは諦め、彼女は仲間やペット達を魔物の攻撃から守るための、前に出ての囮役を主な行動とした。かろうじてニーシュの攻撃は効果があるようで、狂化中の彼とジャイアントマンティスが上手く戦えるよう、細心の注意を払って動いた。
「‥‥終わりましたか」
辛勝。身体に感じるのは傷の痛みと疲労。足元に転がるジャイアントマンティスの屍骸の前でニーシュが正気を取り戻した時には、冒険者達の誰もが新たな魔物と遭遇する前に、この危険な森を一刻も早く抜けるべきだと考えている様子だった。
「何とか無事に辿り着いたか‥‥」
呟くレイアの眼に映るもの。太陽の光を受けて輝く湖と、その周囲を花が囲む美しい風景。
「綺麗な場所ですね。ここが、この妖精の故郷なんですね」
「でも、その割にはどこにも他の妖精は見あたらないけど‥‥」
「もしかしたら、その辺に隠れているのかもしれませんよ」
目的の場所に辿り着いたことをあらためて確かめる意味も込めて、冒険者達が色々と周囲を見て回るが、特に何か特別な感じはない。しかし、場所はここで間違いないはずだ。
「ほら。貴女はもう、そんな檻に閉じこもっている必要はありません。きっとお友達の皆さんがお待ちですよ」
ニーシュが籠の扉を開け、妖精に外に出るよう促す。
すると、今まで籠から出ようとしなかった彼女は小さな羽根を強く羽ばたかせて、その小さな籠を飛び出した。その時である。
――ピカッ。
「うわっ、何!?」
ほんの一瞬、眩しい輝きが辺りを包み、アナスタシアは思わず眼を閉じてしまう。次に冒険者達が目を開けた時には、妖精の姿はそこには無かった。
「今のは‥‥もしや行ってしまったのか?」
「残念だな。ろくに別れの挨拶も出来なかった」
少し寂しそうに、レイアは肩を落とした。
「でも‥‥聞こえたよね?」
アナスタシアが皆にそう言うと、冒険者達は揃って頷いた。
光が周囲を包んだ瞬間。冒険者達は、ある共通したメッセージを聞いたという。
『ありがとう』
それは心に直接響いて聞こえた、妖精の感謝の気持ちだった。