止まない雨
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■ショートシナリオ
担当:BW
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月29日〜10月04日
リプレイ公開日:2008年10月14日
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●オープニング
川沿いに作られた小さな村があった。
人々が手を取り合い、数か月をかけて森を開き、田畑を耕し、家屋を増やし‥‥。
多くの苦難を乗り越えて作り上げた、自分達の村。
それが今、この世から消え去ろうとしていた。
「何てことだ‥‥俺達の村が‥‥」
力なく膝をつく男の身体を、冷たい雨は容赦なく打ちつけた。
そして、その雨こそが村を滅ぼした原因。
降り続く豪雨に川が氾濫し、たった一日で村の半分以上の土地が濁流にのまれた。
「どうして、こんな‥‥」
突然の天災。巨大な力の前に、人は自分の無力を思い知った。
だが、絶望に打ちひしがれた人々に、さらに追い打ちをかけるかのように、雨は降り続いていた。
少しでも高いところへ。そう思って逃げたはずの彼らはいつの間にか、周囲を水に囲まれ、孤立していた。
キエフ冒険者ギルド。
そこに、一人の少女の姿があった。
「お願いです。村の皆を助けて下さい」
名はナタリー。村が豪雨に襲われ始める少し前、私用で村を離れたことで難を逃れた。
「水が溢れて、どこの道からも村に戻れなくて‥‥お父さんもお母さんも、きっと他の皆も‥‥」
不安そうな、今にも泣き出しそうな表情を浮かべて、ナタリーは冒険者達に助けを求めた。
氾濫した川に周囲を囲まれてしまった村。
今でも雨が降り続き、水の流れは速く、ただの人間が陸路で向かうのはまず不可能。
風もかなりのもので、空を飛ぶ道具を使えるとしても、運が悪ければ風に煽られて濁流に落ちる可能性がある。
かなり過酷な環境だ。現場に向かう手段は限られるし、いかにして助け出すかも考えなければならない。下手をすれば、自分の命も危ない。
だが、誰かがやらねばならない。
「異常な雨‥‥か。そういやこのところ地震なんかも多いって聞くし、何か酷い天災が多いねぇ‥‥」
それは、誰の呟いた言葉だったろうか。
●リプレイ本文
空を覆う黒雲が降らせるのは、嘆きの雨。
吹き荒れる風の音は、悲しみに満ちた叫びにも似ていた。
寒さと空腹から、心が色を失う。生まれる不安。忍び寄る死の影。
村人達は身も心も限界を迎えていて‥‥。
そこに差しのべられた救いの手は、暖かな日の光にも似ていた。
「これは何という‥‥」
「奇跡だ‥‥奇跡が起きたぞ!」
周囲の大地を覆い尽くし、今にも自分達を飲み込もうとしていた濁流の中に、突如として生まれた道。その超常の現象に、村人達は驚きの声を上げていた。
現れた道を渡って、こちらへとやって来る人の姿が見える。金色の髪の、杖を携えた女性の姿。疲れ果て気力を失った彼らにとって、それは救いの女神にも思えた。
「もう大丈夫です。さあ、ここを離れましょう」
彼女の名はオリガ・アルトゥール(eb5706)。卓越した水の精霊魔法の使い手にして、国中に広くその名を知られた、魔術師だった。
彼女だけではない。
やや離れたところにある小さな丘の上。身を寄せ合い震える人々を助けるため、この風雨の激しい危険な環境に、自ら身を投じた冒険者達の姿が、ここにもあった。
「慌てないで! まずは女性や子供が優先よ!」
「さあ、手前の子から順番に、こっちに来るにゃー!」
風の音に消されぬよう、大きな声を上げた二人。
銀髪の騎士の名はシオン・アークライト(eb0882)。そして、金髪の戦士の名はルイーザ・ベルディーニ(ec0854)。
だが、二人の差し延べた手に、目の前にいた小さな女の子は身を怯ませ、母親と思わしき女性の後ろに隠れた。その目の先にあるのは、二人の背後にいる魔獣。ヒポグリフとグリフォン。
無理もない反応だった。周囲の大人達も、最初にこの二頭の姿が見えた時は、弱った自分達を魔物が喰らいに来たのだと恐怖したくらいだ。けれど‥‥。
「大丈夫にゃ! ‥‥ほら、ジルニトラは、ちっとも怖くなんかないにゃー!」
雨でグショグショになったグリフォンの頭をルイーザが撫でて見せる。大人しくされるがままのジルニトラを見て、女の子の表情が少し和らいだ。
「‥‥おウマのトリさん、こわくない?」
反応を窺う女の子に、シオンが笑顔で応える。
「ええ。大丈夫。この子達は、あなた達を助けるために、私達に力を貸してくれる良い子達よ。だから‥‥」
