●リプレイ本文
ギルドには時として、無報酬の依頼書が並ぶ。
内容は様々であるが、多い物の一つは慈善事業である。
傾向として、その手の依頼に手を挙げる者は少なくない。
彼らは何故、無報酬でその仕事を請けるのか。
博愛か、気まぐれか、あるいは打算か。
いずれにせよ、きっと何か得る物があるからなのだろう。
暖かな暖炉を離れてまで、ここに来ている私自身も含めて。
手は抜かない。ギルドから正式に請けたのだし、そうしなければ得られるはずだった物も逃してしまいそうな気がするからだ。
そう、どこまでも自身の為。さて、これは慈善なのか、あるいは‥‥。
――――ハロルド・ブックマン(ec3272)、書記。
つらい時でも 忘れないでね
諦めなければ きっと届くよ
凍える風。白く染まる街角。
その世界に響く、どこまでも澄んだ歌声。
それは、貧しさという闇の中に囚われた人々の心を、眩い光で照らすかのように。
小さな金色の妖精リュミィを肩に乗せた、その歌い手の名はフィニィ・フォルテン(ea9114)。
(「あれだけの歌なら、十分お金を取っても良いでしょうに、それをタダで聞かせてやるなんて、他の連中といい、全く物好きが多いのです」)
炊き出しの手伝いとして、根野菜のたっぷり入ったボルシチの鍋を煮込みながら、オデット・コルヌアイユ(ec4124)はそんなことを思っていた。
(「スープはもっと薄めれば量が増えるのです。いえ、いっそ味のないアイスブラオ食べ放題で貧乏人には十分で‥‥」)
ふと、視線を鍋以外のところへ向ける。そこに、食べ物を求めて集った貧しい人々の姿があった。
「急がなくても、きちんとしていれば飯はちゃんとくるんだ! 心配しなくてもいいぞ!」
ケイト・フォーミル(eb0516)が声を上げ、人々に列を作らせている。並んでいる人々の姿を見れば、汚れた顔、破れた服にボロボロの靴。普段から厳しい生活を強いられていることが、嫌でも伝わってくる。
(「‥‥ふん、私がここにいるのは、単に善人っぽく名前を売っておく点数稼ぎのためなのです。まあ、スープを薄めるのは面倒だから、このまま出してやるのです」)
心の中で呟きながら、オデットは鍋に視線を戻した。
たとえ疲れて 足を止めても
すこし休んで 気持ち新たに
「う〜ん‥‥ここまで何にも見つからないなんて、この街、こんなに余裕がなかったなんて知らなかったわ‥‥」
ジェラルディン・テイラー(ea9524)は、住み込みで働ける様な就職口や、身寄りのない子供達の里親候補を探してキエフの街を走り回っていた。
だが、全くと言っていいほど成果が出ない。
もっとも、認識を改めることになったのは、彼女だけではない。
「予想はしていましたが、見事に門前払いとは‥‥」
「俺達が訴えたようなことは、とっくにしていて、それでも一行に状況が改善しないとはな。一体、どうすれば‥‥」
オリガ・アルトゥール(eb5706)とイオタ・ファーレンハイト(ec2055)は、国へ状況改善を訴えに動いた。
しかし、開拓作業の働き手としてだけでなく、キエフ内での様々な仕事口への斡旋も含め、難民を助けるために、国は既に多くの費用と人員を投じていた。
「教会も、とっくに難民の傷病者でいっぱいで、新たに人を寝泊りさせる余裕は無いと言われました。それも、費用や手配は国がしてくれていると‥‥」
救援の手を求めて、あちこちを回って戻ってきたリディア・ヴィクトーリヤ(eb5874)が言う。
「空いている土地を探してみましたが、仮住まいを置けるような場所も全然ないのですね。むしろ、土地を余らせている暇が無いと言った方が、キエフの実情に合っているかもしれません‥‥」
厳しい現実を振り返り、オリガは頭を抱えた。
キエフの人口過密問題。それが大きな問題とされている理由は、国や人々が何もしないことが原因だからではない。どれだけ仕事を回し、費用を投じ、救いの手を延ばそうと、延々と他国から流入し続ける難民に、国の経済発展が全く追いつかないのである。
この問題は、そうすぐには解決しないだろう‥‥。
ゆっくりでも また一歩ずつ
歩み続ければ 辿り着くから
「俺は、傭兵や冒険者として定期的に仕事があって、裕福かって言やぁ裕福だと思う。だが、貧乏だった頃の基準は、今でもこの身体に染み付いちまってて抜けねぇや。貧しいってのは辛いぜ? それで死ぬなんてのは、この世で一番、勿体無いことさ」
調味した具材を生地に包みながら、馬若飛(ec3237)は遠い昔を思い出している様子で、しみじみと語る。作っているのは、彼の出身国である華国の味付けをした独自の一品だ。
「今日の食事を得ることができても、明日がなければ‥‥。仕事、住む場所など、困っている方は多いみたいですね」
家々を回って集めてきた欠けた食器などから、まだ使える物を探して、セシリア・ティレット(eb4721)は一つずつ並べていく。
彼らが今、用意している食事は三百人分。かなりの量ではあるが、それでもキエフに溢れる難民のごく一部の分でしかない。キエフ全体の難民の総数は、数字の桁が変わってくる。
「とにかく出来ることからやっていくしかないのでしょうね。例え一つでも多く、私達の行動で救える命があると信じて‥‥」
仕事は幾らでもあった。食器の類の後は、集めてきた布生地を使っての衣服作りと修繕だ。
