●リプレイ本文
相対せし人と魔。
常ならば、喰らわれるは人なれど、ここに集いしはその理を超えし者達。
その人の身に、鬼をも払う力を持って。
出発の時間に合わせ、冒険者達はギルドで依頼人のシモンと合流した。今回の依頼の参加者には、以前にシモンと共に他の遺跡調査を行った者も多く、互いに再会を喜んだ。
「シモンさん久しぶり〜。元気だった?」
「はい。皆さんも、お元気そうで何よりです」
ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)が挨拶をすると、彼の周りを飛んでいた男の子の妖精が真似してペコリと頭を下げた。
「おや、これはご丁寧に‥‥あ、そう言えば理さんも、確か前の時は‥‥」
側にいた理瞳(eb2488)の方を向いて、シモンは彼女が前に一時も離れず大事に抱えていた小さな猫のことを思い出したようだ。ただ、今回は姿が見えない。
「‥‥実ハ‥‥」
何やら暗い表情の理を見て、シモンの胸に不安がよぎる。
「な‥‥何かあったんですか‥‥?」
「‥‥イエ、ピンピンシテマスガ、何カ?」
――ガクッ。
「お、脅かさないで下さいよ〜」
いきなり素の反応を返してきた理の言葉にシモンは苦笑いするしかなかった。理の方は、してやったりといった顔である。
そんな戯れを交えつつ、アルフレッド・アーツ(ea2100)やシュテルケ・フェストゥング(eb4341)も再会の言葉を交わす。
「また‥‥お会いできて‥‥一緒に探索できるの‥‥嬉しいです‥‥」
「こちらこそ。アルフレッドさん、シュテルケさん、今回もよろしくお願いします」
「‥‥で、今回の遺跡にはなにがあるっぽいんだ? また石碑?」
「う〜ん‥‥中の状況に関しては、僕もまだ分からないんですよ。とにかく、オーガ達を何とかしないと」
何があるかは洞窟の奥に入って、実際に確かめてみるしかないようだ。
「それじゃ、オーガ達に荒らされる前に確かめないとな。よし、行こう皆!」
高まる期待に胸躍らせて、シュテルケは仲間達に出発を促すのだった。
「ここか‥‥いかにも鬼どもが潜んでいそうな場所だな」
「入り口からだと奥の方まで見えないけど、確かに何かありそうな感じだね。罠の心配はしなくていいって聞いたけど、やっぱり気を遣いそうだなぁ‥‥」
隊列の前方を任された壬生天矢(ea0841)と藺崔那(eb5183)の二人が洞窟の中を覗き様子を窺う。ところどころ差はあるだろうが、人が二人並んで歩ける程度の幅があった。
「シモンさん。下調べしたんだったら、こいつらの生活習慣とか分かる? 外に出てくる奴らを不意討ちして、先に数を減らしたらどうかと思うんだけど?」
「ああ、確かにそういう手もありますけど‥‥」
シュテルケがシモンに待ち伏せを提案すると、理や天矢が別の意見を出した。
「入口デ争ッテイル内ニ、音デ他ノニ気取ラレテ警戒サレテモ面倒デス。私ハ、油断シテイルトコロヲ一気ニ叩ク方ガ楽カト」
「俺も奇襲で異論はない。遺跡内の情報がないのは心配だが、なるべく戦闘の主導権はこちらから取りたい。狭い場所で動きにくいのは奴らの方も同じだろうからな。数で劣っているなら、なおさら出会った奴から一匹ずつ確実に仕留める方が良いだろう」
とのことで、少し話し合ったものの、冒険者達はそのまま洞窟の中へと進む方針でいくことにした。
「では、後ろの明かりは私が持ちましょう」
「前ノ方ハ俺ガ持チマスネ」
アシュレイ・クルースニク(eb5288)と理の二人がランタンに灯を点す。しばらくは少し薄暗い程度で、明かりがなくても何とかなりそうだが、奥の方はどうなっているか分からない。早目に準備しておくにこしたことはないだろう。本当はもう何人か明かり持ちが欲しいところだったが、照明に必要な油を持ってきていたのが天矢とアシュレイだけだったので、慎重に使っていかなければ後で困るだろう。