延ばした小さなその手を、優しく、ぎゅっと握って。
それぞれに、村人達を助ける冒険者達。
しかし、全ての救助活動が順調であったわけではない。
「くうっ‥‥。情けない‥‥」
「そう、自分を責めないで下さい。ヴィクトル殿には、他にも出来ることがあるはずです」
全身を泥まみれにしたヴィクトル・アルビレオ(ea6738)が起き上がるのに、長渡昴(ec0199)が手を貸していた。
泥まみれになった原因は、ヴィクトルが持参した魔法のアイテム、空飛ぶ絨毯を使おうとしたことにあった。
この手の道具は魔力を用いて空を飛ぶ物だが、だからといって物理的な妨害要素を完全に無視できるわけではない。けして、空を飛ぶことが出来ないわけではないし、他人を乗せることも可能ではある。だが、この暴風の中では、それこそ暴れ馬に乗っているようなもので、上手く乗りこなすには相応の技量、気力や体力が求められる。
残念ながらヴィクトルは風の中で絨毯を制御できず、すぐに地面に落ちてしまった。
「すまない。これは、貴殿が使ってくれ」
手にした絨毯を昴に渡す。彼女には騎乗術の心得もあり、その行動にオーラでの補助を得ることも出来る。この場においては適役だった。
「分かりました。ヴィクトル殿、共に力を合わせて人々を助けましょう」
とは言え、無茶な使い方をすれば昴もどうなるかは先に見て予想がついている。この後、慎重に動くことを考えた二人は、オリガが魔法で開いた道を渡る人々の助けに回る。
長い時間、過酷な環境にいて心身共に疲労した村人達が、ぬかるんだ道を歩いて怪我でもしては大変と考えたのもあるし、連れて来た馬達に救助を手伝わせるにも、やはり飼い主がついて上手く先導せねば危なかった。ルイーザがロープを何十本と結んで作った長い命綱も、この時に大きな助けとなっている。
「偉大なる父よ。この厳しき試練に耐えた村の人々に、祝福を‥‥」
絨毯を使わない分、魔力の消耗に余裕の出来たヴィクトルは、その分を怪我人の治癒魔法のために回した。
「あぁ‥‥ありがとう御座います、神父様」
「辛い中で、よく頑張った。さあ、早くここを離れるぞ」
地道に、しかし確実に。人々を少しずつ救出していく冒険者達。
「それにしても、酷い雨だにゃー‥‥。洒落になってないにゃー」
グリフォンで空を飛ぶルイーザは、もう全身ビショビショだ。頭の上、普段ならフワフワとして目立つだろうウサ耳飾りも、雨と風で何だかよく分からない状態になっている。その筋の装飾が好きな人には、残念極まりないだろう。
「‥‥なんて、気にしてる場合じゃないですね」
増え続ける水の量。オリガの癖である常の笑顔にも、どこか蔭りが見える。
望みを言えば川の上流、分岐点まで出向いて水の流れを変えてやれれば良いのだが、そこまでの距離が定かではなく、そもそもロシアの大地は、そのほとんどが暗い森に覆われた人跡未踏の危険地帯だ。この天候で上流の近辺がどうなているかも分からないし、予想外の魔物や蛮族に出くわして、今度は自分が行方不明などという事態になっては、それこそ笑えない。
「この天災が、何かの予兆でなければ良いのですが」
見上げた空を覆う暗雲の渦は、地上の自分達を嘲笑っているかのようで‥‥。
――数刻後、氾濫した川の水に呑まれた一帯の外側。雲の無い空の下。幾つかの焚き火が用意されたその場所に、無事に救助された村人達の姿があった。
「皆さんには、何とお礼を言ったら良いか‥‥」
「そんなのは後で良いから。ほら、まずは栄養を取って身体を休めなさい」
シオンが差し出した食べ物を受け取って、老人は言葉が見つからないとばかりに、何度も頭を下げた。その身体を包んでいたのは、暖かな毛布。これもまた冒険者の、ルイーザが惜しげもなく提供した物であった。
「よーく身体を拭くんだにゃー。風邪でも引いたら大変だからにゃー」
「あははっ、くすぐったいよぅ」
そのルイーザの腕の中で、小さな子供達が濡れた頭をクシャクシャにされていた。恐怖に怯えた表情は消え、顔には笑顔が戻っていた。
「よくやってくれました」
片隅には、疲れ切った様子の馬達に労いの言葉をかける昴の姿もある。過酷な環境での救助活動は、さすがに堪えるものがあった。昴自身も、もうヘトヘトである。その甲斐あって、村人達は全員、無事だ。
「しかし、あれでは村はもう‥‥」
「なに、気にせんで下さい。また一から、やり直しますよ。皆さんに助けて貰ったこの命さえあれば、きっと何とかなります」
強がる村人もいたが、もうすぐロシアには長い冬がやってくる。それまでに、どれだけの冬支度が出来るだろうか。
「‥‥どうか、彼らに父の導きのあらんことを‥‥」
ヴィクトルは、空に祈った。
彼らに、再び春の訪れが来ると信じて。