●リプレイ本文
「次はファーマン先生のやつだよね」
「メンバーが四人なんだって。どういうお話なんだろう?」
講堂の前では、劇の始まりを子供達が今か今かと待ちわびていた。
「大丈夫かなあ? セリフ間違えたらどうしよう?」
デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)は緊張のあまりそわそわと、同じところを何度も行ったり来たりしていた。
「大丈夫よ、あれだけ念入りに練習したんだから。はりきって行こうね♪」
ミカエル・クライム(ea4675)は去年も演劇をやっている事もあってか、多少は余裕があるようだ。彼女はデメトリオスの背中をポンポンと叩いて落ちつかせる。
ミカエル以上に落ち着いてるのがヴァージニア・レヴィン(ea2765)だった。いつも人前で歌を歌ってる彼女は、このピリピリした空気を楽しんでるようにも見えた。
「緊張も慣れてくれば楽しみに変わってくるわ。自信を持つことよ」
そう言って、彼女はエリス・フェールディン(ea9520)に話しかける。エリスはファーマン先生が用意してくれた作り物の剣をじっと見つめていた。
「この演劇の結果次第で、子供達が錬金術に興味を持つかどうかが決まります。そう思うと気が抜けません!」
「いや、そこは気を抜いて下さって結構です‥‥」
ファーマン先生は、エリスの言動に一抹の不安を覚えた。
「それではファーマン先生脚本の演劇を始めます」
進行係の号令と共に、ファーマン先生は幕をするすると上げていく。
「とある村に、たいそう歌が上手な娘がいました。悪いドラゴンは、その娘の歌を独り占めするために、娘をさらう事を決めました」
ミカエルによるナレーションと共に、ヴァージニアの明るい歌が舞台裏から聞こえてくる。
歌が一区切り終えたところでヴァージニアが登場。観客は歌に魅せられたのか、彼女に拍手を浴びせる。
ヴァージニアの歌は更に続く。そこにデメトリオスが扮したドラゴンが背後からそろそろとやってくる。
「誰?」
何かの気配に気付いた様にヴァージニアは振り返ると、デメトリオスはサッと舞台袖に隠れる。
「気のせいかしら?」
ヴァージニアは向き直って歌を再開する。するとまたデメトリオスが後ろからそろそろとやってくる。劇を見ている子供達は、危ない危ないと、ヴァージニアに呼びかけるが、勿論彼女は気付かないフリをし通す。
デメトリオスがあと一歩近寄れば触れるところまで来た時に、ようやくヴァージニアは魔物の存在に気付く。
「あ、あなたは!」
「ガハハハ! お前の歌は我輩が頂いた!」
デメトリオスはリトルフライで宙に浮くと、ヴァージニアをつかんで、あたかもさらうかの様に引っ張っていった。本当ならここで彼女を持ち上げたいところだが、さすがにそれは無理だった様だ。
二人が舞台から消えると、それを追いかけるようにミカエルとエリスが冒険者の格好をして舞台に登場する。
「しまった! ヴァージニアがさらわれてしまった!」
ガクリと膝をついて、ミカエルはうなだれる。
「今、彼女を救えるのは私達だけです。行きましょう! 困っている人を助けるのが冒険者の役目です!」
観客の方を向いて、エリスはこぶしを握りつつ熱く語る。ミカエルはスクッっと立ち上がり、大きく頷く。
「そうね、私達がやらなきゃ事態は一向に良くならないわ! 待っててね、ヴァージニア! すぐに悪者ドラゴンを倒しに行ってあげるから!」
エリス同様、観客の方を指差して熱く語るミカエル。
二人は顔を見合わせてコクリと頷くと、ヴァージニアがさらわれていった方に走って行った。
「それは、過酷な道のりだった」
デメトリオスのナレーションと共に、何処か悲痛そうな音楽が鳴り、ミカエルとエリスがまるで向かい風の中を進むかのように前傾姿勢で、よたよたと舞台を歩いていく。
エリスは、サイコキネシスで作り物の岩をごろごろと動かして自分に当てると、大げさに後ろに吹っ飛んでいく。
「エリス!」
ミカエルはヘッドスライディングでエリスの手を掴むと、ゆっくりと自分の方に手繰り寄せる。エリスも気付かれないようにそれをアシストする。
「ごめんなさい」
「何を言ってるの、こんな事でへこたれたらヴァージニアを取り戻す事なんて出来ないわ!」
謝るエリスにミカエルは必死に元気付けながら、一気にエリスを自分の所に引き寄せた。
二人はよたよたと舞台袖に入っていくと、照明が消されて舞台は真っ暗になった。
囁くような音量で歌が流れる。明るめの曲なのに、何処か影があり、悲しげだった。そこへランタンを手にしたミカエルとエリスが、歌に引き付けられるかのように舞台袖から現れる。
「この歌は、ヴァージニアの!」
「まるで呼んでるみたいね」
二人は歩いてるような感じで足踏みをしていると、だんだん歌の音量が大きくなっていく。そしてこれ以上ないぐらいの音量に達したあたりでフッと歌が途切れた。
照明として使っていたランタンを覆う布が一気に取られ、舞台を再び明るく照らす。
舞台にはデメトリオスドラゴンが待ち構えていた。
「小娘二人が、何の様だ」
頑張って低い声を出して二人を威嚇するデメトリオス。
