深き遺跡の奥に眠るは
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■ショートシナリオ
担当:BW
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月30日〜01月04日
リプレイ公開日:2009年01月13日
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●オープニング
地獄より悪魔達の侵攻が始まり、世界中にその脅威が広がっていた。
ロシアでは、大地の奥深くに封じられていた魔王アラストールが復活したとの噂もあった。
いよいよ世界の終りが来たのかと絶望を口にする者もいるが、希望を胸に、悪魔達との戦いに全力を尽くす者達もいる。
確かなのは、これが世界の命運を握る戦いで、誰しもが、多かれ少なかれこの戦いの影響を受け始めていたということだ。
冒険者シオン・アークライト(eb0882)が今回の一件に関わることになったのは、そういうことなのかもしれなかった。
「‥‥そこの騎士様」
新たな依頼書でも貼り出されていないかと、冒険者ギルドへ向かうべくキエフの町を歩いていた時だ。声をかけられた。
この冬空の下、擦り切れた服を何重にも着こんで、薄汚れた毛布を被って身を縮めて軒下に蹲る‥‥そういう男だった。
ここロシアでは、珍しくとも何ともない。それゆえに、大きな問題にもなっているが、いまだに解決されない。
「実は、良いものがあるんですがね‥‥どうです? それをお渡しする代わりに、この哀れな男に、情けをかけては頂けませんか」
良いものがあるなどと言うが、きっと大嘘だ。シオンはそう思った。
高名な冒険者には、そこらの貴族などより大金を持ち歩き、高価な装備に身を包んで歩く者も多い。目の前のこの男にしろ、もしシオンが自分の持つ魔剣の一本でも差し出せば、苦しい生活から救われるかもしれない。
「悪いけど‥‥」
だが、そんなことをする義理はないし、そもそもそれらの武具や資金は、シオンにとっても自分が生活していくために必要な大事な物。くれてやろうなどという気になるはずもなく‥‥。
「本当に、良いものがあるんですがね‥‥」
何故だろう。普段なら相手になどしないはずの相手なのだが、どういうわけか、その言葉が妙に気になった。
「何を売るかも見せないで、お金だけ先に、というのは頂けないわね」
ニヤリ‥‥と、一瞬だけ男の口端が歪んだように見えた。
「見せてしまっては、価値がなくなるものでして‥‥」
イラつく男だ。やはり、相手にしてはいけない。そう思い背を向けた。
「ですが‥‥」
その後の男の言葉が、シオンの考えを変えた。
冒険者ギルド。
新たな依頼が貼り出されていた。依頼人は、シオン・アークライト。
「私と一緒に、とある洞窟に向かってくれる冒険者を募集するわ」
依頼の内容は実にシンプルだった。ただ、条件は厳しい。その洞窟に何が待ち受けているのか、どこまで続いているのか、何の目的でそこにいくのか、全て不明。なのに、募集するのは熟練の冒険者のみ。
シオンは依頼を受けてくれたものに、目的だけは話すと言った。ただし、彼女が提示した報酬は金貨五枚。一人ずつにではない。それが参加者全員分での報酬である。はっきり言って、熟練の冒険者に対して払う報酬の額ではない。
それでも‥‥。
「さあ、私と一緒に来てくれる人はいないかしら?」
あの時、男がシオンに売ったのは一枚の地図だった。歴史の浅く、未開の地が多いロシアには珍しく、なかなか詳しい内容が記されたものだった。こんなものを、何故、どこから‥‥。
「金は後払いで構いません。それにどれだけの価値があるかは、貴方がそれの価値を確かめた上で決めて下さい」
「‥‥面白いことを言うわね。気に入ったわ。その話乗ってあげる。でも、銅貨一枚の価値も無いかもしれないわよ」
「どうでしょうか。すごい宝が出てきて、金貨に代わるかもしれません」
