苦学生を救え!
|
■ショートシナリオ
担当:永倉敬一
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月08日〜11月13日
リプレイ公開日:2005年11月19日
|
●オープニング
ケンブリッジの年に一度の祭典、ハロウィンは例年以上の盛況で幕を閉じた。
そんな中でやむを得ずハロウィンに参加できなかった生徒もいる。
「すまないねえミア、私が病気にならなかったらお前もハロウィンに参加出来たろうにねえ」
「何を言ってるのよ、無理を言って学校に通わせてもらってるのは私の方なんだから」
生徒会員のミア・トンプソンは、食堂を経営している実家の母が病気な為にハロウィンに参加せず、看病をしながら父と店を切り盛りしていた。
「それじゃあ、店のほうに戻るね」
そう言ってミアは店を後にした。
ケンブリッジ郊外に位置する住宅街に、ミアの実家である食堂「トンプソン」はあった。
メニューはごくありふれた下町料理が中心で、その素朴な味は近所の人たちに結構評判がよく、飯時は中々の賑わいを見せていた。
「うわっと!」
料理を運んでいる時につまずいてしまい、ミアは思わずたたらを踏んでしまう。幸いにも料理は無事だった。
「おいおいミアちゃん、慣れてないんだから慌てなくていいんだよ」
お客さんも常連の顔見知りばかりなので、ちょっとの失敗ぐらいなら暖かく見守ってくれる。だがそれでも母親ほどに客の回転は上がらず、売り上げものびなやんでいるようだった。
ピークタイムも過ぎ、ひと段落ついたところで一人の客が来た。
「いらっしゃいま‥‥あっ!」
「家のほうは順調かい?」
客は生徒会長のユリア・ブライトリーフだった。
「すみません、折角のハロウィンに何も出来なくて‥‥」
申し訳なさそうにミアは頭を下げる。
「いいんだ、それよりも授業に出られそうなのか?」
ユリアの質問にミアは暗い表情で口をつむぐ。
幸いなことにハロウィン期間中は学業に影響は出ないが、これからはそうはいかない。このまま店を優先して、学校にあまり来なくなると、単位も危ぶまれてくる。
「そうか‥‥」
ユリアはしばらく腕を組んで考え込む。
「ギルドに掛け合って人を回してもらうよう頼んでみよう」
「ええっ、そういうわけには‥‥」
ミアはその申し出に慌てて断ろうとする。
「何を言っている。生徒の一人がピンチなのに、私がそれを見過ごすなんて出来ないじゃないか。少し多めに雇って店を盛況にさせれば、家も余裕が出てくるだろう」
ユリアの性格は、同じ生徒会に所属するミアはよくわかっていた。それに断ること自体だんだん失礼に思えてきた。
「それでは、お願いします」
ミアはユリアを店の外まで送っていった。学校に戻っていくユリアの背中がいつもより大きく感じた。
●リプレイ本文
「結構学校からは離れてるんだな」
思わずルシフェル・クライム(ea0673)がつぶやく。
学校を出てから二時間ほど歩いたところに、今回の依頼の店である食堂「トンプソン」はあった。
「ミアさんはこんなところから通っているのか、大変だなあ」
「いや、娘は平日は寮から通っているんだ。店を手伝ってくれるのは大体休みの日ぐらいだな」
てっきりこの店の娘であるミア・トンプソンがここから通学してると思い込み、感心するデメトリオス・パライオロゴス(eb3450)だったが、店の親父はすぐさま否定する。
「ここから通ってないんだ、うーむ‥‥」
突然、考え込んでしまうのはユーシス・オルセット(ea9937)だった。
「どうしました? 何か問題でもあるんですか?」
ジェシカ・ロペス(ea6386)が不安そうに彼の顔を覗き込む。ユーシスは少し間をおいてから話し始めた。
「うん、弁当を作ってそれをミアさんに通学ついでに運んでもらって学食で売れば、売り上げの向上になるんじゃないかと思ったんだけど、難しそうだね」
「それは厳しいな。例えミアさんがここから通っていても、学食を使わせてもらう事自体許可は下りないだろう」