エリスとミカエルはそれにひるむことなく、距離を詰めていく。
「大人しくヴァージニアを放しなさい!」
「さもないと、この錬金術で練成した聖剣であなたを倒します!」
ミカエルの言葉に続いてエリスが剣を抜く。ちなみに『錬金術で練成した』の部分は完全にエリスのアドリブだったりする。
「ガハハハ! 貴様らごときが我輩を倒すだと? 片腹痛いわ!」
デメトリオスはリトルフライで宙に浮くと、二人に向かって突進していった。同時にヴァージニアが舞台袖で激しい曲の演奏をする。ファーマン先生もおぼつかないながらも、打楽器を鳴らしてお手伝い。
エリスが格闘攻撃をし、ミカエルがファイヤーコントロールで支援攻撃を繰り出す。この辺りはみっちり練習をしたおかげで、三人ともお互いを傷つけることなく、緊迫した殺陣を見せていた。
やがてデメトリオスが優勢になってきたあたりで、彼は舞台の端に降り立った。
「まずは後ろの魔法使いから倒してくれるわ!」
デメトリオスはライトニングサンダーボルトを、ミカエルをかすめるように放つ。その瞬間ミカエルの体は灰となって崩れ落ちた。
これは、ミカエルのアッシュエージェンシーで瞬時に作り出した身代わりなのだが、子供達はそうとは知らず、稲妻が命中したものと勘違いしてしまう。
「あのおねーちゃん、死んじゃった!」
子供達が少々パニックになってる間にも演劇は続けられる。
「ミカエル! ああ、人体練成が完成していれば生き返らせる事が出来るのに!」
エリスはミカエルがいた場所に駆け寄り、嘆くようなポーズをとる。そこへデメトリオスがのしのしと歩み寄ってくる。
「ガハハハ! どうだ、思い知ったか! 次は貴様の番だ!」
もはや絶体絶命と思われたその時、歌が流れ始める。
『♪冒険者は悪に負けない倒れない
使命を果たすその時まで
英雄よ炎をまとって立ち上がれ』
照明は舞台の端で祈るように歌うヴァージニアだけを照らしている。その間にデメトリオスはハリボテのドラゴンに入れ替わり、彼自身は岩陰に身を潜める。
準備が整ったところでミカエルは、ファイヤーコントロールでランタンから火柱を上げる。
「な、なんだこの火柱は!?」
デメトリオスは岩陰から驚いたような声をあげる。
「あなたを倒すまで、冒険者は何度でも蘇るわ!」
火柱の後ろからミカエルが姿を現す。
「わー! おねーちゃんが生き返った!」
見事な復活劇に子供達は大喜び。
「そうでした、最後まで諦めずに戦えば、どんな悪者にもきっと勝てるということを思い出しましたよ」
エリスは力を振り絞って立ち上がると、再び剣を構える。
「馬鹿な! 貴様らの何処にそんな力があるというのだ!?」
位置的にデメトリオスには今二人がどういう状態なのか見ることは出来ないが、練習のおかげでタイミングを間違う事無くセリフを言っていく。
「覚悟ー!!」
エリスは猛然とダッシュをしてドラゴンに剣を突き立てる。
「ミカエル! 今です!」
エリスの合図にミカエルはファイヤーバードを唱える。
「これで、とどめよ!」
炎をまとった状態で宙に浮き、ドラゴンに体当たりを仕掛ける。
「この我輩が、小娘どもに負けるとは! ぐわあぁぁぁぁ!」
ミカエルの体当たりをまともに受けたハリボテドラゴンは、バキバキ音をたてて崩れていった。
舞台は一気に明るくなり、ヴァージニアがとてとてと、冒険者二人のもとに走ってくる。
「助けて頂いて、どうもありがとうございます」
「礼には及びません、困ってる人を助けるのが冒険者の役目ですから」
深々と頭を頭を下げるヴァージニアにエリスは照れくさそうに答える。
「さあ、帰りましょう。村の人達が心配しているわ」
ミカエルは二人を連れて舞台袖に歩いていく。そこへ、デメトリオスによる締めのナレーションが入る。
「こうして、村にはいつも通りの娘の歌声が蘇ることとなりました」
ここからフィナーレに突入する。
『♪寒い冬、現れる魔物、村の人々を苦しめる魔物達。
でも冒険者は必ずやってくる、
人々を救う為にどんな困難をも乗り越えて
冒険者は必ず魔物を打ち倒す!
困った時には冒険者を呼ぼう!
僕達私達の英雄、冒険者を呼ぼう〜!』
ヴァージニアを先頭に、ミカエル、エリスの順に歌いながら現れ、最後に物陰からデメトリオスが姿を現して、四人による合唱が行われる。
「さあ、皆いっしょに!」
ヴァージニアはそれでも飽き足らずに子供達も歌うよう促す。
『冒険者を呼ぼう〜!』
三回リピートして、幕はスルスルと下ろされた。幕が閉じた後も、子供達はしばらく拍手を続けていた。
「ありがとうございます! 大成功ですよ」
舞台裏では、ファーマン先生が皆を祝福してくれた。
「これで、錬金術を学んでくれる子供が増えるといいんですが」
満足そうな表情で、何か間違った事を口走るエリス。だが他のメンバーは余韻に浸っていて聞こえた様子もない。
「ああ、楽しかった。でも疲れたし、今度は、おいらは劇を見る側にまわりたいかな」
今回一番しんどい役を受け持っただけに、デメトリオスはかなりクタクタだった。だが、それと同時にかなりの充実感を得た様子だ。
果たしてこの充実感を捨ててまで、見る側に回れるかどうか、それは彼が次参加する時になってみないとわからない。