約束の日に、再びこの場所で。
そう交わして、男はシオンに地図を預けた。
●リプレイ本文
ひたすらに。ただ、ひたすらに。
深き闇を抜け、幾多の災厄を払い‥‥。
その先に何があるのかを、確かめるために。
心を共にした皆で、確かめるために。
普段は冷静に見えながら、その内に燃えたぎる炎のごとき感情を秘めた男、ラザフォード・サークレット(eb0655)。この日の彼は、どこかいつもと違っていた。
「何と心躍る旅か! 我らを待ち受けるは未知の洞窟! これぞ冒険!」
身に付けたウサ耳が特徴で知られるこの青年エルフ男子は、暦で言えば六十年前にでも戻ったかのように、心弾む少年の表情をしていた。
「さあ、進もう! まだ見ぬ不思議がこの‥‥」
――ストン。
「‥‥あ、落ちた」
暗い洞窟でついうっかりしたか。初歩的な罠にかかったな、と双海一刃(ea3947)がぽっかりと空いた穴を覗きこんで、ぼそりと呟く。
「あ、落ちた‥‥じゃないだろう!! 早く助けてくれーー!!」
見れば、なかなかに深そうな穴の途中にラザフォードが浮いていた。咄嗟に魔法を使って大事を免れたようだ。
「‥‥なんだ。生きてた」
「死んでいた方が面白かったみたいに言うなー!!」
実のところを言えば、一刃はラザフォードが引っかかる前に落とし穴の存在に気づいていた。敢えて言わなかったのは、それがラザフォードならば対処可能な範囲の罠であると考えたのと、少しくらいはこういう驚きがあった方が、皆も緊張感が高まって楽しかろうと気を効かせたのである。彼も、この冒険を楽しみに来ていた。
「あら。一度くらい冒険の途中で死んでみるのも、良い経験ですよ?」
「‥‥そ、そうなんだ」
穏やかな笑顔で恐ろしいことをサラっと言うオリガ・アルトゥール(eb5706)に、ミリート・アーティア(ea6226)が苦笑いで返す。当のオリガが実際に経験者だったりするから、なお怖い話だ。
「まったく。皆、少し浮かれすぎじゃないかしら」
「それを今のシオンが言っても説得力が‥‥」
雨宮零(ea9527)の言葉の意味するところ。今回の洞窟探索のリーダーであり、依頼人でもあるシオン・アークライト(eb0882)は、ある特徴的な武器を持ってここに来ていた。鉄の鎖に持ち手をつけ、重さと威力を高められた鞭。扱いの難しいとされる、まさに玄人向けの一品たるそれを持ち、冒険に挑むシオンの勇姿はまるで‥‥。
「何と言うか、女王さ‥‥うわっ!?」
つい余計な口を滑らせてしまった沖田光(ea0029)の身体が、シオンの鞭に捉われて地面に転がるまで、ほんの一瞬。
「あら? こんなところに大きな魔物が」
「ちょ、痛っ、痛いですって! シオンさん! すいません、つい、って、あ、そっ、そこは、らめ‥‥」
小さな明かりに囲まれた空間。そこで女が男を鞭で嬲りものにする様子は、明らかにそっち方面の光景でしか見えなかったわけだが、皆、第二の犠牲者にはなりたくなかったので黙っていた。
「良かったですね、ラザフォード。仲間が出来たみたいで」
「何の仲間か知らんが、敢えて聞かせてくれるなよ」
「い、いつものシオンじゃない‥‥」
「あ‥‥アハハ。何だか楽しい冒険になりそうだよ〜♪ ね? ね?」
「‥‥先、行くか」
まだ入り口付近だというのに、賑やかな面々だった。
ただ、遠足気分でいられたのは最初だけの話。
しばらくして、少し進んだところで一本道かと思われた洞窟の内部の景色が変わった。小さな分かれ道が幾つにも枝分かれしている。
「ふむ‥‥」
目だけでなく、耳や鼻、僅かな空気の流れなど、一刃は持てる感覚の全てを用いて、正しい道を探っていく。いつしか、その表情は真剣そのものだ。
「少し道が分かりにくいですが、わりと普通の洞窟なのでしょうか?」
「いや、そうでも無い」
零の呟きに、ラザフォードが弱ったなという顔で応えた。一刃もそうだが、かなり優れた聴覚を有する彼らには、先ほどから聞こえている声があった。
「先客‥‥というか、ここの住人ですかね」