「中は少し冷える程度か。何とかなりそうだな」
洞窟の中というのは、夏場は寒く感じるが冬場は割りと暖かい。天矢も防寒服の用意はしてきているが、これを着るのと着ないのとでは戦いの時の身軽さが大きく違うので、この点はありがたかった。
――シュ。
優れた聴覚を持つ理は、向かってくるオーガの足音に気付くと壁の死角にて待ち伏せ、出会い頭に、毒手の一突きを鮮やかに喰らわせる。
『ガアッ!?』
不意の一撃にオーガは怯むも、そこは体力に秀でることで知られる魔物。毒に耐え、反撃とばかりに金棒を振り上げる。
「遅いっ!」
振り下ろされたオーガの一撃を、理と入れ替わるように素早く前に出た天矢が篭手で受け流し、鋭い剣の一閃にてオーガの胴を切り裂く。
「双龍牙ッ!!」
畳み掛けるように繰り出されたのは藺の両の腕。まさに竜の牙の如きその技は、与えられた名に違わぬ破壊力をもって、鋭き牙にて鬼の命をも喰らい尽くした。
「ヤレヤレ、メンドウナ。一撃デ決メラレルト良カッタノデスガ、ドウモ毒ハ通ジ難イヨウデスネ」
足元に転がるオーガの骸を見下ろしながら、理は毒を染み込ませた手に布を巻きなおした。
しかし、さすがは幾多の冒険を経てきた猛者達。ただのオーガなど全く寄せ付けぬその実力は、広く世間に名を知られるのも納得というものだろう。
そこから先もしばらくオーガ達との戦いが続いたが、熟練の冒険者達の敵ではなく、気がつけば随分と洞窟の奥の方まで進んできていた。ただの洞窟とは雰囲気が少しずつ変わり、人工的に作られたと思われる段差や、元は何かの石像であったらしきものの残骸などが見つけられるようになった。
「う〜ん‥‥」
「どうかしたのか?」
何やら難しい顔をしている風なジェシュファに、シュテルケが訊ねた。
「さっきから、前の人達を手伝う機会がなくって‥‥」
「まあ、確かに任せっきりかもなぁ‥‥」
前衛陣がきっちりと仕事をするので、後衛に位置する二人まで中々出番が回ってこないのである。もっとも、奥に進んでいけば嫌でも強敵に出くわすことは分かっているので、それまで力を温存しておくのは間違いではない。
「俺はともかく、魔法使いなら出来ること色々あるんじゃないか?」
「狙ってるのはあるんだけどね。足元を凍らせたところに水をかけるとか、マグマの炎を吹き上げるとか‥‥」
ジェシュファは自分が使おうとしている幾つかの魔法について話した。
「あの、ジェシュファさん‥‥」
「うん?」
側にいたので、シモンにも二人の会話が聞こえていたらしい。何か気になることでもあるのだろうか。
「思いつきで魔法使うの禁止」
「え‥‥え〜っ!?」
多くの精霊碑文の知識を持つからだろうか、シモンも自分で使えないながら魔法に関する知識があるらしく、ジェシュファの狙っている行動の危険にあれこれ気がついたらしい。
曰く、狭い場所での範囲魔法の類は敵だけでなく前衛陣にも気を使わせるなどして邪魔になる可能性が高いとのこと。ジェシュファは他にも、クーリングで崩れやすそうな壁や天井を補強することが出来ないかと考えていたが、対象が水に浸されているような状態になければ補強と呼べるような効果は出せず、それも範囲の限られたもので、場合によっては霜柱のように壊れてしまう可能性もあるため、これも止めておくようにとシモンから釘を刺されてしまった。
「色々考えてきたのになぁ‥‥」
「まあ、元気だしなよ。良いじゃないか。下手に失敗して、ここで生き埋めとかになるより」
あまり笑えない冗談だったりするが、とにもかくにもシモンに忠告され、ジェシュファは確実に敵だけを攻撃できる類のウォーターボムで前衛を援護する方針に切り替えたのであった。元々、彼は多くの魔法を身につけているので、使い方さえ間違えなければ様々な状況への対応力は高い。
「何だか‥‥賑やか‥‥ですね‥‥ん?」