エルネスト・ナルセス(ea6004)は学生ではないが、一般的に考えた結果を述べる。すると一同は難しい顔を浮かべて黙り込んでしまった。
「まあまあ、皆そう難しく考え込まなくても、店を手伝いながら宣伝してくれるだけで十分だから。さあ、宣伝するにはウチの店の味を知ってもらわないとね」
親父は気さくに笑いながら、料理を人数分テーブルに置いていく。皆はそれを興味津々に口にしていく。
「素朴な味わいが‥‥んー」
エルネストはゆっくりと味わいながら、宣伝文句をついつい考えてしまう。深く考えるなといわれてもやはりそれは無理だろう。
「でも、弁当はいい考えだよね。学校は無理にしても、店の前に屋台を立てて売るとか出来ないかな?」
デメトリオスは、弁当の事が諦めきれない様子。
「うーん、まあ折角考えてくれたんだ。ちょっとやってみるよ」
親父はそう言って厨房に入っていく。
「さて、いつまでも考えていてもしょうがないから、今俺たちのやれる事をやっていこう」
料理を平らげたルシフェルは皆に声をかけていく。
まだ初日、少なくとも明後日までには皆それぞれの構想を形にしていきたいところだ。それまでは店の手伝いが二人、宣伝が三人と、持ち回りでやりながら二日が過ぎた。
「どうだい? シチューをパイで包んでみたんだが」
店の親父は持ち運びを考慮した料理を試作し、皆の前に差し出した。それは手のひらに収まるぐらいのパイ。中身がこぼれるのを防ぐために一口で食べられるように工夫されている。
「うん、私には少し大きい気もしますがいいと思いますよ」
少々中身をこぼしつつ、ジェシカはパイを頬張っていく。味は確かに二日前に試食したシチューそのものだった。場末の食堂ながら、その辺はさすがプロといったところか。
「これなら試食用に持ち歩く事も出来るんじゃないかな?」
「ああ、実際に食べて貰ったほうが良さが伝わるしな。行商だって出来るかもしれない」
ユーシスとルシフェルの提案を聞いた親父は、あいよっと気さくに返事をして厨房に入るとすぐさま山盛りに詰まれたパイを持ってくる。
「既にこれだけ作ってあったとは‥‥」
呆れた顔でエルネストは山盛りのパイを見つめる。親父は更に長方形のテーブルのようなものを持ってきた。
「あと、屋台で売るとか言ってたからな。これを使うといい」
かなり乗り気な店の親父に一同はしばしあっけに取られた。
「じゃあ言いだしっぺのおいらが外で売ってくるよ」
デメトリオスはそう言って、テーブルをガタガタと外に運んでいく。
いよいよ、改善策を取り入れての開店。宣伝と行商にはルシフェルとユーシス。店の中はエルネストとジェシカ。そして屋台はデメトリオスがそれぞれ務める。
「まさかこれがあるとは思わなかった」
エルネストはメニューの書かれた木製の小さい札を見て驚いた。
「ああ、ミアのアイデアでね。あいつはそそっかしいからよく注文を忘れるんだ。それを防止するのに役立ってるみたいだよ」
「何なんです? それ」
二人の会話の意味がよくわからないのでジェシカは少し疎外感を感じてしまいそうになる。
「これはどこのテーブルにどのような注文が来ているのか、配膳は済んだかっていうのを一目で把握できるようにするものだ。私もこれと似たようなものを考えていたのだが、まさか既に同じ事をやっていた者がいたとは、恐れ入ったな」
エルネストは木の札をいくつか持って、ジェシカの前で実演してみせる。
「へえ、面白そうですね。えーっと、これとこれがあるから、キノコのバター焼きとスープ‥‥。ああ、これはわかりやすいですよ」
はしゃぐようにジェシカは練習をする。そこへお客がやってくる。
「あ、いらっしゃいませー」
ジェシカは待ってましたとばかりにお客を席へ案内した。
店の外の即席の屋台でもデメトリオスがお客相手に熱弁を振るっていた。
「このパイは辛いんだけどどこか甘くておいしかったよ。おいらは、イギリス生まれじゃないけど、これがイギリスの故郷の味なんだろうな? って思ったぐらい」