オリガの宿す魔法の視界。離れて映る影が複数。こちらの様子を窺うように、入り組んだ迷路を動き回っていた。
『クスクス‥‥ニンゲンダ』
『ミンナデ、アソンデヤロウヨ』
『ウゴカナクナルマデ、ユックリ、ユックリ』
『ジワジワト‥‥タノシモウヨ』
「‥‥とまあ、言っている」
どこからか聞こえる声について、仲間達に一刃が伝える。
「上等。遊んでもらおうじゃない」
鉄の鞭をジャラリと鳴らして、いつでも来いとばかりにシオンは不敵に笑う。
「じゃあ、まずはアレでしょうかね?」
言ったオリガの指す前方。距離があって良く見えないが、薄明かりの中で何かが蠢くようにしてこちらに向かってくるのが分かる。
「‥‥まずい。皆さん、逃げますよ!!」
真っ先に危険であると判断したのは光。周辺の仲間達の手をとって駆けだす。
「うわっ、何あれ!?」
だんだんと距離が近づくにつれて、その正体がミリートにも見えてきた。
蛇だ。それも十匹や二十匹では無い。大量の毒蛇が蠢いて川のようになっている。
「気持ち悪っ!」
「振り返ってる暇があったら少しでも早く走れ! こんな狭い場所で追いつかれたら、確実に殺されるぞ!」
「‥‥って、行き止まりですよ!?」
いつしか先頭を走っていた零の前には、洞窟の壁。他に道は見当たらない。
「こうなったら‥‥」
弓を構えて、矢を放つミリート。だが、多勢に無勢。包囲されれば、確実に終わりだ。
「待って! ここに何か文字があるわ!」
冷静に周囲を調べ直していたシオンが、何か古代文字らしきものを発見する。
「見せて下さい」
身を乗り出したのはオリガ。彼女の古代語の知識なら‥‥。
「何と書いてある?」
訊ねたラザフォード。そして‥‥。
「『壊れやすいから、この壁に強い衝撃を与えちゃダメだぞ♪』と」
「全員、この壁を蹴っ飛ばせ!!!」
――ドゴッ!!!
何だかイラっとした感情も込めて、ラザフォードの一声で一斉に壁に蹴りを入れる冒険者達。
すると‥‥。
「うわっ!! すっごーい!?」
思わず声を上げたミリートの視界。薄暗かった洞窟に、突然に見えた昼の光。あたり一面に広がるのは水晶の輝き。壁も床も天井も、ほとんど全てが透き通る水晶によって築かれた世界。聞こえる水の音は下方に見える地下水脈。
「‥‥って、高いよ、ここ!」
下の川までの距離は、およそ建物の七、八階分に相当するだろうか。飛び込むには勇気がいる。
「グズグズしている場合か!」
「先に失礼しますよ!」
ラザフォード、光が勢いよく跳んだ‥‥後で、それぞれ魔法を使い空中に浮かぶ。
「うわっ、ズルい!!」
「とは言え、私達も行くしかありませんよ」
蛇の群れはもう間近に迫っていた。躊躇っている場合では無い。
「腹を決めるしかないわね、これは」
次々と下の川に飛び込む冒険者達。幸いにして流れは緩く、零や一刃など泳ぎの心得のある者、また一刃の忍犬らが他を助ける形で協力し、何とか岸に辿り着く。
「皆、無事みたいね‥‥。ん?」
見まわしたシオンの視界。ふと、淡い光が見えた。
「何かしら‥‥」
近づいてみる。そこに、金色の髪をした女の子が倒れていた。
「これは‥‥人ではないな。確か、月の精霊‥‥ルーナだ」
「ケガをしているようですね。それに、だいぶ弱っているみたいです」
ラザフォードとオリガがルーナの容体を確かめる。
その時‥‥。
『イタ! ニンゲン、ミツケタ!』
『アソブ! アソブ!』
『ソンデ、コロシテ、クウ!!』
この水晶の洞窟でなら、敵の姿も見えた。
グリムリー。人間の心を弄び、不愉快にさせるのが大好きなオーガ種の魔物だ。純粋な戦闘能力だけなら、ここにいる冒険者達の足元にも及ばない低級の魔物だが、数が多い上に場所が悪い。罠や質の悪い悪戯は連中の最も得意とするところだ。
シオンは手を伸ばすと、ルーナの女の子を抱きかかえた。
「その子、どうするんだい、シオン?」
「連れていくわ。こんな場所に置いといたら危険だもの」