炊き出しの手伝いには、ハロルドやオデット達の他に、戻ってきたジェラルディンやオリガ、リディアやイオタらも手を貸した。
「しふしふ〜☆」
『しふ〜』
食事の支給を待つ人々の前で、踊り舞う二つの羽。
シャリン・シャラン(eb3232)と、その隣には妖精のフレア。
揺れる度、澄んだ音を奏でるピアス。口に咥えるのは、美の女神の祝福を受けたとされる一輪の花。
「そうそう見られるような踊りじゃないんだから、しっかり見てなさいよ☆」
華麗にポーズを決めれば、その背後に浮かぶのは舞い落ちる薔薇の幻影。
人々の拍手の後に、一人の少女がシャリンに近づいてきた。
「あの‥‥。踊りって、私でも覚えられるかな‥‥?」
「あら、興味があるの?」
「‥‥うん。だって、お姉ちゃんみたいに踊れたら‥‥きっと、私みたいな子供でも、雇ってくれるところがあると思うから‥‥」
少女の言葉と暗い表情に、シャリンの胸の奥が少し痛んだ。
「‥‥うん、いいわ。教えてあげる」
「本当?」
「ええ。ただ、先に覚えておいて欲しいことがあるわ」
きょとんとした表情の少女に、シャリンはこう言葉を続ける。
「良い踊りには、笑顔が一番大事なの。難しい技術を身に付けても、暗い顔で踊ってちゃ見てて楽しめないんだからね。笑顔で楽しみながら踊るのよ☆」
『のよ☆』
「うん!」
微笑むシャリンの目に映る少女に、笑顔が浮かんだ。
「そうそう。踊りの後で、あたいの占いも見せてあげる。今は辛くても、この先、良い未来に辿り着けるように、ね☆」
そんなやりとりを、オデットが遠目に見ていた。
(「よくやるのです。こんな人数でどんだけ頑張ったって、出来ることは知れているのに‥‥」)
頑張っている冒険者達を前に言葉には出さないが、正直、オデットはそう思う。ただ、それを言ったところで、状況が良くなるわけでもない。だから口にしたのは、別のことだ。
「本当に、何をするにもお金が必要なのです。食べ物だって着る物だって、けして余っているわけでなくても、お金があれば少しはまともになるのですよ。将来ちゃんと働ける勉強するのにも、です」
その言葉に、大きな行動を起こした冒険者が一人いた。
「やっぱり、このままじゃいけないよね」
藺崔那(eb5183)。若い女性でありながら実力者として名を知られる武道家の一人である彼女は、この後、驚くべき行動に出る。
「必要と思われる全ての人に、防寒具がいきわたるように手配して。費用は幾らかかろうと構わないよ。僕が全額、出すから」
街の商人達を相手に、藺の言ったこの一言がキエフの街を騒がせた。
「すごいことになったな、おい‥‥」
藺に付き合って商人達との値引き交渉にあたった馬が呟く。
冒険者は金持ちだ、という噂はよく聞かれる。ひとまずの商談の結果、藺が支払った額は金貨二千枚。それでも、藺にとっては持っている資産の十分の一にも満たない。
あちこちの店に並んでいた防寒着が、次々に難民達に配られていった。
「わあ、暖か〜い」
「お姉ちゃん、ありがとう〜!!」
ケイトが、一緒に遊んであげていた子供達を連れて藺のところにきた。
「子供達の笑顔は見ていて嬉しい。‥‥しかし、本当に良かったのか? あれだけのお金‥‥」
訊ねたケイトに、藺は笑顔で応える。
「困っている人達を助けるために、僕は、僕に出来ることをしただけだよ」
いつも元気に 希望を抱いて
夢を忘れずに 生きていこう
「はい、どうぞ」
『どうぞ♪』
天使の歌声を披露していたフィニィも、料理が出来上がった後は、他の冒険者達と共に難民達にそれを配った。
その時に、フィニィに何度も礼を言った一人の男がいた。
「俺、何かデカいことがしたくて、生まれた国を離れてここに来たんだけどよ‥‥。始めた商売も失敗して‥‥。正直、もう死ぬしかないって思ってたんだ。でも、あんたの歌を聞いてたら何か、もう少し頑張ってみようって気になれたよ。本当、ありがとうな」
食事の世話だけでなく、衣服や建物の修繕など様々な活動を行い、我々は人々を助けた。
ごく短期間のことではあったが、それでも貧しさに震えていた人々の心に、小さな光を点すことが出来たと思われる。
余談ではあるが、期間中に匿名の冒険者より、金貨百枚の寄付があったという。
そのこともあってかは定かではないが、一人の若き騎士が数枚の金貨を寄付しようとして、一部の人々から返されていた。その金貨が、けして騎士の余裕から出たお金ではなく、それを寄付することで、騎士自身が厳しい状態になることを、知った者がいたからだ。
人々は、騎士に言った。
そのお金は、貴方がより多く人を救える騎士になるための糧として使って欲しい、と。
騎士はやや思考を逡巡した後、肯いた。
彼は人々に与えようとし、結果、人々からより大きなものを得たのである。
それは、騎士だけの話ではない。
この活動に参加した冒険者の誰もが皆、それぞれに新たな何かを得たように思う。
ただ、多くのことを為した我々の活動の後でも、キエフに置ける人口過密問題は全く解消されていない。
問題の根本は解決しておらず、今も難民が増え続けているからだ。
けれど、我々のした行動は、けして意味の無いものではない。
暗く沈んでいたはずの人々の表情に笑顔が見えた。それが、何よりの証拠である。
この一件で、私が得たものは‥‥。
――――ハロルド・ブックマン、書記。