「おいおいにーちゃん、甘いか辛いかハッキリしてくれよ」
近所に住む大工だろうか、屋台は屈強な男達に囲まれてしまった。
「でもおやっさんも考えたな。これなら布に包んでいつでもどこでもこの店の味が堪能できるって訳だ」
男はパイを一つ持ってまじまじと見つめながら仲間達に説明をし始める。売り物なので出来る事なら触って欲しくないのだが、ここは買ってもらうまでの辛抱だとばかりに、デメトリオスはじっとこらえる。
やがて男はもう一つ取って汗を拭くために用意したのであろう布にくるんでいく。
「二つもらうよ」
「本当? ありがとう!」
男が買ったのを皮切りに、仲間達もそれぞれ何個か買っていった。
思った以上にこの店の味は近所の人達に浸透しているようで、これから働きに出る人達を中心にまあまあの売り上げを見せていた。
「一口食べてみてよ。ちょっと離れたところにある食堂のトンプソンで作ってるパイなんだ」
店から少し離れたところでは、ユーシスとルシフェルが店の宣伝のために歩き回っていた。宣伝そのものは初日から行っていたが、正直それほど成果は上がらなかった。だが今日は店の味を持って回る事が出来る。自然とユーシスの言葉に力がこもる。
「意外と熱血するタイプなんだな」
ユーシスに対してクールな印象を持っていたルシフェルは、彼の意外な一面を見て驚いた。そして自分も負けじと呼び込みを再開する。
「おやおや、食べてもいいのかえ?」
二人の前に老婆が寄ってくる。
「どうぞどうぞ」
「おや、ありがとうね、お嬢ちゃん」
老婆はユーシスを女性と間違えたようだが、ユーシスにとってはよくある事なので、半ば諦めた表情でパイのサンプルを手渡す。老婆はそれを受け取ると、おいしいおいしいと言いながら去っていってしまった。
「ただ単にこれを食べたかっただけかもしれないね」
「まあ、全員がこのパイをきっかけに食堂に足を運ぶとは考えにくいからな。気長にやっていこう」
遠ざかっていく老婆の背中を見つめるユーシスとルシフェル。宣伝の難しさが身にしみた。
しかし、しばらくの後、老婆は友達を連れて戻ってきた。老婆達に囲まれ、あれよあれよという間に持ってきたパイはすべて食べつくされてしまった。
「もっと他に食べたかったらトンプソンという食堂まで来るんだ」
ただで食わせるわけにはいかないと、ルシフェルはとっさに店の宣伝をした。聞こえたかどうかはわからない。だが、老婆達は満足そうに帰って行ったのは確かだった。
宣伝の効果があったのか、店の方はいつもは暇な時間帯も客が来るようになった。
そして依頼の最終日は学校の休みもあって、ミアが手伝いに来てくれた。
「お疲れ様ー、皆ありがとう。この五日間で結構稼ぐ事が出来たみたいですよ」
ミアはエールを皆に差し出しながらねぎらいの言葉をかけていく。
「よかった。あまり売り上げがなかったら、おいら今回の報酬を寄付するつもりだったけど、その必要ないみたいだね」
「おいおい、そこまで生活に困っちゃいないよ」
デメトリオスの言葉には親父さんも苦笑いをする。
「あ、そういえば一人少なくないですか?」
「ルシフェルさんですか? もうすぐ来ると思いますよ」
キョロキョロと見回すミアに、ジェシカはクスクス笑いながら答える。丁度その時、閉店後だというのに店の扉が開いた。
「トリックオアトリート!」
中に入ってきたのはハロウィンの格好をしたルシフェルだった。厨房からは、親父が顔の形にくりぬいたカブとプディングを運んでくる。
「聞けばハロウィンには参加してなかったそうじゃないか。まあ、打ち上げを兼ねて、ここでハロウィンパーティをやろうと思ってな」
「あ、ありがとうございます」
ハロウィンを提案したのはルシフェルだった。最終日にミアが来ると知ってから、密かに皆でパーティを考えていた。この粋なはからいにミアは大喜び。その日は深夜まで宴会が開かれた。
その中でエルネストは延々と妻の自慢話をしたらしい。