後方のそんな会話を聞き流しつつアルフレッドは手元のペンを走らせ、地図を描いていた‥‥が、その彼の耳に、聞き流せない音が入ってきた。
「来ます‥‥前と‥‥後ろ‥‥」
手に持つ物をペンからダガーへと変えれば、薄闇の中、視界に見えたのはオーグラ達の姿。いよいよ中枢ということらしい。
「ニ方向から二匹ずつ‥‥。隊列を組み直すべきか‥‥」
天矢が迷う素振りを見せたが、後方のシュテルケは必要ないと言ってのけた。
「こっちは暇で腕が鈍ってたところさ。少しくらい働かないとな!」
「威勢の良い返事だ。‥‥なら、後ろは任せたぞ!」
そう言葉を交わし、それぞれの敵へと走る。
「はあっ!!」
斬撃を衝撃と成して飛ばし、シュテルケはオーグラへと先制の一撃を浴びせる。反撃に振り下ろされた棍棒も剣でしっかりと受け流す。体格差は明らかに大人と子供のそれだが、身体は小さくとも、シュテルケの剣技はオーグラのそれを上回っている。
だが、敵は一匹ではない。隙を狙い、別のオーグラがその腕を振り下ろそうとしていた。
「そこまでです」
ピタリ‥‥と、オーグラの動きが止まる。それはけしてオーグラ自身の意図したものではない。淡い光を放つアシュレイが発動した、白き神の呪縛。
「補強には使えなかったけど、これなら遠慮しなくても良いよね」
動きの止まった相手なら、ただの的とばかりに、ジェシュファは魔法で冷気を帯びた手をオーグラへと押し当てる。
一方、アルフレッドは前から迫り来るオーグラへとむけて、魔法の短刀を投げ放った。腕力がなく威力こそ低いが、彼の狙いは正確だ。藺へと向けられていたオーグラの手が、小さな痛みに動きを鈍らせると、その隙を藺は見逃さなかった。
「これが僕のとっておき‥‥龍咆!!」
それは、両の腕と頭を使った渾身の反撃を一瞬に繰り出す大技。受けたオーグラは、おそらく何が起きたのかも分からぬまま息絶えたに違いない。それこそ、龍の咆哮に魂を呑まれたかのように。
「オヤ、残リハコレダケデスカ。デハ、最後ニ決メテイタダキマショウ」
仲間達の戦いが終盤に差し掛かったのを確かめ、一匹のオーグラの注意を引いていた理が、スルリと狭い間を縫って天矢の後ろに回る。
前に出た天矢はオーグラの攻撃を受け止め、相手の動きを冷静に見極める。オーグラの身体が大きく揺らいだのは淡い光が満ちた刹那。彼の連れていた妖精の魔法によるもの。
「さあ、鬼退治の仕上げといこうか」
振るう剣に身を裂かれ、オーグラは一瞬に薄らいだ意識を現実へと引き戻される。その視界に映ったのは、戦いの終わりの時を告げる刃だった。
「ここが‥‥こうだから‥‥多分、こっちにも‥‥」
もう周囲に敵の気配が無くなったことを確かめて、冒険者達は遺跡の中を確かめて回っていた。地図の作成にあたっていたアルフレッドが先頭になって進んでいたところ、ある部屋を見つける事ができた。
「ここは‥‥」
周囲の石の壁に描かれた、たくさんの古い壁画と古代語。そして‥‥。
「これ、オーガ達の集めた宝かな?」
藺が部屋の一角を見れば、そこにはまだそう古くない武器や道具の類が雑然と置かれていた。魔法の鎧や指輪、銀の武器から着ぐるみに薬品まで様々だ。
「ナカナカ、面白イ物モアリソウデスネ。シモン、分ケ前ハ‥‥」
「ええ。貰って大丈夫だと思います」
それぞれに使えそうな物を手にし、余り物はシモンが後で金銭に換えて、それを再度分け合うということで、宝に関しての話は纏まったのだった。
「‥‥で、この部屋自体のことだけど‥‥」
シュテルケが訊ねると、シモンは少し困った様子を見せる。
「部屋一面‥‥となると、時間がかかりますね。すぐに解析というのは無理そうなので、一度、出直すことにしましょう」
冒険者達がキエフに戻った後のこと。シモンは再び荷を整え、あの洞窟の奥へと戻っていった。
果たして、あの部屋に何が描かれていたのか、今はまだ分からない。だが、それを冒険者達が知るのは、そう遠くない未来のことかもしれない。