もっとこの洞窟を調べてもみたかったが、このルーナを放ってはいけなかった。
「どこかに連中の使ってきた他の道もあるはずだ。探すぞ」
「また走ることになるのかね」
「それも多分、帰りの方が辛いでしょうね。なにせ、あの高さまで戻るんですから」
「大丈夫。ボク、走るの嫌いじゃないから♪」
そこから冒険者達は、とにかく走った。
時に大地の亀裂を飛び超え、時に崖のような壁を登り、追いかけてくるグリムリー達から必死に逃げた。
坂の上から転がる巨石は脇道に身を隠してやり過ごし、投げつけられる水晶のつららを全力で回避し続けた。そうして長い苦労の末、再び彼らは洞窟の入り口へと戻ってきた。
だが‥‥。
「やあ、ご苦労でしたね、シオン・アークライトさん。巷では世界最強の騎士と噂する者もいますが、なるほど大した冒険者です」
「‥‥約束の日はまだ先だったはずだけど?」
シオン達の前に現れたのは、あの男。キエフでシオンに洞窟の地図を渡した、謎の男である。明らかに違うのは、その身なり。薄汚れた衣を身に纏っていたはずの男は、剣を手に、立派な鎧を身につけて立っていた。周囲には、同じように武装した男達が数人。
「どういうことですか?」
「取引に来たんですよ」
零の問いに、男は微笑みを浮かべる。
「私どもは所謂、闇の商人というやつでしてね。森で変わった動物などを捕まえては、誰かに売って金に換える生活をしています。先日も、珍しい精霊を見つけて捕まえようとしたのですが、あと一歩というところで、厄介な場所に逃げられてしまいましてね」
「それが、この洞窟‥‥か? 俺達を利用して、自分達が逃がした獲物を連れ出してこさせようと‥‥」
「ご名答」
気に入らないという目で一刃が睨むのを、男は意にも介さず言葉を続ける。
よくよく考えれば、今日の食事にも不自由し、いつ野垂れ死ぬかも分からないような生活の男が、後払いで‥‥などと珍しい地図を渡してくることが妙であった。どう考えても裏があるのが普通だ。
「なに。タダでとは言いませんよ。実は、皆さんに妖精をご用意させて頂きました。そのルーナ一匹と引き換えなら、悪い条件でもないでしょう?」
言って、男は背後から籠を取り出す。中から引っ張り出されるのは、首輪をはめられ狭い檻に閉じ込められて泣いている妖精達。
「酷い‥‥」
普段は滅多に感情を荒げることのないミリートの眼にも、怒りが見えた。
「さて、ご返答は?」
「決まってるわ」
問われて、シオンが答える。
「貴方達をぶちのめして、このルーナも、その妖精達も全部、私達が頂くわ」
「よっ! さすが女王様!」
「‥‥後で光もお仕置きね」
皆、洞窟での戦いで身体の疲労はかなりのものだ。だが、それでも‥‥。
「残念です。血気盛んな冒険者も、その状態なら冷静に状況が判断できると思ったのですが‥‥」
言って、男達が剣を抜く。
「生憎と、冷静に状況が分かっていないのは、そちらの方だ」
「何っ!?」
放たれる重力の波が、男達を大地に転がす。
「この程度の危機ぐらい、軽く超えてみせるのが冒険者なんですよ」
水弾が飛び、矢がその足を貫いて‥‥。
「さようなら。名も知れぬ狩人さん」
シオンの鞭が宙空を舞い、冬の白き森に鮮血の華が咲いたのだった。
キエフに戻り、冒険者達は十分な休息を精霊達に与えることにした。
「目が覚めた?」
訊ねたシオンに、ベッドに寝ていたルーナの女の子は‥‥。
――ガバッ!
「あら」
首元に抱きついて離れない。
「なんか、シオンお姉さんに懐いちゃったみたいだね、その子」
笑うミリートの肩には、陽の妖精。見れば、他の冒険者達の傍にも、それぞれに妖精の姿があった。
「皆、助けてもらった恩返しをしたがっているんじゃないか、と思うのですが」
「そんなの、気にしなくても良いんですけどね」
「でもまあ‥‥悪くはないな」
少し照れくさそうに笑う冒険者各位。
「仕様がないわね。じゃあ、面倒見てあげようじゃない」
言って頭を撫でるシオンに、ルーナの女の子は気持よさそうな表情を浮かべて微笑むのだった。